第九十三話 恐怖の近衛騎士
前回のあらすじ。
おとーさん、おとーさん。
エセルがくーるーよー!!
街中を、颯爽と走る王国印の馬車。
だが、街の人たちは知らない。
中にいるのが、大商人の娘と都会派エルフ。そして、超美女だと言う事を! ……調子に乗りましたがわたしたちです。
ちょっぴりばかり前。
わたしとニードルス、ジーナの3人は、学院長室に呼び出しを受けていました。
まあ、理由はエセルなのですがなあ。
まだ午前の、授業中にも関わらず、廊下には生徒どころか先生方まで野次馬しているアリサマでしたよ。
そりゃあ、生徒から先生まで貴族だらけの学院に、王族御用達の馬車と、近衛騎士が現れたら騒ぎにもなろうって物だと思う。
そんな野次馬の中を掻き分けつつ、ニードルスが学院長室の扉をノックする。
「ニードルス、ウロ、ジーナ。以上3名参りました」
「来たか。入りなさい!」
ニードルスがそう挨拶すると、学院長のラジウス・ダルコ先生の少し上擦った様な声が響いた。
「失礼します」
そう声をかけたニードルスが扉を開けると、ラジウス先生はソファからスッと立ち上がった。
それだけならば落ち着いた感のラジウス先生だったけれど、実はかなり緊張してたみたいで。
トテトテと足音が聞こえそうな足取りで、わたしたちの方へとやって来た。
「ささ、入りたまえ。
こちらは、ハイリム王国近衛騎士、エセル殿だ。
君ら3人に御用との事、くれぐれも……」
「学院長殿。
すまないが、少しだけ外して頂けるだろうか?」
早口になっていたラジウス先生の言葉を遮って、エセルがスッと手を挙げる。
「こ、これは失礼を。そ、それでは、私は奥におりますので……」
慌てて口を閉じ、奥の部屋へと引っ込んだラジウス先生。……エセル、ってゆーか近衛騎士ってそんなに偉いの!?
「早速だか、ニードルス・スレイル、ジーナ・ティモシー、ウロの3人は、これより王城まで同道願う!」
わたしたち3人が、ソファに座る間も無くエセルが立ち上がる。
「なっ!?」
「ええっ!?」
「ぬおっ!?」
あまりの急なエセルの言葉に、わたしたち3人が同時に声を上げた。
てゆーか、全然意味が解らないし。王城とか言った!?
「エセルさん、話が全く見えません。もう少し、解……」
さすがに驚いただろうニードルスがそう言いかけたのだけれど、エセルの突き出した手を見詰めて言い澱んだ。
エセルの手には、1枚の羊皮紙が。
広げられたそれには、こう書かれていた。
〝ウロ、ニードルス・スレイル、ジーナ・ティモシーの3名は、ハイリム王国第9王子の命により、速やかに登城されるべし。
いかなる理由があろうと、これに従う事〟
しばしの沈黙の後、わたしたちの中の誰かが、ゴクリと喉を鳴らした。
あの羊皮紙には、それ位の衝撃がありましたさ!
だって、第9王子って。
当たり前だけれどハイリム国の王子様って事でしょ!?
そんな人が、わたしたちを名指しで呼んでる事実にだいぶビビる。
……それよりも、王子様ってそんなにいたっけな?
ゲームだった頃は、第3王子までは聞いた事があったけれど。
「良し、では参ろう。
表に馬車を用意してある」
「ちょっ、ちょっと待ってください。
いくら何でも、急過ぎます!」
「そ、そうですよ!
あたしたちにも、準備って物が……」
エセルの声に、ハッとした様にニードルスとジーナが抗議の声を上げた。
ううむ。
確かに、今のわたしたちってば制服姿だし。少しヨレヨレだし。
お城に行くのなら、やたらお粧ししなきゃいけない気がするからドレスが欲しいとか思った。などと。
「……そうだな。
少し長旅になるだろうし、各自、装備を整えて正面玄関に集合せよ!」
んん!?
お城に行くのに長旅ですと??
意味が解らず、口をパクパクさせているわたしを尻目に、さっさと歩み去ろうとしているエセル。
「ちょっと待って、アルバートくんは?
一緒じゃないの? どこ行っちゃったの!?」
咄嗟に、口を突いて言葉が出た。
だけれど、エセルはそれには全く反応しないままに学院長室を出て行ってしまった。
扉が閉まり、一瞬の沈黙の後。ニードルスとジーナの顔色がみるみる変わって行った。
「こ、こうしてはいられません。
早く、準備しなくては!!」
「あ、あたし、1回お家に帰らなきゃ!! でも、そんな時間、無いかも……」
バタバタと慌て始めるニードルスとジーナ。
急変した2人のテンションに、イマイチついて行けていないわたしは、混乱したままの頭で考えを巡らせていた。
アルバートがいなくなったと思ったら、エセルが近衛騎士の装いで現れた。
んで、お城に来いとか戯言を残して去った。
更に、あのエセルがアルバートの名前に無反応とか。
……絶対、何か良からぬ事が起こる前触れに違いありますまい!?
「何してるんですか、ウロさん。
貴女も、早く準備して来てください!」
「む!?」
眉間のシワをハの字にしたニードルスの言葉に、現実に引き戻された。
「そ、そんなに慌てる事なの?
あれはきっと、エセルジョークか何かなんじゃないかな?
顔が怖いから、あんましジョークっぽく感じないけれど?」
わたしかそう言った瞬間、ニードルスの耳がキューッと縦になった。
「何を言ってるんですか、ウロさん。
エセルさんの持っていた命令状が見えなかったんですか!? あれはジョーク何かじゃありません。
私たちは、万が一にも逆らう事が出来ませんよ!
逆らおう物なら、反逆者として捕まってしまいますよ!?」
ジョーク、違いましたか。
てゆーか、反逆者ですと!?
確かに、9番目とは言え王子様の命令状ではあったけれど。エセルだよ!?
ますます混乱し始めているわたしに気づいたのか、ジーナがわたしのスカートをフニフニと引っ張った。
「ウロさんウロさん。
エセルさんの着ていた鎧って、近衛騎士の中でも隊長さんしか着られない物だったよ?
エセルさんは、あれを冗談で着る人じゃないと思うなあ。あたし」
上目使いのジーナに、サラリとたしなめられてみましたカワイイ。
それよりも、あんな状況でエセルの鎧を見ていたジーナにちょっとビビッた。
だけれど、お陰で少しだけ冷静になれたましたよ。
考えてみれば、わたしってば〝平民〟なのよね。
しかも、最近まで市民権すら持ってなかったアウトローっぷりですよ。
……あれ?
もしかして、わたしってば貴族まみれの中にいて、毎日がだいぶ危うい状況だったんじゃね? しかも、それは続行中だし!?
などと、今更ながら気づいてみたりするボンクラ気味ですがどうでしょう?
「わ、解った。
急いで用意しましょう。そうしましょう!」
わたしがそう答えると、ニードルスとジーナが小さくコクコクとうなずいた。
学院長室を出て、少しだけまばらになった野次馬を掻き分けて走り出す。
って、いきなりジーナが馬車のある正面玄関とは反対方向に走り出した。
「ちょ、ジーナちゃん!?」
「あたし、小鳥飛ばしてきます。
すぐに行きますから、先に馬車まで行っててくださーい!」
わたしの声に答えながら、ジーナの手が野次馬越しにブンブンと振られて見えた。
さて問題です。
〝小鳥〟って何でしょう?
ニードルスに聞きたいのだけれど、絶対に怒られるんだわ。そうなんだわ!!
でも、聞くわたしは知りたがり。
「ニードルスくん、小鳥って何?」
廊下を走りながら、ニードルスに聞いてみた。
「恐らく、手紙を送るのでしょう。
私はまだ、見た事がありませんけど、魔力の導きで鳥に手紙を運ばせる事が出来るそうですよ?」
「!?」
「……どうしました?」
「えっ、その、スゴイ驚いちゃって……」
わたしの顔を見て、小首をかしげるニードルス。
いや、驚いたよ。スゴイ驚いた。
それってつまり、伝書鳩みたいな感じでしょ!?
しかも、魔力で制御出来るのなら、訓練なんていらないんだろうし。
でも今は、怒られなかった事にビックリしちゃって、驚きが半減しちゃったソレです。
「では、私はこちらですから。
正面玄関で会いましょう!」
「あいあい。
また後でね、ニードルスくん!」
食堂へと繋がる廊下から、ニードルスは男子寮へ。
わたしは女子寮へと別れた。
自分の部屋に駆け込んだわたしは、タンスにしまってあった着替えを鞄の中に乱暴に詰め込むと、そのまま部屋を飛び出した。
メチャクチャに詰め込んでも、取り出す時はちゃんとしてる不思議仕様の鞄。便利だわよ。
正面玄関には、ラジウス先生の他に、数人の先生方の姿が。その中には、レティ先生とウディム先生。アルド先生の顔もあった。
「随分と早いな、ウロ。
男のニードルスより支度が早いとは……。さすがは元・冒険者と言った所か?」
わたしの姿を見つけたエセルが、少し驚いた様に声を上げた。
……だ、だって、〝数十秒で支度しな!〟 的なイキオイだったじゃん。ぐぬぬ。
それから、あまり間を置かずにジーナが。
5分程遅れて、汗だくのニードルスがやって来た。
「どうして? ウロさん、早ーい!」
「何故、そんな、に、早い、ん、ですか?」
ちょっぴり息を弾ませているジーナと、垂れ下がる位に耳を下げて、その先から汗を滴らせているニードルス。……運動不足エルフ?
「も、もしもの時の為にね。
〝備えあれば嬉しいな〟的な?」
「全く、意味が解りませんよ!」
深呼吸気味の大きなため息を吐き出しながら、ニードルスが答えた。
「……揃ったな。
3人とも馬車に乗れ!
では学院長殿、この者たちを借りて行く。手続き等はお任せする!」
「ハッ、かしこまりました。
3人とも、くれぐれも失礼の無い様にな!?」
エセルに答えて、ラジウス先生が小さく頭を下げる。
「3人とも、気をつけてな!」
「危険なら、自重したまえよ?」
「ちゃんと採集もして来るのよ?」
アルド先生、ウディム先生、レティ先生の3人が、それぞれに声をかけてくれたけれど。……不穏しか感じないのは、何でなんだぜ? マジで。
「い、行ってきま……ってうわっ!?」
挨拶を返す間も無く、2人の御者な人たちの手によって馬車に詰め込まれるわたしたち。ムギュッとね。
だけれど、馬車の中はかなり豪華な造りになっててビビッた。
革張りの座席は向かい合わせだけれど、その幅は広くてフカフカゆったり仕様。
内装は乳白色の布で覆われていて、お布団とまではいかないけれど柔らかくて暖かみがあった。
乗り合い馬車とは雲泥の差だよ!!
ロイヤル・キャリッジ、恐るべし。
でも、揺れるのは同じでしたとさ。うぬぬ。
学院を出てからしばらく、馬車の中は沈黙に包まれていました。
馬車の中には、わたしたち3人とエセルなのだけれど。
どう言う訳か、わたしの体面に難しい顔のまま目を伏せたエセルが座り、その隣ではニードルスが死にそうな顔になっている。
それが、灯りの魔法のかかっているだろう内装によってボンヤリと浮かび上がっている状態だ。
わたしの隣では、そんな状態にも関わらず、体面の2人をニマニマしながら眺めているジーナがいるのですがな。
そんなジーナだったけれど、いくつかの角を馬車が曲がった辺りでキョロキョロとし始めた。
「どしたの、ジーナちゃん?」
「ウロさん、おかしいですよ。
この馬車、お城に向かってません!」
な、なんですと!?
ジーナが言うには、お城までは基本的に登り坂で、学院からだとそんなに何度も角を曲がる事は無いのだとか。
マジすか!?
と、わたしは外を確認したかったのだけれど。
わたしたちの乗っている馬車は、ベースはよくあるタイプの箱形だ。
だけれど、窓は矢避け用の木戸が外側と内側から閉められていて、外を見る事が出来ない。
御者とのやり取りをする小窓も木製のシャッターが閉められているし、エセルの後ろだから手が出せない。
「こ、これはどう言う事ですか。エセルさん??」
「エセルさん、そろそろ説明してくれませんか?
私たちは、命令状と同じ位にアルバートが心配なんですよ!」
狭い馬車の中に、わたしの少しだけ強めの声が響いて、それにニードルスが続いた。……なのだけれど。
エセルは、腕を組んできつく目を閉じたまま、押し黙って口を開く事は無かった。
死ぬ程重い空気をはらんだまま、走り続ける馬車。
もうお腹痛くなりそうになった頃、馬車は軋みを上げながらゆっくりと止まった。
「さあ皆様、降りて下さい」
さっきまでとは、明らかに口調の変わったエセルに戸惑いつつ、わたしたちは馬車を降りた。
「……ここは?」
辺りを見回していたニードルスが、小さく呟いた。
わたしたちが馬車を降ろされたそこは、薄暗くてガランとした空間。
どこかの建物の中、と言うより地下駐車場の天井が高い版みたいな場所だった。
キョロキョロと、定まり無く辺りを見回すわたしやニードルスと違って、何やら真剣な表情で天井や柱を見詰めているジーナ。
やがて、真顔のままエセルに振り返った。
「ここ、あたしの家の倉庫!?」
なんですと!?
ジーナの家って事は、ティモシー商会の倉庫って事でしょ?
もう、訳が解らなくなりそうなわたしに、更に追い撃ちが襲って来る。
「その通り、ここは東門の近くにあるティモシー商会の倉庫だ!」
物陰から現れた人物が、そう言いながらわたしたちの前までやって来た。
「アルバート、アルバートなのか!?」
細い目をカッと見開いて、ニードルスが叫んだ。
暗がりから、差し込む陽の光の中に入って来たのは、紛れもなくアルバートだった。
「ああ、驚かせて済まなかったな。ニードルス!」
駆け寄り、力強い握手を交わす2人だけれど。
何コレ、解らない。
「あの、アルバートく……」
「なあ、いつまでここにいるつもりなんだ?
出発前に、陽が暮れちまうぜ!?」
「……全く、従士装備は固っ苦しくて駄目だ!」
わたしの言葉を遮る様に、馬車から威勢の良い声が2つ響いた。
「ちょっ!?」
わたしの目に飛び込んで来たのは、馬車の上からわたしたちを見下ろす2人の冒険者の姿。
ヘンニーとダムドだ!
2人は、馬車の御者に扮してたみたいだけれど。
全っっ然、気がつかなかった!!
そう言えば、割りと強引に馬車の中に詰め込まれた気がする。
いや、そうじゃなくってさ!
「一体、どう言う事なのか。誰か説明してください!!」
倉庫内に、わたしの絶叫が響いた。
何なのもう!
訳解んないよもう!!
「うむ、騙す様な真似をして済まなかったな。ウロくん。
しかし、今ここで説明している暇は無いのだ。そうだな、エセル?」
「はい、アルバート様。
ウロ様、詳しいお話は後程致します。
まずは、追っ手がかかる前に街を出なくてはなりません!
ヘンニー、ダムド!」
「あいよ!」
「チッ、人使いが荒いぜ。旦那はよ!?」
混乱極まるわたしをヨソに、エセルの指示で別の大きな馬車を用意し始めるヘンニーとダムド。
てゆーか、追っ手!?
今、追っ手って言った!?
頭がグラグラしているわたしの隣で、馬車をしげしげと眺めるジーナ。
「これ、家の馬車!?」
「そうです、ジーナ様。
既にティモシー商会には話を通してありますし、ジーナ様の荷物も積んであります。ご安心を!」
ジーナに答えて、エセルが笑顔を見せる。怖い。
「すぐ、出発だ。
まごまごしていると、本物の従士連中に封鎖されちまうぞ!?」
「さあ、乗った乗った!」
あれよあれよと言う間に、わたしたちはティモシー商会の荷馬車に乗せられ、街の東門を悠々と出て行った。
さっきよりも揺れる馬車の中、混乱するわたしは、現状を解ろうとする気持ちと、それを激しく否定したい気持ちがグルグルと渦巻いていた。
学院でエセルを見た時に感じたイヤな予感は、この後始まるアルバートとエセルの説明によって、否応無く現実になって行くのでありました。




