第九十二話 人形病の怪
前回のあらすじ。
お茶を飲んだらアルバートがいなくなっちゃった。
その日の放課後。
わたしとニードルス、ジーナの3人は、レティ先生からアルバートが学院を去ったと報された。
正確には、休学扱いらしいのだけれど。いなくなっちゃった事実は、変わりはしない。
「本来なら、4人1班が普通だけど、貴方たちはもう進学資格を得ているから3人でも構わないでしょう。
どうしても必要だと判断された場合は、その時に対応します。……以上よ!」
書類から目を離さなかったレティ先生は、それだけ言うと手をヒラヒラと振ってわたしたちに退室を促した。
「……フランベル先生、アルバートが学院を去った理由を教えてください」
眉間にシワを寄せ、明らかな不信感を表しているニードルスが声を挙げた。
それに対して、レティ先生は盛大にため息を吐いてから顔を上げた。
「知らないわよ、そんな事。
元々彼は、卒業とは別に目的があったみたいだし。それが見つかったんじゃないかしら?」
「目的……ですか」
レティ先生の言葉に、ニードルスがゆっくりと目線を下げた。それは、ジーナも同じだった。
ニードルスもジーナも、漠然とだけれどアルバートの〝目的〟を知っている。
アルバートには、身内に重い病を患っている者がいて。
それを治す為に、呪術師の回復魔法特化版である『呪術医』を目指していた。
だから、かなり無理矢理気味に試練の塔に挑み、〝(仮)〟状態だけれど、2年生と同等の施設使用資格を獲た生々しい苦悩の思い出。
ニードルスもジーナもそれを思い出したらしくって、何となく納得しているみたいだけれど。
わたし、もう少しだけ詳しく聞いちゃってるし。
そして、どうしても気になってしまった事がありました。
それは、『人形病』についてだよ。
ゲームの頃には無かった病名だし、アルバートの話では、病気って言うよりは呪いみたいに聞こえた。
あのお茶会の後、今日までの2日間で、わたしなりにイロイロと調べてみた。
人形病に関する記述は、召喚魔法以上に少なかった。
オートマトンちゃんにやっと見つけてもらった本には、所々が黒く塗り潰されていて読めなくなっていてビビッた。
そんな中から、読み取れた内容によると……。
人形病が〝病気〟と分類されたのは、今から50年程前の事らしい。
それまでは、わたしが感じた様に〝呪い〟に分類されていたみたいだけれど。
高位の司祭による祈りや、解呪魔法でも呪いを解く事が出来ず、一部の薬草や貴重な霊薬が症状の進行を遅らせた事から病気と認定された。……病気には認定されたけれど、治療法は不明。現在に至る。みたいな。
進行度は、全部で4段階。
1 風邪に似た症状が出る。
2 主に関節に腫れや痛みが出て、同時に皮膚が固くなって行く。
3 ほとんど動けなくなり、皮膚は陶器の様に硬質化して、無理に動けばヒビ割れて剥がれ落ちる。この頃になると、痛みを始めとした身体の全ての感覚が無くなってしまう。
4 約10日程の昏睡状態の後、覚醒した患者は極めて凶暴になり、動く物に等しく襲いかかる様になってしまう。
ここまで病状が進行してしまった患者は、何故か『不死』の状態になってしまい、文字通り殺す事が出来なくなってしまうらしい。
対処法としては、近づかなければピクリとも動かないので、頑丈な隔離部屋に閉じ込めてしまう。と言う方法が取られていたみたいだった。
第4段階に進むまでの時間は人によって様々で、数十年かけてゆっくり進行する者もいれば、数ヵ月であっと言う間に進行する者もいるらしい。
表情を変えず、声を立てず。
痛みを感じる様子も無く、血も出ない。
感情も無く、硬直した身体のギクシャクとした動作から、この病を『人形病』と呼ぶ様になった。
そんな風に、わたしの読んだ本には書かれてあった。
……ナニ、この恐ろしい病気は!?
これを読んだわたしの感想は、戦慄と共に〝やっぱり、呪いなんじゃないの?〟だった。
だって死ねなくなるとか、病気にはとても思えないんだもん。
あ、でもゲームだった頃には、人狼などになってしまう『ライカンスロープ病』や、吸血鬼になってしまう『バンパイア病』なんて言うのはあったから、〝転化する病〟として考えると……。むう、やっぱ怖い。
「ウロさん、さっきから何をブツブツ言ってるんですか?」
「うお!?」
不意にニードルスに声をかけられて、かなりビビッた。
てゆーか、独り言を言ってた自分にもビビッた。だいぶ。
「……なあに? 貴女も何かあるの?」
レティ先生が、少しだけ不機嫌そうに腕組みしながら、椅子の背もたれに身を預ける。
……ううむ。
自分で調べるにも限界があるし、レティ先生にお伺いを立てるのも良いかも知れないかな?
「レティ先生、人形病ってご存知ですか?
どうやら、アルバートくんの身内に、人形病の人がいるみたいなんです。
アルバートくんは、その治療方法を探してたみたいなんです!」
「人形病ですって!?」
わたしの質問に、レティ先生が身を乗り出した。
な、何!?
そんなに驚く事なの??
ニードルスとジーナも驚いているみたいだったけれど、それはレティ先生に驚いたのであって人形病については知らない様に見えた。
「フランベル先生、人形病とは一体……?」
ニードルスの言葉に、レティ先生は一瞬だけハッとした表情になったけれど。
ゆっくりと腰を下ろしながら、フウと小さく息を吐いた。
「ウロさん。
貴女、人形病についてどの位知ってるのかしら?」
「えと、図書室の本で読んだだけです!」
わたしの答えに、レティ先生はフムと1つうなずいた。
「……良いでしょう。
本当は、あまり話すべき事ではありませんが、少しだけ教えてあげましょう」
そう前置きしてから、レティ先生は人形病について話してくれた。
内容的には、わたしが本で読んだ事とあまり変わりは無いみたいだけれど。
人形病は、この世界の人にとっても珍しい病気なのかな?
わたしがそうだった様に、説明を聞き終わったニードルスとジーナの顔は、初めて聞くだろう人形病の恐怖にやや強張っている気がした。
「……これが、人形病についての大体の説明です。
何か質問は?」
「はい、フランベル先生!」
レティ先生の声に、ニードルスがいち早く手を挙げた。
「〝不死〟とおっしゃいましたが、アンデッドとは違うのでしょうか?」
「違います。
まず、アンデッドは〝不死〟では無く〝死に損い〟です。
本来、死んで終わるはずの〝生〟が、魔法や呪い等の何らかの要因で〝正常に終わらなかった〟のがアンデッドです。
人形病は、〝終わる事の出来なくなった生〟。まだ、死んでいない、故に〝不死〟なのです」
ニードルスの質問に、その様に答えたレティ先生だったけれど。
つまり、アンデッドは正常に死ぬ事に失敗した者で、人形病は死ぬ事が出来なくなってる状態。って感じ? 合ってるのかは不明。
「解りました。
では、人形病になったら死ぬ事は不可能なのでしょうか?」
どうやら、さっきの説明で理解したらしいニードルスが続けて質問する。……スゲェな、ニードルス!?
「いいえ、死ねます。
第4段階に達する前なら、患者を死亡させる事が可能です」
「そ、それなら、第4段階になる前に1度、し、死なせて、神聖魔法の『蘇生』で生き返らせれば……」
レティ先生の返答に食いつく感じで、ジーナが質問した。
人形病解説のショックから、まだ回復しきっていないのか、言葉が少しだけ詰まり気味になっている。
「残念ながら、それは無理ね。
『蘇生』で生き返らせたとしても、人形病が治る訳では無いのよ。
患者が死ねば、病気の進行は一時的に止まります。
だけど、生き返れば再び病状も進行し始めてしまうの。
それに、『蘇生』は、死体の鮮度と術者の信仰心で成功率が大きく変わる不確実な物。
そんな物の為に、お城が買える程の金貨を寄付するのは、私には理解出来ないわね!」
死なせてあげるのも、時には優しさなのよ! と、レティ先生は目を伏せながら答えた。
その答えに、わたしは秘かに動揺してたりしましたよ!
ゲームだった頃と同じなら、神聖魔法である『蘇生』は、僧侶の上位職である司祭や高レベルの聖騎士が使える魔法になる。
その効果は、文字通り死んでしまったプレイヤーキャラクターの蘇生である。
この魔法の対象プレイヤーキャラクターは、死ぬ前に受けていたほとんどのステータス異常を回復した状態で生き返る事が出来る。
唯一、バンパイア化してしまっている者の場合、1レベル下がる事でバンパイア化を治して生き返ると記憶していたけれど。
……ぬぬぬ。
個々のステータス異常を治すより、1度死なせて蘇生で全回復。
蘇生でのステータス治療法は、ゲームではお手軽MP節約術だったのに。
それと、レティ先生の言い方だと、蘇生魔法を使える者自体がかなり少ないのかもしれない。
司祭でレベル50、聖騎士ならレベル100だったから。
今の世界では、だいぶレアな存在なのかな?
ならば、どうするの??
そんな事を考えつつ、わたしは手を挙げた。
「どうぞ、ウロさん?」
「はい。
あの、それじゃあ、人形病はどうやって治すのでしょうか?
わたしが読んだ本は、黒塗り部分が多くって。
〝治療法は不明〟とか書かれてた様な気が……」
「その通りよ。
人形病は、現在でも治療法は不明です。
『エリクサー』の使用に、病の進行を遅らせる効果が認められているけど、治る訳ではないわね。
入手困難な国宝級の霊薬を、ほんの一瞬の効果の為に使える者なんていないでしょうけど?」
わたしの質問に、丁寧に答えてくれたレティ先生。
それに大きく反応したのは、ニードルスとジーナだった。
「え、エリクサーだって!?」
そう言って、勢い良く立ち上がったニードルスとジーナ。
そんな2人に、レティ先生が手のひらをゆっくりと下げる動作で着席を促した。
ニードルスは錬金術師的に、ジーナは商人的に驚いたッポイ感じ。シンクロしてたけれど。
それはそうと、エリクサーかあ。
全てのステータス異常の回復と、HP・MPの全回復が可能な超絶万能薬であるエリクサー。
ゲームだった頃は、あんまり持ってる人がいなかった。
見た目には、綺麗な瓶に入った水薬だったから、持ってる人は大抵、自分のセーブハウスに飾ってた。……わたしは持ってなかったけれど、チームの先輩に見せてもらった事が何度かあった。
錬金術で錬成が可能だったけれど、素材が激レアな物ばかりな上に、錬金術レベル500以上じゃないと作れないし、作れても、成功率が数パーセントとかなり低くてとても挑戦出来ない。
だから、滅多にバザーには出回らないし、あっても信じられない値段が付いてて手が出せなかったっけ。
使ってる人たちはと言えば、廃人コンテンツとか言われてた激ムズの連続クエスト、『世界を統べる4神』に挑んでいる人たちばかりだった印象ですがなあ。
わたしみたいな通常プレイヤーには、対象エリアにすらたどり着けない鬼仕様だったけれどね。
ニードルスとジーナの反応を見るに、この世界でも貴重な薬に違いありますまい! 国宝級だって言うしね。
「じ、じゃあ、人形病になった人はどうするんですか?」
驚く2人をよそに、続けてわたしが質問した。
レティ先生は、少しだけ考えてから口を開いた。
「人形病にかかった者を見つけた場合、直ぐに衛兵への届け出が必要になるの。
そして、牢への隔離がなされるわ!」
レティ先生の説明によると、医師や薬師によって人形病であると認められた場合、その進行度に関わらず、衛兵によって牢屋などの強固な建物の中に隔離されてしまうらしい。
その後で、患者に家族がいるなら家族の者に。
いないならば、本人に殺処分が告げられるのだと言う。
「こ、殺されちゃうの!?」
悲痛な叫びを上げたのは、ジーナだった。
その声にハッとした表情になったレティ先生は、小さくため息をはいて説明を中断した。
「さっきも言ったけど、時には、それが優しさな事もあるのよ。
……少し話し過ぎたみたいね。
さあ、この話はここまでよ。
くれぐれも、外で言い触らしたりしないで頂戴ね?
学生は、こんな事知らなくても良いんだから!」
そう言って、水差しからグラスに水を注いだレティ先生は、それを一気に喉に流し込んでいた。
「フランベル先生、最後に1つだけ。
アルバートの身内の者も、衛兵の牢に?」
「それは無いわ。
ローウェル君は、少し特殊な貴族だから。
さあさあ、話しは終わりよ。戻って勉強なさい!」
ニードルスの質問に足早に答えたレティ先生は、追い立てる様にわたしたちを研究室から退室させた。
学生棟へと戻る道すがら、イロイロな想いが巡っているのか、みんな押し黙っていたけれど。
そんな中、最初に口を開いたのは、ジーナだった。
「アルバートさん、大丈夫かな?」
「……どうでしょうか。
アルバートの事です。あんな性格ですから大丈夫でしょうけど。
それよりも、フランベル先生の言っていた〝特殊な貴族〟が気になりますね」
不安と疑問で、少しだけ声が震えているジーナ。
それに答えたニードルスは、腕を組んで考える様に首をひねった。
そう言えば、アルバートが王族の関係者だって知ってるのは、この中だとわたしだけなのですな。
わたしにしたって、見えた苗字が〝ローウェル〟ではなくって、ハイリム国の王家の名である〝タヴィルスタン〟だったからってだけなのですがなあ。
もし、アルバートが本当に王族関係者ならば、街の牢屋じゃあなくって、お城の牢屋なんじゃないかなあ?
どちらにしても、わたしたちがどうにか出来る事ではないのだけれど。……悔しいけれど。
「どうしたの、ウロさん?」
「!?」
ジーナに袖をツンツンと引っぱられて、ハッと我に返った。……どうやら、立ち止まってたみたいです。
「な、何でもないよ?
ちょっぴりばかり、考え事をね!」
「もう、お腹が空いたんですか?
しっかりしてください、ウロさん。
アルバートが戻ってくるまでの間、私たちは3人で課題をこなさなくてはならないのですから!」
廊下で、デリカシーの欠片も無い台詞を叫ぶニードルス。
おのれ、ニードルス。
まだ、そんなに空いてないし!!
でも、ニードルスの言う通りだよ。
班での課題は、個人課題より大変な物が多いし。
遅れれば、それだけ自分の調べ物とかの時間が減る不具合だよ。
学生棟に戻ったわたしたちは、お茶をするでもなく解散となった。
それから、1週間が経った。
何だかんだで、アルバートはわたしたちの班のリーダー的な存在だったと実感した。
あの決断力は、グダグダなわたしたちにはとてもとても重要だったと思う。などと。
ニードルスは理屈ッポイし、ジーナはわたし以上に優柔不断。
わたしはと言えば、良かれと思って地雷踏みなテイタラクだし。
そんな感じに、ジワジワとストレスを貯めていたわたしたちの前に、ある日、不安の塊がやって来た。
学院の正面中庭に、白を基調にした豪奢な4頭引きの馬車が入って来た。
学院中が、その馬車に騒然となっていたのだけれど、それには理由があった。
馬車に刻まれていたのは、ハイリム王国の紋章。
つまり、あの馬車は王家御用達の馬車って事になる。
貴族が大多数を占めるこの学院では、生徒から先生に至るまで当然の様に大騒ぎだった。
だけれど、わたしたちが騒然となったのはソコじゃあ無いよ。
馬車から降りて来たのは、近衛騎士団の装備に身を包んだ長身の騎士。
それが、エセルだと気がついたニードルス、ジーナ。
そして、わたしの3人だけだったと思う。
エセルは、群集からわたしたちの姿を見つけると、怖い顔に不敵な笑みを浮かべた様な気がした。
それは、恐怖と言うよりもむしろ、これから起こるだろうイロイロな事を暗示させる熱病みたいな気がして、わたしの視界は、緩やかに歪んで行く様な気がしたのでありました。ぐにゃあ。




