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第九十一話 アルバートとの秘密のお茶会

 元の世界よりいっぱい図書室にいる。ウロです。代わりに本屋さんには行かなくなった不思議。無いからだけれど。雑誌とか。求む、お気楽紙媒体。


 本館に通い出してから、今日で10日になろうとしております。

 それなのに、わたしの調べ物と来たら全っっ然、(はかど)ってはいないのでありましたさ。


 と言うのも、召喚士や召喚魔法に関する記述が、かなり少なかったりするせいであります。


 召喚魔法だけでまとめられている本は、それこそ数える位しか見つからない。

 しかも、やっと見つけた召喚魔法も、壮大な儀式のやり方や長文の呪文ばかりで、わたしの探しているソレとはだいぶ違ってたりする不具合です。


 どうやら、この世界の召喚魔法は『儀式魔法』に分類されているらしいのですよ。


 何日も儀式をしながら呪文を唱えて、やっと喚び出した〝何か〟と或いは交渉、或いは闘って勝ち、契約する感じ。みたいな?


 ううむ。

 わたしの知ってる召喚士と、だいぶ違ってるんですけれどどうでしょう?


 わたしの知ってる召喚士は、当たり前だけれどゲームであるイマージュ・オンラインのそれだ。


 ゲームを始める前、イマージュ・オンラインの公式ページで何度も観たジョブ紹介PVの中に、召喚士の姿があった。


 可愛かったりかっこ良かったり、もしくは怖かったりする召喚獣を従えて、強大な敵に挑む姿にわたしはワクワクが止まらなかったのを覚えている。


 戦士と共に走る、銀色に輝くダイア・ウルフの姿が。

 回復職(ヒーラー)たちを守る騎士の盾に並んで、身を挺して敵の攻撃を阻むゴーレムの姿が。


 目を閉じれば、今でも鮮明に思い出せる程に憧れたりした。


 ……まあ、そんな召喚士の姿は、夢のまた夢だったのですがなあ。


 だって、スゴイ残念仕様だったんだもん。


 PV詐欺とか劣化妖術師(ソーサラー)とか、イロイロ言われてたりしていたけれど、その一方で、召喚士の地位向上を願う声が多かったのもまた事実だった。


 召喚士としてキャラクターメイキングされたウロは、召喚獣を従えての戦闘どころか、召喚魔法の1つも入手出来ていない。

 ……今は、いくつかの召喚獣をイレギュラー気味に入手出来てはいるけれど。


 だから、召喚魔法での闘い方なんかは完全にアドリブだったのですがなあ。


 てゆーか、この世界の召喚魔法の記述の、どこをどう探しても「おいでませ!」などと言う超絶テキトーな呪文、1つも見つからりゃしないしね。

 わたし、何であんな事言ったのかな? イキオイって必要よね!


 などと言いつつも、今はまだ良いけれど、ニードルスたちが真実を知ったら絶対にギャアギャア言われるに決まっている不具合。主に好奇心的な方向で。


 唯一の救いは、喚び出せる『召喚獣』がゲームだった時と同じらしいって事かな?


 全部の召喚獣の記事があった訳では無いけれど、イマージュシリーズではお馴染みの名前がいくつか見てとれた。


 様々な精霊たちの下位・上位。

 ダイア・ウルフやダイア・ベアに代表される、ダイア・アニマルたち。

 そして、ドラゴンやフェニックスに代表される、みんな大好き幻獣、神獣の皆々様。……フッフッフッ。


 嗚呼、ワクワクドキドキトキメキが止まらないぜえ!!


「大丈夫デショウカ、オ嬢様?」


「はうっ!?」


 不意に、オートマトンに声をかけられて盛大にビビッた!

 同時に、周囲の視線が注がれているのに気づいた。


「だ、大丈夫。な、何でもないですよ?」


 そうオートマトンに答えながら、周囲に対して謝罪の眼差しを返す。超絶恥ずかしいったらないよ!?


 ……って、良く見たらこのオートマトン、わたしが本を頼んだオートマトンと違うみたいだけれど?


「あの、わたしに何か?」


「オ嬢様ニ、オ客様ガイラシテオリマス」


 質問するわたしに、オートマトンは入口の方を示しながら答えた。


「……アルバート?」


 図書室の入口には、アルバートの姿があった。

 アルバートは、わたしの視線に気がついたらしく小さく手を振って見せた。


「解った、ありがとう。

 悪いけれど、わたしのお手伝いをしてくれてるオートマトンちゃんに、作業を中断する様に伝えてくれるかな?」


「カシコマリマシタ。

 コチラノ席ハ、オ戻リニナルマデ保管シテオキマス。

 ドウゾ、イッテラッシャイマセ!」


「ありがとう、行ってきます!」


 小声でそんなやり取りをして、わたしは鞄を掴むとアルバートの元へと急いだ。


 入口の側に立つアルバートは、いつもより沈んだ表情の様な気がしたけれど。それは、本館が他の学院施設より少しだけ暗いせいかもしれない。

 だって、上級生の女子たちがアルバートに熱い視線を送っているし、それに気がついただろうアルバートも、髪をかき上げたりして満更でもないみたいに見えたから。


 わたしは、小さくため息を吐いてからアルバートの元へと歩み寄った。


「どしたの、アルバートくん?」


「ああ、忙しい所すまないな。

 ……その、少し話せるかな?」


 そう言ったアルバートは、入口の扉を開けながら首を少しだけ傾けた。


「うん、良いよ。じゃあ、食堂へ行きましょう?」


「ああ、そうしようか」


 わたしの言葉に、アルバートがうなずいた。


 その瞬間、本館内が小さくざわめいて、刺す様な視線を山ほど感じた気がしたけれど。……き、気のせいかな?


 昼下がりの食堂は、その広さが解るくらいに閑散としていた。午後のお茶の時間帯までの、ほんの少しの間だけれどね。


 わたしとアルバートは、もはや定位置となっている隅っこの席へと腰を下ろした。

 いつもなら、ニードルスとジーナを加えた4人なのだけれど今はいない。


 てゆーか、学院のシステム状、基本的に班で行動する事の多いわたしたち学生は、寮や図書室などを除いて、あまり少数とか単独でいる事が少ない。


 入学当初ならあれだけれど、すでに班行動が普通になっちゃっている今となっては、2人で、しかも男女でとなるとちょっぴりばかり居心地が悪い気がするのですがどうでしょう? なんだっけ、悪目立ち気味?


 ……まあね、わたしたちってば美男美女だしね。シカタナイネ。


 そんな事より、アルバートですよ!


 お茶を運んで来てくれたアルバートは、わたしの対面にゆっくりと腰を下ろした。それって、恐ろしく奇妙な姿だよ。


「アルバートくん、エセルさんは?」


 実は、本館でアルバートを見た時からずっと気になってた事だったり。

 いつもなら、アルバートの後ろで眼光鋭くエセルが控えていて、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

 だけれど、今日はそれが無い。

 だから、あんなに女子が騒げたのだけれど。


 わたしの問いに、アルバートは小さくうなずいた。


「エセルには、所用を頼んだのだ。なに、あと2、3日で戻るだろう。

 何だ? そんなにエセルに会いたかったのか!?」


「!?」


 はわわわわっ。

 なんと言う恐ろしい事を!!


 あまりの事に、何と答えて良いのか解らなくなっちゃったよ!


「う、ウロくん、大丈夫か!?」


「うえっ!?」


 アルバートが急に立ち上がり、目を丸くしている。


 ……どうやら、絶句したまま固まったわたしが、小刻みに震え出したみたいだよ。


「だ、大丈夫です平気です!」


「そ、そうか。

 変な事を言って、すまなかった。だが、あまりエセルを嫌わないでやってくれ。顔は怖いかも知れんが、悪い奴ではないぞ?」


 ……うん、知ってる。

 でもでも、怖いのは怖いのじゃよ! などと。


「あ、あい」


 小さく答えたわたしを見て、アルバートはため息を吐きながら椅子に座り直した。


「と、ところでアルバートくん。何か、話があったんじゃないの?」


 わたしの言葉に、今度は、お茶のカップに手を伸ばしていたアルバートが固まった。


「んん? ああ、そうだな……」


 そう呟いたアルバートが、止まった手を動かしてお茶のカップを手に取った。

 飲むでもなく、しばらくカップを見詰めていたけれど、やがて、ゆっくりと話し始めた。


「ウロくんは、召喚士を目指しているんだったな?

 召喚魔法は、異なる世界との扉を開き、その世界の者をこちらの世界に喚び寄せる秘術と聞いた事があるが、本当か?」


「ええと、その、大体、合ってる。かな?」


 ……そう、大体ね。

 〝精霊界〟とか〝魔界〟とかを、〝異世界〟とするなら。だけれど。


 わたしの答えに、アルバートの目が少しだけ大きく見開かれた気がした。


「そうか!!

 では、人の魂を喚び寄せる事は出来るのか?」


 大きく身を乗り出して、テーブルが無ければわたしに掴みかかりそうな勢いのアルバート。


「ちょ、あ、アルバートくん、落ち着い……い、痛いよアルバートくん!?」


 咄嗟(とっさ)に突き出したわたしの手を、アルバートがギュッと握り締める。


 一瞬の沈黙の後、わたしの手は、アルバートの(いまし)めから解放された。


「す、すまん。つい、取り乱してしまった。許してくれ、ウロくん!」


「だ、大丈夫だよ。

 でも、どうしたのアルバートくん?」


 まだ痺れの残る手を、交互に(さす)りながら質問するわたしに、アルバートは首を横に振っただけだった。


 再びの沈黙に、先に耐えられなくなったのはわたしだった。


「……その、魂って事は、死者を喚び寄せるって事だよね?

 それなら、召喚魔法じゃあなくって死霊魔法の方なんじゃないかな?」


 わたしがそう言うと、アルバートは再び首を横に振った。


「違う、違うのだ。

 確かに、死霊魔法には魂を喚び出す秘術があると聞くが、そうでは無いのだ。

 私が知りたいのは、魂を喚び出し、あるべき所へ戻す方法なのだ!」


 アルバートの口から出た言葉は、小声だけれど、ビリビリと空気が震動するみたいな気迫が込められている様に感じられた。


 だけれど、わたしは疑問を思い浮かべてしまう。


「アルバートくんは、死者を生き返らせようとしているの?

 それなら、神聖魔法の『蘇生(リザレクション)』が……」


「そうでは無い!

 実際には、死んではいないのだ。

 だから、高名な聖職者の祈りも届かないのだよ!」


 声を荒げて、必死に話すアルバートだけれど。


 ……ごめんなさい。

 わたしには、ちょっと言ってる意味が解らないのですが??


「アルバートくん、落ち着いてちゃんと説明してくれる?

 一体、どう言う事なの??」


 わたしがそう言うと、アルバートは「あ、ああ」と小さく呻く様に呟いた。

 そして、お茶を半分ほど飲み干してから、口を開いた。


「ウロくんは、『人形病』と言うのを聞いた事があるだろうか?」


 聞いた事のなかったわたしは、首を横に振る。


 それを見たアルバートは、ウンウンとうなずきながら先を話してくれた。


 人形病とは、その名の通り、身体が人形の様になってしまう病気の事らしい。


 身体が少しずつ動かなくなり、同時に皮膚が、まるで陶器の様に固くなってしまう。

 やがて、患者は本物の人形の様になってしまうのだけれど、この病気の本当の恐ろしさはここからなのである。


 この状態になった患者は自我を失ってしまい、近づく者を無差別に攻撃する様になってしまう。

 相手が、どんなに親しい相手であろうと関係無い。それが恋人だろうと、親子だろうと等しく襲いかかって来る。


 また、この状態の患者は決して死ぬ事が無くなってしまうのだと言う。


 手足を斬り落としても、血の1滴も出ない。

 たとえ、身体をバラバラにしたとしてもそれぞれが動いて襲って来るだけなのだとか。


「それって、もう患者本人は死んでるんじゃ……」


「……死んではいないのだ。

 その証拠に、神聖魔法の『蘇生(リザレクション)』は成功しない。死んではいないからだそうだ。

 同じ理由で、冥府から死者を喚び出す死霊魔法も成功しないだろうな」


 わたしの疑問に答えたアルバートは、忌々(いまいま)しそうにため息を吐いた。


 ナニソレ。

 それはもう、病気じゃあなくって呪いなんじゃね??

 でも、呪いなら高位の聖職者の祈りは有効だろうし。


 でもでも、アルバートが召喚魔法を聞いて来た理由が解ったよ。


 神聖魔法で死んでない人を生き返らせる事は出来ないし、死霊魔法で死んでない魂を喚び出す事は出来ない。たぶん。


 アルバートは、召喚魔法なら患者の〝魂〟だけを〝身体の外〟へ喚び出す事が出来るのではないか? と考えたに違いない。


 な、なるほどね。

 スゴいアイディアだと思う。思うのだけれど……。


「話しは解ったよ。

 アルバートくんは、朽ちない病気の身体から魂だけを救い出したいと考えてるんだね?」


 わたしの言葉に、アルバートの顔が喜色に染まって行く。


「そう、その通りだウロくん!

 出来るのか? 身体から魂を喚び出す事が!!」


 声が上ずるほどに上気したアルバートに、わたしは首を横に振るしかなかった。


「ごめんなさい。

 今のわたしには、アルバートくんの考えてる事が出来るのかどうかすら解らないの。

 勉強不足で、本当にごめんなさい!」


 そう言うしかなかった。


 この10日間、わたしが調べた召喚魔法に関する記事の中には、こんな特殊な事例は見当たらなかった。


 もしかしたら、何かしらの方法があるのかも知れないけれど。

 記事事態が少ない中で、見つかるかどうか解らない事を軽々しく請け合う訳にはいかない。


「っく……」


 わたしの答えに、アルバートの瞳が怒りに染まった様な気がした。

 だけれど、それは一瞬の事で、風船がしぼんで行くみたいに目から光が消えて行くのが解った。


「……いや、謝る必要は無いよ。ウロくん。

 私が軽率なのだ。自分の調べ物が上手く行かないからと、キミを頼ったのだから。

 謝るべきは、私の方だ。許してくれ、ウロくん!」


「えっ、あの、アルバートくん!?」


 慌てるわたしに、アルバートは笑顔を見せてから食堂を出て行った。


 ……あんな悲しそうな笑顔、わたしは見た事が無かった。


 気がついたら、わたしは食堂の入口まで走っていた。

 廊下を力無く歩くアルバートの背中に、わたしはどうして良いか解らなくなるほど狼狽していたと思う。


「あ、アルバートくん。

 何か解ったら、すぐに報せるから!」


 わたしが大声で叫ぶと、アルバートは手だけを振って応えていた。

 振り向く事は無かった。


 その3日後。

 アルバートは、何も言わずに学院から姿を消してしまったのでありました。

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