第八十七話 技の試練の恐怖 後編 その二
こちらは、第八十七話 その二 になります。
まだ、その一 をお読み頂いていない場合は、その一の方先にをお読み頂きます様、よろしくお願いいたします。
「おいでませ、カールスナウト!!」
そう叫びながら、わたしは手に魔力を巡らせて行く。
白い床に、青白い魔力の円が浮かんで、その中から1振りの剣が現れた。
ブロードソードを思わせる、あまり飾り気の無い簡素な剣。
ヴァルキリーさんから譲り受けた魔剣『カールスナウト』だ。
カールスナウトは、宙でくるりと回転すると、自動的にわたしの腰へと収まった。
「命令ヲ、我ガ主」
頭の中に、子供とも女性ともつかない声が響いた。
……こんな声だっけ?
気を取り直して、わたしは宣言する。
「目標は、あのゴースト騎士の討伐。
後ろにいる女の子と、わたしを守る方向でお願い!」
「承知シタ!」
わたしに応えて、もう1度頭の中に声が響くと、腰から剣がフワリと浮かび上がってわたしの手の中に落ち着く。
見た目よりも軽くて、やけに手に馴染む感じが心地よい。……その瞬間。
!!
わたしのMPが、剣を握った手を通して急激に流れ始める。てゆーか、〝吸い取られてる〟が本当かも。
……これが怖かったのですよ。
カールスナウトは本来、ヴァルキリーの持っていた剣。
住む世界の違いからか、生身で扱うのは相当に難しい。
以前に使った時は、ララさんの〝精神世界〟だったから平気だったみたいだけれど。
今は、その存在を保つ為のランニングコストがヤバすぎる! かなり燃費が悪いったら無いよ!!
試練の塔に初めて挑戦した時、MP消費に苦汁を飲んだ身としては、節約必至な塔の中、ましてまだ3階と屋上が残っているのに魔剣を使いたくなかったのが正直な所だったり。
でも、背に腹は代えられないナニなソレ。
死ぬよりはマシって感じ?
喚んじゃった以上、ここからは時間の勝負!
「いくよ、カールスナウトちゃん!」
そのかけ声と同時に、わたしは走り出す。
顔に当たる空気が、床を蹴る度に冷たく固くなって行くのを感じる。
ゴースト騎士は、その赤い瞳をギラつかせながらピクリとも動いていない。
イケるかな?
勢いそのままに、わたしは高く構えた剣をゴースト騎士に振り下ろ……そうとしたけれど。
「ちょっ、なっ!?」
さっきまで軽かった剣が、急激に重くなった。
それは、体勢を保てない程に。
そのまま、剣に引かれて地面まで落ちて行くわたし。
何故?? なんて思ったのもつかの間。
ギギィンッ
激しい金属音と衝撃が、わたしの耳と腕に走った。
そのまま、わたしの身体は宙に跳ね上がる。
!?
動いていないと思っていたゴースト騎士が、まるで天に突き上げるみたいにその左拳を掲げている。
その拳とわたしの身体の間には、カールスナウトの刀身があった。
ま、守ってくれた!?
わたしには、まるで見えなかったゴースト騎士の攻撃から。
だけれど、浮き上がった状態はかなりマズイ。……などと考えてましたら。
「な、なな何事ら、わ、わわしのうれ……!?」
先程まで高く突き上げていたゴースト騎士の左腕が、ボロボロと崩れ始めている。
な、何?
何がどうしたの!?
状況の飲み込めないわたしの頭に、カールスナウトの声が響く。
「我ガ身ニ触レタノダ、無事デナルモノカ!」
ひゃーっ! 何それカッコイイ!!
まさに、魔剣魔剣した魔剣!!
などと、浮かれている場合じゃない。
何とか着地したわたしは、目に入った光景に戦慄する。
ゴースト騎士は、闘っているハズのわたしなど見てはいない。
赤く光る目は、ジーナを捉えているのだから。
ヤバイ!!
そう思った瞬間、ゴースト騎士が滑る様にジーナへと移動を始めた。
「わ、わわしののおお……」
もう、言葉になっていない奇声を上げながら突進するゴースト騎士。
「きゃーっ、ウロさーん!!」
ジーナの悲鳴が、白い壁に跳ね返っていくつも重なって聞こえた。
ダメ、待って!!
背中が冷たくなり、それが伝染するみたいに全身が泡立つ様な感覚に襲われた。
「駄目ダ、待テ主!」
頭の中に、カールスナウトの声が響く。
だけれど、待ってなんていられない。
「ジーナ!!」
叫びながら、ゴースト騎士の背中を追う。
攻撃は速いけれど、移動は全然遅いから余裕で間に合う。
ガクンッ
急に、カールスナウトがわたしの意に反して後方へと飛び出した。
「ちょっ、痛っ!?」
あらぬ方向に腕を引っ張られて、ねじれから身体が悲鳴を上げる。
それと同時に、腕に再び衝撃が走った。
「えっ!?」
カールスナウトが、宙に浮いたボロボロの腕を撃ち落としている。
……これって、さっき崩れたハズのゴースト騎士の左腕!?
それが、後ろから襲って来たって言うの!?
そんな攻撃、レイスにあった??
てゆーか、また、カールスナウトに助けられてるし。
「逃ゲロ、主!」
まだ、動揺から立ち直っていないわたしの頭にカールスナウトの絶叫ともとれる声が轟く。
視線が先か首が先か、そんな数瞬。
振り返るわたしの目に、間近に迫った真っ赤に燃える2つの瞳が映った。
マジで?
何で??
さっきまで、ジーナに迫ってたのに。
何で、目の前にゴースト騎士がいるの??
訳の解らなくなっているわたしをよそに、現実は厳しく流れて行く。
「ぐえっ!?」
わたしの首を、ゴースト騎士の残った右腕が鷲掴みにした。
「しまった」とか「ヤバイ」とか、そんな考えが浮かぶより恐怖が頭を過った。
だって、ゴースト騎士の顔が、満面の笑顔になっていたから。
「!!」
次の瞬間、掴まれている首から、徐々に全身の血管に氷の管でも差し込まれているみたいな激痛が走る。
冷たいより痛い。そんな感覚。
そして、痛みと引き換えにわたしの体温、ってゆーか生命力がゴースト騎士に流れ出て行くみたいな気がした。
こ、これが『エナジー・ドレイン』!?
白くなって行く頭の中で、そんな事を考えたりして。
誰かが叫んでる気がするけれど、耳鳴りがひどくて良く聞こえない。
あと、頭痛もする。風邪引いたかな?
でも、何だか良く眠れそうなんだよね。
フワフワ、ポカポカ。
さっきまで、バカみたいに寒かった気がし……。
「目ヲ覚マセ、主!!」
頭の中に、恐ろしく大きな声が響いてビビッた。
同時に、痺れる様な全身の感覚と強烈な首の痛みを実感する。
「ぐうぬぬぬぬっ!?」
「ウロさん!!」
唸るわたしの耳に、ジーナの悲痛な叫びが届いた。
やっと戻った視界には、杖を構えたジーナと、苦痛に顔を歪ませるゴースト騎士の姿が。
な、何?
どんな状況??
「立テ、主。好機ヲ逃スナ!!」
頭の中に、カールスナウトの叱咤が飛ぶ。
そうだ、わたしはゴースト騎士と闘ってたんだった。
そして、今が絶好のチャンスなんだね!?
痺れる足に、無理矢理に力を入れて立ち上がる。
そのまま、前のめりに倒れ込むみたいにわたしは飛び出した。
頭痛と吐き気が、そろそろMPが限界だと告げている。
だけれど、そんなの構ってられやしない。
ゴースト騎士に接敵する刹那、怒りに満ちた赤い瞳がわたしを睨むのが解った。
「沈メ、主」
うん、知ってる!
カールスナウトの声が聞こえるより速く、わたしの身体は低く沈み込んでいた。
理由は解らない。そんな気がしただけ。
シュカッ
わたしの頭の上を、ゴースト騎士の右腕が高速で通り過ぎて行く。
ここ!
「ココダ!」
わたしとカールスナウトの意見が一致した。
そのまま、ゴースト騎士に飛び込む様に床を強く蹴る。
ドスンッ
強く握り締めたカールスナウトから、わたしの手に衝撃が伝わる。
それは、ゴースト騎士の胸にカールスナウトが深々と突き刺さった事を知らせていた。
その瞬間、ゴースト騎士の真っ赤な目がカッと見開かれた。
大きく見開かれた目は、バッテリーが切れたみたいに黒く光を失ってしまった。
途端に、ゴースト騎士の身体が半透明から真っ白に変化する。
「……ああ、やっと雨が上がったか。
んん? そこな娘よ、何故こんな所にいる?
こ……こは、とて……も寒い。早く、帰……りな……い。
わ……も、妻とむ……めのと……へ……」
白くなったゴースト騎士は、途切れ途切れにそう呟いた。
呟きが終わる間際から、ゴースト騎士の身体は、カールスナウトを中心にまるで硝子細工の様にヒビが入って、やがて粉々に砕け散ってしまった。
その破片は、微かな輝きを放ちながら消えてしまう。
「……お、終わった?」
「終ワリダ、主」
カールスナウトの言葉が頭に響いた時、硬直していたわたしの身体がガクガクと震え始めた。
たまらず、その場にへたり込む様に腰を下ろした。
「ウロさーん!!」
「うわっ!?」
わたしの背中に、ジーナが飛びついて来た。
その声は、明らかに涙声に聞こえた。
「娘ニ感謝ヲ、主。
娘ガ魔法ノ矢ヲ撃タナケレバ、主ハ今頃、生キテハイナカッタ」
そうだったんだ。
あの時見た、杖を構えたジーナの姿。
あれって、ゴースト騎士に掴まれたわたしを魔法の矢で助けてくれた所だったんだ。
「デハ、サラバダ主。
次二我ヲ喚ブ時マデ、モット魔力ヲ鍛エテオケ!」
お、オス。
でも、ありがとう。とてもとても助かったよ!
わたしがそう、心の中で呟くと、カールスナウトはフワリ宙に浮き上がった。
宙でくるりと1回転したカールスナウトは、青白い光の余韻を残して溶ける様に消えてしまった。
手を振っていたわたしだったけれど、ジーナの泣き声で我に返ってみたり。
「ごめんね、ジーナちゃん。
助けてくれて、ありがとう!」
「グスッ。ううん、いいの。
そんな事より、ウロさん大丈夫? どこか、ケガしてない??」
しゃくりあげながら、ジーナはわたしの身体にパタパタと触れる。
ケガ、どうだろう?
頭と身体は重いけれど。
わたしは、自分のステータスを確認してみる。
名前 ウロ(状態異常 魔力酔い:中)
HP 8/40
MP 3/70
うぎゃっ!?
どっちも1桁になってる!!
やっぱり、エナジー・ドレインだったッポイね。アレ。
外傷は無いけれど、HPはほとんど〝衰弱〟の域だよ。
でも、とりあえずは大丈夫みたい。
わたしの事より、ジーナが心配だよ!
「ジーナちゃんこそ大丈夫だった? ケガは? 気持ち悪いとか無い??」
わたしの問いに、ジーナは頭をブンブンと振った。
「大丈夫!
ちょっとだけ、頭がフラフラするけど」
そう言って、笑顔になるジーナ。いや、でも一応ね……。
名前 ジーナ・ティモシー
HP 17/22
MP 21/46
うおっ。
HPは問題無いけれど、MPが半分より減ってる!?
いくら魔法の矢を使ったとは言え、減りすぎじゃね?
「ジーナちゃん、ずいぶんと魔力が減ってるみたいだけれど!?」
「うん、あたし、魔法の矢の威力上昇を試したの。
ウロさんみたいに、上手く魔力が扱えなくていっぱい使っちゃった!」
恥ずかしそうに、でも嬉しそうに、はにかんだ笑顔になったジーナ。
わたしは、思わずジーナを抱き締めた。
「スゴい、スゴいよジーナちゃん。本当にありがとう!!」
「ウロさんこそ、守ってくれてありがとう!!」
いつの間にか、わたしも泣いていた不思議。
だって、スッゴく嬉しかったんだもん。
ジーナは、ティモシー商会のお嬢様で。
魔法の先生はいたみたいだけれど、机上の勉強や魔導器の鑑定が主で、戦闘なんて無縁だったみたい。
それなのに、魔法学院に入学するや、山でハーピィに遭遇したりアウルベアと闘ったり。
あげく、最初に出会ったアンデッドが幽霊系な上に、レイスもどきまで。
ゲームの頃とは言え、レベル上げのために無数の戦闘を行ったり、それに伴う魔物の知識があったり。
この世界に来て、実戦まで経験したわたしとでは、イロイロにだいぶ違うし計り知れない程に大変だったと思う。
また、魔法の威力や効果範囲の拡大は、わたしやニードルスでも魔力コントロールが結構大変だったりした授業の思い出。
にも関わらず、こんな悪条件の中、しかも実戦でそれを成功させるなんて……。
そう考えたら、ウロお姉さんは嬉しくなっちゃったよ。
「う、ウロさん、苦しい!」
「あ、ごめん!」
ギューッとし過ぎちった。ワリワリ。
「……良し、じゃあ行こう!
きっと、ニードルスくんたちが待ってるよ?」
「うふふっ。あたしたちの方が先だったりして?」
「その時は、お仕置きだね! ククク、どうしてくれよう?」
「ウロさん、怖い!」
……などと。
緊張が解けて、少しだけアッパー状態のわたしたちをご了承ください。うひひ。
わたしとジーナは、ゴースト騎士の倒れた辺りから鍵のついた首飾りを拾い上げた。
結局、実力行使になっちゃったけれどね。シカタナイネ。
無言でうなずきあったわたしたちは、両開きの扉を押し開ける。
扉は、最初こそ重さがあったものの、すぐにそれが無くなって勝手に開いていった。
「……やけに暗いね」
「……うん」
扉の外を覗き込んだわたしたちが、何となく呟きあった。
扉の向こうは、狭くて暗めの部屋だった。
非常口の途中にある小部屋を、もう少しだけ広くしたみたいな。やや狭いワンルーム気味?
部屋の中には、入って右側に大きな錠前の付いた鉄格子の扉が1つあるだけだった。
わたしたちが部屋に入ると、扉は勝手に閉まり、ボウとした青白い光を放ってから跡形も無く消えてしまった。
恐らくだけれど、鉄格子が3階への扉。
ニードルスたちは、正面の壁から来るのだと……。
「う、ウロさん!」
声を殺して、でもひきつった声のジーナがわたしの袖をグイグイと引っ張った。
「な、何? どうしたの!?」
「あ、あれ!!」
慌てるわたしに、ジーナは部屋の隅を指差して見せた。
んん??
暗い部屋の一角。
何か、盛り上ってる部分がある?
それが、時折モゾモゾと動いている様に見えた。
「ジーナ、下がって!」
小声でささやいたわたしに従い、ジーナがうなずきながらわたしの後ろへと回る。
MPなんてほとんど残ってやしないのだけれど、わたしたちは杖を構えつつ、その物体に近づいて……って、あれ?
「ジーナちゃん、これ!」
「わー! まあまあ、きゃあきゃあ!!」
暗がりにうごめく謎の物体。
その正体は、寄り添う様にして眠るニードルスとアルバートだった。
驚き呆れるわたしと、なんか、やたらと喜ぶジーナ。
てゆーか、よくこんな僻地で眠れるよ。
あと、幸せそうなニードルスの寝顔見てたらイラッしてきちゃったよ。えーい、踵で踏んじゃえ!
わたしは、ニードルスの鳩尾ら辺を踵で連打した。
「うごあっ!?」
「んなっ!? また敵襲か!?」
面白い悲鳴を上げて、カッと目を覚ましたニードルス。
それにつられる様に、アルバートも目を覚ました。
「おはよう、ニードルスくん。アルバートくん!」
「うぐぐ、お、おはようござい……って、ウロさん!?」
「やあ、ウロくん。ジーナくんも、おはよう!」
「うふふっ、おはよう。うふふふっ」
何やら、感動の再会のハズが変な感じになっちゃったけれど。
ともあれ、2人共無事で、本当に良かった。
その後、わたしたちは少しだけ休憩する事になりました。
わたしとジーナは言うに及ばず、良く見れば、ニードルスとアルバートの制服はアチコチ破れていて、傷こそ治ってはいるものの、血がにじんでいるありさまだった。
「食事を済ませたら、君たちも少し眠ると良い。
3階へは、出来るだけ万全にてからでも遅くは無い」
「そうですね。
この試練には、制限時間などは無かったはずですから。
可能な限り回復を図っても、何ら問題はありません!」
そう言って、うなずき合うニードルスとアルバート。
……何だから仲良しだなキミタチ?
まあ、ジーナが幸せそうだから良し。
そんな感じで、小部屋にてキャンプを張るわたしたち。
目が覚めて情報交換をしたら、いよいよ3階『総の間』だよ。
だから、今はオヤスミ。……グウ。




