第八十五話 技の試練の恐怖 前編
前回のあらすじ。
メンズがいなくなっちゃったなう。
「これより、第2の試練を行う。
お互い、別れた友を捜し集いて前に進め。
しかし、侮るなかれ。
技の試練は、それを阻み追うだろう。
知を連れる者、技に挑む者。
健闘を祈る!」
試験官らしい人物の声が、壁と床に跳ね返ってわんと響いた。
1階の炎とは違って、少しだけ加工されたみたいな印象の声だった。
さて、状況を確認しなくちゃだわよ。
わたしたちは、1階の試練を突破。魔法陣に飛び込んだ。
無事、2階に着いたのは良かったのだけれど、わたしとジーナしかいない。
ニードルスとアルバートは、どこか別の場所にいると思われる。
さすがに、2人だけ外とか別の建物なんて事は無いと思うから、同じフロアのどこかにはいると思うのだけれどね。
「……ウロさん」
「……ぬ。
どしたの、ジーナちゃん?」
か細いジーナの声が、わたしの思考をさえぎった。
「どうしよう。
アルバートさんとニードルスさん、いなくなっちゃった!」
「大丈夫、いなくなっては無いと思うよ?
同じフロアの、どこか別の場所に2人ともいると思う。……たぶんだけれど」
ハの字眉になっているジーナに答えて、わたしは出来るだけ明るく声を出した。
かなり不安なのだろう、わたしの鞄の端っこを掴んだジーナの指が、小さく震えているみたいだった。
……いえ、その、わたしも不安なんですけれどね。だいぶ。かなり。
こう言うのって、ゲームだった頃には結構あったシチュエーションだ。
ダンジョンの途中、パーティが強制的に2つに分けられて、それぞれに攻略して行かなきゃならなくなる場面。
ダンジョンによって、分け方がパーティの隊列だったりランダムだったりしたけれど。
事前に大体の事は(主に先輩方が)解っているから、分けられてもあまり問題じゃあ無かった。
だけれど、今回は事前情報も無いし、分け方も良く解らない。
ランダムかも知れないし、単純に男女別かも!?
どちらにしても、ここでジッと待ってても何も解決しないソレです。
わたしは、ジーナの前にストンとしゃがみ込んだ。
「ジーナちゃん、さっきの説明聞こえたでしょ?
わたしたち、これから2人を探しながら試練をクリアしなくちゃならないの。
きっと、ニードルスくんたちもわたしたちを探してると思う。
だから、頑張って行こ?」
「う、ウロさんは、怖くないの!?」
「そりゃ怖いけれど。
死ぬ事は無いと思うから、大丈夫だと思うよ? ……たぶんね」
今にも泣きそうだったジーナが、わたしの言葉に目をカッと見開いた。
それから、1度だけギュッと目を閉じてから袖でグイッと拭うと、今度は少しだけ力のこもった目でわたしを見詰めながらコクンとうなずいた。
「じゃあ、行こう。
まずは、2人を探さなくちゃね!」
「うん!」
わたしに答えたジーナは、スッとわたしの手を握る。
わたしも、その手をギュッと握り返しつつ部屋の角に見える小さな扉へと歩き出した。
石造りの壁や床とは対照的な木製の扉は、人1人が通れる大きさで、細工飾りどころか鍵穴すらも見当たらない。
辛うじてあったドアノブに触れると、扉は何の抵抗も無いまま、ゆっくりと外に向かって開いて行った。
わたしがジーナに目線を送ると、ジーナは小さくコクコクとうなずいて応える。
はじめのいーっぽ! ……ダルマさんは転ばないけれど。
部屋の外は、人が2人並べる位の幅と、天井まで2メートル程の高さのある通路が真っ直ぐに伸びている。
わたしたちが通路に出ると、扉は音も無く消えてただの石壁へと変わってしまった。
……むう。
後戻りは出来ない仕様なのね。
無機質な、白いブロック状の石が敷き詰められたみたいな通路に、何やら少しだけ怖い気がした。
天井部分の石が発光して、数メートル先まで見通せる位の明るさがあるのが、唯一の救いな気がした。
これで真っ暗だったら、かなり精神的にヤバかったかも知れない。
そして、すぐにこの『白い通路』がかなり厄介だと気がついた。
この通路、汚れやヒビなんかが全く無い!
天井、壁、床が、全部同じ造りなせいで前後不覚に陥りそうになる。
また、目印になる様な物も無いから、無駄に高い迷子スキルがフルに発揮されそうで怖いったらないよ。
一応、自動でマッピングはされてるから迷う事は無いのだけれどね。
とは言え、壁にインクで印を付けようとしたのだけれど、魔法的な保護が施されていて汚す事が出来なかったし。ぐぬぬ。
「ウロさん!」
どの位歩いた頃かな?
小部屋を調べていたわたしの裾を、それまで押し黙っていたジーナが、不意に引っ張った。
「ど、どしたのジーナち……」
眉間にシワを寄せて、真剣な顔になっているジーナ。
わたしの言葉を、シッと指で制して耳をすませる。
「……何か聞こえる」
宙の一点を見詰めたまま、ジーナが小さく呟いた。
マジで!?
慌てて、わたしも意識を耳に集中する。
無音の白い通路は、耳鳴りがしそうな程に静かだけれど……。
「何も聞こ……!?」
そう言いかけたわたしの耳に、微かだけれど何かが聞こえた気がした。
何か、唸り声の様な?
もしくは、ものすごく小さく瓶の口を吹いた時の様な音?
それは、後ろから。
わたしたちの通って来た通路から、確かに聞こえて来ている。
恐る恐る振り返ったわたしたちの目に飛び込んで来たのは、遥か通路の後方、その角からゆっくりと姿を現した奇妙な〝何か〟だった。
白いシーツを被った、人間みたいな〝何か〟。
だけれど、腰から下は無い上に宙に浮いている事から、それが人間じゃあないのは明らかだった。
顔のあるべき所は、大きな目と口が黒く塗りつぶしたみたいになっていて、まるで、ハロウィンの時の幽霊のコスプレみたいな姿に見える。
『ホーント』だ!
ホーントは、幽霊系アンデッドモンスターの一種。
特に幽霊系は、基本的に生きてた頃と同じ姿をしている事が多いらしい。
だけれど、ホーントは生きていた頃の事をほとんど忘れてしまった幽霊で、それは、生前の自分の姿さえも覚えていない程。
そのせいで、見た目は白い布を被ったみたいな、俗に言う〝オバケ〟の様な姿になってしまっている。
幽霊系の中では最弱だけれど、〝通常物理攻撃無効〟がかなり厄介だった記憶がある。
一応、魔法の武器が有効のハズだけれど。もしくは、魔法攻撃。
……どれもこれも、ゲームだった頃の話なんですけれどね。
つーか、学生の試験場に何て物を放してんの!?
「……何、アレ!?」
ジーナの声が、か細く、小さく震える。
その瞬間、わたしはジーナの手を取って、さっきまで調べていた小部屋の中に飛び込んだ。
「ウロさ……」
静かに扉を閉めつつ、今度はわたしが、指を口に立ててジーナの言葉を遮った。
幽霊系の魔物は、〝視覚〟と〝聴覚〟、そして〝魔力〟に反応して襲って来てた。
ならば、このホーントもそうだと思う。
てゆーか、逃げるにしたって闘うにしたって、ジーナと少しばかり話をしなきゃなりますまい。
わたしは、出来るだけ小声でジーナにホーントの事を説明する。
初めは泣きそうな顔になっていたジーナだったけれど、少しずつ覚悟が決まったみたいに真剣な表情へと変わっていった。
「ど、どうするのウロさん?」
「ちょっと待って!」
短くジーナに答えたわたしは、見よう見まねの警戒をしつつ少しだけ開いた扉からホーントの様子を伺ってみる。
ホーント Lv5
HP 18
MP 22
ドレインタッチ(魔力)
あれ?
意外に弱い!?
わたしの知ってるホーントは、レベル10前後だったと思う。
HPも低いし、魔法も使わないみたい。
ただし、問題は『ドレインタッチ』ですよ。
通常のドレインタッチは、攻撃されるとダメージ分のHPを吸い取られる事になる。
今回の場合〝魔力〟となってたから、MPを吸い取られるって事になると思われるのだけれど。
うぬー!!
なんてイヤラシイ攻撃なんだろう!?
今はMP、カツカツだっつーの!!
……でもこれって、試練の塔用に強さを調整されてるか、或いは人工的に造り出されたホーントな気がする。たぶんだけれどね。
それに、わたしたちを追って来てるって言うより、ただ、フロア内を漂ってるみたいな感じに見える。
ならば、無理に闘うよりやり過ごして先に進んじゃった方が良いかも!?
「ジーナちゃん、このまま隠れてやり過ごしちゃおう!」
「だ、大丈夫かな?
気づかれないかな??」
「静かにしてれば、たぶん。
でも、もしものために……」
「??」
わたしは、鞄を開けてジーナでも使えそうな魔法の武器を探す。
もし、気づかれて戦闘になっても、出来るだけMPは使いたくない。
ジーナに近接戦闘をさせるつもりは無いし、主にわたしが闘う事になるとは思うのだけれど、もしものための護身用って事で。
「これなら、ジーナちゃんでも使えるかな?」
わたしは、鞄から魔法のダガーを取り出してジーナに渡そうとした。瞬間!
バチッ
「ギニャッ!?」
「きゃっ、ウロさん!?」
一瞬、目の前に火花が散った様に見えた。
同時に、わたしの手に刺す様な痛みが走る。
だいぶ寒い日の、静電気バリバリ状態で金属に触れた時みたいな感じが近いかも。超絶痛い!
……何、今の?
そう思った瞬間、辺りに試験官だろう声が響いた。
「技の試練に挑む者。
武器に頼らず、学び得た魔法の知と技で試練を越えるべし!」
な、なんですと!?
そんな事、2階の入り口で言ってなかったじゃん!
後付けとか、ズルいよ!!
「きゃーっ、ウロさーん!!」
ジーナの悲鳴に、わたしは急速に現実へと引き戻された。
ハッとして顔を上げたわたしの目に、異様な光景が飛び込んで来る。
扉の1部が、少しだけ盛り上がったかの様に見えた直後、それは白くて滑らかに動く物体へと変化した。
「オ……オオォォ……」
低音のうめき声を上げながら、眼前に広がって行くボロ布の様な怪物。
ホーントだ!
気づかれた!
近くで見るそれは、ゲームだった頃に比べて異様に気味が悪く感じる。
白いシーツみたいだと思っていた身体は、輪郭がボヤけていてハッキリせず、見た目にも薄汚れたボロ布の様。
インクで塗り潰した様だと思っていた目や口は、黒と言うより暗くて、飲み込まれそうな程に深く思えた。
また、その顔は辛うじて生前の面影を残しているらしくって、時おり、苦しそうにもがく中年男性の様な歪みを浮かべている。
ヤバイ、怖い!
どう見たって、ハロウィンのオバケなんてファンシーな物じゃないよコレ!?
「危ない!!」
再び悲鳴が響き、同時にわたしの身体が横に弾かれた。
「!?」
床に転がりながら、いつの間にか自分が硬直していたのだと気がついた。
「キャーッ!!」
じ、ジーナ!?
慌てて起き上がったわたしの目の前では、ボロ布の様な腕に捕まれているジーナの姿があった。
わたしの代わりにジーナが!!
「ジーナ!!」
「う、ウロさん……」
わたしの呼びかけに、吐息の様な返事をするジーナ。
「離れろ!!」
叫びながら、わたしはホーントに殴りかかった。
フワッ
まるで、抵抗のほとんど無い水の中を通り過ぎたみたいに、わたしの攻撃は、わたしごとホーントの身体をすり抜けてしまう。
ただし、鳥肌が立つ程に気色悪い!!
不快感が、全身に張り付くみたいだった。
こんなヤツに、ジーナが掴まれてるなんて。
そう考えた瞬間、恐怖や不快感よりも、フツフツとした怒りが沸き上がって来たよ!
振り返ったわたしは、再びホーントに向かって走り出した。
今度は、右手にたっぷり魔力を溜めながらだ!
「ジーナを離せーっ!!」
バチンッ
今度は手応えアリ!
極端な程に大振りの右だったけれど、ジーナに夢中だったホーントには見事に命中した。
魔力が弾けて、青白い火花の様に飛び散った。
「ヒィイイイッ」
後ろから側頭部ら辺をフック気味に殴られたホーントは、悲鳴の様な声を発して横にズレる。
その拍子に、ホーントの手からジーナがスルリと抜け落ちた。
「ジーナ、大丈夫ジーナ!?」
「だ、大丈夫。ありがとう、ウロさん」
倒れるジーナを抱き止めながら声をかけたわたしに、ジーナは力無い笑顔でそう答えた。
ぬおう。
おのれ、ホーント許すまじ!!
ジーナを連れて壁際まで下がったわたしは、そのまま、マーシュさんから貰った杖を取り出して構える。
狙うのは、まだ体勢を崩したままのホーント! ……の、眉間!!
「力よ、集いて敵を貫け!」
呪文が、杖を伝わるわたしの魔力を輝く矢へと変えて行く。
完成した『魔法の矢』の呪文は、その目的を果たすために高速で飛んで行った。
「ヒャアアアアッ」
バシュッ
耳を塞ぎたくたる程の超高音の悲鳴を上げていたホーントは、その頭部を失うと、声無く少しの間ユラユラと揺らめいていたけれど、やがて、その揺らめく動きのままに塵の様に消滅してしまった。
ふむ。
成敗完了!
「すごーい、ウロさん!」
落ち着いたのか、手を叩いて喜ぶジーナ。
「うおう。
ジーナちゃん、大丈夫? 気分、悪くない?」
「大丈夫、少しクラクラするけど平気だよ!」
立ち上がったジーナは、その場でくるりと1回転して見せる。……うん、カワイイ。
そうは言いつつも、MPは5ポイント程失っているみたい。
やっぱり、ドレインタッチされてたって事だと思う。
「ありがとう、ジーナちゃん。
お陰で助かったよ!」
「うふふっ。あの時は夢中だったから。
その後すぐ、ウロさんも助けてくれたしね!」
そう言って笑うジーナ。
もう1度言おう、カワイイと!
「あ、そうだ。
これ、渡しておくね!」
「??」
そう言ったジーナは、スカートのポケットから何やら取り出して、わたしの手渡して来た。
それは、キラキラとした小さな石の欠片。……欠片!?
「魔石の欠片じゃない。
ジーナちゃん、これって……」
「うん、ウェイトリー先生の。
いっぱい落ちてたから、拾っておいたの!」
な、何を言ってるのかこの娘は!?
きっと、スゴい顔になってたんだと思う。
困惑するわたしに、ジーナが慌てて釈明した。
「あ、で、でも大丈夫!
ウェイトリー先生はみんな使って良いって言ってたし。
あの時使うのも、今使うのも、あたしたちが使うのには変わらないもの!」
「えっ? お、おう?」
そうなのかな?
違う気がするけれど、今のわたしたちには、とても貴重な品だったりするし。うぬう。
「……余ったら、売れるしね」
「!?」
「さ、行こ?
早くアルバートさんたちを探さなくちゃ!」
「えっ? あ、うん」
とびきりの笑顔でそう言ったジーナ。
それに騙されそうだけれど。……でも。
今、ポロッと本音が出たよねジーナちゃん!?
あと、笑顔が真っ黒に見えるよジーナちゃん!?
何だか、魔力酔いとは別の理由で頭痛がしそうだよ。
そんな事を考えつつ、わたしは、ジーナの後を追って小部屋を出た。
何とかホーントは退けたけれど、これ1匹だけとはとても思えないし。
まだ、ニードルスたちとも合流出来ていないわたしたちは、不安と何かを抱えたまま、再び白い通路を歩き始めるのでありました。ヤレヤレ。




