第八十二話 学生! 助手! あと何か
前回のあらすじ。
……ニードルス、恐ろしい子!!
知らぬ間にレティ先生の奴れ……助手になっていたわたし、ウロです。ごきげんよう。
現在、わたしは強力な魔力酔いと闘いながら真っ暗な学院の中庭を寮を目指して漂う様に歩いています。
帰ったら、習ったばかりの『読解』の魔法を練習しなきゃ。なんて考えながら。
……でも、どうしてこうなったんだっけな?
わたしたちが助手や修行を行うにあたって、まずはニードルスたちにかかっている呪いを解くが吉!
と相成りましたので、まだ心の整理もままならない反省会の翌日。
わたしたちは、ニードルスの自宅地下に集まっておりました。
下町の、しかもニードルスの自宅へとアルバートが行く事を、エセルはやけに否定的だったけれど。
「では、エセル。
お前は、私が一生呪われたままで、事あるごとに面白い顔になっても良いと言うのか!?」
と言う、アルバートのこのセリフにより、まるでこの世の終わりみたいな顔になったエセルの説得が完了したりしました。
実際にニードルスの家に着いてみますと、その匠仕様に、アルバートとジーナは少しだけ絶句したりもしたけれど、程なく慣れたりして。
学院に戻る頃には、すっかりリラックスしたりしてましたよ。さすがです。
一方エセルは、異質な空間にずっと顔を強張らせたままで、最後までそれが治る事はありませんでした。
肝心の『解呪』はと言うと。
多少のトラブル(解呪用魔法陣に流した魔力が逆流して、ニードルスが盛大に魔力酔いにかかったり、わたしがニードルスの解呪をしたのだけれど、術式が良く解らなくってだいぶ手間取ったり)はあったけれど、滞りなく全員の解呪に成功しました。驚きの清さ。
翌日の放課後。
わたしたちは、全員でレティ先生の研究室を訪れました。
本当なら、わたしとニードルスの2人が『読解』の魔法を学ぶハズだったのですが。
「あって使わないのと、無くて使えないのは違うのではないか?」
「2人だけ新しい魔法、ずるいです!」
と言う、アルバートとジーナからの抗議とエセルの謎のプレッシャーにより、全員で学ぶ事になった次第です。エセルは、生徒じゃないから研究室前で待機だけれどね。
「あら、魔法を習うのは2人じゃなかったのかしら?」
わたしたち4人を見て、素直な感想を述べるレティ先生。
「せっかくの機会ですから、私とジーナくんにも学ぶ許可を頂けますでしょうか。フランベル先生?」
「お、お願いします。フランベル先生!!」
アルバートとジーナに合わせて、わたしとニードルスも頭を下げる。
「ええ、別に構いはしないけど……」
そう言うとレティ先生は、目を細めてわたしたちを順番に見詰めていく。
目の周りには、薄くだけれど魔力が集まってるみたい?
「……へえ。呪い、解いたのね?」
細めていた目をぐっと見開いて、意外そうにうなずくレティ先生。
「はい、ニードルスくんが解きました!」
「ニードルス・スレイルくん?
そう言えば、貴方は付与魔術師志望だったかしら?
……なるほど」
わたしの答えに、何やら納得しているレティ先生。怖い。
「解りました。
全員の修学を認めます。
ただし、条件があります!」
レティ先生の提示した条件は、以下の2つだった。
1 これから学ぶ魔法を、このメンバー以外の誰にも教えてはいけない。
2 学んだ魔法を、学院以外の場所で練習してはいけない。
学院で学ぶ全ての魔法は、必ず講師から学ばなくてはならない決まりがある。
また、学んだ魔法を練習して良いのは学院の中だけで、厳密には、教室や習練場だけであって、寮などの場所は含まれない。
これは、事故や知識流出防止のための策であり、破れば、最悪の場合退学処分となるらしい。
「皆さん、よろしいかしら?」
「はい、よろしくお願いします!」
レティ先生の言葉に、わたしたち全員が声を揃えた。
「では、始めましょう!
そもそも『読解』の魔法が開発されたのは、今から約800年前だと言われています。
かつて、この世界には今よりずっと発展した魔法文化があり……」
いきなり始まった歴史の授業にビビッた!!
てゆーか、これってゲームだった頃の設定的な物語だし。
昔、この世界は1つで、全ての種族がそこ住んでおり、その中には、強大な魔法を操る〝魔族〟もあった。
魔族の長は、その力を持って神に挑み、敗れた。
神は、2度とこの様な事が起こらない様にと世界を3つに分け、その内の1つに魔族を、膨大な魔法の知識と共に封じた。
これより、世界は『魔界』『人界』『精霊界』の3つに別れたとされる。
また、その3つを統べるのが神々の世界でー。みたいな感じだったと思う。
わたしがプレイヤーとして遊んでいた世界は、それから約1000年後の世界だったハズだから、大体同じみたいだよ。
違うのは、ゲームだった頃にはそもそも『読解』の魔法が存在しなかった事。
言葉や魔法が失われた的な表現はあったけれど、そこまで厳密じゃあなかったし。
でも、今はそれがある不具合です。
遥か昔の様々な言語。
だけれど、そのほとんどが失われてしまっていて、碑石や書物が見つかっても全く解読出来なかったらしい。
そんな時、開発されたのがこの『読解』の魔法なのだとか。
いつ、誰が開発したのか正確な所は不明だけれど、『読解』の魔法は、魔術を志す者にとって革命をもたらしたのだと、レティ先生は熱く語った。
「もちろん、この魔法は万能では無く、今だ未知の言語は沢山あります。
ですが、この魔法によっても広がった世界は計り知れません!」
そう言うとレティ先生は、前面の石板にスラスラと魔界語の呪文を書き出した。
〝未知なる文字よ 我が心に語れ〟
「これが、『読解』の呪文です。
魔力をもってこの呪文を唱えれば、未知の文字も術者の1番馴染みのある言語へと変じて読む事が可能になります。
平均持続時間は、およそ5分とされていますが、魔力量のコントロールによっては延長も可能です。
ちなみに私は、最長で20時間です!」
サラッと自慢を交えて話すレティ先生。
でも、スゴイ!!
取り合えず、自分の魔導書に呪文を書き写す。
こうやって、わたしの魔導書に書き写した呪文は、わたしにしか見えなくなる安全設計。仕様は謎だけれど。
「それじゃあ、皆さんは魔法の練習を兼ねて、ここにある書類の翻訳をしてみてください」
そう言いながら、レティ先生はわたしたちに1枚ずつの書類を配り始めた。
「全部翻訳出来なくても構いません。
魔力が続くだけ、練習がてらやってみてください。昏倒しない様、気をつけてね?」
そう言って、片目を閉じてウインクしてみせるレティ先生。これはあざとい! ……って、アレ?
「あの、レティ先生。
わたしの分がありません!」
書類を受け取れなかったわたしが、小さく手を上げた。
「ああ、貴女はこっちへ!
皆さんは、そのまま翻訳を続けてください。
終ったら帰って結構ですよ!」
そう言いながら、人差し指をクイクイと曲げながら部屋を出て行くレティ先生。
ニュアンス的に、〝終るまで帰るな!〟みたいに聞こえた気がしたけれど。
いや、それより。
「ちょ、ちょっと行ってくるね?」
「う、うむ。気をつけてな!」
「き、気をつけてね、ウロさん!」
「……頑張ってください、ウロさん」
後ろ髪引かれるわたしに、アルバートが。ジーナが。
深みのあるため息混じりに、ニードルスが声をかけてくれた。
「あ、あの、レティ先生?」
小走りにレティ先生に追いつくと、レティ先生は小さく振り返った。
「貴女、今日から私の助手よね?
今から、少し手伝ってもらうから付いてきて?」
「え、で、でも、わたしも魔法の練し……」
「あの位の魔法なら、練習なんて必要無いでしょう?
どうしても必要なら、寝る前でも出来るわ?」
「うえっ!?
でも、寮で魔法は……」
「バレなきゃ平気よ!
破壊魔法じゃあないんだから、大丈夫!
私は、どんな魔法もバレた事なんて無かったし、問題無しよ!」
サラッとなに言ってんのこの人!?
その後、わたしの疑問ははぐらかされ、あるいは黙殺されながら、わたしはレティ先生に連れられて行きます。
途中、いくつかの貼り紙が見えたよ。
これって、立ち入り禁止なソレだよね?
歩くにつれ、やたら大人と不安が増えていくよ。
やがて、禍々しい魔力が辺りに満ち始めた頃、レティ先生が立ち止まった。
……ここって、確か!?
「着いたわ。
ここで皆さんのお手伝い、よろしくね!」
「ええ!?
あ、あの、レティ先生。ここは……」
「やっと来ましたか、フランベル先生!」
わたしの言葉を遮って、1人の男性が駆け寄って来た。
長身の、フードを被ったやけに神経質そうな男性。
少しだけニードルスを思わせる様な雰囲気の、歳は40代くらい。
入学試験の時に会った事がある人だった。
「えと、ウディム先生……でしたっけ?」
「おや、覚えていてくれましたか。ウロくん。
そうです。ウディム・シトグリンです。
……それじゃあ、フランベル先生。彼女、お借りしますよ?」
ぬあ!?
借りるって!?
「ええ、どうぞ。
私の替わりですから、こき使ってもらって構いませんわ!」
そう言って、ニッコリ微笑むレティ先生。
「解りました。
では、ウロくん。来たまえ!」
「えっ!?
あの、レティ先生!?」
何の説明も無く、手を引かれて行くわたし。
それを笑顔で見送るレティ先生。
「あの、ウディム先生。
何処へ行くんですか?」
「何だ、何も聞いていないのか?
君は、数日前にあった事故の事を知っているかね?」
「え、えと、Sクラス魔獣舎の……」
「そうだ。
先日、フランベルくんが座標の計算に失敗して、転送魔法で馬車ごと突っ込んだ案件だ。
これから、そこへ向かう!」
やっぱり!!
ここは事故現場の近くだった!!
いや、でも、あのね!?
「ななな何を言ってるのか、解りません!」
意味が解らず、ただただ困惑するわたしを見下ろして、ウディム先生は眉間のシワをより立体的にする。
「良く聞きたまえ、ウロくん。
君は、フランベルくんの代わりに封印の魔法陣に魔力供給をするんだ。
でなければ、破壊されたSクラス魔獣舎の隙間から瘴気が漏れ出してしまう。
そうなれば。……後は解るな?」
解んないよ!!
てゆーか、解りたくないよ!!
全く納得も何もいかないのに、わたしの目の前には、暗く歪む建物と、その周りをぐるりと囲む魔法陣が近づいてくる。
「さあ、ここだ。
ここで、この魔法陣に魔力を供給するのが君の仕事だ。
魔力が切れて昏倒すると、あっと言う間に瘴気に取り込まれてしまうから気をつけろ。
そうなる前に、薬で回復させるんだ!」
座り込んだわたしの前には、赤く浮かび上がる魔法陣。
その隣には、山と積まれたマジックポーションがあった。
「さあ、サッサと始めたまえ。
なに、数時間で交代が来る。それまで持ち堪えたまえ!」
「ぎぇえええー!!」
手を置いただけで、身体ごと持ってかれそうなイキオイの魔法陣。
気を失なわない様に。
だけれど、全然手が抜けない状況。
やっぱし鬼だよ、レティ先生!!
やっと交代が来た頃には、マジックポーションでお腹一杯。
死ぬ程ツラい魔力酔いに苦しみながら、何とか帰り着いた寮の自室に入った所で意識が途切れました。
そんな訳で、わたしが魔法の練習を始められたのは、それから1週間先の事でありましたとさ。




