第八十一話 敗走と反省会
前回のあらすじ。
芝生に寝転ぶのは気持ち良いけれど、湿った芝生の上だと、信じられない位に服がビショビショになってゲンナリする。
……遠くで誰かの呼ぶ声が聞こえる。
それが大きくなるのと同時に、辺りが急に明るくなって行った。
「……ロ、おい、ウロ!!」
「……ハッ!?」
一瞬、目の前が真っ白になったかと思ったら、黄色いモジャモジャが視界を覆った。
「……たまご麺?」
「何を訳の解らん事を言っとるんだ!?
ホレ、起き上がれるか?」
たまご麺の中から、聞き覚えのあるハスキーボイス。
……ハルドールさんだ。
て事は、これってたまご麺じゃあなくってハルドールさんのお髭だ!
「ふわっ!?」
「ホホッ、元気だな。
その様子だと、吸い尽くされずに済んだみたいだな?」
飛び起きたわたしを見て、ハルドールさんが小さくため息を吐いた。
「……あの、わたしどうなったんですか?」
「お前さんは、試練の塔の挑戦に失敗したんだよ」
わたしの問いに、腕組みしつつ答えるハルドールさん。
直後、わたしの狭まっていた目や耳が急速に回復して行った。
1番に飛び込んで来たのは、エセルの悲痛な叫び声だった。
「アルバート様! アルバート様!
目を開けてください、アルバート様!!」
その声に驚きつつ辺りを確認すれば、わたしの周りには、倒れている他のメンバーの姿が!
真っ青な顔で叫んでいるエセルの腕の中には、真っ白な顔で気を失っているアルバート。
その奥には、うつ伏せに倒れているニードルス。
更にその上には、アルバートと同じく真っ白な顔のジーナが、弓なりになって倒れていた。
「ジーナちゃん!? 大丈夫、ジーナちゃん!?」
まだ少し身体が重いけれど、わたしは慌ててジーナに駆け寄った。
「……ウロさん。重いので降りてください」
ジーナちゃんを抱き起こしたら、男性の、やたらか細い声が聞こえてきた。
「……えっ!? わーっ!!
ごめん、ニードルスくん!」
ジーナを抱えたまま、わたしは飛び上がった。
ジーナを心配するあまり、ニードルスの背中に座っていた不思議。
「い、いえ、大丈夫です」
薄い身体を重そうに起こしながら、ニードルスが呟いた。
「……どうやら、追い出された様ですね」
「……そうみたいだね」
塔を見上げながらため息を吐くニードルスに、わたしも同調する。
……むう。
恐るべし、試練の塔!
思った以上に手強くってビビッた。
てゆーか、序盤からこんなにMP消費が激しくては、屋上まではおろか、2階の攻略すら危ういかもですよ。
それって、アルバートとジーナのMPが低いからってだけじゃあなくって、わたしやニードルスのMPも足らなくなるかも知れないと言う不具合です。かなり。切実に。
だとしたら、どうすれば良いのかな?
何とか、MPを節約出来ないかな? 或いは、途中でMPの回復を……。
「ウロ様、ニードルス様。
そんな所で呆けていないで、手をお貸しください!!」
「うおうっ。
ごめんなさい、エセルさん!」
長考に入る寸前に、エセルに止められてみたり。
まあ、ニードルスは既に入ってましたけれど。
「ほら、行くよニードルスくん!」
塔を見詰めてブツブツ言ってるニードルスの襟をを引っ張りつつ、わたしはジーナを背負ってエセルの所まで急いだ。
「アルバートくん、大丈夫ですか?
もしかして、どこか怪我でも!?」
「い、いえ、外傷はありませんが、意識が戻りません!
それに、お顔が真っ白で……」
わたしの問いに、声を震わせるエセル。
そこに、いつも冷静で怖いエセルの姿は無かった。
沢山の怪我人や病人を見てきているだろうに、アルバートの事になるとこのアリサマですよ。
わたしはそっと、アルバートのステータスを確認する。
名前 アルバート・タヴィルスタン(状態異常:呪い 昏倒)
HP 33/40
MP 0/28
おおう。
しっかりと〝呪い〟かかってる!
そして、やっぱりMP使い果たしてるね。
もちろん、ジーナもまったく同じ状態だった。
「大丈夫。
アルバートくんは、魔力切れで気を失ってるだけです。
1晩寝れば、明日には元気になりますよ!」
わたしが笑顔でそう答えると、ひきつったエセルの顔は更に強張った。
「き、気を失ってるだけって。
魔力切れなんて、大事じゃありませんか!?
“1晩寝れば”なんて、何をのんきな事を……」
む、むう。
安心させようと思ったのに……。
獲って喰いかねないエセルに、思わず少し怯む。
「ウロさんの言っている事は、本当ですよ。エセルさん?」
まるで、観察でもするみたいにアルバートの顔を覗き込んみながら、ニードルスが答える。
「魔力枯渇による昏倒は、時間で解決するのが適切でしょう。
魔力を注入して、強制的に覚醒させる事も可能ではありますが、“魔力酔い”になる恐れがあります。
どちらにしても、頭痛や目眩は出るでしょうけど、魔力酔いのそれは、ヘタをすれば数日続く事もあり得ます。
ここは戦場でもなければ、魔物がうろつく危険な荒野でもない、安全な学院内です。
ゆっくりと、休息を取るのが適切だと思いますが?」
「……た、確かに。
解りました、ニードルス様!」
ニードルスの答えに、エセルの表情が少しだけ和らいだ。
……ぬう。
言ってる事は、大体同じハズなのに。
ニードルスとの説得力の差は、一体何なんだぜ??
ともかく、こんな所で寝てても回復なんかしません!
反省会は後日するとして、今日の所は撤収です。
「わはははっ。
慌てなくても、試練の塔は無くなりはしない。
しっかりと腕を磨いて、再挑戦するんだな!」
「は、はい。
出直して来ます!」
ハルドールさんの言葉に見送られながら、わたしたちは試練の塔を後にしました。
エセルがアルバートを抱え、ニードルスがジーナを背負います。
わたしは、ジーナとニードルスの荷物持ちです。
「それでは、私たちはこれで。
皆様も、しっかりと休息をお取りください」
言うが早いか、あっと言う間に男子寮の中へと消えて行くエセル。仕方ないけれどね。
「それじゃあ、ウロさん。ジーナさんをお願いします。
私が女子寮の中にまで、入る訳には行きませんから」
そう言いつつ、ジーナを床に下ろすニードルス。
「えええっ!?
馬車クロークまでだから大丈夫だよ!
てゆーか、か弱いわたしに力仕事をさせるの?」
「馬車クロークだろうと、女子寮は女子寮です。
それに、ウロさんの方が余程、私なんかより力があると思いますが?」
そう言って、小さくため息を吐くニードルス。
……コノヤロ。
乙女に向かって何て事を!
まあ、ニードルスってば、良く見たら腕も足もプルプルしてたから、今回は許してやろうかな?。などと。
「それでは、ウロさん。
呪いに関しては、皆がそろってから解くと言う事で」
「えっ!? あ、はい」
わたしの返事を待たずに、ニードルスは重い足取りで男子寮の方へと消えて行った。
わたしは、そんなニードルスを見送りながら、制服のポケットの中で崩れている『身代り人形』の欠片を握ったりした。
結局、わたし以外は人形を身に付けずじまいだった訳で。はふう。
その後、馬車クロークで待っていたティモシー商会の方々へジーナを引き渡したのだけれど。
気絶しているジーナを見てだいぶ取り乱していたティモシー商会の方々は、ニードルスのしてた説明をしてあげると、不安感はあるものの納得したみたいで、ジーナを乗せて飛ぶ様に帰って行った。
……ああ、これでわたしも帰れる。
何だか、プールの後みたいな全身のダルさと若干の頭痛を引きずりつつ、部屋へと戻ったわたしは、久し振りに、ベッドに倒れ込むみたいに寝たのでありました。ぐう。
3日後。
食堂の一角にて、テーブルを囲むわたしたちの姿がありました。
エセルもいるのですが、不用意に試練の塔の事を口にして、みんなの口をグニューッとしてしまったので壁際に立たされています。
ちょっぴり寂しそう?
午後のひと時。
周りには、お茶を楽しんだり談笑する生徒たちが溢れる中、わたしたちのテーブルの議題はもちろん、『反省会』です!
「さて、今回の件なのですが……」
珍しく、最初に口を開いたニードルス。
テーブルの上で手を組み合わせて、やけに張り切ってる様に見える。耳、超ピコピコしてるし。
「特に、問題無かったのではないでしょうか? ウロさん」
「えっ? ああ、そだね。
試練の雰囲気とか解ったし、次に生かせるんじゃないかな?」
ニードルスの言葉に、わたしが同意する。
今回の挑戦は、謂わば“お試し”、ロケハンみたいな物だし。
試練がどんな物か、少しだけでも解ったし、次回は対策も立てられるしね。
そんなわたしたちに、アルバートとジーナは目を丸くして驚いていた。
「ま、待ってけれ、ニードルスくん。
今回の失態は、私に責任がある!」
「そ、そうです。
あたしにも責任が……」
思わず声を上げてしまっただろう2人。……まあ、気持ちは解りますよ。
だって、立場が同じならわたしも同じ事を言うと思うし。だけれど。
「そんな事無いよ。
だって、わたしたちには情報が……」
「確かに、2人には責任がありますね!」
わたしの言葉を遮って、ニードルスが声を上げた。
「ニードルスくん、どうして?」
わたしの質問に、ニードルスはコクンとうなずいた。
「貴方たち2人には、今回のミスの責任があります。
ただし、それは私やウロさんにもあります!」
そこで、1口お茶を飲んでからニードルスが続ける。
「まず、ウロさんが言う様に、私たちには情報が足りませんでした。
本来、この試練は1学年度の締めくくりとなる進級の為の物です。
であるならば、1年生で学ぶべき全ての事柄が試練になっていると予想、対策を取るべきでした。
これは、私たち全員のミスです!」
やや興奮気味に、語気を強めるニードルス。
その勢いのままに、話し続ける。
「また、魔術を学ぶ者の基礎である『読解』の魔法を習得していなかったのも全員のミスと言っても良いでしょう。
そして、転送魔法陣に魔力が必要だと気づかなかったのは、私とウロさんのミスです!」
そう言って、ニードルスは小さくため息を吐いた。
「転送魔法陣に魔力が必要だと気づかなかった事が、何故、君たち2人のミスになるのだ?」
「はい。
あの状況で、既に魔力を随分と失い、判断力が落ちていたと思われるアルバートくんとジーナさんに、魔法陣の術式を読み取るなどの作業は困難だったと思います。
まだ、魔力に余裕があった私やウロさんが確認するのが妥当だったと考えます」
アルバートの問いに、真剣な顔で答えるニードルス。
ぬう、確かに。
今思えばそうだけれど、あの瞬間、わたしはそんな事、思いもしなかった。
『博識』のスキルとか使えば、そう言う事も解ったかも知れないのに。不覚。
「じゃ、じゃあ、あたしたちのミスは?」
ジーナの問いに、アルバートも小さくうなずいている
「2人のミスは、基本的な魔力不足です。
ウェイトリー先生が仰ってた事は、そう言う事だったのだと思います」
2人を見詰めながら、ニードルスが静かに答えた。
同時に、アルバートとジーナが明らかに困惑した表情になった。
やはし、ニードルスも気づいてたみたいだよ。
あの時のアルド先生の言葉が、今、再びアルバートとジーナを撃ち抜いております。
「……だが、一体どうしたら??」
絞り出す様に、アルバートが声を出す。
その時、ニードルスの瞳と耳が光った。耳は気のせいだと思う。
「そう来ると思いまして、今後の事を考えてみました!」
そう言うとニードルスは、嬉々とした表情で紙束を取り出した。
「何それ、ニードルスくん!?」
「実は、皆さんが休んでいる間に色々と調べてみたんです。
『読解』の魔法や、魔力を増やす方法を!」
わたしの問いに、笑顔で答えるニードルス。
今日、やけに張り切ってると思ったら、何やら仕込んでたし。
……むう。
授業には出てたけれど、ほとんど寝とぼけていたわたしをよそに、ちゃんと働いていたニードルス。
これは、後で耳を割りと柔らかい布で拭いてやらなくてはなりますまい。などと。
「あるのか、そんな方法が?」
「はい、存在します!」
「ど、どうすれば良いの??」
「まあ、少し落ち着いてください!」
テーブルに身を乗り出すアルバートとジーナ。
それを制しながら、ニードルスが紙束の中の1枚に目を落とした。
「魔法は、フランベル先生から習う約束を取りました。
魔力を上げる方法は、ウェイトリー先生から教えてもらえる予定です。
期間は1ヶ月間ですから、容易くは無いでしょう。
それでも、構いませんか?」
「あ、ああ、私はそれで構わない!」
「あたしも、頑張ります!」
ニードルスの示したプランに、アルバートとジーナが同意する。
「ウロさんはいかがですか?」
「うん、わたしもそれで良いと思う」
笑顔でにうなずいて、わたしもニードルスのプランに同意した。
「それでは、その線で行きましょう。
数日の内に、呪いを解く準備をします。
呪いが解けたら、もう1度立て直しですね!」
ニードルスの言葉に、アルバートとジーナが元気にうなずいた。
試練失敗の責任を感じて、だいぶ落ち込み気味だったアルバートとジーナが、目標が出来た事で元気になったみたい。
「ニードルスくん、ありがとね。
お陰で、みんな元気に……」
「あ、ウロさん。
これ、お願いします!」
わたしの言葉を遮って、ニードルスが紙束の中から別の1枚を取り出し、手渡して来た。そこには……。
〝私ウロは、これからの1ヶ月間をレティ・フランベルの助手として、あらゆる令に従事する事を誓います〟
「……な、何これ、ニードルスくん!?」
「魔法を習う為の、交渉の結果です。
ちなみに、私はウェイトリー先生の助手です」
そう言って、別の紙をヒラヒラとかざすニードルス。
「ええええっ!?
何、勝手に……。
てゆーか、それならわたしがアルド先生の方が良いよ!!」
「駄目です!
交渉したのは私ですから。
それに、女性は女性の方が不便が無くて良いでしょう?」
ああ、何と言う事でしょう。
わたしの知らない間に、魔法習得と引き換えに売られていたでござる。わたしが。
こうして、わたしたちの(主にわたしの)地獄の1ヶ月が始まろうとしているのでありました。ぎゃふん。




