第八十話 ついに挑戦 試練の塔!
お化け屋敷より迷路が苦手。ウロです。前後不覚になる恐怖。上が北で下が南で。……上下!?
まだ陽の高い、ある日の午後。
アルバート、ニードルス、ジーナ、エセル、そして、わたしウロの5人は、試練の塔の前へとやって参りました。
ここ数日、盛況だったこのプレイスも、今ではだいぶ閑散としてきているらしいのですが。
そうは言っても、わたしたちの前には3組、後ろにも2組の班が並んでいるし、塔のすぐ側の芝生の上には、挑戦に失敗しただろう数名の生徒が倒れ込んでおり、側仕えらしき人たちの青くなっている姿が見てとれた。
「どうやら、失敗するとああなるみたいだな」
「気を失っているのでしょうか? 怪我をしている訳ではなさそうですが……」
アルバートとニードルスが、まるで自分とは無関係の様な雰囲気を醸し出しててビビッた。
き、君たち余裕がありますね?
わたしってば、何だかお腹痛くなりそうたんですけれど!?
「ひ、他人事じゃないですよ! あ、あたしたちだって、どうなるか解らないんですからね!?」
「ジーナ様の言う通りです。お2人とも、もう少し緊張感をお持ちください。
未知の地へ赴く時には、慎重過ぎる位が良いのです!」
ジーナが声を震わせ、エセルが同調、叱責する。
何となく見覚えのある様な光景に、わたしの緊張も少しだけ和らいだ気がして、思わず笑いが溢れた。
「もう、ウロさんまで!」
「ごめんね、ジーナちゃん。大丈夫、緊張感はちゃんとあるから!」
「な、なら良いけど……」
ジーナとそんなやり取りをしつつ、一方で、わたしは昨日の事を思い返してみたり。
昨日の放課後、わたしたちは渋るレティ先生から試練の塔への挑戦許可証を入手。
無事、塔に入る権利を獲得したのでありました。
ですが、これで準備が終わった訳ではありません。
試練の塔の攻略に失敗した場合を想定して、呪いの解き方を調べておく必要があるのです。
そのため、アルバートにアレクシアをお茶に誘わせ、彼女にかかっている呪いの術式をニードルスが調べる大作戦! 見事、事案になる前に術式を調べる事が出来たのでありました。
ニードルス曰く。
「付与魔法に近い術式みたいですね。
これなら解呪は可能でしょうが、私の腕では、解くのは簡単ではありません。
呪いに対抗する魔法陣を描き、その中に対象を入れ、受けている呪いの術式を1つ1つ解いていく必要があります。
ですが、慌てて術式を読み間違えてはいけません。
慎重に、しかし迅速に、それでいて繊細な……」
長いよ!!
あと、解りにくいよ!!
要するに、呪いを解くには儀式魔法を執り行う必要があって大変! って事ね。たぶん。
儀式魔法って、場所も時間も取るみたいだからめんどくさいメージしか無いよ。
ゲームだった頃なら、呪いの種類にもよるけれど、基本的には神聖魔法で呪いを打ち消すか神殿でお祈りするか。
もしくは、『聖水』に代表される解呪アイテムを使うかだったけれど。
この世界でもそれが通じるかは解らないし、今回の呪いに該当する解呪アイテムが何だか解りません!
取り合えず、時間はかかるけれど解呪については大丈夫みたいだから良しとして。
問題は、抗呪の方だったりです。
わたしやジーナは、そもそも呪われる事自体に嫌悪感がある。が、男共は違うのですよ!
アルバートもニードルスも、別にあの程度の呪いなら呪われても良い思ってるし。
ニードルスに至っては、呪われてみるのも良い経験だ位の感じでいる始末。
みんな、呪いに対して危機感無さ過ぎだよ!!
今回は、呪われる事もその呪いがどんな物かも知ってるからかも知れないけれど。
本来、呪いは怖い物なのに。
だって、呪いで死んだり殺されたりするんだよ!? 超絶怖いでしょう。普通。
ちなみに、写し取った教科書にある抗呪の方法は……。
〝その呪いが念由来であるならば、心を守るべし。
魔法由来であるならば、対抗する属性にて身を守るべし!〟
とあった。要約だけれど。心を守るって言うのがどう言う事か解らないけれど。
今回は、魔法由来なので。
つまり、火・土・風・水・氷・光・闇の属性の内、どれがその呪いに対抗するかを調べて、対抗する属性の手段を用意しなさい。って感じかな?
これって、ゲームだった頃と同じ仕様なのよね。
だとすると今回は、行動を制限する呪いなので恐らく『闇属性』だと思う。
と言う事は、対抗する『光属性』の物を身に付ければ、抗呪効果が上がるって事なのだけれど。
……光属性の物ってわたし、そんなに持って無いのですがなあ。
メインで活動してた頃のわたしのキャラは、白銀の鎧が眩しい聖騎士で、それこそ光属性の塊みたいな感じだった。
神聖魔法を操り、武器から鎧兜まで祝福された装備で全身を固めてたし。
けれど、倉庫キャラである召喚士な現在。
聖騎士では使わないアイテムしか持っていないわたしには、光属性の可能性なんて欠片もありゃしませんよ!
……とは言いつつ。
光属性のアイテムが、1つも無い訳じゃなかったり。
あるにはあるけれど、重くて装備不能な武器とか防具とか?
指輪や首飾りなどの、全ジョブ装備可能なアクセサリー類も無くはないけれど、人数分は持っていないアリサマです。
それに、アルバート辺りが装備出来ないかな?
と、物は試しと『神殿騎士団専用装備』一式を取り出してみましたら……。
「こ、こんな物、どこから盗んで来たのですか?
早くしまってください! 関係者に見られでもしたら、問答無用で審問にかけられますよ!?」
と、エセルにすごい怖い顔で怒られた上、アルバートには爆笑され、ニードルスには呆れられ、ジーナには、
「ウロさん、闇のルートにコネを持ってるんですか?
ちょっと、ご相談が……」
と、キラキラした瞳で見られる始末でしたさ。
すぐにしまって速攻でお茶にしたので、問題無いと思います。たぶん。めいびい。
一応、装備も効果もバラバラだけれど指輪や首飾り、ピアスなんかを渡しておいた。でも、やっぱり、どうしよう……ぬぬぬ。
「……ロさん、ウロさん?」
「ぬあ?」
「大丈夫、ウロさん。もう、次があたしたちの番だよ?」
ああ、いつの間に!?
どうやら、考え込んでいる内にかなり時間が経ってたみたいだよ。
「だ、大丈夫たよジーナちゃん。ちょっとだけ、考え事してただけだから」
そう答えつつ、わたしは遠くに見える学院の時計塔を確認する。
……あれ?
まだ、1時間も経ってないんですけれど!?
見れば、わたしたちの前に並んでいた人たちは消えて、代わりに塔の側の芝生に倒れている人数が増えている。
こ、このアトラクション、回転早くありませんか? 平気ですか!? などと。
「良し、次の受験者前へ!」
突然、ハスキーだけれど通る声が辺りに響いた。
声の主は、庭番にして試練の塔の管理人であるドワーフのハルドールさんだ。
相変わらずの黄色い髪と髭。
自分の背の倍はある斧を杖代わりに、キセルで紫煙をくゆらせている。
「ハルドールさん、お久しぶりです」
わたしの声に、目からゆっくり振り返るハルドールさん。
「……ん?
おお、お前さん方はフランベル嬢ちゃんのとこの子だったな。
しばらくじゃないか? すぐに取って返して来るもんだと思っとたのに、そのままいなくなるとはな!?」
そう言って、鼻から煙を吹き出すハルドールさん。
「マジックポーションの材料が足りなくて、ダングルド山まで行ってたんです。
そうしたら、思ったより時間がかかっちゃいまして……」
「ホホッ、あんな所まで!?
そりゃあ、ご苦労だったな。
しかし、材料から集めるなんて、今時の若いのにしちゃあ珍しいの。
そう言う所は、フランベル嬢ちゃんに良う似とるな。
しかし、薬はちゃんと作れたのかの?」
「はい!
ウチのニードルスくんは、元錬金術ギルドの敏腕スタッフでしたから。
ね、ニードルスくん?」
「や、止めてくださいよウロさん。
もちろん、マジックポーションは昨日の内に調合が済んでますよ!」
わたしに促され、ニードルスがブスッとした表情で、マジックポーションの入った500ミリペットボトル大の瓶を持って前に出て来る。
耳がピコピコ動いてるから、嬉しいに違い無いと思う。
ハルドールさんは、それを見てウンウンとうなずいて口を開く。
「フムフム、優秀じゃな。
では、許可証を拝見しよう」
「こ、これだ!」
ハルドールさんの言葉に、少しだけ緊張気味にアルバートが応える。
「……フムフム。
よろしい、確かに許可証を預かった。
西の庭番ハルドールは、アルバート・ローウェル、ニードルス・スレイル、ジーナ・ティモシー、ウロの4名の試練の塔への入場を許可する!」
いつかも聞いた宣言が、ずいぶんと昔にすら感じる不思議。
「さて、塔の説明だが……。
お前さん方は、もう知ってるな?」
「は、はい!? えと……」
ハルドールさんの急な質問に、思わず動揺するわたし。
それを見て、小さくため息を吐いたニードルスが、代わって答えてくれた。
「えー、試練の塔は、1階から3階、屋上を含めた4つの区画から成り……」
1階は『知の間』。
知識に関する試練がある。
2階は『技の間』。
技術に関する試練がある。
3階は『総の間』。
知識と技術を合わせた試練がある。
そして、問題の屋上だけれど……。
「屋上には、育てた魔石を納める台座があります。が、私たちはまだ、魔石を育てる所か、所持すらしていません!」
「ウム。前にも言ったが、魔石は、塔の試練を乗り越える内に用意出来れば問題無いだろう。1回で抜けられる程、甘くは無いからな?
しかし、万が一に天辺にたどり着いたとしたら。どうするつもりかな?」
ニードルスの話を、キセルをふかしながら聞いていたハルドールさんが、鋭く睨む様に見据えて来た。
「……さてな。
たどり着いたら、その時にでも考えるとしよう」
ハルドールさんの質問に、とんでもない答えを発するアルバート。
瞬間、ハルドールさんは豪快に吹き出した。
「ガハハハハッ、それは豪気だな。
良し、気をつけて行ってくると良い。幸運を!」
「はい、ありがとうございます。
行ってきます!」
元気に挨拶を返したわたしたちは、柵をくぐり、再び塔の入口に立った。
「前回は、ここまででしたからね。
さあ、扉を開けますよ!」
少しだけ上気したニードルスが、扉のくぼみにマジックポーションの入った瓶を置く。
しばしの沈黙。
やがて、瓶に異変が起こった。
瓶がカタカタと揺れ始め、それがしばらく続いていたかと思うと、ピタリと止まった。そして……。
ギッ、ギギギギギッ
低くて重いきしみを上げて、塔の扉が開き始めた。
「あ、開いた!」
「当然です。そう言う仕組みですから」
ジーナの感嘆の声に、ニードルスが素っ気なく返す。
だけれど、その表情は明らかに興奮している様に見えた。
「アルバート様、皆様、お気をつけて!!
くれぐれも油断召さるな!?」
「ああ、行ってくるぞエセル!」
門の外から、エセルが叫びアルバートが応える。
わたしたちも、エセルに手を振って応える。
そんな光景を背に、わたしたちは塔の中へと入って行きました。
「……暗いな。
これも試練の一部か?」
「ここには、学院内みたいな灯りが配備されてはいないみたいですね。
ですが、このボンヤリした灯りも魔法ですよ」
アルバートの呟きに合わせて、ニードルスが答えた。
塔の入口を入ったそこは、横幅2メートル位の通路だった。
天井もあまり高くはなくって、わたしがジャンプすれば届いてしまう程だ。
石造りのブロックを積み重ねたみたいな壁や床は、ボンヤリとした光を放っている以外は、塔の外見と相違無い。
そんな通路を2、3分位進んだ頃、通路よりやや広めの小部屋へとたどり着いた。
「見て、炎が浮いてる!」
小部屋の入口から中を伺っていたわたしたちは、ジーナの声に部屋の中央を凝視した。
部屋の中央付近に、何かが揺らめいているのが見えた。
ジーナは炎と言ったけれど、全く明るくはなかった。
全員が、次の行動を迷っていると、突然、部屋……と言うより建物全体から聞こえる様な声が響いて来た。
「試練を受ける者、知の間へようこそ。
部屋へ入り、我が声に耳をかたむけよ」
建物が鳴っている様な声は、だけれど決してうるさくはない優しい声で、わたしたちを部屋の中へと招き入れた。
「どうしますか、ウロさん?」
「い、行くしかないでしょ?」
ニードルスに答えて、わたしは歩を進めた。
さすがに、第1歩から落とし穴とかは無いと思うし、そう言う場所でもないでしょ。
わたしに続いて、全員が部屋に入る。
すると、中央に浮かんでいた炎の様な物が、野球のボール位だった大きさからバスケットボール位の大きさへと膨れ上がった。
「改めてようこそ。
私は、第1の試練を司る者」
驚く間も無く、炎が声を発した。
さっきまで建物が鳴っている様な声が、今度は、目の前の炎から聞こえて来ているらしい。
「これより、第1の試練を行う。
試練が始まれば、再びは来ない。
自信無きは、引き返すがよかろう。それもまた道であるが、いかに?」
そう発した炎は、こちらを伺う様に1度だけ大きく燃え上がった。
……むう。
試練が始まったら、突破するか失敗するまで戻れないみたいね。
でないと、呪いを受けるんだと思う。
今なら、呪い無しで出れるって訳かな。
「も、戻る訳が無い。
我々は、その為に来たのだ!」
アルバートが、やはり少しだけ緊張気味に答えた。
……うん。
まあ、そうなんですけれど。
一応、相談って必要だと思うの。ワタクシ。などと。
「承知した。
では、知の試練を始める」
炎がもう1度燃え上がると、わたしたちの背後の通路がかき消えた。
同時に、小さかった部屋が少しだけ広く、明るくなった。
「すごい仕掛けですね。
どんな術式なんでしょう?」
嬉しそうな声を上げるニードルス。楽しそうで何よりです。
一方で、ジーナはずっとわたしの腕にしがみついたままなのですがなあ。
部屋の変化が収まると、床に2つの魔法陣が現れた。
右と左、どちらも、強い魔力を帯びている。
「何だ、これは?」
アルバートの声に、わたしたちは顔を上げる。
!?
目の前には、さっきまでバスケットボール大の炎だった物が。
縦は1メートル、横は、その半分の50センチ位だろうか。
四角い石板の様な物へと変化していた。
更に、その表面には文字が浮かび上がっているのだけれど。
文字が、まるで波打つみたいに上から下へと別の言語の文字へと変化し続けているのである。
「これより、知の試練を始める。
我が身に記されている文字を読み、その指示に従うべし。
しかし、時は無限では無い!」
言葉が切れると同時に、石板の隣に砂時計が現れる。
「……からっぽ!?」
ジーナが驚くの当然、現れた砂時計には、砂が1粒も入っていなかった。
「これは、『魔力の砂時計』。
試練を受ける者、自らの魔力を砂とすべし。
器に手を置き、欲しい時間を言え。
さすれば、魔力と引き換えに時間を得られる。
引き換えは、魔力1に対し1分とし、途中での継ぎ足しは出来ぬ」
割りと丁寧な説明に、少し驚いたけれど。
これって、かなりキツいんじゃね!?
「よ、良し。私が最初に……」
「ちょ、ちょっと待って!!」
手を伸ばそうとするアルバートを、わたしは慌てて押し止める。
「ど、どうしたのだ、ウロくん!?」
「〝どうした〟じゃありませんよ、アルバートくん。
少し冷静になってください。
ダングルド山での事、もう忘れたんですか?」
ニードルスの言葉に、どうやら気がついたらしいアルバートが、ハッとした表情になった。
「良いですか?
これから砂時計に砂を入れますが、私たちの魔力には限りがあります。
無くなれば、外の芝生に転がっていた連中の様になってしまうでしょう。
不用意に魔力を使う事は、出来るだけ避けなくてはなりません!」
「そ、そうか。そうだな。
すまなかった、ウロくん!」
ニードルスに諭され、力無くアルバートがわたしに謝った。
魔力の使い過ぎで、ダングルド山ではだいぶヘロヘロだったからね。
「ううん、良いよ。
それより、誰がどれだけ魔力を使うか考えなきゃね!」
そう言いながら、わたしは密かに全員のステータスを確認する。
名前 アルバート・タヴィルスタン
HP 38/40
MP 23/28
名前 ジーナ・ティモシー
HP 20/22
MP 24/31
名前 ニードルス・スレイル
HP 37/39
MP 46/51
そして、わたし。
名前 ウロ
HP 39/40
MP 55/58
こんな感じだ。
……ぬう。
ただ並んでただけなのに、ダメージが入ってる不具合。
やはし、肉体的にも精神的にも緊張して疲労してるって事なのかな?
てゆーか、アルバートとジーナ、精神的にやられ過ぎじゃね!?
聞けば2人共、緊張してあんまり眠れなかったのだとか。子供か!? まあ、子供なんですけれど。
これじゃあ、アルバートとジーナには、あんまりMPを使わせる訳にはいかないよ。
「ニードルスくん。
わたしと貴方で20分ずつ。
アルバートくんとジーナちゃんには、10分ずつ魔力を出してもらおうと思うのだけれど。どうかな?」
「ええ、それで良いと思います!」
わたしの問いに、ニードルスがうなずきながら答えた。
「まて、それでは君たちの負担が大きくなってしまうではないか!?」
「そうよ、ウロさんとニードルスくんが疲れちゃうよ!」
慌てた様に抗議するアルバートとジーナ。
だけれど、それをニードルスが静かに否定する。
「違いますよ、2人共。
私とウロさんは、入学前に魔術師の所で修業していました。
その分、2人より魔力量が多いのです。
ですから、多く出すのは必然です!」
「それにね、試練はまだまだ続くから。
ここでバテてちゃ、お話にならないよ?」
ニードルスの言葉に、わたしが続く。
それを聞いていたアルバートとジーナは、お互いに顔を見合わせてから、ゆっくりと口を開いた。
「すまない、ウロくん。ニードルスくん。
世話になる」
「ありがとう、ウロさん。ニードルスくん!」
「気にしないで?
わたしたちってば、仲間なんだから。ね?」
自分で言って、少しだけ歯が浮く様な気がする汚れたココロ。などと。
「謝る必要はありませんよ?
誰が1人でも欠けたら、その班全員が失格になるのですから!」
ドライなご意見、ありがとうニードルス。
おかげて、恥ずかしさが消えてくれそうです。
「それじゃあ、魔力を注ごう。
私、アルバートは10分の時を所望する!」
器に手を置き、そう宣言したアルバート。
すると、器が少しだけ光り、サラサラとした真っ白な砂が器の中に現れた。
「……う、む。
なるほど、魔力が抜けて行くのが解るな」
手を離したアルバートが、そう呟きながらヨロヨロと後ろに下がった。
ステータスを確認すると、しっかりと10ポイントのMPが減っているのが解った。
こうしてわたしたちは、合計60ポイント。1時間分の砂を器に貯める事に成功した。
「準備は整った。
それでは、この砂の尽きる前に試練を越えるべし。
己が今ある力を示せ。健闘を祈る!」
その言葉最後に、石板になった炎は沈黙した。
それと同時に、砂時計がくるりと反転して、試練が開始したのを告げた。
「……さて、それでは始めましょうか。
まずは、いくつ言語があるか調べなくては。
さあアルバートん、ウロさん。ジーナさんも手伝ってください!」
ニードルスの顔から興奮が消えて、緊張した物へと変わっている。
「さ、アルバートくん、ジーナちゃん。
頑張ろう!」
「よ、良し!」
「は、はい」
アルバートは、自分の鞄から筆記用具と辞書を取り出す。
わたしの腕にしがみついていたジーナは、腕から離れて深呼吸をした。
さて、いきなり難題なんですけれどどうでしょう。
石板の文字は、対して長い物ではない。
けれど、大体10秒毎に別の言語へと変わってしまうのである。
魔界語、古代語、東方語、西方語……。
古い物から、現在、この世界で使われている言語まで。
十数種類のくるくる変わる文字たちに、目がおかしくなりそうになる。
しかし、のんびりも出来そうに無い。
砂時計は、たったの1時間しか無いのだから。
恐るべし、知の試練!
全て知ってれば、問題無く読めるって?
いやいやいやいや、漢字・平仮名・カタカナがグラデーションしてても読むにくいってば!!
そんな感じに、わたしたちの時間は過ぎて行く。
ほとんど読み取れないまま、40分くらいは経ってしまったみたいだよ。
全員に、肉体的にも精神的にも疲労が見える。
「……くそっ、こんな物が読める訳が無い!!」
「確かに、甘く見てましたね。
恐らく、あの2つの魔法陣は転移魔法の魔法陣だと思います。
正解なら、次の試練へ。間違いなら、外の芝生に……ですかね」
アルバートがまた叫び、ニードルスがため息の後にそう言った。
「えと、悪しき……神の……。
目が痛いです」
ジーナが、目をシパシパさせながら呟いた。
わたしとジーナの合作でも、単語の意味は取れるけれど文章になりゃしない。
そして、もうあんまし時間も無い。
「……『読解』の魔法、先に修めておくべきでしたね」
力無く、ニードルスが呟いた。
『読解』は、その名の通り文字を解読する魔法だ。
教科書を記してあるわたしたちは、この魔法の存在は知っている。けれど、正確な呪文は記されているいない。
安全面から、全ての呪文は教師から直接習う事になっている。
でないと、大事故になりかねないからだけれど。
……ぬう。
『備えあれば嬉しいな!』の精神のハズだったのに。
でも、手はある事はあるんだけれど。
炎も、“己が今ある力を示せ”って言ってたしね。セーフだよね?
わたしは、ステータスから『翻訳』をオンにする。
その瞬間、いままでグルグル変化していた文字が日本語で固定される。少しプルプルしてるけれど。
わたしは、それを朗々と読み上げた。
〝汝が知は、道を示すに在るか。
在るならば神の道を。
無いならば悪の道を進むべし〟
「う、ウロさん!?」
「ウロくん!?」
「読めたのですか、ウロさん!?」
ジーナが、アルバートが、ニードルスが。
それぞれに、驚きの表情でわたしを見詰める。
「読めた!
でも、意味が解らないかな?」
「いえ、それで十分に解ります。
神の道が正解ですから、左です。
昔から、寝物語にも〝聖なる左手・邪なる右手〟とありますから!」
わたしの疑問に、ニードルスが嬉々として答える。
「では、左だな。
良し、行こう。もう、砂が尽きてしまう!」
アルバートの指差す先、砂時計には、もう数分の砂しか残されていない。
「ええ、行きましょう!」
「行こう、ウロさん!」
みんなが、わたしを呼んでいる。
同時に、わたしの中で不安が膨らんで行く。
それは、呪いの事。
第1の試練がこんなに難しいなら、第2、第3はより難しくなると思う。
たぶん、次で失敗するだろう。
まあ、1回で全部をクリア出来るとは思ってないし、それはそれで良いと思う。
けれど、失敗には漏れなく呪いがついて来る。
解呪は、ニードルスの事だからきっと出来るだろう。
やり方を見れば、わたしにも出来る様になるかも知れない。でも……。
やっぱり、呪われたくはなくね?
「ちょっと待って!」
気がついたら、わたしは叫んでいた。
「どうした、ウロくん?」
「早くしてください、ウロさん。
大丈夫です。左の魔法陣で間違いはありませんよ」
「怖くないよ、ウロさん?」
いやいや、そうじゃなくって。
「みんな、呪いの事忘れてない?
わたしたちって、抗呪対策ほとんどしてないよ?」
わたしの言葉に、みんなの動きが止まる。
「確かに、ウロくんから借りた装飾品以外は何もしていないな。
或いは、何も出来なかったとも言えるが?」
「現在の私たちでは、対策のしようがありませんでしたからね。
仕方ないのではありませんか?」
「呪いは怖いけど、しょうがないよ。ウロさん?」
……まあ、そうなのですが。
「うん。だから、これ!」
わたしは、鞄から小さな人形を4つ取り出した。
昨日から、渡そうか悩んでいた物だ。
「……何だ、この人形は?」
「ウロさん、これはいったい?」
アルバートとニードルスが、等しく疑問を投げてくる。
その傍らで、目を剥いて絶句している少女が1人。
「こ、これ、これって『身代り人形』じゃないですか!?」
「うん、身代り人形だよ」
「こ、こんな高価な物、何で持ってるんですか!?」
大興奮のジーナが、ハフハフ言いながらわたしにすがりついて来る。
『身代り人形』は、闘技場クエストで入手可能なアイテムだった。
身に付けていると、即死攻撃や強力な呪いなど、もしもの瞬間に、持ち主の身代わりになって砕け散ってくれるアイテム。
でも、ちょっとしたダメージにも反応してしまうため、実際には使い勝手が悪くて、あまり陽の目を見ないアイテムだった。
でも、今のわたしたちには、重要アイテムだと思う!!
「出所は秘密!
でも、今は必要だと思う。
みんな、お願いだから身に付けて!」
みんな、人形を手に深刻な顔になっている。
最初に口を開いたのは、アルバートだった。それに、ニードルスとジーナが続く。
「ウロくん、ありがとう。
君は、ずっと我々の事を考えていてくれたのだな。
解った、これは貰っておこう。
今回は、無事に次へ行ける。だから、次の試練を見てから使おうと思う」
「ウロさんの気持ち、とても嬉しいです。大事にしますよ! ……ウロさんだと思って」
「……もったいなくて、使えないよう!」
……いや、使えよお前ら!
「さあ、とにかく急ごう。
もう、時間が無い!」
わたしの願いも虚しく、わたし以外は人形を身に付けないままに左の魔法陣へと飛び込んだ。
魔法特有の光が、わたしの身体を包み、そして、溶かして行く。みたいな?
いつの間にか閉じていた目を開けると、青白い光の中に浮かぶみんなの姿があった。
口を開いても言葉にはならなかった。
みんなも同じらしく、首を振ったり手を振ったりしている。
「おめでとう、試練を受ける者。
汝らを、知ある者と認める。次の試練へと導こう」
頭の中に、さっきの炎の声が響いた。
これに、みんなが言葉無く喜んでいる。
もちろん、わたしも喜びですよ!
でも、安堵の方が上かもね。
「転移に伴い、魔力を徴収する。
次なる試練での、汝らの健闘を祈る。さらば!」
炎の声は、そう言い残して消えて行った。
同時に、わたしの中から魔力が抜けて行くのが解った。
……マジですか!?
わたしは、恐る恐るステータスを確認する。
名前 ウロ
HP 32/40
MP 21/58
うおう、だいたい10ポイント位持ってかれた!
てゆーか、このペースで支払って行ったら、次で詰んじゃうんじゃね!?
なんて考えていたのもつかの間、突然、青白かった周囲が真っ赤に変化した。
わたしの隣で、ニードルスが首を振っている。
「魔力枯渇の者あり!
規約に従い、全員を失格とする!!」
頭の中に、再び声が響いた。
聞いた事の無い、音声案内みたいな声だ。
って、魔力枯渇!?
わたしとニードルスが、顔を見合わせる。
そして、お互いに目をスライドさせて行く。
そこには、完全に気を失っているアルバートとジーナの姿があった。
あー、そこかあ。
魔力、足らなかったー。
そして、前にアルド先生が言ってた事って、こう言う事だったんだあ!!
困惑とか後悔とか。
様々な物が頭の中でぐるぐると回っている。
てゆーか、わたしたちも回りだしてるんですが!?
やがて、そんな思考もおぼろ気になり始めたわたしは、滝壺の渦にでも飲み込まれるみたいに、意識と一緒にどこかへと飲み込まれて行ったのでありました。ぎゅう。




