第七十八話 噂と呪いと試練の塔
蒸しパンは美味しいけれど飽きる! ウロです。でも、お米が手に入らない現実。どこかにはあるかな? 個人輸入とか出来ないかな?
レティ先生が戻らないまま、今日で5日が経とうとしています。
その間、先生の承認が無いわたしたちは、試練の塔に再挑戦する事が出来ずにいたりです。
まあ、身体を休めたりお料理したりと、イロイロしてたので平気でしたけれどね。
それよりも、何やら奇妙な事が起こってるみたいなのですがどうでしょう?
クラスのみんなが、班ごとに分かれて『試練の塔』の話をしているではないですか!
伝え聞こえる話から、すでに塔の中に入ってるッポイ感じなのですがなあ。
まだ挑戦していないと言う、魔法使いな家系の子たちの班に聞いてみますと。
「クラスのほとんど、と言うよりも1年生の大半が試練の塔に挑戦してますよ。
まだ、突破した班は無いみたいですけど」
との事だった。
どうやら、わたしたちが旅に出た後から次々と塔に挑む班が出てきたらしい。
レティ先生から塔や試練についての説明があった時には、実際に挑戦しようと思う者はいなかったみたいだけれど。
どこかの班が塔に挑んだと言う噂が流れたのは、丁度その頃の話みたいだよ。
残念ながら、その班は塔を攻略出来なかったらしいのだけれど、それが呼び水になったのか次々と挑戦する班が出始めた。……と言う事みたいだった。
ぬ、ぬう。
その班って、どう考えてもわたしたちの事だよねえ。
でも、塔に入れてる点については事実と異なるけれどね。
実際のわたしたちと来たら、塔に入る事すら出来なかったのだから。
そんな噂を聞いて、少しだけ挙動不審になっているわたしたちに、どこからか声がかけられた。
「失礼、ローウェル様。
今、よろしいかしら?」
声をかけて来たのは、アレクシア・ブルーム。
初登校の日、レティ先生に質問した縦巻きロールのお嬢様だ。
「や、やあ、ブルームくん。
今日の君は、昨日にも増して美しいな」
そう言いながら、慌てて平静を取り繕いつつアレクシアに一礼するアルバート。
わたしやジーナにはやらない動きに、思わず目をみはる。
「アレクシアで結構ですわ、ローウェル様。
私、少しお聞きしたい事がございますの」
「アルバートだ、アレクシアくん。
それで、私に聞きたい事とは?」
自分の席をアレクシアに譲りながら、アルバートが促した。
アレクシアは、優雅に椅子へと腰を下ろしながら口を開いた。
「ありがとうございます、アルバート様。
伺いたい事と言うのは、フランベル先生の事ですの。
実は、フランベル先生不在の件に皆様が関わっていると言う噂を耳にしましたもので。
クラスを代表してお尋ねいたします。先生は、いつ頃お戻りになるのか。ご存知ありませんか?」
右手を頬に当て、軽く首をかしげながら困った様な表情でため息を吐くアレクシア。
お人形の様に整った顔が、一連の動作をより引き立てているのか、クラスの男子がこちらを見てにやけている。
……いや、そうじゃなくって。
また噂!?
てゆーか、何その噂!?
あの人の奇行に、わたしたちが関わってる訳無いでしょ!?
息を吸い込みつつ立ち上がろうとするわたしを、アルバートは手を上げて制する。
わたしがストンと座り直すと、アルバートはフムとうなずいてからアレクシアに向き直った。
「そんな噂があったとは、驚きだな。
しかし、残念ながら我々にもフランベル先生の事は解りかねる。
それに、我々もフランベル先生の不在は困っているのだ。試練の塔に入れないのだからな!」
アルバートの言葉に、アレクシアは小さくため息を吐いた。
「そうですか。
それは、失礼致しました。
やはり、噂など充てにはなりませんわね。
ところで、皆様はどうして急に旅に出られたのですか?
私たち、とても気になっておりましたのよ?」
さっきとは一変して、急に笑顔で尋ねてくるアレクシア。〝私たち〟って所にグッとくる物があるけれど。
一方で、アルバートは少しだけめんどくさそうな表情になっているみたい。
さて、どうしましょう? ……なんて事を考えていますと。
「あ、えと、あたしたちは素材集めの旅に出てたんです!」
アルバートとアレクシアを交互に見ていたジーナが、突然、口を開いた。空気を読んだって感じ?
「貴女は、え……とティモシーさんだったかしら?
素材って、何の素材ですの?」
「と、塔に入るのに必要な魔法のポーションです!
妖鳥の風切り羽根が足りなくって……」
ジーナの言葉に、アレクシアは目を丸くする。
「まあ、そうでしたの。
でも、素材が無いのならポーションの完成品を買えば良いのではありませんか?」
そう言って、不思議そうな表情を浮かべるアレクシア。
ぬう。
お金持ちの発想だわよ。
そして、アレクシアにはこれっぽっちも悪気が無いから恐ろしい。
「完成品を買おうが素材から錬成しようが、魔法のポーションには変わりありませんよ? あまり、錬金術ギルドを信じすぎるのも問題がありますしね。
そんな事より、よろしければ試練の内容について教えていただけませんか?
対策無しに挑むなど、愚の骨頂と言う物ですからね!」
さらに恐れを知らぬ、元・錬金術ギルド員ニードルスが、悪意ゼロの率直な意見を言い放った。
わたしとアルバート、ジーナの顔が困惑にしぼむ。
その瞬間、アレクシアが顔を両手で覆いつつ椅子から崩れ落ちた。
同時に、クラス全体に緊張が走る。
「どうした、アレクシアくん!?」
「……んん!!」
慌てて駆け寄るアルバートだったけれど、アレクシアはそれを拒絶する。
顔を隠しつつ、うめく様な声を上げているアレクシア。
「アレクシア様!!」
何が起こったのか解らないわたしたちをよそに、アレクシアの班の者が悲痛の声を上げて駆け寄ろうとした。
……が。
「どこか怪我をしたのか?
少しだが、私は回復魔法が使える。
さあ、見せてみなさい!」
紳士だけれど熱くて超天然なアルバートによる、強制介抱が発動。
拒否するアレクシアの手を、かなり強引に開いてしまった。
「!?」
わたしは、思わず絶句してしまう。
わたしだけじゃない。
アルバートも、ジーナも。クラス中が息を飲むのが解った。
アレクシアは、その美しい顔を大きく歪ませていたのである。
口を内側に、まるで吸い込むみたいにくわえ込んでいる。
そのため、顔はひきつって額には青筋が浮かび上がっていた。
「あ、アレクシア様ー!!」
駆けつけた班の仲間が、大慌てでアレクシアの顔をケープで包んだ。
「さあ、参りましょうアレクシア様!」
慌ただしく教室を出て行くアレクシアたちを、誰も何も言えないままに見送るしかなかった。
騒然とするクラスの中、わたしたちの背後でクスクスと笑う声が聞こえる。
笑っていたのは、魔法使い家系のみなさんだった。
「な、何がどうなったの?」
「あ、あれは、呪いです。
し、試練の塔に挑んで、突破出来なかった者、ぜ、全員にふりかかるのです。ククククッ」
わたしの問いに、彼らの内の1人が笑いを堪えつつ答えてくれた。
って、呪いって何!?
残念ながら、詳しく聞き出す事は出来なかったけれど。
ちなみに、魔法使い家系の皆さんに「塔に挑戦しないの?」と聞きましたら、
「今は、その時では無い!」
と、答えてくれました。
……その日の午後。
わたしたちは、食堂にてアルド・ウェイトリー先生を囲んでおりました。
まあ、たまたまお昼を取っていたアルド先生を見かけたので、無理矢理に同席させてもらったのだけれどね。
最初は嫌がっていたアルド先生も、腸詰め入りの蒸しパン3個で快く同席を許してくれました。
「で、聞きたい事とは何じゃ?」
まだ、少しだけ湯気の立っている蒸しパンを、美味しそうにほうばるアルド先生。
「アルド先生。わたしたち、素材採集の旅から帰ったら妙な噂が立ってたんです。
レティ先生がいなくなったのって、わたしたちのせいなんですか?」
「ほほう、やはりあのレポートは君らだったか。
いかにも。
レティ君は、君らが提出したレポートの調査にダングルド山へと向かったんじゃよ。学院の許可を得る前に。勝手にな!」
わたしの質問に、ほうばった蒸しパンをハーブティーで流し込みながら答えるアルド先生。
瞬間、わたしたち全員から何かしらの力が抜けて行くのを感じた。
噂、本当だったし。
ガッツリ、わたしたちのせいだったし。
だからと言って、レティ先生の動向なんて解る訳もないんだけれど。
「ウェイトリー先生、フランベル先生がいつ頃お戻りになるか解りませんか?
私たちは、すぐにでも試練の塔に挑戦したいのです!」
気を取り直したニードルスが、2個目の蒸しパンに取りかかったアルド先生に質問した。
アルド先生は、その質問に軽く首を振って短く「解らん!」とだけ答えた。
ですよね知ってた。
てゆーか、ダングルド山に向かったのなら最低でも1週間は戻って来ないのでは!?
しかも、調査となると、どれだけ時間かかるか全然解らないじゃん!! ぐぬぬ。
「まあ、どちらにしても、今の君らが塔に挑むのは、まだまだ早いじゃろうなあ」
3個目の蒸しパンを、半分に割りながらアルド先生が呟いた。
「失礼、ウェイトリー先生。
それはどう言う意味でしょうか?」
少しの間も置かず、アルバートが口を開いた。
それは、怒りじゃなくって単純な疑問からみたいだけれど。
「君ら、まだ自分の魔石を作ってはおらんのじゃろ?
あの塔の天辺には、魔石を納めなきゃならん台座がある。
それが出来ないなら、行くだけ無駄じゃな!」
ハーブティーをグイッと飲み干して、お腹をポンと叩いたアルド先生。
……そう言えば、魔石なんてのもありましたっけ。
ここで言う〝魔石〟とは、魔導書の時と同様に自分の魔力を注いで作る物の事。
まだ始まってないのだけれど、『魔石作成実習』の授業で魔石を育てる事になる。
どの位の期間、どの位の量の魔力を注ぐのかは解らないけれど、そうして出来た魔石を試練の塔の天辺にある台座に納める。
納めた魔石の魔力は、塔から学院全体へと送られて灯りや空調なんかに消費されるらしい。
……て事は、今すぐ塔に挑戦してクリアするなんて、どうやっても不可能なんじゃね!?
再び脱力するわたしたち。
その姿を見ていたアルド先生は、やれやれと言った表情になった。
「……まあ、抜け道はあるがの?」
不意に、アルド先生がボソッと呟いた。
わたし、聞き逃さなかったよ!!
「あるんですか、抜け道。
教えてください、アルド先生!!」
「お、落ち着きたまえ!
本当に君は、学生の頃のフランベル君にそっくりじゃな!?」
いつの間にか、テーブルに乗りかけていたわたしを、アルド先生は軽く牽制した。
ぬう。
心に響く打撃を受けた気がするよ。
わたしが座り直すと、アルド先生はコホンと咳払いをしてから話してくれた。
「君らも知っている通り、塔の天辺に魔石を納める事となっておるのじゃが。
必ずしも、魔石である必要は無い。
正確には、規定量の魔力を台座に注ぐ事が出来れば魔石でなくとも構わん。と言う事じゃ!」
一息で話し終えたアルド先生は、プハッと深呼吸して髭をなでた。
なるほど。
別に魔石でなくても、魔力があれは良いって事ね。
て事は、ポーションで回復しながら魔力を注げば良いのでは? などと。
「……先生、どうすれば良いのですか?
どうやって、魔力を注ぐのですか?」
アルド先生の袖を掴んで、ド直球の質問をするジーナ。
だけれど、アルド先生は冷静に。
「悪いが、その方法は教えられんよ。
そもそも、学院はそんなやり方を推奨しておらん。
試練の塔は、1年生の締めくくりの場所じゃ。
入学してまだ、たったの2ヶ月しか経っておらんのに何を学んだ気になっておるのかな?」
……ヤバイ。
物凄く耳が痛い。
忘れてたつもりは無いのだけれど、ここは『魔術師養成専門学校』な訳で。
知識や技術が中途半端なのに、試験だけクリアしてしまっても意味が無い。
ってゆーか、元の世界でのわたしってばコレそのものだったのですがなあ。
でも、ここでは中途半端な仕事は死に直結しかねない不具合です。
その怖さは、この間たっぷり味わったしね。
突然、バンッとテーブルを叩く音にわたしの肩が跳ね上がった。
「あ、アルバートくん?」
音の出所はアルバートだった。
両手をテーブルに叩きつけ、真顔で立ち上がったアルバートは、怒りとも困惑ともつかない表情でアルド先生を見詰めていた。
「もちろん、全て承知しております。
しかし、私にはあまり時間が無いのです。
何としても、早期に突破せねばならないのです!」
捲し立てる様に話したアルバートは、少しの間を置いてから「失礼しました」と小さく呟いてゆっくりと腰を下ろした。
そんなアルバートを、眉1つ動かさずに見詰めていたアルド先生は、小さくため息吐いてから口を開いた。
「確かに、ローウェル君には時間が無いんじゃったな。
ならば、挑んでみると良い。それは自由じゃ。
あの塔は、1学年の集大成。
大袈裟で無く、まさに試練じゃ。
……ただし」
そう言いつつ、アルド先生はアルバートとジーナを指差した。
「君ら2人は、今のままでは塔を登るのも難しいじゃろうな」
「なっ!?」
「ええっ!?」
アルバートとジーナが、同時にうろたえる。
そりゃ、そうでしょ。
いきなり、名指しでダメ出しされたんだもん!
「そ、それはいかなる理由ですか!?」
「あたし、駄目なの!?」
「ホッホッホッ、それを知るのも勉強じゃ!」
2人の悲痛な問いに、アルド先生は手を振って答えた。
「さて、ワシはもう行くぞ。
蒸しパン、美味かったぞ!」
そう言って立ち上がるアルド先生。
あ、まだ1つ聞いてない事があったよ!
「あ、アルド先生、もう1つだけ。
あの塔は、突破出来ないと呪いがかかると聞いたのですが。
それって、どんな呪いなんですか?」
「んん?
ああ、アレか。
アレは〝塔の試練について、仲間以外には伝えられなくなる呪い〟じゃ。
話そうとすれば顔が曲がり、書こうとすれば腕がねじれる。
怪我はせんが、一緒に塔に挑んだ仲間以外とは、試練についての情報交換が出来なくなるのじゃ。
遺跡だと、普通にある類いの呪いじゃしの。
しっかり学んでいたなら、解呪したり、呪いそのものを回避する事も出来るはずじゃ!」
そう言い残して、アルド先生は食堂から出て行った。
残されたわたしたちは、突きつけられた課題の多さに呆然とする事しか出来ずにいたりでしたさ。
今日は、このまま解散となった。
アルバートは、いつも通りに元気に帰って行ったけれど、その表情はいつものそれとは違っていたし。
ジーナはもっと解り易くって、明らかに動揺している様に見えた。
そんな2人に、わたしもニードルスも特別な声をかける事が出来ず、ただ、見送る事しか出来なかった。
そんな、やたら大変だった1日の夜遅くにレティ先生が帰って来たと知ったのは、翌朝になってからの事でありました。
爆睡しちゃってたからね!!




