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第七十七.五話 時にはやさしい時間を

 馬車揺れて、脳みそ揺れて、胃も揺れる。などと。あ、ウロです。


 レポートを提出したら、翌日から担任の先生がいなくなっちゃったのですかどうでしょう?


 授業は自習だし、試練の塔に挑戦しようにも許可証の再発行がされない不具合ですよ。


 クラスのみんなは、図書館やら家庭教師やらで勉強したり、優雅に貴族的なお茶会してたり。


 一方、わたしたちはと言えば……。


 アルバートは、まだ完全じゃないエセルの看病に行ってしまっているし。


 ニードルスは、今回の戦闘で壊れちゃったゴーレムちゃんの修復に忙し楽しそう。


 ジーナは、お父様や叔父様に怒られたとかでシュンとしている。

 何でも、塩を余させる位にしかアウルベアを手に入れられなかった事よりも、余った塩を売り尽くさなかった事を怒られたらしいです。


 恐るべし、商人魂!!


 なもんで、みんなといる時は普通なのだけれど、寂しそうに魔導器を見詰める後ろ姿が哀愁を漂わせている。


 まあ、わたしもわたしで、貴族じゃないからお茶会とか誘われないし~。

 別に寂しくないし~。


 でも、悔しいし勉強も気分じゃないので、少しだけ楽しむ事に大決定です。


「……で、私に何をしろと?」


 自宅地下の研究室の、大きな机の上いっぱいに様々な素材を展開させながらニードルスが呟いた。


「えとね、重曹を錬成して欲しいんだけれど?」


「重曹の錬成なら、もう教えたじゃないですか?

 忘れたんですか?

 覚えなかったんですか??

 もしや、覚えられなかったんじゃ!?」


 相変わらず、お勉強的な事になると辛辣ですね。ぐぬぬ。


 あまりの事に、衝動的にニードルスの耳の先っちょを爪でグニッてしたくなったりだけれど、ここはグッと我慢してみました。


「そんな事、言わないでよニードルス先生!

 わたしなんかより、先生が錬成した方が成功率も完成度も高いじゃないですか!?」


「せ、先生!?」


 耳がピンとなって、口元がニヨニヨしているニードルス。


「そう! ニードルス先生!!」


「し、仕方がありませんね。

 こ、今回だけですよ?」


 そう言いながら、いそいそと準備に入るニードルス。

 チョロいったらないね。うひひ。


 そんな訳で、ニードルスから重曹を1キロほど手に入れる事が出来ました。

 その過程でニードルスのMPが無くなっちゃったけれど、本に埋めておいたので平気です!


 一路、学院の食堂を目指します。


 ……と、その前に。

 魔導器の前に張り付いてるジーナを捕獲しましょう!


「ジーナちゃん!」


「ひゃっ!! う、ウロさん!?」


 バックスタブー状態で声をかけたら、かなり飛び上がってビビった。わたしが。


「ジーナちゃん、一緒にお菓子作ろう?」


「えっ!? お、お菓子!?」


「そう!

 元気が無い時は、甘いお菓子が良いとお陽様が言っている気がする不思議だよ!」


「ちょ、えっ、何を言ってるのウロ……きゃー!?」


 困惑するジーナを、勢いに任せて食堂へと連れて行きました。


 昼下がりの食堂は、既に食事を終えた生徒や職員が少しだけ残っていたけれど閑散としている。


 これなら、邪魔にならないで済むかな?


「う、ウロさん」


 少しだけ息を弾ませながら、ジーナがわたしの袖を引っ張った。


「どしたの、ジーナちゃん?」


「あたし、お菓子なんて作った事ないけど……」


「大丈夫、スゴく簡単だから。

 それにこれは、ポーションの材料のお礼でもあるの。

 だから、手伝って欲しくって」


「お礼って、あの料理長さん?」


「そう!

 こう言う事は、やっぱり女の子同士じゃなきゃね。でしょ?」


「う、うん。それなら、お手伝いする!」


 スカートをキュッと掴んで、コクンとうなずいたジーナがカワイイ。


 わたしは、厨房の中をカウンター越しに覗き込む。


 厨房には、何人かの職員の姿があった。

 もう、大方の後片付けは終わってる様で、談笑しながら休憩しているみたいだった。


 わたしの目が、その中の1人に留まる。


「すみませーん、ルェフルさーん!」


 わたしの声が厨房に響くと、1人の恰幅の良い初老の女性が振り返った。

 食堂を仕切る料理長、ルェフルさんだ。


「おや、ウロちゃん。

 また、香辛料かい?」


 ルェフルさんは、笑いながらこちらへとやって来る。

 わたしが試練に必要なポーションの材料を話した時、笑顔で分けてくれたのが、このルェフルさんだ。


 お団子に束ねた灰色の髪は、ほどけば腰くらいまであると聞いた事がある。

 少しだけ大きめの器を、メイド服みたいな制服の中にしまい込んで、使い込まれたエプロンで包んでいる。

 声は優しげだけれど、上品な顔にキリッと上がった眉が凛々しい。

 今でも十分綺麗だけれど、若い頃はさぞや美しかったと予想出来る。


 何でも、若い頃は上級貴族のお屋敷の厨房で腕を振るっていたのだとか。

 どう言う経緯で、この学院にやって来たのかは解らないけれど、貴族ばかりのこの学院で、食事に関してはクレームが出ていないらしい。……実際、美味しいしね。


「こんにちは、ルェフルさん。

 今日は違うんです。

 わたしたち、ルェフルさんにこの間のお礼がしたくって」


「はい、こんにちは……って、お礼!?

 子供がそんな事、気にするんじゃありませんよ!」


 そう言って、手をパタパタさせるルェフルさん。


「そ、そんな事言わないでください。

 わたしたち、ルェフルさんと新しいお菓子を作りたいんです!」


「新しいお菓子?」


 その時、ルェフルさんの瞳がキラリと光った。……様な気がした。


「そう。

 お菓子って言うか、パンなのだけれど」


「パン??」


 困惑した表情のルェフルさん。

 一方、わたしの肘をツンツンつつく何かが。


 何かと見て見ますと、目を見開いて「はわわわわっ」みたいな表情になってるジーナが!


「ど、どしたの、ジーナちゃん?」


「う、うううウロさん! あたし、りょ、料理なんて出来ないよ!?」


「だ、大丈夫だよ、ジーナちゃん。

 と言う訳で、わたしたち2人で『蒸しパン』を作ります!」


 そう、作るのは『蒸しパン』。


 この世界にも、ゲームだった頃の料理はいくつか残っている。

 パンも、その内の1つだけれど。


 ただ、この世界のパンは堅い!

 それは、庶民が食べる黒パンも貴族が食べる白パンも同じみたいだった。


 パンを発酵させる『イースト菌』が無いせいなのだろうけれど、わたしにはどうして良いか解りません!


 でも、重曹を使った蒸しパンなら、何度か作った事がある。

 あれなら、焼いたパンとは風味が違ってしまうけれど、フワフワに出来上がる。


 材料を集めながら、わたしは、さっきニードルスに作ってもらった重曹を取り出してテーブルの上に置く。


「おや、これは?」


「これは重曹です」


「重曹!? 重曹なら、ここにもあるけど。

 そんな物で、柔らかいパンが出来るのかしら??」


「う、上手く行けば、フワフワのパンが出来ます!」


 訝しげに、重曹の入った壺を見詰めるルェフルさん。

 まあ、そうでしょうね。

 この世界では、お掃除くらいにしか使ってないっポイし。


 そんなこんなで、さっそく参りましょう!


 用意するのは、小麦粉と砂糖と、水とお酢。そして、重曹だ。


 わたしは、頭の中で手順をシミュレートしてみる。


 ……うん、大丈夫。

 問題は、重曹の量がイマイチ思い出せない事くらいかな?


「さあ、教えておくれ?


 別に失敗しても、誰も文句は言いませんよ?」


 そう言ってルェフルさんは、わたしとジーナの頭を軽くなでてくれた。


「じゃあ、始めましょう。

 ジーナちゃん、わたしと一緒にね?」


「う、うん!」


 美味しい蒸しパン、作りましょう。


 お水にお砂糖、溶かしたら。

 お酢を加えて混ぜましょう。


 小麦粉と重曹、振るい入れ。

 全部、グネグネ混ぜましょう!


 ……ふう。

 まずは生地の出来上がり。

 ジーナも、わたしと同じ様に生地を作り終えたみたいだよ。


「これを、このまま蒸すのかい?」


 出来上がった生地をしげしげと見詰めながら、ルェフルさんが言った。


「えと、これをキッチンペーパーを敷いた……」


「キッチン……何だって!?」


 あっ!

 キッチンペーパーなんて無いじゃん!


「あ、えと、ザルに薄い紙を敷いて蒸したいのだけれど……」


「紙!?

 それじゃあ、これで良いかしら?」


 ルェフルさんが取り出したのは、わたしたちがメモ用紙に使っている紙だ。

 聞けば、市場で肉などを買った時に包むのは、それと同じ紙なんだって。


 その紙を、数秒だけ熱湯に潜らせてザルに張り付ける様に敷く。


 そこへ、さっきの生地を流し入れて、用意していた蒸し器(鍋と籠だけれど)に入れて蒸します。


 蒸し時間は、蒸し料理に慣れているルェフルさんの見立てで。


 大体、20分くらいかな?


「そろそろ、良いかしらね?」


 そう言いながら、ルェフルさんは蒸し器の蓋を開ける。


 ホワンと、ほんのり甘い香りが広がる。


 湯気に煙る鍋の中には、ふっくらと膨らんだ蒸しパンの姿がありました。


「……すごく良い匂い!」


「何だか、頼りなさそうなパンだこと」


 ジーナは笑顔で、ルェフルさんは眉をひそめながら言った。


 わたしは、蒸しパンに木のクシをスッと刺す。

 クシを引き抜いて、生地がくっついてこない事を確認する。


「出来ました。

 蒸しパンの完成です!」


 それから、みんなで出来上がった蒸しパンを試食した。……絶句するくらいに苦くてビビった。


「……苦いよ、ウロさん?」


「確かに、苦いわね。

 でも、ビックリする程フワフワだわ!

 ウロちゃん、重曹の量は減らしちゃ駄目なのかしら? ティースプーンくらいの量でも良いと思うんだけど?」


「あ、はい。減らして大丈夫です。完全に入れすぎました!」


 その後の2回目。


 要領を得たルェフルさんの手際で、〝苦くない〟程好い甘さのフワフワ蒸しパンが完成したのでした。


「スゴーイ! 美味しい!!」


「これは素晴らしいわ、ウロちゃん。

 ありがとうね、2人共。

 とっても素敵なお礼だったわ!」


 美味しそうに蒸しパンをほうばるジーナに、さっきまでの悲しそうな影はなくなっている。

 また、そんなジーナとわたしを、ルェフルさんはやさしく抱き締めてくれた。


 食堂からの帰り道、何やらブツブツと呟きながらメモをしているジーナ。

 どうやら、これをお家で作ってお父様や叔父様をビックリさせるんだって。


 ジーナの顔にも、いつもの明るい笑顔が戻っていた。

 やっぱり、美味しい物って良いね!

 これもひとえに、わたしの女子力の高さの成せる技かな? ぐふふ。


 お腹と心がいっぱいになった午後は、こうして流れていったのでした。


 翌日。

 回復したエセルをお祝いして、薬草園近くの中庭にて小さなピクニックです。


 ここなら、誰も来ないからレプスやフリッカを喚び出せるしね!

 顔合わせも兼ねてってやつです。


 病み上がりのエセルより、1人だけやたら真っ青な顔のニードルスが怖いけれど。

 作っておいた蒸しパンを、みんなにもごちそうします。


「これは旨い!

 甘くて柔らかくて、凄いなジーナくん!」


「本当に、口当たりも優しいですし。

 ジーナ様の夫となる方は、幸せ者ですな」


「……ウロさんも、剣などよりもっと、こう言う腕を研いてくださいよ。

 そうすれば、私は……」


 おおう。

 野郎共、いつかまとめて土に還してやるからな!


 一方その頃、わたしのカワイイ召喚獣ちゃんズですが。


 レプスは、蒸しパンよりニンジンの方が良いみたいだったけれど。まあ、しかた無いね。

 てゆーか、何か緊張してる? ずっと耳が、後ろに倒れて警戒状態なのだけれど。


 フリッカはと言うと。


 フリッカは、蒸しパンを美味しそうに食べているみたいだった。

 でも、何だか落ち着きが無いみたい?


「フリッカ、美味しい?」


「うん。あたい、こんなの初めて食べた! ……でも」


「でも?」


「あたい、この兎の方が良いなあ。

 食べて良い?」


「だ、ダメ!!

 この子は、貴女の先輩なんだから!!」


「チェッ。耳の軟骨、美味しいのになあ」


 うおう。

 とんだ顔合わせになっちゃったよ!


 と、とにかく、旅の慰労とこれからの試練を前に、ちょっぴりだけ息抜きみたいになりました。


 後日、食堂のメニューに新作が加わりました。


 甘い蒸しパンを始めとした、様々な蒸しパン。

 クルミ入りやゴマ入り。

 砂糖の代わりに腸詰めを練り込んだ、食事みたいな蒸しパン。

 塩味のジャガイモ蒸しパンなどなど。


 さすがは一流の料理人ルェフルさんですよ!


 そして、この様々な蒸しパンは、学院以外だと何故か、ティモシー商会の独占販売へとなって行くのだけれど。


 それはまた、別のお話ってトコで。

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