第七十三話 緑山にて
沢ガニを追って遭難しかけた事があります。ウロです。気がついたら、ミドルサイズの滝寸前に。沢ガニ、恐るべし!
ダングルド山は、2つの違った顔を持つ山である。
1つは、さっきまでの岩山。
もう1つは、草木に覆われた山。通称、緑山だ。
ゲームだった頃、錬金術や木工などのスキルを上げようとする冒険者が集う場所で、「芝刈りしてきまーす!」なんて声を良く聞いたし言ってた。
また、山の北側には、稀にだけれど低レベルの狼も出現するため、牙や骨、毛皮等で金策や生産系のスキル上げを目的とした、駆け出しの冒険者にとっては人気のスポットだった。
そんな、わたしの慣れ親しんだ緑山の姿は、今はどこにも無いのでしょうがなあ!!
岩間を抜けたわたしたちは、スヴァードの言う通りに沢へとたどり着いた。
いくつかある岩の隙間から、湧き出した水が1つにまとまって小さな流れを作っている。
流れはまた、低い岩の中へと流れ込んでいるみたいだった。
……これ、小川とどう違うのかな? なんて考えてみたり。永遠の謎気味に。
その沢を挟んで、景色は一変する。
灰色の岩山が終わって、鬱蒼とした緑の森が立ちはだかっていたりです。緑は癒し。たぶん。
わたしたちは、この沢で飲み水を補給したり、汗を拭ったりしたのだけれど。
ニードルスとジーナが、仲良く並んで手を洗っている姿がとても微笑まかったり。……まあ、洗っているのはアウルベアの血なのですがな。
「こっちだ!」
茂みの中から、ダムドの声が響いた。
どうやら、足取りを見つけたみたいだよ。
急いで駆け寄るわたしたちを制して、ダムドは茂みの中を指差して見せた。
「……どこ?」
ジーナが、小首を傾げている。アルバートとニードルスが、それに賛同する。
正直、わたしも解りません!
だって、指差してる先には草しか見えないんだもん。
「はははっ、ダムド。貴族の嬢ちゃんたちには、これで解れって言うのは少しばかり酷だろうよ?」
「……確かにな」
そう言って、小さく笑うヘンニーとダムド。
そりゃ、そうでしょう。
わたしたちってば、ただの一般ぴーぽーですよ!? 専門用語でぱんぴーですよ!?
……って、おお、そうじゃ!!
わたしは、茂みの中をジッと見詰める。
すると、『博識』スキルのお陰で様々な名称が浮かび上がって来た。
ほとんどはペモペモ草とかピロピロ木とかだったりだけれど、その中に小さな黒い斑点があるのに気がついた。
見つけた!
『アウルベアの血液』だ!!
時間が経って、黒く変色してしまっているけれど、茂みの中を同じ様な物が点々と続いているのが解った。
「えと、これかな?」
わたしが指差すと、ヘンニーとダムドは目を丸くして驚いた。
「おお、正解だ嬢ちゃん!」
「やるな、ガキ。腐っても、元冒険者って所か?」
……腐ってないし。
ヘンニーたちに続いて、みんながわたしを誉めてくれる。
嬉しいと同時に、何やら言うに言われぬ罪悪感が満ちてくるのは何でなんだぜ??
ず、ズルじゃないもん!
今ある物を、フルに活用しただけだもん! などと。
でもあの血、アウルベアってなってたけれど。
ハーピィの血じゃないのが、何となく気になってみたり。
何気に、さらわれたリュッカは無傷だったりするのかな?
「良し、では行くぞ!」
アルバートの声に、それぞれが応えて立ち上がる。
「すみません、皆さん」
不意に、スヴァードが声を上げた。
「どしたの、スヴァードさん?」
「申し訳無いのですが、私はここまでです。
私は、皆さんを村まで案内するのが役目でした。
そして、その役目は終わりました。
私は岩屋へと戻り、再び、長を守らねばなりません!」
わたしの問いに、スヴァードは目を伏せながら答えた。
「おいおい。鳥娘の姉ちゃんは、長の娘。言わば、姫様だろ?
助けに行かなくて良いのか?」
「確かに、リュッカは長の直接の子です。
長が光を失った今、リュッカの実力は1番でしょう。
そのリュッカが敵わぬ相手に、私では太刀打ち出来ません。それは、先程の闘いで証明されてしまいました」
ヘンニーの問いに、眉間にシワを寄せながら答えるスヴァード。
その表情は、悔しさに満ちているのだけれど。何か、少し違う気がする。
わたしは、何となくスヴァードのステータスを確認する。
名前 ドゥレンマ
種族 ハーピィ
職業 戦士 Lv10
HP 32/32
MP 4/16
ああ、やっぱり。
MPがゴッソリ無くなってる!!
さっきの戦闘で羽根を跳ばしてたけれど、アレッてやっぱり魔力消費だったみたいだよ。
この世界では、精神的な負担でもMPが減るッポイし、こんなヘロヘロ状態では、この先、いつ倒れるかも解らない。
もう、MPを分けられる程の余裕は無いし。
守るのも守られるのも、結構、体力要るのよね。
わたしが、スヴァードの魔力が減ってるみたいだと話すと、みんな、イロイロと察してくれたみたいだった。
「解った。
ここまでの案内に感謝する!」
そう言って、手を出したアルバートをスヴァードは不思議そうに見詰めた。
「握手。
人族の挨拶だよ」
「これが本当の挨拶ですね!」
わたしの説明に、スヴァードは苦笑しつつ、翼を小さく畳ながらアルバートの手を握った。
「それでは皆さん、私はもう1度村へ寄り、仲間を連れて帰ります。
リュッカを、よろしくお願いします!」
そう言うと、スヴァードはフワリ浮かび上がって、あっと言う間に岩の向こうへと飛び去ってしまった。
……むう、仲間!?
誰か、リュッカの他に生存者っていたかっけかな??
「残された脚を持ち帰るつもりなのでしょう。
私も、戦場から仲間の剣を持ち帰った事がありました……」
いつの間にかわたしの隣に立っていたエセルが、遠くなるスヴァードを眺めながら言う。
「……仲間、ね」
同じ様に、消えて行くスヴァードを見送りながらヘンニーが小さく呟いて、そんなヘンニーの背中をダムドが静かに叩いたのが印象的だった。
緑山は、思った通りにわたしの知ってるそれとはだいぶ違っている。
前は、ハイキングコースとまではいかないけれど道があったし、斜面も緩やかだった。
今、わたしたちの現実は、獣道と急な斜面。
そして、冒険者の死体である。
歩き始めて1時間が経った頃、辺りに不快な臭いが漂い始めた。
今までに嗅いだ事の無い、たぶん腐敗臭?
それと同時に、先頭のダムドが急に足を止める。
「どうした、ダムド!?」
「死体だ。人間のな!」
エセルに答えて、ダムドがフウと息を吐く。
草むらに転がるそれは、人間の男性。
死んでどの位かとかは解らないけれど、損傷がだいぶ激しい。
……あんまし見て無いけれど、ちゃんと残ってるのは腕と足くらいみたいだよ。
「死んでから、もうずいぶん経つな。結構、喰われちまってる。
おっと、金は持ってやがった」
死体を探りながら、ダムドが言った。
いつの間にか覆面をして、ナイフと木の枝で死体を調べるダムド。
もしかして、慣れてらっしゃる?
「荷物もあったぞ!
山越えにしちゃあ、やけに軽装だな。……っと、コイツは!?」
草むらの近くを探っていたヘンニーが、小さ目の背負い袋を持って戻って来た。
そこには、斜めに走る3本の傷跡がハッキリと見て取れる。
「確か、この山に熊はいなかったな。
だとすると、コレをやったのは鳥娘たちを襲ったのと同じだろうな」
「だな。
血痕が続いてるって事は、襲われたのは別の場所だな。
しかも、俺たちの追ってる奴と同じ方向ときていやがる。楽しくなって来たじゃねえか?」
ヘンニーにうなずきながら、ダムドが立ち上がる。
一応言っておくけれど、楽しくなんかないからね!?
「ここでゆっくりするのは、ごめん被りたいな。
ヘンニーくん、すまないがニードルスくんを頼む。
エセルは、ジーナくんだ!」
鼻を上着の袖で押さえながら、アルバートが指示を出した。
良く見たら、ニードルスとジーナがその場にへたり込んでいる。
「申し訳ありません、本物を見たのは初めてだったので……」
青白くなった顔色のニードルスが、鼻と口を押さえて呟いた。
「……ごめんなさい」
言葉少なく、フニャフニャとエセルに取り付くジーナ。案の定、慌てるエセル。
……ああ、本来なら笑えるシチュエーションなのに。などと。
死体から逃げる様に、わたしたちは足早にその場を離れた。
まあ、これ以上長くいるとわたしもヤバかったしね。
歩きながら、ダムドがさっき拾った荷物を漁……調べている。
金貨の入っていた袋は、すでに自分のポケットの中だけれど。
「どうやら、あの死体は冒険者じゃあねえな。
コレを見てみろ!」
そう言って、ダムドは何かを投げてよこした。
「おっとと!?」
受け取ったのは、何かの毛で作られたリング状の飾りみたいだった。
「何ですか、コレ?」
「そいつはな、人の毛で作った腕飾りだ。
そんな物持ってるなんて、あいつらしかいねえな!」
わたしの問いに、ダムドが答えた。
ってゆーか、人毛!?
「うわっ!?」
思わず投げ捨てちゃったけれど、改めて拾い直す。木の枝で。枝万能。
「……ジュール盗賊団ですね」
エセルの背中から、ジーナがたどたどしく呟いた。
「おっ、さすがは大商人のお嬢様だ。
お嬢様の言う通り、ジュール盗賊団の印だ」
「小さい頃、お父様に見せてもらった事があるんです。
その飾りを持ってる人を見たら、絶対に逃げろって」
ダムドに誉めらたジーナが、少しだけ笑顔になって答える。
ジュール盗賊団の首領は人の皮を集めるけれど、手下たちは被害者の髪の毛で飾りを作るらしい。
それが団員の証らしいのだけれど、上から下まで悪趣味過ぎでしょ!?
「仲間は先にやられちまったのか。最初から1人だったのかは解らないが、録な死に方じゃないな?」
「……俺たちも、人の事は言えねえがな!?」
そう言って、小さく笑い合うヘンニーとダムド。
ちっとも笑えないんですがなあ!?
それから更に1時間。
歩く地面がかなり平らになった頃、唐突に視界が開けた。
「しゃがめ!」
小さく、でも鋭くダムドが叫ぶ。
慌てて草むらに身を伏せるわたしたちの前には、不思議な光景が広がっていた。
森の中に、突然現れた広場の様な場所。
その中央に、四角い石造りの。明らかに人的な建造物があった。
そして、その周囲を守るかの様に徘徊するのは3体のアウルベアである。
「アウルベアが棲んでるのか?」
「それなら、ドアは閉めないでしょうね」
アルバートの声に、ニードルスが答える。
……なるほど、建物の扉はしっかりと閉まっている。
「それだけじゃありません。ドア付近を見てください!」
エセルの言葉に、みんなが目を凝らす。
扉の前には土の露出した地面があり、そこには、靴の足跡としか思えない物が見える。
「靴跡、か!?」
「どうやら、そうらしい。
あのアウルベアども、人に飼われてるかも知れねえな?」
ヘンニーの声にダムドが答えた。
……アウルベアを飼うなんて、出来るの?
あ、もしかして、盗賊団で飼ってた??
「さて、どうする?
血の跡をたどるなら、あの建物が怪しいと思うんだが?」
「それにはまず、アウルベアを何とかしなくちゃいけませんね。
見えてるのは3匹ですが、他にもいるかも知れません!」
ヘンニーとニードルスが、辺りを見回しながら呟いた。
「……ちょっ、見て!」
不意に、ジーナが声を上げた。
「!?」
アウルベアたちが、一斉に動き出したのだ。
建物から離れて、わたしたちとは反対の方向へと歩き始める。
「何事かは解らないが、この機を逃す手はないな!?」
アルバートの言葉に、全員がうなずいた。
草むらを低く移動しながら、アウルベアたちと距離を取りながら移動する。
「今です!」
エセルのかけ声に、わたしたちは一斉に走り出す。
ただし、頭は低く。見つからない様に。押さず、騒がず的な。
素早く、ダムドが扉に取り付く。
やっぱり鍵がかかっていたみたいで、すかさず鍵開けを試み始めた。
窓が無い以上、扉を開けるしかありますまい! 他の入口を探してる余裕も無いし。
そんな事を考えながら、扉を目指すわたしは、アウルベアの動きを確認する。
その瞬間、わたし背筋が凍った。
3匹のアウルベアが走る先。
アウルベアとは別の、動く物がある。
「ウロさん、何してるんですか!?」
声を潜めて、でも悲痛なジーナの声が届く。
でも、それ所ではなかった。
「……何で、フリッカ!?」
「!?」
わたしの声が、みんなに聞こえたみたいだった。
全員が、わたしの視線の先を追う。
そこには、恐怖に染まって動けなくなっているらしいフリッカの姿が。
まるで、そこだけが浮かび上がっているかの様に見えたのである。




