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第七十話 風と妖鳥たちの岩屋

 友達の飼ってたオウムとケンカした事があります。ウロです。ひまわりの種を食べたら、噛まれた不具合。わたしが持って来たヤツなのに。いやしんぼさん!


 ハーピィたちの棲む風穴に入って、最初に感じた事は〝寒くない〟だった。


 入口辺りから中央に近づくにつれて、空気の壁みたいな物が少しずつ厚くなって行く様に感じた。


「ここにあるのは恐らく、風の色を持つ自然魔力なのでしょう。魔力は、奥に行く程に強くなっていますね。

 魔力が壁になって、寒さを防いでいるのかも知れません」


 わたしの疑問に、魔石を拾い上げながらニードルスが答えた。


 魔力が防ぐ。

 これが、この世界の考え方だ。


 魔法学校の授業で、水がお湯になる過程を習った時が最初だったかな?


 火の魔力が水に移り、水に火の属性が一時的に付加される。

 だから水はお湯になり、付加が過ぎると火みたいに攻撃的になり、それがさらに進むと、火と仲の良い風にさらわれて行ってしまう。みたいな。


 極めて理科チックなわたしの常識とは、だいぶ違った解釈だったけれど。

 でも、召喚士の瞳で見てみますと、水が温まるにつれて水の精霊ウンディーネは、温泉にでも入ってるみたいなフニャッとした笑顔になった。

 やがて水が沸騰してくると、その表情は明らかに怒った様な物に変わり、それに気がついた風の精霊シルフによってどこぞへと連れ去られて行ったっけ。


 ここもまた、そう言う事なのかな?

 奥に向かう程、シルフたちが多くなっている。

 そのお陰で、氷の精霊『ジャックフロスト』の影響を受けただろう顔色が真っ青でガタガタ震えてるシルフは入っては来れないみたいだった。閉め出された子みたいで可哀想。


 何枚目かの風の壁を抜けた先、風穴の最も奥と思われるそこは、すり鉢状の地面とドーム型の天井の空間だった。

 シルフの数が多すぎて、召喚士の瞳状態では前がほとんど見えないくらいだよ。


 その、洞窟内とは思えない程に広い空間を、ハーピィたちはまるで、水の中を漂う様に飛んでいる。


 たった1度の羽ばたきも無しに空に浮かんでいるハーピィたちの様は、風の魔力がハーピィたちに働いているから出来る事なのだと思う。たぶんだけれど。


「ここで待ってて。長を呼んでくる!」


 そう言ってフリッカは、高く舞い上がると壁の中へと消えて行った。

 良く見ると、壁に数多くの穴が開いてる。

 時おり、その穴の中から別のハーピィが出て来るのが見えた。個室? アパート的な??


「男が1人もいねえな?」


 キョロキョロと辺りを見回したヘンニーが、興味深そうに呟く。


「ハーピィに雄はいません。繁殖には、他の種族の雄が必要だったハズです」


 ヘンニーの呟きに、ニードルスが答える。


「へえ、そりゃあ俺たち人間も入るのか!?

 腕や足は鳥だが、顔はなかなかだぜ。なあ?」


「ああ、安宿のアバズレ共とは大違いの上玉揃いだ。

 ……ちいとばかり毛深いがよ?」


 そう言って、ギャハハと笑うヘンニーとダムド。

 それを睨みで牽制するエセルだったけれど。……男子ってやーね!


「お待たせー!!」


 頭の上から、フリッカの声が聞こえた。


 ユラユラと降りて来るフリッカの後ろには、2体のハーピィに守られながら降りて来る年老いたハーピィの姿があった。


 フリッカがわたしの隣に、わたしたちの少し前方に、護衛のハーピィと、長であろう老ハーピィがフワリと着地した。


 色鮮やかな若いハーピィたちの羽毛とは違い、白に近い灰色の羽毛の老ハーピィ。

 上品な顔立ちは知的で、厳しくも見えるのだけれど。

 微笑みを浮かべた口元からは、優しさがにじみ出ている様な気がした。

 ……ただし、わたしたちを見据えているハズの瞳は白く濁っていて、光を感じてはいないと思われた。


「良く参られました、ヒト族の皆さん」


 一瞬、わたしを含む全員の目が大きく見開いた。


「共通語!?」


 ニードルスが、驚きを込めた声を上げる。


 確かに共通語だった。

 少し訛りはあるけれど、翻訳無しでも十分に理解出来る。


「それだけ、長く生きていると言う事です。

 まずは、我が子フリッカを助けて頂きありがとうございました。

 私は、この岩屋の主、エヴィンドと申します」


 エヴィンドと名乗った老ハーピィは、目を伏せて軽く頭を下げる。


「あ、えと、初めまして、ウロと申します」


 たどたどしく挨拶を返しつつ、わたしはコッソリと長のステータスを拝見してみました。



 名前 エヴィンド(盲目)


 種族 ハーピィ 女

 職業 ハーピィ・クイーン Lv30


 HP 255

 MP 162



 うおー!

 ハーピィ・クイーンだ!!


 ゲームだった頃、数回しか見た事の無いレアモンスターだよ。


 出現時間帯が決まっていて、その間だけ通常のハーピィとの抽選で現れる仕様だったから自然には出て来ない。

 その上、激レアアイテム『妖鳥妃の羽根飾り』を落とすとあって、常に複数のプレイヤーが出現待ちしている状態だった。


 しかも、高レベルプレイヤーが張っているから現れても瞬殺されてしまって、その姿を見るだけでも難しかった思い出ですよ。


 ちなみに、『妖鳥妃の羽根飾り』は敏捷が30ポイントもプラスされる頭装備。


 鎧や盾で防御力を稼げない軽装備ジョブには、回避率が高くなる貴重な装備だった。

 そのため、バザーで見つけてもやたら高額で取引きされてたっけなあ。などと。


 でも、わたしの見かけたハーピィ・クイーンは通常のハーピィの倍はあった。

 顔も、山姥みたいな凶悪な感じで、こんなに上品じゃあなかったけれど。むう。


「あの、よろしいでしょうか。エヴィンド殿?」


 不意に、わたしの後ろから声が上がる。


「はい、どうぞ。……ええと?」


「ニードルス・スレイルと申します、エヴィンド殿。

 私たちが、この岩屋までやって来たのには訳があるのですが……」


 語尾が小さくなるニードルスに、エヴィンドはニッコリと微笑みを返した。


「ええ、解っています。

 我が子を救ってくれた方々に、それ相応のお礼はするつもりです」


「それを聞いて安心しました!

 私たちは……いや、全員ではありませんが、王都にある魔法学校にて魔術師を目指す一団です。

 その修行の中で、乗り越えるべき試練のために秘薬を作らねばならないのですが、どうしても足りない素材があるのです。

 それが、貴女方の翼にある風切り羽根なのです。

 どうか、私たちに風切り羽根を分けては頂けないでしょうか?」


 ニードルスの言葉に、眉をひそめたのがエヴィンドだけだった事から共通語が解るのは彼女だけなのかも知れない。

 そのエヴィンドは、直ぐに表情を戻してから口を開いた。


「……良いでしょう。

 ですが、私たちの風切り羽根には多くの魔力が宿っています。魔力は、羽根を成長させるのに不可欠ですから、まだ幼い子らの羽根を奪う事は許可出来ません!」


 一瞬、私たちの横を風が吹き抜けた様な錯覚に捕われる。

 柔らかな口調の中に、明らかな気迫が感じられた。流石はクイーン!


 更に、ニードルスの目がカッと見開かれいる所からも気圧されたのは明確だった。


「あ、え、と」


「では、ニードルスさん。羽根は、何本必要でしょうか?」


 口をパクパクさせるニードルスに、エヴィンドは少しだけ微笑みを戻した口元で質問する。


「あ、さ、さん……いや、5本程頂きたい!」


 増えた!

 そして、ニードルスが3と言いかけた時、背中をグーパンするジーナが見えた! ジーナ、恐ろしい子!!


「解りました、早速用意しましょう。

 他には何かありますか?」


 エヴィンドの言葉に、わたしは思わず手を挙げる。

 実は、ずっと気になってる事があったのですよ!


「失礼、エヴィンド殿。

 私は、アルバート・ローウェルと申します。1つ、伺いたい事があるのだが?」

「ええ、アルバートさん。何でしょうか?」


 あうち。

 そう言えば、エヴィンドは目が見えないのでした。

 なので、声を上げたアルバートの勝ち。ぐぬぬ。


「ありがとう。

 ここに着いた時から、ずっと気になっていた事なのだが。

 私たちは、フリッカから〝魔物に棲み処を襲われた〟と聞いているのだが、ここは、争った形跡すら無い様に見えるのだが?」


 ありゃ!? 聞きたかった事、アルバートに言われちゃった。


 わたしが岩屋に着いた時に感じた違和感は、ここのハーピィたちの姿を見て気がついた。


 ここのハーピィたちは、何にも怯えていない様に見えた。

 ついこの間、得体の知れない魔物に夜襲され、仲間を1体さらわれたばかりだと言うのに。


 アルバートの問いに、エヴィンドは小さくため息を吐く。


「……そうですか、この子は、そんな事まで。いえ、それ以上に私たちハーピィの言葉を解するヒトがいた事に驚きました」


 ちょっ、や、やだあ! ……などとフニャフニャしそうなわたしを、エセル・ヘンニー・ダムドの3人が一斉に睨んで来たので自重。


「確かにあの晩、若い者たちの村が襲われ、フリッカの姉リュッカがさらわれました」


「若い者たちの村?」


「そうです。

 この岩屋は、卵を産み、育てる場所です。まだ年若い子供や、私の様な老体が大半です。

 一人前と認められた者は、この岩屋を出て外に暮らす事になるのです」


 どうやら、襲われたのは若者たちの村だったみたいだよ。


 エヴィンドの話しによると、一人前と認められた者は岩屋を出て、外の世界に生きる事になるらしい。


 この山の何処かに、若者同士で村を築いたり。

 或いは、全く別の地を目指したり。


 その内、子を授かった者は岩屋に戻って卵を産む。

 産んだ卵は、一人前になるまで岩屋のみんなで育てるのだとか。


 あの日、リュッカたちの村をたまたまフリッカが訪ねていて、魔物の襲撃を受けたのだと言う。


「しかし、それにしてもここは無防備過ぎではないのか?

 つい先日、近くで魔物の襲撃があったばかりだと言うのに」


 周囲を見回しつつ、エセルが呟いた。

 確かに、ここのハーピィたちは緊張感が無い気がする。


「それは、この岩屋が風に守られているからです」


 エセルの疑問に、エヴィンドは素早く答えた。


「ここまで来る間、幾重もの風の守りを通って来たのでではありませんか?

 あれは、私たちに害なす者の侵入を許しません。

 それが例え、フリッカの客人であったとしてもです!」


 おおう、危ない!

 あの風の壁って、セキュリティの役割だったのですね!?

 もし、出発時の塩漬け祭り状態だったなら、誰1人として岩屋には入れなかったかも知れなかった不具合ですよ!


 ふ、フリッカに会えて良かった!! などと。


 どうやら、みんな同じ事を考えたらしく挙動不審になってるし。やれやれだよ。


「あ、あの、あたしも聞きたいのですが……」


 おずおずと手を挙げて、ジーナが前に出る。

 それを、エヴィンドは笑顔で促した。


「フリッカちゃんは、あたしたちに〝お姉ちゃんを助けて〟と言ってました。

 皆さんは、どうして助けに行かないのですか?」


 ジーナが、ド直球の質問を投げかけた。

 それに、エヴィンドは表情を曇らせて首を振った。


「リュッカは、次の〝エヴィンド〟の名を継ぐ娘でした。

 その実力は、(めしい)の私を凌ぐでしょう。

 そんなリュッカが勝てぬなら、我らに勝ち目はありません。

 今回の襲撃で、多くの若者が散りました。生き残った者も、深傷を負って闘えはしないでしょう。

 ならば、フリッカを次のエヴィンドへ育てなくてはなりません。

 それなのに私たちは、フリッカを止められませんでした。

 だから、貴殿方が連れ戻してくれた時、私を始め、皆がどんなに喜んだ事でしょう!」


 そう言って、エヴィンドは顔を伏せた。

 ジーナもまた、気まずそうにスカートをギュッと握っている。


 一瞬の沈黙を置いて、誰かがパンと手を叩いた。


「諸君、我々はどうするべきだろうか?」


 アルバートだ。


 アルバートは、みんなをぐるりと見回してからニッと笑った。


「我々の目的は『ハーピィの風切り羽根』を手に入れる事だ。フリッカをここまで連れて来たのは、正直な所、羽根のためだと言える」


 確かにね。

 私たちの目的は、恐らくは問題なく終了。

 あとは、無事に下山して、王都に帰る事だ。……だけれど。


「私は思う。

 このまま帰っては、寝覚めが悪いと!」


「アルバートさ……」


 制止しようとしたエセルを、アルバートが視線で制する。


「私は、フリッカの姉の救出に向かう!

 付いてくる者はあるか?」


 高らかに宣言したアルバートに、わたしは真っ直ぐに手を挙げた。


 無茶だし、進級には全く関係の無い事だけれど。

 姉を想って飛び出したフリッカを、わたしはどうしても放ってはおけないと考えてしまう。


「まずは1名」


「アルバート様が行くと仰るなら、私はそれに従います」


 エセルが剣に手をかけて立ち上がった。


「やれやれ、護衛が逃げ出す訳には行かないよなあ」


「全くだ。逃げても、後でエセルの旦那に殺されてりゃあ、世話ねえぜ!」


 ヘンニーとダムドが、大きなため息を吐いた。


「私も行きます。

 ウロさんを放っておいては、何をするか解りませんから」


「あ、あたしも!」


 そう言ったニードルスとジーナが、ヨロヨロと立ち上がった。……外套のポケットを、拾った魔石パンパンに膨らませながら。


 当然だけれど、エヴィンドは猛反対した。

 でも、アルバートの「我々の勝手だろう? それに、山の害を取り除くのもこの国の民として当然だ!」の言葉に口をつぐんでしまった。


 エヴィンドは助っ人をと言ったのだけれど、わたしたちは、それを断った。

 理由は、アルバートの意を汲んだからだけれど。


 わたしはアルバートに、「何でやる気になったの?」と聞いた。

 その答えは、「母が子を想うのは当然だ。それは、さらわれた子にも、残った子にも等しいだろうからな」だった。


 エヴィンドは、フリッカやリュッカの母であり、ハーピィたちの母でもあるって事なのだろう。


 おおう。

 なんか、ちゃんとしてるじゃん王子様!?


「問題は、敵の強さですが。ハーピィの長を凌ぐとなると、相当なのではありませんか?」


 ポケットの魔石を鞄に移しながら、ニードルスが呟く。


「敵はアウルベアだろ? なら、問題無いな!」


「そうだな。独走するバカがいなけりゃあな?」


 ヘンニーとダムドが、ニヤニヤしながらわたしを見詰めて来る。……本当にごめんなさい。


「数がいると厄介です。

 ウロ様、フリッカに解る範囲で構いませんから、敵の数を確認してください!」


「は、はい!」


 エセルに促され、わたしはフリッカに質問する。


「フリッカ、貴女たちを襲った魔物は何体いたの?」

 フリッカは、少しだけ考えてから元気にこう答えた。


「暗かったから合ってるかは自信無いけど、全部で5匹だったと思う。

 あ、その内の1匹は、他のよりずっと大きくって。あと、手が4本あった!」


 ……この後、フリッカからの話を聞いたみんなの表情を、わたしは一生忘れないと思った。

 無表情って、こう言うのを言うんだろうなあ。などと。

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