第六十八話 受け入れる時 前編
紙の羽根で羽ばたいた事があります。ウロです。2段ベッドの上から飛んで、胸を強打した苦しみの記憶。姉はそれが原因だと言う。……何の?
翌日。
わたしたちは、夜が明けるのを待ってダングルド山を目指しました。
山越えではなく山中が目的なので、村の奥にある山へと続く小道を通る感じです。
「みんな、あたいに付いて来て!」
そう言ったフリッカが、元気良く大空に羽ばたこうとしたので脚をムンズと掴んでやりました。
「何するの? あたいの道案内、いらないの!?」
頭から干し草にダイブしたフリッカは、最初、訳が解らないと言った様子だった。
わたしたちの誰も翼を持っておらず、空を飛べないのだと説明すると、初めはたいそう驚いていたのだけれど、やがて、人間やエルフとハーピィの違いに気づいたみたいで、しばらくの間わたしの腕を物珍しそうに撫でまわしていました。二の腕とか。プニッと。
あまり歩く事に馴れてはいないらしいフリッカだったけれど、「あたいも歩く!」と、元気に尾羽根を振りながら歩き出した。……両手で鷲掴みしたいと思ったのはナイショである。
……さて。
山への小道と言っても、それこそ、知る人ぞ知る獣道みたいな物で、どれが道か素人目にはとても解りません!
ヘンニーやダムドなら、時間を費やせば判別していけるだろうけれど、そんな時間の余裕はありません。
なので、不運な村人の1人に道案内を頼む事に大決定です。
昨晩、エセルが〝必死の形相〟で懸命な捜索をしたのだけれど、山に詳しい狩人などが誰1人名乗り出る事はなかった。
夜明け前に汗だくで戻ってきたエセルは、鬼の様な顔が一変、今にも泣きそうな表情になり、そのまま膝から崩れ落ちた。
「あ、アルバート様!
このエセル、一生の不覚。案内人を見つけ出す事が出来ませんでしたー!!」
村中に轟きそうな泣き声は、馬小屋の全員を叩き起こし、フリッカを天井の角に追いやる程でビビった。
驚愕する皆をよそに、寝起きとは思えない優雅な動作でエセルの元へやって来たアルバートは、その場にひざまずくと、ゆっくりとエセルに語りかける。
「エセル、何を泣く必要があるんだ?
お前は、私たちのためにこんなになるまで走り回ってくれたのだろう。
そんなお前に、私が言える言葉は礼だけだ。
ありがとう、エセル。私は、素晴らしい騎士を持って幸せだ!」
そう言ったアルバートは、持っていた水袋をエセルに差し出した。
「あ、アルバート様!!」
水袋を持ったアルバートの手を、まるで宝石でも受け取るみたいにエセルの手が包み込む。
窓から射し込む淡い朝陽を受けて、アルバートとエセルの姿がシルエットとなって重なった。
……なんだ、コレ?
朝っぱらから、何してんのよキミタチ!?
一方、そんな2人の姿を見て、両手を頬に充てて微笑むジーナ。
……何か、幸せそうだからいいや。
そんな感じのジーナだったけれど、ジーナの所へ山菜をたくさん売りに来ていた村の若者を覚えており、道案内は彼に即決です。
選ばれた若者は、まるでこの世の終わりの様な表情で周囲に助けを求めていたけれど、他の村人は、村長を始め、みんな安堵の表情のまま視線を反らす優しい世界でありました。
「大丈夫、何かあったら守ってやるさ! 必要がある内はな」
「ほ、本当ですか旦那!?」
出発前に、ヘンニーと村人がそんな会話をしていたけれど、それって、用が済んだら回れ右って事じゃね? とか思ったけれど言えなかったり。ううむ。
村を出てからしばらくは、道とは言えない様な枯れ葉の絨毯が続いた。
やがて、道は緩やかな坂道へと変わり、同時に樹々の密度が高まり始める頃、道案内の若者は、眼前に大岩が見えたのを確認して足を止めた。
「旦那方、ここから先が山の入口になります」
若者の指差す先、大岩を挟んで二手に分かれる道が見える。
右は、山と言うより森の様に樹々の生い茂る道。
左は、徐々に草木が無くなって灰色になって行く石の道だ。
2つの道を見た瞬間、何だか、ジンワリとした懐かしさがわたしの中に沸き上がって来ちゃいましたよ。
ゲームだった頃の知識に頼るのなら、ダングルド山は2つの頂を持つ山である。
設定上の物語では、遥か昔、仲睦まじい2体の竜が、その臨終の際に寄り添う形で山になったのだとか。
片方の竜は、身体に生えた苔やその他植物の苗床に。
もう片方は、固い鱗や牙などを様々な鉱石に変えたと言う。
以来、それぞれの山からは豊富な資源が採取出来る様になり、近隣の国は豊かになった。……みたいな。
事実、『木工』や『鍛冶』などの生産スキルを育てていたプレイヤーは、この山に通って素材集めをしていたっけ。
わたしは、どちらのスキルもあんまり育ててはいなかったのだけれど。
それでも、駆け出しだった頃には金策のため、この山に登ったりしましたよ。
板金鎧が欲しくって、鉄鉱石を抱えて帰ったり。……途中で追い剥ぎにあったけれど。
「それじゃあ、オレはこれで」
「ありがとう。無理を言って、ごめんなさい」
帰り際の若者に、ジーナが手を握ってお礼を言うと、若者は存外に嬉しそうな顔で帰って行った。ジーナの女子力。チャリチャリって聞こえたのは気のせいですか?
「さあ、ここからはお前の出番だな。しっかり頼むぜ、鳥娘?」
そう言って、ヘンニーはフリッカの頭をわしわしと撫でた。
フリッカは、言葉は解らないみたいだったけれど意味は理解したらしく、「クワクワッ」とやたら綺麗な声で鳴いてから、フンッと上気した様に先頭を歩き始めた。
いよいよ、入山。
目指すは、左(西)の岩山の方!
道と呼べる様な道ではないけれど、大人2人が並べるくらいの幅はあった。
先頭を行くのは、フリッカとダムド。
その直ぐ後ろに、通訳の為のわたし。
続いて、ニードルスとヘンニー。アルバートとジーナ。
最後尾に立つのがエセルである。
何故、わたしだけボッチなのか? とか、イロイロ思う所もあるけれど。
こうして、わたしたちはダングルド山へと足を踏み入れたのでありました。
……1時間後。
最初に遅れ出したのは、ジーナだった。
街の暮らししか知らないジーナには、登山道なんて無い岩山は酷だったかもしれない。
また、時には岩棚を登らねばならない事も、背の低いジーナにとっては困難だったみたい。
危うく、よじ登った岩の上から滑り落ちそうになった所をヘンニーにキャッチされた。
「良くここまで頑張ったな、嬢ちゃん?」
「あ、ありがとう……」
すでにヘトヘトだったジーナは、そのまま、ヘンニーの背中に背負われる事になった。
次に体力の限界がやって来たのは、ニードルスだった。
まあ、ニードルスには悪いのだけれど、これは予想の範囲内だったり。
ダムドから「お前、本当にエルフか? その耳は飾りか!?」と、鬼教官みたいな罵声を浴びせられていたけれど。
「……ここは、い、岩と石、ばかりです。わ、私は、ドワーフでは、あ、ありませんから、ね」
息も絶え絶えなのに、悪態は出せるニードルス。さすがはアーバンエルフ。などと。
そして、3番目に体力の限界を迎えたのは、悔しいけれどわたしでありました。
ステータスを確認すると、〝状態異常 疲労〟となってるし!
……やっぱりと言うか、当然と言うか。
ゲームの頃とは違って、山の中を歩く距離がかなり長くなっている。たぶん。
今までなら、アイテム採取などをしつつ山頂まで、大体で1時間強でたどり着けた。
だけれど今は、まだ、半分も登ってはいない。
それに、ゲームの頃ならダッシュなどでしか減らなかったスタミナも、今は普通に歩くだけで減って行く。
極々、当たり前の事なのに。
あと、登山ってスゲー大変!!
「仕方ない。少し休憩にしよう!」
アルバートのこの声が、わたしとニードルスには救いの鐘に聞こえたかも知れない。
てゆーか、わたしの予想に反して、アルバートが全然元気でビビった。
その事をアルバートに聞いてみますと、何故かエセルが得意気に答える。
「この程度で音を上げる様な、柔な鍛え方はしていません!」
エセルの言葉に、アルバートは微笑みながら遠くを見詰めている。
エセル、恐るべし!!
皆が荷物を下ろすのを見て、フリッカが不思議そうに首をかしげる。
わたしが、少し休憩する旨を伝えると、フリッカは、キョロキョロと辺りを見回してから口を開いた。
「この先に、小さいけど水場があるよ。濁ってない水、飲めるよ?」
おお、それは素晴らしい!!
わたしがこの事を通訳すると、ヘンニーとダムドが顔を見合わせた。
「……水場か」
「仕方ねえ、見て来よう」
そう言って立ち上がるヘンニーとダムド。
「……どうしたんですか?」
岩壁にペタンと座り込んで、ジーナがヘンニーを見上げる。
「ん? ああ、岩山の水場ってのは、住人と出会す事が多いんだ」
「下手に近寄ると、大歓迎されるかも知れねえのさ!」
ヘンニーに続いて、ダムドが答える。
「……誰か、住んでるんですか?」
キョトンとした表情のジーナ。
天然系お嬢様って、こう言うのなのかな?
「野生動物か、或いは魔物がいる可能性があるって事です」
疲れて項垂れながら、ニードルスが解説する。
それを聞いて、やっと理解したらしいジーナが目を丸くする。
「俺たちで、水場とやらの様子を見て来る。ここは任せたぜ、エセルの旦那?」
「ああ、頼んだ!」
「良し、行くぞガキ!」
「うおっ!?」
ダムドに襟を掴まれるわたし。
「わ、わたしも?」
「悪いな。鳥娘の言葉が解るのは、嬢ちゃんだけだからな」
「水場までだ。着いたら、死ぬまで休んでろ!」
ひどい。
わ、わたしも護衛対象じゃあないのですか!?
慌てるわたしは、不意にエセルと目が合ってしまう。
「貴女は、元冒険者だと2人に話しましたので」
固まるわたしに、エセルが微笑みながら言い放つ。
ふぉおおお!?
や、やっぱり、あの人怖いよ!!
「大丈夫、何が出ても守ってやるから。さあ、歩いた歩いた!」
「俺たちが一緒にいるんだ。ガキは、心配しなくて良いんだ!」
「……ぐぬぬっ」
ヘンニーとダムドに背中を押され、わたしを加えた3人は、フリッカの先導で水場を目指して歩き始めた。
来た道の反対側に、少しだけ下る様に続く石段状の所があった。
先は岩屋の様になっており、微かだけれど水の流れる音が聞こえる。
「ここだよ。岩の間から水が出てるの!」
嬉しそうに跳び跳ねるフリッカ。
「シッ!」
「ピッ!?」
突然、ヘンニーがフリッカの頭を押さえる。
「静かに!」
わたしは、慌ててフリッカにそれを伝えた。
「……先客がいらっしゃるみたいだ」
岩屋の中を覗いたダムドが、ナイフを抜きながら呟いた。
ヘンニーも長剣に手をかける。
岩屋は、天井が無く吹き抜け状態になっている。
そのため、スポットライトの様に光が射し込んでいた。
その光の中に、何か動く物があった。
それは、水を飲んでいるらしく、上下するたびにピチャピチャと音を立てていた。
熊!?
動く物に対する、わたしの第1印象がそれだった。
後ろ姿だけれど、良く見るフォルムだから間違い無いと思う。
やや黒い体毛に、短めの後ろ足。
丸い小さな尻尾が愛らしいけれど、身体の大きさ的には、わたしと変わらないかも知れない。
「ピキーッ!!」
突然、フリッカが悲鳴を上げてガクガクと震え始めた。
慌ててフリッカの口を押さえたけれど、どうやら間に合わなかったみたい。
熊は、ゆっくりとこちらを振り返った。
「!?」
恐らく、全員がギョッとしたのだと思う。
それは、熊じゃあなかった。
確かに、身体は熊なのだけれど。
頭があるハズの場所には、熊の頭は無かった。
代わりにあったのは、巨大な目を真っ赤に光らせた、鋭いクチバシのフクロウの様な顔。
前足は熊のそれに違いないのだけれど、熊の体毛とは思えない羽毛の様な物が混じっている。
「アウルベア!?」
思わず、口をついて出た。
……いや、おかしい。
ダングルド山にアウルベアなんて、いないハズだもの。
そう考えた瞬間、別の考えが頭に広がった。
おかしくない!
だって、ここはゲームじゃない。
だから、何がいてもおかしくない! かなりたぶんだけれど。
「嬢ちゃん、鳥娘連れて逃げろ!!」
ヘンニーの叫び声に、ハッと我に返った。
ほんの一瞬だけれど、魔物を前にして考え込んでいたのだ。
しかも、相手は必ず敵対反応するアウルベア。
次に目に入った光景は、低く身体を下げるアウルベアの姿だった。
来る!!
そう思ったわたしは、剣を抜きつつ地面を蹴った。
「嬢ちゃん!?」
「おい、ガキ!?」
ヘンニーとダムドの声が、わたしの横をすり抜ける。
大丈夫、わたしの方が速い!
そう思ったのも束の間、わたしの身体はガクンと失速する。
「えっ!?」
まるで、足元をすくわれたみたいに足に力が入らない。
膝から、込めた力が抜け出てしまうみたいな感覚に驚愕する。
……そうでした。
わたし、疲労状態でしたっけ。
次の瞬間、わたしの目の前が暗くなった。
そこには、十分な力で飛び出したアウルベアの姿が。
そして、わたしの頭上には熊のそれと同じ鋭さの。
威力は、それをはるかに上回る強力な爪の一撃が降り注ごうとしていたのでした。




