第六十七話 翼を持った少女
檻に閉じ込められた事があります。ウロです。お花屋さんにお使いに行ったハズなのに。お花屋さん、サルの檻、食べかけのバナナ。うっ、頭が……。
夜通し歩き回って、やっと休息にありつけた頃には、空は明るくなり始めてましたよ。
ハーピィの子を保護した直後、安静に出来る場所を探したわたしたちに、ここの人たちはだいぶ冷たい態度だった。
ダングルド山麓の集落。ジーナはここを、「ダングルド村」と呼んでいた。
正式な名前は無いらしいのだけれど、そう言った集落を商人の間では、近くの〝何か〟に因んだ名前で呼ぶ事で区別しているのだとか。
川が近ければ、川の名前を。
谷が近ければ、谷の名前を。
ここは、ダングルド山が目と鼻の先なので、ダングルド村と呼ぶ感じである。
ダングルド村の人たちが冷たかった理由は、もちろん、ハーピィの子を連れているからだったり。
猪用の檻に入れっぱなしでは、あまりに酷いので出してもらったのだけれど、その直後から、村人は逃げる様に帰ってしまった不具合です。……まあ、仕方無いね。
村唯一の宿屋には当然の様に宿泊を断られるし、民家は、早々に木戸を閉じてしまっている。
馬車の中で休ませるには、荷物が多くって、翼がどうしても邪魔になってしまう。
そんなわたしたちがたどり着いたのは、村外れの放棄された馬小屋だった。
長い間使用されていないらしいそこは、荒れてはいたけれど、雨風は十分に凌げる感じだった。
ダムドが、どこからか失敬して来た干し草を敷き、そこにハーピィの子を寝かせる。
そうしている間に、ヘンニーが火を焚いて夜食の準備をしてくれた。
こうして、やっとの事で一心地ついた頃には、空はうっすらと白み始めていたのでしたさ。
「あんたら、少し休んでくれ。俺たちは外にいる」
「まさか、襲ってくるほど村の連中は馬鹿じゃあないだろうが。寝首をかかれても詰まらねえからな!」
ヘンニーとダムドが、シチューのお代わりを抱えて外へ出て行った。
「アルバート様、皆様も食事が済んだらお休みください。私が見張りに立ちますので」
「うむ。では、そうしよう。頼んだぞ、エセル」
エセルに答えて、アルバートがうなずいた。
「ありがとうございます、エセルさん!」
「お言葉に甘えて、休ませていただきます」
わたしとニードルスも、アルバートに習って干し草に潜り込んだ。
実はまだ、馬車酔いが残っていてクラクラしてたのですよ。
その頃ジーナはと言えば、シチューの入った器を抱えたまま、既に夢の中だったり。お子ちゃまか!?
……ふと、眠る直前にわたしは、ハーピィが気になって身を起こした。
困った様な表情のまま、スースーと寝息を立てている姿が焚き火に淡く浮かび上がっている。
こうして見ると、小さな女の子にしか思えないのだけれど。
干し草から覗く翼か、人との違いを物語っている。
そんなわたしに気づいたエセルは、ハーピィをチラリと見てから、わたしに小さくうなずいて見せた。
闇に浮かぶエセルが、何気に少しだけ怖かったけれど、わたしも小さくうなずいて、再び横になって目を閉じる。
小さくても、仮にも魔物な訳で。警戒と言うより注意に近いけれど、やっぱり必要だと思う。
まあ、少しでも危険と感じたエセルが、問答無用で殺りかねない方が、むしろ、心配だったりなのだけれど。
……と、この辺りで、わたしの意識も少しの間だけ遮断されたのでありました。ぐぅ。
次に意識が戻ったのは、陽が高く昇った頃でした。
どこからか元気な声が聞こえて、起きなきゃいけない気がして目が覚めた。何でだ?
ボンヤリした頭で辺りを見回す。
既にアルバートとニードルスは起きていて、代わりにエセルとダムドが眠ってるのが目に入った。
「……おはようございます」
「おはよう、ウロくん!」
「おはようございます、ウロさん。もうすぐ、お昼ですけどね」
わたしの挨拶に、アルバートとニードルスが答えてくれた。ニードルスは一言多かったけれど。
……ん?
ジーナとヘンニーがいない?
「……ジーナちゃんとヘンニーさんは?」
「ジーナくんは、御者の2人と馬車の所で店開きしているぞ。ヘンニーは、その護衛に出ている」
わたしの問いに、アルバートが答えた。
なるほど、外からは元気なジーナの声と大勢の人たちの声が賑やかに聞こえている。
起きなきゃと思ったのは、コレに反応したってとこなのかな?
ちょっと興奮気味みたいだけれど、たとえ村人が暴走してもヘンニーが止めるから問題無いかな?
……護衛?
あっ!!
瞬間、不安で背中がゾクッとした。
いくら何でも、無防備にハーピィを放置しちゃってる!!
慌てて振り返って確認すると、ハーピィはまだ、困ったの表情のままに眠っていた。
……はぁ、良かった。
いくら子供でも、魔物を護衛無しで放置するとかだいぶダメだよ。
アルバートやニードルスには、直接的な戦力は期待出来ないもの。たぶんね。
「おい、ガキ!」
突然、背後から声が聞こえてビビッた。
ダムドだ。
壁を背に、座る様に寝ていたダムドが、小声だけれど少しだけイラついた様に呟く。
「俺が同じ部屋にいるんだ。ガキが、無駄に緊張するんじゃあねえ!」
「は、はい。ごめんなさい」
おおう。怒られちゃったよ。
でも、わたしの緊張を察知するなんて。暗殺者って言うのは伊達じゃあ無いって事なのかな?
そんな事を考えていますと、パタパタと音を立ててジーナが馬小屋に駆け込んで来た。
「あ、ウロさん起きてる! 頭、干し草だらけだよ?」
わたしの顔を見たジーナは、そう言ってケラケラと笑った。
むう。
干し草で寝たんだから、しょうがないじゃん!?
そんな感じに頭を払うと、割りとドッサリ干し草が落ちてきて更にビビッた。
「どうしたんですか、ジーナさん。何か、急ぎの用があったのでは?」
「あ、そうだった!」
ニードルスに促され、やや驚いた様にジーナが顔を上げる。
「外に、村長さんが来てるんです。あたしたちが、何をしにここへ来たかを聞きたいんだって。昨夜は、色々と大変だったから」
そう言いつつ、ジーナは外を指差して見せた。
「解った、入ってもらってくれ。
そう言えば、挨拶もまだだったな!」
「そうですね。2、3日はお世話になりますし、キチンと説明しておくべきでしょう」
アルバートに合わせて、ニードルスがうなずいた。
この時、「さっさと出ていけ!」って言いに来てたらどうするのかな? なんて考えが頭の中を過ったのだけれど、何も言わずにわたしもウンウンとうなずいて見せる。
「ハーイ。どうぞ、入ってくださいな!」
ジーナの明るい招きに、1人の老人がゆっくり顔を出す。
白いたっぷりの顎髭と、対照的な頭部の少し太めの老人。
……あれ?
この人、宿屋の主人じゃね!?
恐らく、わたし以外のみんなもそう思ったみたいだよ。
みんな、一様に「あっ!」みたいな顔になっている。
老人は、馬小屋の中をキョロキョロと見回して、ハッと目を見開いて足を止める。
その視線の先には、眠っているハーピィの姿があった。
「ま、魔物がまだ生きているじゃないか!! し、しかも、子供ばかりで。
外の大男を呼んでくれ!」
怯えた様に大声を出す村長さん。その声で、ハーピィが起きちゃいそうだけれど。
「……子供ばかり、だと?」
あ、起きたのはダムドでした。
ゆっくりと立ち上がったダムドは、その場で腕組みしたまま村長を睨みつける。
「おい、ジジイ。俺は28でガキじゃねえ! それとも何か? 魔物よりも先に始末されてえのか?」
明らかな怒りの視線に、村長は声も出せない状態だよ。
わたしが声をかけようとした瞬間、別の場所から声が上がった。
「……ダムド、それは私の役目だ。手を出さないでくれ!」
いつの間にか起きてたエセルが、アルバートの後ろでゆらりと立ち上がった。
「我が主の宿泊を拒否し、この様な場所に押し込めた事、万死に値する!」
おおう、超怒ってる!
頭、干し草だらけにして。
「ヒィッ!!」
その場にペタンと尻餅をついた村長は、呻くように悲鳴を上げるのが精一杯みたいだった。
「だ、ダムドさん。落ち着いて!
闘うのは、敵だけにしてくださいよ!」
「エセルも止めろ! 私は別に怒ってはいない。干し草は、意外に柔らかくて暖かかったぞ?」
わたしとアルバートが、それぞれに止めに入る。
「チッ、ガキに救われやがって」
「……かしこまりました」
どちらも、渋々と言った感じに引き下がる。大人たちが怖いよ!
「この様に、我が護衛諸君はとても優秀だ。何も恐れる必要は無いぞ、村長殿?」
「は、はい。し、失礼しました」
アルバートに促され、少しだけ中へと進んだ村長。口調も、何だか敬語になってる。
「私は、この集落の長をしておりますネッドと申します。
皆様は、何用でこの様な所まで参ったのでしょう?
とても、行商人には見えませんもので……」
「私は、アルバート・ローウェル。私たちは、ハイリム魔法学院の生徒だ。
この地へは、ハーピィの風切り羽根を探しにやって来たのだ。
移動は、ティモシー商会の馬車を借りての事。気にするな!」
ネッドと名乗った村長に、アルバートが軽快に答える。かなり上から目線だけれど。
「そ、そうでしたか。では、どうぞ。そのハーピィをお持ち帰りくだされ!
私どもとしては、厄介払いも出来て……」
「これは、駄目ですね!」
ネッドの言葉を遮る様に、ニードルスが声を上げた。
突然の事に、その場の全員が一瞬だけ沈黙する。
「だ、駄目って、何が駄目なのニードルスくん?」
「このハーピィが、幼体だからです」
わたしの問いに、ニードルスが答える。
「よ、幼体!?」
「そうです。
私たちが必要とする風切り羽根は、成体の物でなくてはなりません。でないと、魔力が弱くて錬成が上手く行かない可能性があります!」
マジですか!?
ハーピィなら、何でも良い訳じゃあないんだ!
「で、では、このハーピィは?」
「……興味深い」
ネッドに、顎を擦りながら何度もうなずくニードルス。
……何だか、危ない発言だわよ。
まあ、ニードルスの事だから研究対象的な感じなのだろうけれど。
「と、とにかく、このハーピィも何とかしてくだされ。
また、毎日鳴かれてはたまらんのです!」
「ああ、いいぜ?
俺が始末してやる。金貨30枚でな!」
ネッドに答えたのは、ダムドだった。
壁際でナイフを弄びながら、凶悪な目を投げかけている。
「き、金貨30枚なんてとても……。金貨10枚では?」
「駄目だ、話しにならねえ!」
そんなやり取りが始まってしまった。
てゆーか、“始末”で話が進んでる事がおかしいでしょ!?
「ちょ、ちょっと待って。
わたし、この子に聞きたい事があるんです!」
「聞きたい事ですと? ギャーギャー鳴いているだけで、とても会話など出来やしませんぞ?」
わたしの言葉に、ネッドは少し戸惑った様に答える。
「ジジイ、この娘はウロと言うのだがな、どう言う訳か、ハーピィの言葉が解るらしいんだ!」
「それだけではありませんよ。私は以前、彼女にゴブリンとの会話を仲立ちしてもらった事があります!」
ダムドに続いて、ニードルスが口を開いた。
つーか、余計な事を言わなくていいから!!
「本当か、驚異的だなウロくん!」
「スゴーい、ウロさん。上手くすれば、ゴブリンたちとも取引出来るかもですねえ!」
驚くアルバートと、恐ろしい事を口走るジーナ。
……もう、勘弁してください。
「と言う訳だ、村長。
我々に、この馬小屋への滞在を許してもらえるかな?」
笑顔で迫るアルバート。
その後ろには、まだ、少しだけお怒りモードのエセルの姿があった。
「わ、解りました。ハーピィを何とかして頂けるなら、皆様の滞在は問題ございません。
こちらの馬小屋は、このままお使い頂いて結構ですので。後で、必要な物を運び込ませましょう。
何かございましたら、何でもおっしゃってください!」
早口で、捲し立てる様に話したネッドは、まるで逃げる様に出て行ってしまった。
「フン。村長は、ハーピィよりウロが怖いって感じだったな?」
「な、なんですと!?」
急に変な事をダムド。
「ハハッ。案外、魔物が化けてるんじゃねえのか?」
「ちょっ、止めてくださいよ、ダムドさん!!」
「まあ、怒るな。
それに、どうせ化けるなら、もっと大きくするだろうしな!」
そう言って、ダムドは胸の前で手をクルクルと回して見せた。
……ぐぬぬ。
酷いセクハラもあったもんだよ。
その後、戻って来たヘンニーにも同じ事を言われ、やられる不具合でした。イツカコロス!
ハーピィが目を覚ましたのは、間もなく陽が暮れ様としている頃の事だった。
初め、状況の変化に驚いたハーピィは、馬小屋の天井付近に飛び上がって叫んでいたけれど、わたしの呼びかけに応じて下へと降りて来てくれた。
シチューを、翼状の腕と鉤爪の様な指でスプーンを上手に操りながら食べていた。
思えば、捕えられて3日は飲まず食わずだった訳だし。お腹も空くよね。
「……あ、ありがとう」
食事が終わると、ハーピィは小さな声でそう言った。
「落ち着いた? それじゃあ、ゆっくりで良いから話してくれるかな?」
「うん。あたい、フリッカって言うの。
姉さんが、姉さんがさらわれちゃったの!!」
そう言うと、フリッカと名乗ったハーピィの子は、大粒の涙をボロボロとこぼした。
「ゆっくりで良いから、ね?」
「う、うん!」
涙をグイッと拭ったフリッカは、少しずつだけれど話始めた。
彼女は、ダングルド山の西側にある谷に棲んでいるハーピィの一族らしい。
今から5日くらい前、谷に、見た事も無い魔物が現れたのだと言う。
大人たちが懸命に闘ったけれど、魔物に圧され、逃げる事になった。
その時、自分を逃がす為に彼女の姉が魔物に捕まってしまったと言うのである。
仲間の大人たちは、姉の救出に消極的で、仕方なく1人で飛び出したらしい。
途中、自分たちに良く似た姿の者を見つけたので助けを求めたけれど、言葉が通じないばかりか、捕まってしまったのだと言う。
「……と、言う事の様ですが。どうしますか?」
わたしの通訳を聞いて、みんなザワザワし始める。
そんな中、最初に口を開いたのはアルバートだった。
「なるほど。エセル、お前はどう思う?」
「はい、私たちは羽根が欲しい。その為には、少なくとも大人のハーピィに会う必要があります。
ならば、その谷に向かう以外には無いでしょう」
エセルの答えに、アルバートはうむとうなずいた。
「質問なんですが、その魔物とはどんな姿でしたか?」
アルバートに続いて、ニードルスが声を上げた。
わたしは、ニードルスの質問をフリッカに訳して聞かせる。
「……ええと。
暗かったから、良くは解らなかったの。熊みたいなのに、熊じゃないみたいだったの。
目が光って、暗闇でも見えてるみたいだった!」
そう語ったフリッカは、恐怖を思い出したのか、ブルブルと震えている。
「熊の様で、熊じゃない……か。まあ、剣で斬れる相手なら問題は無いな!」
「狩人じゃあねえんだが、手ぶらじゃあ帰れねえからな。ハーピィの塩漬け代わりに、熊モドキの塩漬けと行くか?」
ヘンニーとダムドが、やれやれと言った具合に立ち上がる。
それに合わせて、アルバートやニードルスも立ち上がった。
「い、今から行くんですか? もう、陽が暮れますよ!?」
「当たり前だろう。今から出ても、谷に着くのは明日の昼過ぎになる。
ウロ、そのハーピィにしっかり道案内する様に伝えてくれ!」
ジーナの声に、ダムドがサクリと答えた。
「は、はい。ゴニョゴニョ」
ややあって。
「あ、駄目みたいです」
「あ? 駄目って、どう言う意味だ?」
「彼女、夜は目が見えないんだそうで」
ヘンニーが爆笑し、ダムドが膝から崩れ落ちた。
「いわゆる、〝鳥目〟と言うやつですか。それでは私は、村の狩人など山道に長けた者を探してみましょう。
出発は、明日の朝と言う事で」
あっさりと荷を下ろすエセルと、苛立つダムドをなだめながら酒を飲みに行くヘンニー。
そのやり取りを見て、腹を抱えて笑うアルバートと、出発が明日の朝になった事でホッとしているジーナ。早速、今日の売り上げを数える為に馬車へと走って行く。
一方で、未知の魔物をアレコレと脳内検索するニードルスに、そんなわたしたちに動揺するフリッカの姿があった。
わたしは、そんなフリッカをなだめながら、昨日よりも大きくなる不安を押さえるのに精一杯になっているのでしたさ。




