第六十五話 北の山は遥か
山の中にある、男子たちの基地に連れて行ってもらった事があります。ウロです。現地に着いたら、山の持ち主にスゲー怒られてました。ナゼか一緒に怒られました。未だに解せぬ!
夜明け前の街は、やけに静かで何か怖い。
もう少しすれば空も白んで来るのだけれど、今は街灯から溢れる光がボンヤリと辺りを照らしているだけだったり。
そんな街の一角。
魔法学院の門前に、4つの影がたたずんでいる。
アルバート、エセル、ニードルス。そして、わたしはウロでした。
学院規則の中に、『修学のための欠席は、出席扱いとする』と言う物がある。
それを利用して、わたしたちは、どうしても入手出来なかったハーピィの羽根を直接取りに行こう! と言う事になってしまいました。
とは言うものの、そう簡単に「はい、どうぞ」となる訳も無いのですが。
外出・外泊許可を受けるため、寮長の印可を貰ったり、担任と学院長の印可を貰ったり。
その過程で、担任であるレティ先生が「私も行く! 行きたい! 授業めんどくさい!!」などと言い出し、一悶着あったりして。
……てゆーか、レティ先生を押さえるのに丸1日費やしたりしたのですがなあ。
とにかく、なんとか無事に許可を頂いたわたしたちは、後日レポート提出を条件に、1年生では最大である10日間の外出・外泊許可を得る事が出来ました。うひひ。
そして、出発の日を迎えている訳です。
わたしたちが目指すダングルド山麓までは、馬車で2日くらいかかるらしい。
それを聞いたアルバートから、馬車提供の申し出があったのだけれど。
わたしとエセルに却下されました。
……だって、アルバートの馬車は高級品らしいけれど、遠乗り用じゃないんだもん。
石畳の敷かれた街中と違って、デコボコや水溜まりなど悪路盛り沢山の街道では、綺麗な外装より耐久性が重要になります。きっと。たぶん。
それに箱が狭くって、わたしたち4人が乗り込んだら、荷物が積めやしないのですよ。
なもんで、今回の旅行ではジーナにお願いして、行商用の馬車を貸して貰う事になりました。
こんな夜中とも早朝ともつかない時間に、学院内に馬車の乗り入れは出来ません。
そんな訳で、寮住まいではないジーナを待って、まだ夜も明けない真っ暗な学院門前にたたずんでいるわたしたちであります。
それはそうと、さっきから気になってる事があったりするのですが。
春先とは言っても、早朝はまだまだ寒い。
わたしも含め、全員が外套と言うかマントを羽織っているのですが、それは良いです普通です。
問題は、荷物ですよ。
わたしの荷物は、いつもの鞄が1つ。
これについては、イロイロ聞かれると面倒なのでアレだけれど。
ニードルスもアルバートとエセルも、背負い袋の他に何か、一抱えくらいある大きさの壺を持っているのですが。
ぬう。
気になって仕方がないよ!
この高まった好奇心を発散しないのは、身体に悪い!
なので、聞きます。そうします。
「あ、あの、ニードルスくん」
「何ですか、ウロさん?」
「アルバートくんもそうだけれど、その壺って何?」
わたしの問いに、ニードルスたちはお互いの壺を確認しあってから、口を開いた。
「何って、塩です」
「塩!? そんなに沢山、どうするの?」
「どうするって、塩漬け用ですけど?」
……ちょっと、何を言ってるのか解らないよ!? 塩漬け? 何の??
「塩漬けって、何を漬けるの?」
「何をって、ハーピィに決まってるじゃないですか!」
!?
固まるわたしをよそに、ニードルスたちは小首をかしげている。
「は、ハーピィって。必要なのは、風切り羽根だよ? 悪くならないと思うよ??」
「何を言っているのだ、ウロくん。妖鳥の首は、それだけで値打ちがあるのだぞ?」
今度はアルバートが、腕組みを解かずに言った。
「今回の旅は、資金が無いために発生した事柄です。
資金があったなら、ハーピィの羽根にこだわる必要はありませんからね」
困惑するわたしを尻目に、エセルが呟いた。
「……それに、フランベル先生がおっしゃるには、妖鳥の魔石は取り出すのが難しいらしいのです。ちゃんとした手順を見せて貰いたいですからね。首の輸送には注意しなくては」
少し困った様な笑顔になって、ニードルスが呟く。
首!? 今、首って言った!?
首の塩漬けとか、どこの戦国武将なの!?
「あ、あのね。わたしの予定だとね、ハーピィの棲息地を見つけて、抜けた羽根を拾って帰るだけのつもりだったのだけれど!?」
わたしの言葉に、全員の目がカッと見開いた。
「バカを言いたまえ、ウロくん。せっかくの資金調達の機会を、みすみす逃す気か!?」
「アルバート様のおっしゃる通りです。そもそも、魔物の棲息地で遭遇しない方が難しいでしょう?」
「貴女は何を言っているのですか!?
羽根を拾う? バカも休み休み言ってください。
私たちは、ハーピィの棲息する所へ行くのですよ? ハーピィの棲息地には何がいるんですか? 野草ですか? 果物ですか? 木の実ですか?
少しは、頭を使った発言をしてください。大体、貴女は普段から……」
白み始めた空が、何だかにじんで見えるのは、冷たい風が目にしみたせいだと思う事に決めました。ぐすん。
現実逃避真っ只中のわたしの耳に、お説教以外の音が聞こえてきたのは必然的と言えよう。
石畳に響く、馬の蹄の音。
馬車だ。
みんなもそれに気がついたのか、自然と音の響く方を見詰めている。
「来たか……」
アルバートの声に答える様に、街角から2頭引きの大きな馬車が姿を現した。
ティモシー商会の馬車だ。
御者は見た事の無い人たちだったけれど、荷台の幌馬車は、何度か乗った事のあるそれだった。
馬車は、ゆっくりとわたしたちの前で停まり、同時に幌の後ろが勢い良く跳ね上がった。
「おはようございます。皆さん、遅れてすみませんでした!!」
幌馬車から、元気に出て来たジーナ。白いフードの外套が可愛い。
「おはよう、ジーナくん。立派な馬車を感謝する!」
そう言って、颯爽と乗り込むアルバート。そこに遠慮は無いね。
「お世話になります、ジーナさん」
「よろしくお願いしますね、ジーナちゃん!」
続いてニードルスが乗り込み、次がわたし。
エセルは、みんなの荷物を積み込んでから最後に乗り込んだ。
幌馬車の中は、思ってたより狭い。
と言うのも、やけに荷物が多いからだけれど。
小さめの樽からは、ほのかにワインの香りが漂っているし、雑貨の入った大小のカゴは床板に固定されている。その横には、大きな木箱がいくつも積まれている状態だ。
「ジーナちゃん、ずいぶんと大荷物じゃない?」
「うふふ。それは、みんな商品なんです!」
笑顔で答えたジーナの説明によると……。
わたしたちが、これから向かうダングルド山の麓には、小さな村があるらしい。
山越えの中継点になっている村で、特別な物は無いけれど人々の出入りは割りと多い。
せっかく旅人の集まる村の近くまで行くのに、手ぶらでは行けないって事の様です。商人、恐るべし!
にしても、荷物多すぎじゃね?
リンゴでも入ってそうな木箱が、ずいぶんと重いし。
「ジーナちゃん、この木箱も商品? やたら重いよ?」
「あ、それは全部塩です」
塩……だと!?
真顔で固まるわたしに、ジーナが笑顔のまま続ける。
「ハーピィの羽根を採りに行くって言ったら、お父様と叔父様が「羽根以外も全て持ち帰れ!」って。お塩を山ほど渡されました」
ジーナのこの答えに、わたし以外の3人から「オオーッ!」と歓声が上がる。
オオーッじゃないよ!
コイツら、殺る気満々じゃないか!!
「それでは、出発しまーす!」
不安でクラクラしているわたしとは裏腹に、ジーナの元気な声に乗って、幌馬車は夜明けの街を北へと走り始めた。
街の北側の門を出てしばし、馬車は、大きな揺れと共に止まった。
「お嬢様、護衛と合流します!」
御者の1人から、中に向かって声がかかった。
「解ったわ。エセルさん!」
「はい、参りましょう」
大きな声で返事をしたジーナが、エセルに声をかけつつヨイショと立ち上がった。エセルもそれに続く。
今回の旅について、当初は護衛を雇う予定は無かった。
それに異論を唱えたのは、わたしとエセルだけだった。
だって、おかしいでしょ?
わたしたちってば、ただの学生だよ?
まあ、毛色は少し変わってるとは思うけれど。
か弱い女子が2人もいるのに、護衛無しなんて絶対ダメ! と主張したわたしを、男連中は半開きの目で「2人?」と小首をかしげていた。何でじゃ?
とは言え、護衛を雇う事に同意したエセル。
フムと考えた後、笑顔でこう言った。
「では、騎士団に派兵を要請しましょう!」
いやいやいやいや!!
何を言ってるのこの人は?
いくら貴族だからって、そんな権限無いでしょ!?
或いは、いくら殺る気満々だからってハーピィを殲滅するつもりですか!?
これについては、アルバートが止めに入った。
「エセル、私たちは学生だぞ? 騎士団の護衛は過剰と言う物だ。
ここはやはり、冒険者を雇うのが定石なのではないか?」
言葉の端々から、「騎士団、呼べるけど呼ばない」的な匂いが漂ってる気がするのだけれどどうでしょう?
アルバートの発言に、初めは猛反対したエセルだったけれど。
やがて、アルバートのキラキラした瞳に負けたのか、大きなため息を吐いてうなずいた。
「解りました。私が冒険者を探しましょう。
この国でも1、2を争う腕の者を……」
「ちょっと待って!!」
エセルを遮って声を上げたのは、まさかのジーナだった。
「エセルさん。そんな、国の英雄を雇うのにいくらかかると思ってるんですか?
お城1つ、安くても白金貨10枚は必要ですよ!?」
……むう、白金貨って何だろ?
後でニードルスに聞いたら、それ1枚で普通の金貨1000枚の価値があるんだって。ニードルスも見た事は無いらしい。スゲェ!
……それはさておき。
結局、冒険者を雇うお金はジーナが。
冒険者は、エセルが(格安で)探す事になりました。
そして、その冒険者が彼らな訳です。
わたしとニードルスも、馬車を降りて行く。
わたしたちの姿を見て、道端に座っていた2人の男性はゆっくりと立ち上がった。
「よう、エセル。あんまり待たせるから、尻に根が生えかけたぞ!」
土を払いながら、長身の男性が手を挙げた。
灰でもかぶった様な白い髪は細いドレッド状で、それを後ろ手に縛って背中に流している。
髪の色と正反対の褐色の肌が、陽の光に照らされて眩しい。歩く度に外套の間からチラチラと見えている腕は、わたしのウエストくらいありそうだよ!
「……本当にガキ共の護衛かよ。子守りなら、端女にでも頼みやがれってんだ!」
噛んでいた草と悪態を同時に吐き出して、小柄な男性もこちらに歩いてくる。
背はわたしより少し低いくらいで、全身黒ずくめ。
布製のコイフみたいな帽子を目深にかぶっており、表情が良く見えないけれど整った顔をしているみたい。
襟足から見える髪は、クリーム色に見えた。
なんてゆーか、中二病こじらせた盗賊みたいな気がするよ。
「助力、感謝する。また、一緒に旅が出来て嬉しいよ」
差し出されたエセルの手を、褐色の男性は笑いながらガッシと握った。
「ハッハッハッ、それはこっちの台詞だ。お貴族様の護衛なんて、俺たちも運が廻って来たのかもな!」
「ああ、安酒で腹を膨らますのにも飽き飽きだったしな」
中二病くんも、それに賛同する。
「……私たちは貴族ではない。そうだな?」
手を握ったまま、エセルの声のトーンが低くなった。怖い。
「ん、ああ、そうだったな」
「まったく、エセルの旦那の頼みでもなけりゃ、こんな依頼は引き受けやしないってのによ?」
意味深な苦笑いを浮かべて、2人の冒険者は手を振った。
「皆さん、紹介します。
今回の旅の護衛を務める冒険者たちです。
生き方に共感は出来ませんが、信頼出来る者たちです」
「言ってくれるぜ!」
エセルの言葉に、少し呆れた様な表情になって、2人の冒険者が前に出る。
「剣士のヘンニーだ。エセルとは、何度か一緒に仕事をした仲だ。魔法はからきしだが、剣には自信がある。よろしくな!」
「オレはダムド。少し変わった収集家ってところだな。
多少の目先は利くから、オレがいる間は不意討ちの心配は必要無い。よろしく」
ヘンニーと名乗った褐色の剣士と、ダムドと名乗った中二病の黒ずくめが手を振った。
「よろしくお願いします」
わたしたちも、それぞれに挨拶を返した。
「凄いんですよ。彼らは、1日金貨1枚で護衛を引き受けてくれたんです!」
嬉しそうに話すジーナ。
おおう。
それは、確かに安い。
何が出るか解らない道程で、しかも護衛任務で、そんなに安くて平気なのかな?
そんな疑問を2人に聞いてみますと、ヘンニーさんはニッと笑って答えてくれた。
「お嬢ちゃん、食い詰め者には色々あるのさ。それに、今回は良い金になりそうだから。なあ?」
「ああ、そうだな。上手くすりゃ、しばらくは豪遊出来るぜ!」
そう言って、ヘンニーとダムドはゲラゲラと笑った。
むう。
そんなに儲かるとは思えないのだけれど?
「さて、ボチボチ出発しよう。遅くなると、夜までに駅宿に着かなくなるぞ?」
荷物を担ぎながら、ヘンニーが言う。その背中には、背負い袋と……壺!?
良くみたら、ダムドも壺を持っている。
「あ、あの、ヘンニーさん。その壺は?」
「ん? ああ、これは塩だよ。ハーピィの巣なんて、そうそう行こうなんて思わないからな」
「まったくだ。あんたら、相当イカれてやがるぜ!」
再びゲラゲラと笑う2人。
……ああ、何この塩漬け祭り。
まだ、街を出て数時間と経っていないのに、わたしの頭は更にクラクラしてまいりました。
馬車酔いではない、もっと精神的な何かだと思うのですが。
陽が昇って、雲1つ無い青空の下。
不安に曇るのは、わたしの心だけと言う不具合なのでありましたとさ。




