第六十三話 立ちはだかる試練
修学旅行の班別行動で、予定全無視で映画を観に行こうとした事があります。ウロです。バレて、先生が仲間に加わった。地獄。
学院の西側。
第2修練場と薬草園ある中庭は、中央にある公園みたいな中庭とは違って、森と表現した方がしっくりくる雰囲気だった。
そこに、塔と言うには小さめの、3階建てのビルくらいの高さの建物があった。
赤いレンガ造りの全体を覆い隠すみたいにツタをに絡ませて、いかにもな雰囲気を醸し出しているそれは、周りを柵によって囲われ、隣には管理小屋と言う不思議な状態で鎮座している。
……まあね。
学院の施設の1つだしね。
管理人がいて、当たり前だわよ。
そんな場所に、わたしたち4人がたたずんでいたりします。
ちなみに、エセルは森の木と同化するみたいに気配を消している。かなり怖いのはナイショです。
「よし、行くぞ!」
「おいおい、待ちな!」
威勢の良いアルバートの声に、どこからかハスキーな声が呼応する。
全員の視線が一斉に管理小屋へ注がれる。それと同時に、ガチャリと重たい音を立てて管理小屋の扉が開き、中から、声の主だろう小柄な男性が姿を現した。
子供くらいの背に黄色に近い髪、顔を覆うほどに伸びた髭もまた、髪と同じく黄色い。
ドワーフだ。
街の鍛冶屋さんで見かけるよりも少しばかり小柄だけれど、身体の倍はありそうな斧を軽々と担いでいる。
重ね着したダブダブな服の下は、きっと鋼の様な筋肉なんだろうとか思ったり。
「お前さんたち、この塔に挑むのかね?」
斧を杖代わりに立ち、腰の鞄からキセルを取り出しながらドワーフが言った。
「ああ、いかにも!
私はアルバート・ローウェル。挑むのは、私たち4人だ!」
「……誰か、火をくれんかね?」
元気良く答えたアルバート越しに、わたしたちをぐるりと見回したドワーフは、キセルを示しながらそう言った。
「え!? あ、はい!」
わたしが『種火』の魔法でキセルに詰められた刻み煙草に火を点けると、小さく「すまんの」と呟いたドワーフはシパシパとキセルを吹かし始めた。
すぐに、大量の煙を吐き出したドワーフは、眉毛と髭で隠れそうな目尻にシワを寄せて笑顔になった。
「プハーッ、美味い!
いやあ、すまんすまん。ワシは、この中庭の管理を任されとるハルドールと言う者だ。
もう1度聞くがお前さんたち、この塔に挑むのかね?」
「はい、そのつもりで来ました」
今度はニードルスが答えた。
「フム、では、許可書を見せなさい」
む!?
許可書って何??
「あ、あの、許可書って何ですか?」
「何!? そんな事も知らんで来たのか。ワッハッハッハッ、こりゃ話しにならん。出直して来い!」
わたしの答えにハルドールと名乗ったドワーフは、口から煙を吹き出しながら大声で笑うと、身体の割りにゴツい手をヒラヒラと振りながらサッサと管理小屋の中に戻って行ってしまった。
後には、刻み煙草の甘い香りを含んだ大量の煙だけが残っている。けむいったらないよ。
「……どうしよう?」
落ち葉をカサカサと踏みながら、ジーナがアルバートを見上げる。
「……よ、よし、フランベル先生に伺おう!」
決断の早いアルバートに、わたしたちはウンウンとうなずいた。
だって、それしか手が無いもん。
そんな訳で、本日2度目のレティ先生の研究室です。
案の定、わたし以外のみんなは、入口から目を丸くしたりしてますよ。
「レティ先生~。いますか~??」
「何? 魔石、くれる気になった?」
うず高く積まれた本の向こうから、レティ先生の声が聞こえた。魔石はあげません。
「……これが、あの麗しいフランベル先生の研究室なのか!?」
声を聞くまで半信半疑だったのだろう、アルバートが低くうめいた。
「あたしの先生の家に似てますよ?」
「本がたくさんあって、落ち着く良い部屋じゃないですか?」
「……じゃあ、ニードルスさんも邪悪なんですか?」
「……言ってる意味が解りませんよ?」
何か、不思議なやり取りをしているジーナとニードルス。……ニードルスは、邪悪って言うよりアレな感じだと思う。アレな。
それはともかく、本の間を通って奥へと進みます。
アンデッド系書物を右に曲がった先に、レティ先生の机がある。
前回同様、何冊もの本を広げているレティ先生の姿があった。
「お仕事中、失礼致します。フランベル先生」
右手を左胸の前に当て、軽く頭を下げながらアルバートが挨拶をする。
「何? 貴方は誰?」
チラリとアルバートを見たレティ先生は、めんどくさそうに言った。
「……先生のクラスのアルバート・ローウェルです。先生に是非、伺いたい事があるのですが」
アルバートの言葉に、小さくため息を吐いたレティ先生は、ペンを置いてわたしたちの方に向き直った。
「そう。で、何を聞きたいの?」
「実は、私たち4人で『試練の塔』に挑もうと考えているのです。
ですが、塔の管理人に許可書を見せる様に言われまして……」
アルバートがそこまで言うと、レティ先生は目を丸くして身を乗り出して来た。
「あ、貴方たち、もうあの塔に挑むつもりなの!?
本気? 正気?? どうかしちゃったのかしら???」
うん。まあ、だいたい予想通りの反応です。
「それは、どう言う意味でしょうか?
説明を頂けないでしょうか?」
低いトーンでニードルスが言う。……ちょっぴり怒ってるのかな?
それを受けて、もう1度、今度はさっきよりも大きなため息を吐いたレティ先生は、ゆっくりと口を開いた。
「貴方たち、入学してまだ、1週間よね?
あの塔がどんな場所か、ちゃんと解っているの?」
みんなが顔を見合わせる中、アルバートが手を挙げた。
「進級に必要な試練のある場所?」
「……間違ってはいないけど、正確ではありません!
……まだ早いと思ってたんだけど、ちゃんと説明しておかなければダメね」
レティ先生は、やれやれと言った表情で塔はもちろん、進級についての説明をしてくれた。
この学院は、進級や卒業をするのに一定の『単位』を必要とする。
授業に出席したり、実習や提出物などでポイントは蓄積され、年度末までに一定数値達していれば、担当教師によるテストが実施される。
それに合格すれば、進級や卒業となる。……この辺りは、元の世界と同じ感じかな?
だけれど、それらをスッ飛ばして進級や卒業する方法が存在する。
その1つが『試練の塔』らしい。
この塔には、進級に必要な1年生が学ぶ知識や技術がふんだんに施されている。
つまり、ここを突破出来れば1年生分の課題はクリア出来ているとみなされる。って事みたいだよ。
……むう。
それって、結構大変なのでは?
チラッと横を見れば、アルバートすら不安気な顔をしている。
「ただし!」
お互いに顔を見合わせていたわたしたちの上に、レティ先生の大きな声が響いてビビった。
「勘違いされては困るけど、試練の塔をクリアしたとしても即座に2年生になれる訳ではありません!」
レティ先生の言葉に、一瞬、ポカンとしてしまった。
ぬぬ!?
それって、どう言う意味じゃ??
「あの、フランベル先生!」
疑問符を浮かべるわたしの隣で、ジーナがおずおずと手を挙げる。
「何? 貴女は誰?」
「あ、あたしは先生のクラスのジーナ・ティモシーです。
2年生になれないって、どう言う事ですか?」
「……試練の塔は、〝進級する資格を得られる〟だけであって、学院の規約は超えられないのです。
この学院は、2年制でしょう?」
な、なるほど。
2年制って、〝2年で卒業〟じゃあなくって、〝最低2年は在籍〟って事みたいだよ。
「それに、2年間で卒業出来る者なんて、ほとんどいませんから!」
……違った。
最速で2年で卒業だけれど、ヘタするとずっと卒業出来ないって事だった。
「もちろん、塔をクリアすれば1年生では観覧を許されない書物の観覧許可や、先生方の助手として研究室に出入りする事が可能になりますよ。
あと、授業なんかも全て免除されるわね」
戸惑うわたしたちをよそに、にこやかに答えるレティ先生。
……あれ?
でも、それだと留年してる人がいるハズだけれど。いなくね??
わたしがその事をレティ先生に尋ねると、レティ先生は3回目のため息を吐いた。
「当たり前でしょう。その為のクラス分けなんですから!」
おおう。
クラス分けって、新入生を分けたんじゃなくって、新入生とそうでない生徒を分けてたのでした。
レティ先生の説明によると、単に新入生とそうでない生徒を分けていると言う訳ではないみたい。
留年した者はもちろんだけれど、すでに魔術師として活躍している者が国家資格を得るために入学している場合も含まれるらしい。
まあね、そんな人が今更、基礎から学ぶ必要無いもんね。
「さて、私から見れば、魔導書に魔力を注ぐ事すら知らなかった貴方たちが、試練の塔に挑むのは早計だと思うけど。
止めはしませんよ?」
そう言いながら、レティ先生は机の引き出しをゴソゴソと探り始めた。
そして、中から数枚のB5サイズの紙を取り出した。
「これが『許可書』です。署名して、ハルドールさんに渡してください」
「……ありがとうございます」
許可書を受け取ったわたしたちは、お礼を言ってレティ先生の研究室を後にした。
むう、どうしましょう?
さすがに、さっきの話で冷静になっちゃったのだけれど。
だって、「2年間で卒業出来る者なんてほとんどいない!」なんて言われちゃったら、塔の難易度もかなり高いとしか思えないし。
まして、わたしたちってば、駆け出しも駆け出しな訳で。
こりゃあ、も少し様子見かな? などと考えてましたら。
「ん? どうした、みんな。署名しないのか?」
床に座り、すでに署名が完了しているアルバートの姿があるし!
無言で、ペンとインク壺を差し出してくるエセルが超絶怖い。
「ま、まあ、中を見るくらいは問題ないでしょう。
手に負えない様でしたら、潔く撤退と言う事で」
そう言って、署名するニードルス。
「あ、あたしもそれに賛成!」
ウンウンとうなずきながら、伏せる様に床に丸くなるジーナ。
ぬう。
確かに、中を見るだけの価値はあると思う。
それで難易度が解れば、対策は立てられるしね。
まさか、クリアか死ぬかでしか出られない仕様じゃあないだろうし。……違うよね?
そんな訳で、わたしも署名する。
許可書には、「××は以下の者に試練の塔への挑戦を認める」と書いてある。〝××〟の所はレティ先生の名前だ。
許可書の1番下に下線があって、そこに自分の名前を書くみたいだった。
と言う事で、ものの1時間もしない内に許可書を持って戻って来たわたしたちを見て、ハルドールさんは目を丸くしていたけれど。
許可書に目を通して、大きな声で笑い始めた。
「わっはっはっ。お前さんたちは、フランベル嬢ちゃんの教え子か。それなら納得だな!」
煙を吐き出しながら、ゲラゲラと笑うハルドールさん。
わたしたちがポカンとしているのを見て、ハルドールさんは息を整えながら話してくれた。
「いやな、フランベル嬢ちゃんも入学してすぐに試練の塔に挑んだんだよ。
まあ、攻略までに半年はかかったがな。まったく、教師が教師なら生徒も生徒だな!」
ぬう。
まったく嬉しくないのですが、何故なんだぜ?
「とにかく、許可書は確かに預かった。ならば、ワシも仕事をせねばな。
西の庭番ハルドールは、アルバート・ローウェル、ニードルス・スレイル、ジーナ・ティモシー、ウロの4名の試練の塔への入場を許可する!
知っての通り、この塔は4つの区画に分かれていて、それぞれ……」
「ちょっ、ちょっと待ってください!!」
思わず、大声で叫んじゃったよ。
「何だ? あ……と、ウロだな?」
「は、はい。ウロです。あの、塔の4つの区画って何ですか?」
恐らく、わたしと同じ疑問を持っているであろう他の3人もうなずいている。
「何!? お前さんたち、この塔について何も聞いておらんのか!?」
「えと、この塔をクリアすれば1年生では読めない本が……」
「それは、試練突破後の話じゃろが!
ワシが聞いてるのは、塔の構造と設置されとる試練についてだ!」
「き、聞いてないですごめんなさい!!」
目をクワッと見開いて睨むハルドールさん。怖い。声大きいし。煙草臭いし。
「……カァ!
あの、はねっかえり娘。自分が知ってる事はみんなが知ってると思い込む癖、まだ治っとらんのか!」
顔から髭までをぐるんと拭って、ハルドールさんは大きなため息を吐いた。
「……いいか、代わりにワシが説明するとだな?」
ハルドールさんの説明によると。
試練の塔は、1階から3階と屋上から成る、全部で4つの区画で出来ているらしい。
1階は『知の間』。
知識に関する試練がある。
2階は『技の間』。
技術に関する試練がある。
3階は『総の間』。
知識と技術を合わせた試練がある。
そして、最後は屋上なのだけれど……。
「屋上は、試練ではないが魔石を納める台座がある。
ここには、おのおのが育てた魔石を……」
「失礼、ハルドール殿。育てた魔石とは何の事でしょうか?」
今度は、ニードルスが声を挙げた。
「……それもか。こりゃあ、1度お灸をすえねばいかんな。
お前さんたち1年生は、まだ始まっておらんかも知れんが、魔石を育てる実習があるんじゃよ!」
どうやら、実習の1つとして『魔石作成』なるものがあるらしい。
空っぽの魔石に、自分の魔力を注いで再び使える魔石にして行く実習で、魔石が限界に達したら次の魔石を育てる。また、限界になったら次へ。
そうして出来た魔石を、最終的には融合させて1つの強力な魔石を作り出す。
「……そうやって出来た魔石を塔の天辺にある台座に納めて、試練の塔の攻略とするんだ。どうしてか解るか?」
うおう。
突然の質問に、思わず空を見上げちゃうアリサマですよ。
隣では、ニードルスも空見上げちゃってるし。
とか思ってましたら、ニードルスがぐりっと顔を戻した。
「魔力供給のためですね?」
「そうだ! キミはニードルスか。なかなか賢いな!
この広い学院の室内を照らすのも、食堂なんかを暖めるのも、そうやって供給される魔力によって賄われておるんだ。もっとも、それだけではないがな」
おお~。
なるほど、そうだったんだ。
これだけの施設を明るくしたり、暖かくしたりするのって、どうやってるのかな? とか思ってたけれど。
まさかの自給自足でしたよ。ハルドールさんの口振りだと、足りない分は別の何かで補ってるッポイけれど。魔獣とかかな?
ふと、ニードルスの方を見ると、こちらを見てニコニコしている。
何だろう? とか思っていますと、小声で何やら話しかけて来た。
「やっぱり、ウロさんも魔力の流れに気づいてましたか。流石ですね!」
「えっ!? や、う、うん。まあね。これぐらいは気づくよね!?」
そう言われて改めて空を見詰めてみますと、なるほど、魔力があちこちの塔なんかから流れてるのが見える。
……ニードルスってば、わたしも空を見上げた事で勘違いした気味です。
そして、わたしは壮大にウソつきました。
でも、なんてゆーか、結果オーライって事で。キャハッ! ……ごめんなさい。
「まあ、いきなり屋上に行けるとは思えんからな。何度か挑戦する内に魔石を用意出来れば良いじゃろ」
そう言って、ハルドールさんはワハハと笑った。
ぬう。
やっぱり、それくらいに難しいって事なのですね。
「ふふっ。それならば、私たちが先駆者になれば良いだけではないか?」
「そうですよ。早く行きましょう!」
アルバートの声に、ジーナが呼応した。
開かれた柵をくぐり、わたしたちは塔の前に立つ。
こうして、わたしたちの挑戦が始まったのである。
……約30分後。
わたしたちは、食堂でテーブルを囲んでお茶を飲んでいます。
誰も何も話さず、ただ、虚空を見詰めるだけのお茶会です。エセルですら、目を伏せている状態です。
結論から言えば、わたしたちは、負けました。
正確に言えば、塔に入る事すら出来ませんでした。
柵をくぐり、塔の入口に立ったわたしたち。
アルバートの「行くぞ!」の声に、わたしたちがうなずいたまでは良かったのだけれど。
扉が開きませんでした!
押そうが引こうが叩こうが蹴ろうが撫でようが開かない!!
呆れるハルドールさんによると、この塔に挑戦するには、まず、塔を起動しなくちゃいけないらしいのです。
魔法的仕掛け満載の塔は、普段は魔力節約のために眠った状態になっている。
これを起動するため、マジックポーションと言う魔力回復用のポーションを扉にセットしなきゃいけなかったんだそうで。しかも3本!!
「マジックポーションなんて、いくらかかると思ってるんですか!?」
そう叫んだニードルスよろしく、怪我を治すキュアポーションと違って、魔力回復のマジックポーションは10倍のお値段ですよ。
マジックポーション、1本金貨500枚。それを3本って事は、少なく見積もっても金貨1500枚はかかる訳です。
……わたし的には、全然安いのだけれど。
いくらなんでも、そんなに大金をホイホイ出して良い訳ではありません。危険です。イロイロ。
そんなこんなで、現在のわたしたちの目標は、〝マジックポーションの材料を集めよう!〟に大変更です。
そのまま、その日は解散となったわたしたち。
やけに疲れたわたしは、泥の様に眠ったりしました。
翌日。
朝のホームルーム的な物の中で、試練の塔に関する異常に詳しい説明がなされました。
説明しているのは、もちろんレティ先生なのだけれど。
その顔は、不貞腐れた様な仏頂面で、やる気の欠片もありません。
だけれど、その隣にはハルドールさんの姿が。
少しでも説明が雑になったり声が小さくなると、すかさず斧の柄でレティ先生のお尻をひっぱたいて気合いをいれておりました。
ザワザワする教室の中で、わたしたち4人だけが、その理由を知っているのですが。
これをナイショにする事で、わたしたちの結束がちょっぴりばかり強まったのは、もう1つナイショの話でありました。




