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第六十二話 1年生たちの野望

 人生最初の試練は、姉からプリンを守る事でした。ウロです。防御率0%。コーヒーゼリーは10%。


 図書室の前の廊下は、とっても人通りが多くって。

 勉強熱心な生徒たちはもちろん、司書さんたちや写本屋さんたち、先生方や職員の皆さんまで色んな人たちが通ります。


 そんな只中にあって、「試練の塔に行こう!」「意味が解りません!」と言う不毛なやり取りを続けているアルバートとニードルス。


 そりゃあ、ジーナはオロオロするし、わたしは口から魂が出そうになりますよ!


 このままずっと、こんな所で見せ物状態なのは心と体に良くない気がします。

 てゆーか、なんで廊下で騒いでるのよ!? バッチリ予想はつくのだけれど。


 どこか、落ち着いて話が出来る場所へサッサとトットと移動するが吉ってものです。


 そんな訳で、口から出かかっていた魂をチュルッと飲み込んだわたしは、アルバートとニードルスの間に割って入ってみました。


「2人とも、静かにして下さい! ジーナちゃんが困ってるでしょう!?」


 上気した感じのアルバートと、冷静に見えて実は静かに怒っていたニードルスは、わたしの言葉に少しだけ驚いた様にしていたけれど、お互いに大きめのため息を吐いて静かになった。


「いや、申し訳ない。ウロくん。ジーナくん。

 つい、興奮してしまった様だ」


「私とした事が、大変失礼しました。……しかし。まさか、ウロさんに注意されるとは思いませんでした」


 ぬう。

 紳士的なアルバートと一言多いニードルス。


「と、とにかく、ここでは何ですから食堂に行きましょう。ジーナちゃんも行……ジーナちゃん!?」


 振り返ったわたしの視界には、ずり落ちた鞄をそのままに、両手をほっぺに当てて嬉しそうに笑うジーナちゃんの姿が。


「えっ? あ、はい。食堂ですよね? 行きましょう!」


 わたしの視線に気づいたジーナは、慌てて鞄を拾うとスタスタと歩いて行ってしまった。……何を考えていたんだろ?


 食堂へと移動したわたしたちは、いつもの様に端のテーブルについた。

 既にアルド先生の姿は無く、周りにはチラホラと生徒がいるだけだった。


「あ、わたしお茶を……」


 そう言って、わたしが立ち上がろうとした時、わたしの頭上から声が響いた。


「失礼します!」


 聞き覚えのある、野太い声。

 声の主は、アルバートの側仕えであるエセルだった。

 どこから現れたのか解らないけれど、エセルの手には銀色のトレイと、湯気の立ち上るお茶の入ったカップが4つ。

 それを、とても優雅に、やたら素早くわたしたちの前へと運んでくれた。


「あ、ありがとうございます」


 わたしはお礼を言ったのだけれど、エセルはアルバートの方しか見ていない。


「ありがとう、エセル」


「では、私はこれで」


 アルバートの声に、エセルは一礼して下がって行った。……まあ、壁際がら鋭い眼光を向けてるのだけれど。怖い。


 それぞれ、お茶を一口飲んだ所でアルバートが話始める。


「ここでなら、ゆっくり話が出来るな。

 よし、試練の塔へ行こう!」


 おおう。まったくゆっくりしていないよ!!


「またですか。意味が解りませんよ!」


 当たり前の様にアルバートに噛みつくニードルスと、当たり前の様に始まるさっきと全く同じやり取り。


 さっきと違うのは、エセルがいる事だけれど。

 あ、エセルが腰の剣に手をかけた。


 このままでは、ニードルスが大変な事になりそうなので2人を止めます。


「2人とも、ちょっと待って!

 そもそも、アルバートさんは何でそんなに試練の塔に行きたいの?」


 わたしの言葉に、アルバートとニードルスが再び静かになる。同時に、壁際のエセルが剣から手を離したのが見えた。


 さっきからアルバートが言っている『試練の塔』は、魔法学院の敷地内のどこかにある施設の名前だ。

 新入生案内によると、進級試験や学内イベントなんかに使われるらしいのだけれど。


 そんな場所にアルバートは、どうしてそんなに行きたいのかな?


 わたしに制されたアルバートは、1度、椅子に深く座り直すと、オホンッと咳払いをしてから口を開いた。


「試練の塔に向かう理由は1つしか無い。進級するためだ!」


「……えっ?」


 思わず、えっ? とか言っちゃったけれど。

 何を言っているのでしょうか、この貴族さまは??


「進級って、初耳ですよ?」


 わたしに替わって、ニードルスが声を上げた。


「ん? 言わなかったかな?」


「聞いてませんよ。図書室では、試練の塔に行こうとしか言わなかったじゃないですか!」


「では、今言ったぞ。さあ、試練の塔に行こうではないか!」


「〝今言った〟じゃありませんよ。

 大体、さっきだってちゃんとした説明も無くいきなり……」


 ああ、ニードルスがお説教モードになっちゃった。

 こうなると長いので、少し放置です。それより……。


「ねえ、ジーナちゃん。わたしが来るまでに何があったか教えてくれない?」


「は、はい。えーとですね。

 あたし、魔導器について調べようと図書室に来たんです。あたしより先にニードルスさんがいて、本を読んでました。そこにアルバートさんが来て……」


 ……どうやら、ニードルスとジーナが図書室にいた所へアルバートがやって来て、「試練の塔に行こう!」と言い出したみたいだよ。

 んで、ニードルスとの噛み合わない言い合いになりヒートアップ。司書さんの手によって、図書室の外へと追い出されてしまった。

 わたしが来たのは、丁度、追い出された所だったみたい。


 図書室でうるさくして追い出されるって、お子ちゃまですかキミタチ!


 それにしても、アルバートってばもう進級したいの? まだ、入学して1週間だよ!?


「ねえねえ、アルバートさん」


「ん? 何かな、ウロくん」


 ニードルスの大説教大会にも関わらず、普通にわたしに返事するアルバート。ちょっとスゴイ。


「えと、アルバートさんは、どうして進級したいのですか?

 まだ、入学して1週間しか経ってないのに」


「簡単な話だ。1年生の内は、〝専攻〟が取れないからだよ。

 私は、一刻も早く〝専攻〟を取って学びたい事があるのだ!」


「学びたい事?」


「そうだ。ウロくんだって、学びたい事があるからここに来たのだろう?」


 むう、確かにある。

 わたしの場合、召喚魔法だからイロイロ大変かもだけれど。


「……アルバートさんは、何を学びたいのですか?」


「私が学びたいのは、『回復魔法』なのだよ!」


 天を仰ぐ様に、大きく両手を開いて見せるアルバート。


 まさか、アルバートが回復職希望だなんて。かなり意外。


「……私の話など、まるで聞いてませんね」


 ニードルスがお説教を終えたみたいで、クサビでも打ち込んだみたいなシワを眉間に寄せて呟いた。


「しかし、意外ですね。回復魔法とは。あなたなら、もっと派手な魔法を求めると思ってました。

 ですが、回復魔法なら神に仕えた方が良いのではありませんか?」


 聞いて無い様でアルバートの話を聞いてたニードルス。

 でも、確かに一理あるかも。


 ゲームだった頃のミラージュ・オンラインの世界には、回復職、いわゆるヒーラーと呼ばれるジョブクラスが2種類あった。


 1つは、〝神聖魔法〟を操る『僧侶』。

 もう1つは、〝光属性〟の魔法を操る『呪術医』である。


 両者の魔法に大きな違いは無く、能力値的に僧侶は〝信仰心〟が重要で、呪術医は魔術師らしく〝知力〟が重要になる。


 ……でも、今のステータスでは信仰心って表示されないのだけれど。たぶん、あるんだよね。


「あ、アルバートさん!?」


 わたしがそんな事を考えてる最中、ジーナの慌てた様な声が響いた。


 思考を中断したわたしの目に飛び込んで来たのは、いつもの軽い笑顔ではなく、怒りとも困惑ともつかない強張った表情のアルバートの姿だった。


「あ、アルバートさん、大丈夫?」


「……た」


 心配そうなジーナの声に、アルバートは何かを小さく呟いた。


「えっ!?」


 思わず聞き返すジーナに、アルバートはゆっくりと、今度は、ハッキリと聞こえる声で絞り出すかの様に呟いた。


「……神には、もう死ぬほど祈った!」


 さっきまでの雰囲気とのあまりのギャップに、わたしは勿論、ジーナも、ニードルスも言葉が出なかった。


「アルバート様!!」


 その沈黙を破ったのは、エセルだった。

 アルバートに駆け寄ったエセルは、アルバートの額に自らの額を当てて小さく何かを呟いている。


 わたしたちには、それをただ、見守るしかなかったのだけれど。


 ほんの数秒間だけれど、途方もなく感じられた静寂の後、ゆっくりとエセルが下がったそこには、いつものアルバートの笑顔があった。


「いやあ、取り乱してしまったな。皆、すまない!」


「……アルバートさん、大丈夫?」


「ああ、ジーナくん。心配してくれるのだね。ありがとう!」


 いつもの、軽いアルバートだ。

 どうやら、さっきはニードルスがアルバートの地雷を踏んだみたいだよ。


 わたしは、ニードルスに小さく耳打ちする。


「ニードルスくん。たぶん、言ってはいけない事を言ったっポイよ?」


「わ、私がですか!?」


 明らかに動揺するニードルス。自覚あるみたいね。


「謝っときなよ!」


「……解りました」


 やけに素直なニードルス。

 まあ、あの顔と言葉の後だと仕方無いね。


「アルバート殿。知らなかったとは言え、不用意な発言でした。どうか、許して頂きたい」


「いやいや、ニードルスくん。私の方こそ色々とすまなかった。どうか、許されよ!」


 ニードルスの謝罪に、アルバートも謝罪で返す。


 良かったと安堵するジーナに、わたしも心の中でため息を吐いた。


 それから、アルバートは少しだけ自分の事を話してくれた。


 自分の大切な人が、重い病気を長く患っている事。

 薬師は勿論、高名な神官にも治癒を頼んだのだけれど、どれも上手くいかなかった事。

 毎日、神に祈りを捧げたけれど、病気は酷くなるばかり。

 希望は呪術医の治癒魔法だけなのに、呪術医を見つけられなかった。


 ならば、この学院に入学して呪術医を探そうとしたけれど、病気を治せる程の呪術医がいなかった。

 せめて、該当する呪文か魔法薬の生成法だけでもと思ったのだけれど、それほど高位の物となると専攻を取っていない1年生には閲覧すら出来なかったらしい。


「……そう言う訳で、焦ってしまったんだ」


 そう言って、アルバートは冷めてしまったお茶をグッと飲み干した。


 なるほど、そんな訳が。……って、省略ってか言わな過ぎでしょ!?


 さすがに、これにはニードルスもジーナも突っ込むかな? などと思っていたのですが。


「解ります、その気持ち!」


「あたしも、スッゴく解ります!」


 あれ!?

 何か、2人とも超絶うなずいてるんですけれど!?


 聞けば、2人とも読みたい魔導書や魔導器をアルバートと同じ理由で見せて貰えてないらしい。


 マジですか!?

 もしかして、この事を知らなかったのって、わたしだけ!? ダメじゃん、わたし。かなり。だいぶ。


 そして、わたしの目指す召喚士の魔導書って、さらにハードル高い訳だからもっと読むの難しいのかしら!?


「ウロさん。我々には、一刻も早く進級する必要が出てきたと思うのですが?」


 真剣な表情で。でも、耳をヒコヒコさせながら言うニードルス。


「奇遇だね、ニードルスくん。わたしも今、それを考えてた所なの!」


 笑顔とサムズアップで答えたわたし。


「では、決まった。早速、試練の塔へ参ろうではないか!」


「行きましょう! 素敵な魔導器、あるかなあ??」


 アルバートの声に、ジーナが呼応する。

 それを合図に、わたしたちの心は決まった。


 かくして、わたしたち4人は立ち上がり、試練の塔目指して走り出す。


 後ろから、凶悪な視線のエセルが一定の距離でついてくるのがかなり怖かったのは内緒ですがなあ。

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