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第六十話 登校初日は不安でいっぱい 後編

 前回のあらすじ。


 わ、悪い予感がするのう……。


「皆さん、初めまして。

 このクラスを担当する事になりました、レティ・フランベルです。

 これから2年間、どうぞよろしく!」


 そう言って、レティさ……先生はニコリと微笑んだ。


 ぬう、何か可愛い。

 女性のわたしから見てもそう思うのだから、男性はひとたまりもないだろうなあ。

 現に、クラスの男子たちはレティ先生につられて微笑んでるし。一部女子も。


 だけれど、入試の時のだいぶダメなレティさんを知っているわたしとニードルスからすれば、彼女が担任になる事に不安しか抱かないのですがなあ。


 そんな、わたしたちの思いなど知るハズも無いレティ先生は、笑顔のまま話を続ける。


「えー、今日これからの予定ですが。

 まず、皆さんには本に魔力を注いでもらいます。それが済んだら、次は……」


 んん!?

 今、何て??


 一瞬、レティ先生が何て言ったのか解らなかった。

 クラス中が少しだけザワザワしてる感じからすると、みんなもそうなのかもしれない。


「ニードルスくん、今、何て聞こえた?」


「“本に魔力を注ぐ”とか何とか。良く聞き取れませんでした」


 わたしの問いに、ニードルスも小首をかしげている。


「先生。フランベル先生!」


 不意に、前の方の席から声が上がった。

 誰かが質問するらしいく、頭の間から挙げられた手が見える。


「ハイ、えー……と?」


 説明を中断したレティ先生は、1度は指を差したけれど名前が解らないのか困った顔になった。

 それを察してか、手の主はスックと立ち上がった。


 金髪縦巻きロールの、華奢な女性。立ち上がり方からして優雅で、いわゆるお嬢様みたいな感じだよ。

 後ろ姿だからお顔は解らないけれど、絶対に美人さんだと思う。たぶん。


「アレクシア・ブリームです、フランベル先生。

 本に魔力を注ぐとは、どう言う意味でしょうか?」


 恐らく、クラス中の疑問だろう事柄をアレクシアと名乗った少女が聞いてくれました。

 うむ、出来るお嬢様だ。学級委員長に推薦したい勢いです。


「……ああ、そこからですか」


 レティ先生は、綺麗な顔をしかめて呟いた。

 明らかに不機嫌な顔をしつつ、クラス中を見渡したレティ先生は、小さくため息を吐いてから話し始めた。


「皆さんはこれからの2年間、一人前の魔術師になるため様々な魔法を習う事になります。

 その過程で覚えた呪文は、これから配る『無名の魔導書』に書き込む事になります」


 そう言って、レティ先生は鞄から1本のスクロールを取り出した。

 それを教壇の上にスラリと広げると、その上に手をついて何やらブツブツと唱え始めた。


 レティ先生の手から、スクロールに魔力が流し込まれて行く。

 同時に、ゆっくりとだけれど、広げられたスクロールが魔法特有の柔らかな光を放ち始めた。

 やがて、光が目も眩むほどに強くなって消えると、後には、分厚い本の山とボロボロに崩れたスクロールが残されていた。


 突然、目の前で起こった衝撃的な出来事にクラス中がどよめいた。


「転移魔法ですね。スクロールに、あらかじめ呪文と必要な魔力を封じておいて開放時の魔力消費を……」


 クラスのみんなが転移魔法に驚いている最中、スクロールの解説を目を輝かせながらしているニードルス。……流石じゃよ。


「はいはい、静かにしてくださーい!」


 ざわめくクラスを牽制しつつ、レティ先生は、鞄から白い手袋を取り出して身に付けると、本の山から1冊を手に取って掲げた。


「これが、『無名の魔導書』です。

 この本は、魔力を吸収する素材で作られています。皆さんの学生証と同じですね。

 これから皆さんには、この本に自分の魔力を注ぎ、自分だけの魔導書を作ってもらいます!」


 レティ先生の説明によると、『無名の魔導書』なる本は、学生証と同じで魔力を吸収する素材で作られているらしい。

 本に魔力を一定量注ぎ込むと、注いだ本人の魔力に反応する魔導書が出来上がる。


 出来上がった魔導書には、魔力を注いだ本人以外の書き込みが出来なくなる。

 また、本人の魔力に対応した仕掛けが施せる様になっているらしく、鍵をかけたり、書き込んだ文字を見えなくしたりも出来るのだとか。


 更に高度な設定によっては、本人の死亡時に本も消滅する様にも出来るんだって! 何その黒歴史抹消機能!?


「と言う訳で、順番に取りに来てください!」


 レティ先生の声に、前の席から順番に本の受け渡しが始まった。

 わたしとニードルスは最後の方だったけれど。


 渡された本は、A4サイズ大の、辞書みたいな厚みのある物だった。

 手にするとズシリと重い。

 でも、重さよりも本に触れた瞬間に感じた“魔力を吸われてる感覚”の方が気になったりしたけれど。


 革の装丁のされた本は、一見すると、どこにでも有る様な古書に見えた。

 中のページは、画用紙を薄くした様な手触りの紙で、思ったよりも白くて滑らかだ。


「皆さん、本は受け取りましたね?

 それでは、本に魔力を注いで下さい。一杯になれば、本は魔力を受け付けなくなりますから。それまで頑張ってください!」


 レティ先生の言葉で、わたしたちは一斉に本に魔力をを注ぎ始める。

 注ぐと言っても、単純に本を持つ手に魔力を集中させるだけで、本が勝手に魔力を吸い取ってくれるのだけれど。


 程なくして、本は魔力を受け付けなくなった。使ったMPは、10ポイントくらいかな?


 博学のスキルで見てみると、アイテムの名前が『無名の魔導書』ではなくって『ウロの魔導書』になっていてビビッた!

 慌てて隣のニードルスの魔導書を見てみると、やっぱり『ニードルスの魔導書』となっている。


 どうやら、吸収した魔力の持ち主の名前になるみたいだよ。

 て事は、図書室にある魔導書にも1つ1つ名前が付いてるのかな?


 もしかしたら、これを利用して貴重な魔導書探しが出来るかも!? などと。


 みんなの魔力注入が終わったのか、クラスがザワザワと騒がしくなり始めた。

 様子を見ていた、レティ先生は、パンパンと手を叩いてそれをいさめる。


「皆さん、出来ましたね?

 それでは、本の使い方の説明をします。

 この本に文字を書き込む時には、ペンに軽く魔力を送る感じで書いてください!」


 再び、レティ先生の説明によると、出来上がった魔導書には、魔力を注いだ者しか書き込む事が出来なくなっているらしい。

 書き込む際にはインクは必要とせずに、ペンに魔力を送りながら書く事で魔力を文字に変えて本に刻み込む形になるみたいだった。


 また、書き込まれた文字は魔力によって消す事が可能。

 消す事を念じながら、魔力を帯びた指先で文字を撫でるだけで消す事が出来る。


「これが、魔導書の基本的な使い方になります。

 その他にも、本が開けない様に鍵をかけたり、誰にも読まれない様に文字を消したり。なんて事も出来ますが、今は必要無いでしょう。

 それらの術が必要になるくらい沢山の事を、この学院で学んでくださいね?」


 そう言って、レティ先生はニッコリ微笑んだ。


「……良い先生ですね」


「……そだね」


 ニードルスの呟きに、わたしは小さくうなずいた。

 悪い予感とか、気のせいだったかな?


「ちなみに、この魔導書を紛失した場合は再発行になります。その際の費用は、1冊につき金貨300枚なので皆さん無くさない様に気をつけてくださいね!」


 レティ先生の言葉に、クラス中が一瞬だけ固まった。

 恐らく、みんな同じ事を考えたと思う。

 “こ、この本って、そんなに高いの!?” って。


「それと……」


 今だ、硬直から回復していないわたしたちに、レティ先生の言葉が続く。


「それと、皆さんが書き写した図書室の書物や授業中にとったメモ。

 それらは当学院の外へ持ち出す事は禁じられています。ですから、それらは卒業と同時に処分されますのであしからず!」


 ……ああ、恐るべし知的財産気味なそれ。


 あんなに苦労して書き写したり、人によってはお金をかけたりしたのに。


 硬直から絶句、そして、どんよりとした空気の中、燦然と輝くレティ先生の笑顔が眩しいったらないよ。


「それじゃあ、次に行きますね!」


 回復する間も無く、レティ先生の説明は続きます。


「これから皆さんには、4人1組の班を作ってもらいます。

 この班は、これからの2年間、実習などを一緒に行って貰うチームになりますのでそのつもりで。

 それが出来たら、各班のメンバーを紙に書き出して教壇の上に提出して、今日は解散です!」


 そう言うと、レティ先生は鞄を抱えて出て行ってしまった。


 先生が去った事と“好きな者と班を作る”事で、沈んでいたクラスが一気な活気を取り戻した。


 知り合い同士で入学している者が多いのか、あちこちで仲良しグループが次々と出来上がって行く。


 見た感じだと、貴族は貴族同士で。魔術師の子は魔術師の子同士で。みたいな。


 そして、当然の様にあぶれるわたしとニードルスですがどうしましょう?


「……班だって」


「この展開は盲点でしたね」


 わたしの言葉に、ニードルスがため息混じりに答えた。


 孤独なエルフに、知り合いなんていない。先生たち以外。

 異世界出身のわたしは尚更だよ。


 でも、20人のクラスで4人1組なら、必ず5組出来るハズ。


 と言う訳で、何人かに声をかけてみたりしたのですが……。


 ぬう。

 まさか、ここに来て身分の差が立ちはだかろうとは。


 この学院に来ている、ほとんどの者が貴族だったり。

 平民のわたしやニードルスでは、相手にもしてもらえない不具合です。


 同じ様に、図書室で写本をしていて顔見知りになった魔術師の子たちにも声をかけようとか思ったのだけれど、彼らは彼らだけで、既に班が出来ちゃってるし。ぐぬぬ。


「どうしましょうか、ウロさん?」


「いっその事、レプスくんとゴーレムちゃんで……」


 ニードルスにスッゴく睨まれたので自重します。


 でも、本気でどうしよう?

 誰があぶれてるのか、全然解らないよ? ……などと考えていましたら。


「君たち、まだ班は決まっていないのかい?」


 背後から、やたら爽やかな声が飛んできてビビッた。

 もちろん、この声の主って……。


「あ、アルバートさん?」


 やっぱり、アルバートだった。

 てゆーか、同じクラスだったのね。全く気づかなかったよ。


「あなたは、貴族ではないのですか? アルバート殿」


「確かに、私は貴族だが。あまり位が高くないのでね」


 ニードルスの言葉に、アルバートは肩をすくめる。


 むう。

 貴族だからって、あの華やかな輪の中には入って行けないのかなあ。解らないけれど。


「と言う訳で、私もまだ班が決まっていないんだ。

 良ければ、君たちの仲間に加えてはくれないかな?」


 そう言って、アルバートは優雅に一礼して見せた。


「しかし、よろしいのですか?

 ご覧の通り、私たちは平民ですよ?」


「ハハハ、それは関係無い。

 貴族ではあるが、家は兄たちが守ってくれるだろう。

 8番目の兄は、吟遊詩人になる! とか言って家を出たし、10番目の弟は、冒険者になる! と言って街道場に寝泊まりしているよ」


 ニードルスに答えて、アルバートが両手を広げてヤレヤレと言った表情になった。


 ……それで自分は、魔術師志望。って、アルバートって10人兄弟の9男!?

 どんだけ子沢山な家なのよ。でも、そこまで行くと、家督争いなんて関係無いのかな?


「どうしますか、ウロさん?」


「どうするって、断る理由なんて無いでしょ?」


「良し、決まりだ。2人ともよろしく!」


 そんなこんなで、アルバートが仲間に加わりました。


「さて、あと1人だな。誰かいないのかな?」


 フムと腕組みしつつ、キャッキャ感溢れる人混みを見詰めるアルバート。


「……あの」


 !?


 背後から、やけにか細い声が聞こえて来た。

 慌てて振り返った先には、1人の少女の姿があった。


 わたしより、頭1つ分くらい小さな女の子。

 女の子と言ったのは、見た目が中学生みたいだったからだけれど。


 青と緑の中間みたいな色の髪を肩口まで伸ばし、それを後ろでポニーテールにしている。

 幼さの残る顔は、綺麗よりも可愛いと言った方が良いと思えた。

 華奢で薄い身体が、なぜだか親近感を覚える不思議だ。


「これはこれは。気がつかず、レディに失礼を。

 私はアルバート・ローウェル。お名前を伺ってもよろしいですかな?」


 そう言って、少女の目線に下がるアルバート。

 ……なんか、わたしの時と対応がだいぶ違うんですけれど?


「は、ハイ。

 あ、あたし、ジーナ・ティモシーです。よ、よろしくお願いします!」


 ジーナと名乗った少女は、制服のスカート部分を摘み、ぎこちない動きで挨拶した。


 ……ん?

 ティモシーって。


「あの、貴女のティモシーって、ティモシー商会の?」


「ハイ、ティモシー商会は叔父の商会です!」


 わたしの問いに、ジーナは嬉々として答えた。


 おおう、まさかの豪商一族の娘じゃよ。

 あ、もしかしたら、ティモシー商会の商品を安く買える様になるかも? ムフフフ。


「ニードルス・スレイルです、ティモシーさん。

 しかし、大商会のお嬢様が何故、魔法学院なのですか?」


 挨拶ついでに、好奇心全開の質問をするニードルス。

 恐るべしだわよ。


「じ、ジーナって呼んでください。

 あたし、魔導器を扱う商人になりたいんです。その為に、魔導器の事が解る様になりたいんです。だから……」


 少し恥ずかしそうに、だけれど、熱く語るジーナ。

 そう言うの、好きです。おねいさんは応援しますよ?


「ウロです。よろしくね、ジーナさん」


「よろしくお願いします、ウロさん。

 あたし、ウロさんを図書室で見かけました。まさか、女の人だったなんて。

 でも、あたしは平気ですよ?」


「え? あ、は、ハイ。あ、ありがとう?」


 ……ちょっと、何を言ってるか解らないのだけれど。

 と、とにかく、これでわたしたちの班が結成されたのですよ!

 貴族の9男、豪商の娘、孤独なエルフに美少女召喚士。……などと。


 お昼を告げる鐘が鳴り、クラス中がガタガタと動き始めた。


「それじゃあ、メンバーを書き出して帰りましょうか!」


「そうだな、ちょうど昼だ。皆で昼食も良いだろう」


「そうですね。ここはあまり空気が良くありませんし」


「みんなでお昼しましょう!」


 わたしの言葉に、みんなが賛同してくれた。

 適当な紙に、メンバーの名前を書いてっと。


 教壇に提出して、いざ、帰ろうとした時。ドアの前でみんなが騒いでいるのに気がついた。


 ドアが開かない!


 正確には、ドアの開け方が解らない!


 一般棟にある各部屋は、図書室などの特別室を除いては基本的に無人である。


 特別室は、部屋の管理者がいて入退室を管理してくれていたり。


 だけれど、この教室にはそんな人いない!


 各部屋は、情報の流出防止のために開け方が決められてるとかなんとか。


 ……もしかして、レティ先生ってば説明を忘れて帰った!?


 ……はい、その通りでした。


 みんなで試行錯誤するけれど、誰もドアを開ける事が出来ませんでした。


 ニードルスはともかく、他の生徒の手前、ゴーレムちゃんを召喚してドアを破る訳にもいかないし。


「ごめんなさーい。扉の開け方、説明するの忘れてましたー!」


 そう言って、照れ笑いしながらレティ先生がドアを開けたのは、それから4時間近くも後の事だった。


 この時、クラス全員がレティ先生のダメっぷりを痛感した瞬間でありました。


 そして、身分を超えてクラスが団結した瞬間でもあったのでした。かなりイヤな連帯感だったけれどね。

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