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第五十八話 魔導学徒の基礎はまず徹夜から

 新生活応援フェア開催! ……希望。ウロです。主にわたしたちが応援される方向で。わたしだけでも可。などと。


 入学手続きをした日から3日。

 わたしとニードルスは、既に勝手に寮生活に突入してたりです。


 入寮には『入寮許可』が必要だったりしますが、それは荷馬車を使った引っ越しの際には必要だけれど、身1つの場合は平気との事だったので。つい。


 寮生活と言っても、そのほとんどの時間を図書室での魔導書の写本に費やして、食堂でご飯、それぞれの寮で寝る。みたいな。


 ……もっと言うと、寮にはお風呂入りに行ってるだけだったり。寝るのは図書室で、気がついたら寝てる気味です。

 徹夜でレポート書いてた、あの頃を思い出したりしましたさ。ものスゴくコーヒー飲みたい!


 さて、この日、学院からわたしたちの元に入寮許可の案内が届きました。


 これで、思うさま荷馬車を使った引っ越しが出来ます! ……なのだけれど。


 案内によると、今日か明日中に引っ越しを完了せよ! とか書いてあったりするのですがどうでしょう?


 何それ!?

 かなりバタバタじゃね??


 なんて思ったりもしましたが、引っ越し荷物を満載した荷馬車の混雑ぶりを見るに仕方ない気もしたりです。


 男子寮は解りませんが、お嬢様の揃う女子寮に至っては、やたら荷物が多くって、もはや戦場の様な有り様ですよ。


 そうは言っても、何もいらないって訳にはまいりません!


 備え付けに簡素なベッドやテーブルはあったけれど、それだけではイロイロ足りません。


 勉強のための机や椅子に、レポートやあるなら参考書などを置く本棚。卓上でも使えるランタンやロウソク、燭台。

 あと、せっかくキッチンがあるのだから簡単な食器やお茶のアレコレ。そんな感じ。


 とにかく、お買い物です!


「ニードルスくん、わたし、お買い物してくるね。家具とか少し欲しいから」


「待ってください。私も行きます!」


 わたしの言葉に、引っ越し案内を睨んでいたニードルスもガタガタと立ち上がった。


「えっ、行くの!? ニードルスくんの事だから、そんなの無駄だ。とか言うと思ったのに」


「私だって、家具は必要です。ベッドとテーブルしか無くては、何も出来ませんからね」


 ほほう、男子寮も基本的な設えは同じだったみたい。

 ……ん? でも。


「ニードルスくんてば、自宅があるじゃん? 必要な物、持ってくれば良いんじゃないの?」


 わたしがそう言うと、ニードルスは足をピタッと止めた。

 そのまま、少しだけ宙を見つめていたけれど、すぐにブンブンと首を振った。


「……ダメです。新しく購入した方が効率的でしょう」


「……あい」


 どうやら、自宅の惨状と照らし合わせたみたい。

 必要な物を掘り出すより、買った方が早いとか思ったのかな?


 と言う訳で、わたしたちは商業区までやって参りました。

 徹夜明けのわたしには、真昼の太陽光は殺人的だったりです。眼球が破裂しそうだよ。


 それはそうと、商業区に溢れる家具や調度品は、ちょっとした花瓶でもアンティークな雰囲気全開だったり。

 そんな工芸品の数々、見て歩くだけでもワクワクが止まらない!!


 うひょーっとばかりに目をキョロキョロさせつつ、心踊らせていたわたしを見て、ニードルスがため息を吐いた。


「……何してるんです? 早く行きますよ!」


「ぬ? 行くってどこへ?」


「ティモシー商会に決まってるでしょう!

 個別に買い物して、運搬はどうするつもりなんですか? 1ヶ所で揃えてしまえば、荷馬車も1台で済むでしょう?」


 む、むう。

 確かにそうだ。


 荷物1つに馬車1台とか、ダメ過ぎる。

 頑張れば、わたしの鞄には入りそうだけれど、それやっちゃうと説明が面倒だと思う。主にニードルスに。


「……そだね」


 わたしは、渋々だけれどニードルスを追って歩き出した。


 商業区でも、有数の豪商であるティモシー商会。

 靴のヒモから魔導器まで、何でも揃う! と言う謳い文句を信じつつ、敏腕番頭のトレビスさんに欲しい家具一式をお願いする事にしてみました。


「やあ、ウロにニードルス。魔法学院に入学したんだって?」


 忙しそうに、台帳らしき物にペンを走らせていたトレビスさんだったけれど、わたしたちの姿を見てその手を止めてくれた。


「こんにちは、トレビスさん。良くご存知ですね?」


「ハハハッ。耳は良い方だからな! それで、今日はどんなご用だい?」


 そう言いながら、カウンターに身を乗り出すトレビスさん。

 耳が良いって、こんな情報、誰から聞くのよ!?


 少しだけ戸惑ったりしたけれど、気を取り直して続けます。


「えと、わたしとニードルスくんの2人とも、魔法学院の寮に入るのですが、机とかの家具が欲しいのです!」


「よしきた! ……オホンッ。欲しい物をおっしゃってください。すぐにご用意致しますよ?」


 知り合いからお客さまになったため、口調が変わったトレビスさん。

 わたしとニードルスは、トレビスさんに欲しい物を注げていきます。


 わたしたちの要望をメモしていたトレビスさんは、少しだけ怪訝な表情をしつつ口を開いた。


「……納品が今日か明日なんて、急過ぎて品を選べなくなりますよ? それと、ここにはベッドやテーブルなどが無い様ですが?」


「荷馬車の乗り入れが、今日か明日しかダメなんです。それに、ベッドもテーブルも初めからあったので……」


「アレをそのまま使うのか!? ……おっと、お2人は貴族ではございませんから。無理にご購入なさらなくても良いとは思いますが……」


 やれやれと言った表情になったトレビスさんは、小さめのため息を吐いた。


 むう。

 やっぱり、全取り替えが基本みたい。

 特に、お嬢様には天蓋付きのベッドやドワーフの匠による細工の施された豪奢なテーブルなんかが人気なんだって。いいなあ。


 まあ、お金を出せば手に入るのですけれど。

 ただし、納品に1ヶ月以上かかるみたいだし。

 それなら、別に急ぐ必要はないかな?

 それに、1年後には上の階へと移動になるし。荷物は少ない方が良いと思いますよ。


 そんな感じに、次々とアイテムを揃えていきます。

 デザインよりも即日納品可な物を選んで。ぐぬぬ。


 それでも、1つ1つが手造りで素敵だったりするのが救いですよ。


「それでは、ご注文を承りました。在庫はございますから、すぐにでも納品できますが?」


 トレビスさんの言葉に、わたしはニードルスに視線を送る。

 ニードルスは、わたしの視線に気づいてコクリとうなずいた。


「はい、すぐにお願いします!」


「かしこまりました。積み込みに少々のお時間を賜りたいと存じます。丁度お昼ですし、お食事などなさって来てはいかがでしょうか?

 お済みになる頃には、荷造りも完了しておりますので」


「はい。それでお願い……」


「いえ、直接、学院までお願いします。私たちは、まだやる事が残ってますので」


 わたしの答えを遮って、ニードルスが答える。


「かしこまりました。それでは、お取り次ぎの手配をお願いいたします」


 トレビスさんは、特に表情を変える事も無くそう答えた。


 店を出たわたしは、早足で歩くニードルスに小走りで駆け寄った。


「どうしたの、ニードルスくん?」


「どうもしませんよ。私たちには、あまり時間がありません。

 それに、納品なら学院で待っていた方が良いでしょう?」


 ……まあ、そうなんだけれど。

 久し振りの外出なのに。

 市場でのランチがあ。などと。


 足早に学院へと戻ったわたしたちは、食堂で軽く昼食を済ませると、それぞれの寮長と図書室の司書の先生に荷馬車の件を伝えた。

 これで、わたしたち宛の荷馬車が来れば取り次いでもらえると思う。たぶん。


 実際、荷馬車到着の報せを受けたのは、それから2時間後の事だった。


 呼ばれたのはわたしだけ。

 荷物が少なかったから、1台で足りたのだろう。


 急いで、寮の1階へと向かう。


「うおう!」


 思わず声が出た。


 1階は、いわゆる駐車場になっている。

 白線などの区切りは無いけれど、馬を繋ぐポールが等間隔に建っている。


 優に、20台は入れるくらいの広さがあるだろうか。

 そのほとんどが、既に馬車で埋まっている。

 それでもまだ、裏門に続く道には馬車が列を作っていたりします。何人分ですか!?


 駐車場とは別に、階段付近には何もないスペースが広く取られている。

 ここが、荷捌き場だろう。

 わたしが荷捌き場の前まで来ると、わたしの姿を見つけたトレビスさんが笑顔で近寄って来た。


 トレビスさんは、わたしの前で軽くお辞儀をすると笑顔のままで口を開いた。


「この度は、ティモシー商会をご利用くださいまして誠にありがとうございます。

 ご注文の品をお届けに参りました!」


「あ、は、はい。それでは、部屋へお願いします」


 お客様対応が、何だか気味が悪く感じたりですが。


 わたしが答えると、トレビスさんが合図する。同時に従業員が2名、機敏な動きで荷物を運び始めた。


 わたしも、馬車から運べそうな荷物を手に取ろう近づいた瞬間、わたしと馬車の間にトレビスさんが滑り込んで来てビビッた。


「うわっ!?」


 ビックリするわたしとは対照的に、笑顔を崩さないトレビスさんが口を開く。


「お嬢様、お荷物は私どもが責任を持ってお部屋まで運ばせて頂きます。お嬢様はどうぞ、お部屋でお待ちください!」


「……は、はい」


 やばい、目が笑ってないよ!

 察するに、他の店や貴族の目がある中で客が手を出してくれるな! って感じだろうか。


 なので、その後は大人しく部屋の隅っこで膝を抱えてゆらゆら揺れてみました。

 トレビスさんは苦笑していたけれど、他の従業員たちは明らかに異様な物を見る目だった不具合です。


 かくして、わたしの部屋はティモシー商会の皆様の手によって整えられて行きました。


 床には絨毯が敷かれ、テーブルには椅子が4脚配置。

 購入した棚には、食器類が納められ、そのかたわらには、ティーポットとカップが4ピース。


 寝室兼自室には、勉強用の机と椅子。

 机は、3つも引き出しがある優れ物ですよ!


 そのすぐ隣には、小さめの本棚が置かれました。まだ、1冊も本は無いけれど。

 ランタンやロウソクなんかは、取り合えずクローゼットにしまってもらいました。


「ありがとうございます。だいぶ素敵になりました!」


「お気に召して、何よりです。それでは……」


 トレビスさんが、ニッコリ微笑んだ。わたしもニッコリ微笑み返す。


「いえ、そうではなく……」


 はい、お支払ですね。解ってました。


「おいくらですか?」


「確か、ニードルス様の分もご一緒でしたね? 合計で金貨48枚と銀貨9枚になります」


 盟約により、入学に関するニードルスの費用もわたし持ちなのよね。だから、これもわたしが支払います。

 そして、わたしは銀貨を持って無い不具合。

 大盤振る舞いする訳ではないけれど、イロイロお世話になってるし。これからもなるし。


「じゃあ、これ。金貨50枚です。これからも、イロイロとよろしくお願いします!」


 わたしが金貨を支払うと、トレビスさんは、一瞬だけ驚いた様な表情をしてから笑顔に戻った。


「これはこれは。では、ありがたく頂戴致します。

 それでは、今後ともティモシー商会をよろしくお願いいたします」


 トレビスさんは、金貨を丁寧に数えてから鞄にしまうと、いつの間にかかたずけ終わった従業員と共に去って行きました。


 急いで図書室に戻ったわたしは、ニードルスに報告します。


「ニードルスくん、わたしの方は終わったよ」


「……ずいぶんと時間がかかりましたね」


 そうかな?

 大体、1時間くらいだと思うけれど。


「とにかく、次はニードルスくんの番ね。支払いは済んでるから、受け取るだけだよ」


「あ、ありがとうございます。助かります、ウロさん」


「いえいえ、どういたしまして!」


 フォフォフォ。

 スポンサー様を敬うが良いぞ! なんて思ったのはナイショだけれど。


 ちなみに、ニードルスが引っ越しを完了させたのは、わたしよりも2時間以上もの時間をかけての事でした。


 それからしばらく、特別な事も無いままに写本の日々が続きました。


 だって、授業が始まってから慌てたり、あるいは混む図書室で教科書の争奪戦するのイヤなんだもん。


 今なら、ライバルは写本屋さんか下級貴族や魔術師の家の子だけなので、割りと仲良く出来てたりですよ。


 やたら頑張った結果、入学式を翌日に迎えた日の夜には、腕が上がらないくらいになってましたけれどね。

 でも、お陰で通常だと写本屋さんを雇わない場合、初回の授業とその次の分くらいを写本するらしいのですが、わたしとニードルスは1年生の授業分はほぼ、終了していたりしましたよ。地味作業大好物。


 ……そして翌日。


 ついに、制服に袖を通す日がやって来たのです。


 いつになく騒がしい廊下に、何だか落ち着かないフワフワしたものを感じたりして。


 部屋を出れば、そこには、真新しい制服姿の新入生が溢れていました。


 わたしもその中に混じって、入学式の行われる講堂を目指します。

 講堂と言っても、特別な授業の時に使われるらしいから、講義室とかの方が正しいのかも知れないけれど。講堂で良し。


 いくつもの長椅子が並ぶ講堂は、既に多くの生徒が座りはじめている。

 特に順番は無いみたいだけれど、2年生と思われる生徒たちの指導に従って着席していくのが解った。


「ウロさん!」


 不意に、後ろから名前を呼ばれた。ニードルスだ。


 だけれど、振り返ったそこにはいつものくたびれたローブ姿のエルフはいなかった。


 トレンチコートみたいなシルエットの、黒い制服がシャープな印象を与えている。

 細身のニードルスに良く似合ってると思うし、贔屓目に見てもわたしの中のエルフな雰囲気にピッタリだった。


「カッコイイじゃん、ニードルスくん!」


 わたしの言葉に、ニードルスは笑顔と困惑の中間みたいな表情になった。


「う」


 う?


 うつむいて、何やら唸るニードルス。写本疲れか?


「ウロさんもか……」


「只今から、新入生入学式を始めます!」


 ニードルスが何かを言いかけた瞬間、まるでスピーカー音の様な声が構内に響いた。


「始まっちゃう! 早く座ろう、ニードルスくん」


「えっ? は、はい」


 わたしは、近くの空いてる席に腰を下ろしてニードルスに手招きした。

 何やら苦悶の表情を浮かべたニードルスが、わたしの隣にドスッと腰を下ろす。人酔い?


「学院長挨拶!」


 再び、スピーカー音の様な声が響いて、それに合わせて壇上に1人の老魔術師が現れた。


 白髪を長く伸ばし、後ろへと流している。同じ様に伸ばした髭は、お腹まで届きそうな程に長い。

 暗い紫色のローブに身を包んだ、いかにも魔術師然とした姿。


「新入生諸君、入学おめでとう。学長のラジウス・ダルコです」


 シンとした構内に、老人とは思えない朗々とした声が響いた。


 うわーっ、カッコイイ!

 渋ーい!!


 ……なんて思ってたのは最初だけでした。

 世界は違っても、入学式は大体同じみたいだよ。

 長くて難しい話しは、わたしから意識を簡単に奪って行きましたグウ。


 ニードルスにゆり起こされた時には、学長のお話は終了間際だった。

 ハッとして辺りを伺うと、なんか、大体の生徒が船を漕いでいる有り様です。

 てゆーか、ニードルスもアクビを噛み殺してるし。


 やっぱり、あらゆり世界の校長先生のお話はスリープ系の魔法だと思う。


 程なく、学長のお話は終了。

 続いて、生徒会長の話しとなりました。


 この世界でも、生徒会なんて概念があるんだなあ。とか驚いていたら、壇上に立った生徒会長の姿に更に驚いた。


 ピンクと金の色の髪に知的なメガネ。

 わたしの制服を見てくれたシュティーナ・リンドホルムさんその人だった。


 委員長みたいな人だと思ったら、生徒会長でした!


 アチコチから、素敵とか綺麗なんて声が漏れている。

 やっぱり、正統派美人って良いよね! 見習いたい。あやかりたい。


 お話は、学生生活についての注意や心構え。これからの予定などの案内でした。

 至って普通。いや、普通で良いのだけれど。


 やがて、入学式が粛々と終了すると、新入生だけが講堂に残された。


 今年の新入生は80名。

 これを、20人ずつ4クラスに分けるらしい。


 こうして、わたしは正式に魔法学院の生徒となったのでした。

 何だか、やけに大変だった気がするのだけれど。

 まだ、授業も始まってないのに疲労感が半端ないのはなんでなんだぜ!? などと。

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