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第五十五話 お受験! 後編

 前回のあらすじ


 受験の手続きをしに行ったハズなのに、その日の内に入学試験をさせられるでゴザル!


 バタンッと言う音をたてて、勢い良く扉が閉まった。


「何だか、変わった部屋ですね」


 ニードルスが、部屋の中を見回しながら呟いた。


 待つように言われた部屋は、縦に長い、少し変わった感じのする場所だった。


 天井から、部屋全体を魔法の灯りが照らしているため暗くはないのだけれど、窓が無いせいか、1階だと言うのに地下にいるみたいだった。


 テーブルは無く、左右の壁に沿う感じで椅子が取り付けてあった。これで吊革や手すりがあったなら、まるで電車みたいだったかも知れない。


「……どこか、座る?」


「……そうですね。ずっと立っている理由はありませんし」


 わたしとニードルスは、右側の椅子に並んで腰を下ろした。別に、右側に意味なんて無いのだけれど。


 腰を下ろすと、ますます電車の中みたいで、急に懐かしくなってみたり。


 自然と、自分の手元に視線が落ちた。当たり前だけれど、そこには本も携帯も無い。


 わたしは、電車の中では本を読む事が多かった。

 そう言えば、この世界に来てから本なんてほとんど読んでないなあ。


 この世界、紙はあるけれど本はあまり普及していない。

 単純に識字率が低いのと、本自体が高価なせいなのだけれど。


 安い本でも、金貨数枚はしてしまうから庶民では手が出ない。

 保存魔法のかかった、貴重な本なら尚更だ。


 印刷技術なんて無いみたいだから、1冊1冊、全部手書きなのだろうしね。

 図書館を利用するにも、保険として金貨5枚を受付に預けないといけないほどだし。もちろん、貸出し不可だよ。


 そんな高価な物を、部屋が埋まるほど買い集めているニードルスは、やっぱりどこかおかしいのかも知れない。

 てゆーか、その本を全部売れば入学資金問題なんて即行で解決なんじゃね?


 とか思って、以前に聞いてみたところ……。


「せっかく手に入れた知識を売り渡すなんて、出来る訳がないじゃないですか!?」


 ってキレられたりしました。買うのは良いのにね。むう。


 おお、そうじゃ!

 今度、あの本の山から面白そうなのをうば……借りてくれば良いんじゃね? などと。ぐふふ。


「ウロさん!」


「うおっ!?」


 邪悪な事を考えてたら、急に声をかけられてビビッた。


「な、なあに、ニードルスくん?」


 平静を装いつつ、改めて返事をする。考えを見透かされてないよね?


 横目でニードルスの様子を伺うけれど、ニードルスは下を向いてジッと床を見たままだった。


 なんだろう? と思うと同時に何かいるの!? と、わたしも床を凝視してみたり。別に何もいなかったけれど。


 何もいないじゃん! と思うと同時に、今度は、ニードルスにしか見えない何かがいるんじゃないか疑惑が浮かんできたりして。


 ああ、ニードルス。急にイロイロ起こったせいで壊れちゃった!? などと。


「……その、ありがとうございます」


「ふあっ!?」


 唐突なお礼に、また、変な声が出ちゃった。


「ど、どしたの、急に?」


「いえ、ちゃんとお礼を言ってなかったと思いまして」


 そう言って、ニードルスはわたしの方に向き直った。

 眉間にシワを寄せて、やたら難しい顔をしている。

 お礼を言うのに、何でそんな顔してるの!?


「私がここに、こうしていられるのはウロさんのお陰です。

 あの日、錬金術ギルドで貴女に会えていなかったら、私はまだ、古くなった錬金台の前で春を恨んでいたに違いありません!」


 今にも泣き出しそうな表情で、独り言の様にボソボソと話すニードルス。

 なんか、ちょっと怖いよ?


「それだけではありません。

 ゴーレムを造る願いが叶ったり、偉大な魔法使いへの弟子入りも導いてくれました!」


 下を向いて、でも、だんだんと語気の上がるニードルス。


 ぬう。

 ゴーレムちゃんは、ギブアンドテイクみたいな物だし。マーシュさんへの弟子入りは、他に選択肢が無かったからだし。ひどい目にもあったしね。


「こ、こちらこそありがとう、ニードルスくん。わたしも、ニードルスくんのお陰でイロイロ助かったんだよ!」


 そう言って、わたしはニードルスの肩をポンッと叩いた。


 その瞬間、ニードルスの身体がビクッと跳ねた。


「うおっ!?」


 同時に、両方の肩をガシッと掴まれる。やけに手が熱くなってるみたいで、薄手の上着を通しても、それがハッキリと解った。


「に、ニードルスくん!?」


「ウロさん、僕は、僕は……」


 やべっ、一人称が〝僕〟になってる!

 それに、やたらと目が潤んでる。


 ニードルスの口は、何かを言いた気だけれど言葉にならずにモニャモニャと変な動きをしている。


 ぬぬぬ!

 身の危険を感じたわたしは、ニードルスから離れようとするのだけれど、あの細い腕からは想像もつかない力で掴まれていて振りほどけない!


「ちょっ、お、落ち着いてニードルス!」


「ぼ、僕は、僕は……」


 バーンッ


 その瞬間、扉が物凄い音をたてて開いた。

 両手に荷物を抱えたレティさんが扉を蹴り開けたみたいだよ。


 同時に、飛び上がりそうなほど驚いたっぽいニードルスの拘束が無くなり、身をよじっていたわたしは、勢い余って椅子から転げ落ちた。


「お待たせしました! ……て、なんで床で寝てるんですか?」


 不思議そうにわたしを見詰めるレティさん。


「と、扉が爆発したかと思って転んだんです!」


 起き上がりながら、わたしが抗議の声を挙げると、レティさんは軽く目をそらした。


「で、では、試験を始めます。会場に移動しましょう!」


 そう言って、部屋を出て行くレティさん。


 わたしは、やれやれと立ち上がった。

 視界には、下を向いて小刻みに震えるニードルスの姿があった。表情は解らないけれど、耳が真っ赤になっている。


「行こう、ニードルスくん」


「……取り乱してしまいました。申し訳ありません」


 震える声で、ニードルスが呟いた。


 わたしは、ニードルスの頭をペシッと叩いた。


「試験前から精神力削って、どうするの?

 お礼なんて、お互い様でしょ? それより、一緒に受かって入学するんだから。

 さあ、行くよ。相棒!」


「……はい!」


 わたしの後ろで、ニードルスが気合いを入れるのが解った。


 わたしも、気合い十分だよ。

 そんな気持ちで部屋を出ると、廊下で荷物をばらまいているレティさんの姿があったりした。


 試験会場は、長い廊下の突き当たりにある部屋だった。


 講堂を思わせる斜行のついた段々の長机が、円を描く様に最下正面を向いている。


 正面には、黒板を思わせる大きな石板と、チョークみたいな白くて細長い石が何本もあった。


「さあ、前の席に離れて座って!」


 レティさんに促されて、わたしとニードルスは距離を開けて着席する。


 わたしとニードルスが着席したのを確認して、レティさんは小さくうなずいてから口を開いた。


「それでは、これから試験を始めます。

 まずは〝読み〟です。

 これから配る文書を、順番に読んでもらいます。特に難しい事は無いでしょう。

 受け取ったら、裏返して伏せて置いてください!」


 そう言うと、レティさんは1枚の紙をわたしとニードルスにそれぞれ配った。

 中身が気になったけれど、言われるままに机に伏せて置く。


 先に読む事になったのはニードルスだった。


 冷静に戻ったニードルスが、半紙程度の文書に怯えるハズも無く難なくクリア! 内容は、魔術師の禁則事項に関する物だったみたい。街中で無闇に魔法を使っちゃいけません! 的な。


「では、ウロさん!」


「はい!」


 今度はわたしの番だよ。


 文書を手に、朗々と読み上げる。


「最終通告。レティ・フランベル殿。


 貴殿の研究室より、ゴミが廊下に溢れている件について。

 学院管理局の再三の通告にも関わらず、一向に好転の兆しも無く、学生、教員からの苦情も後をたたない状態が続いています。

 今月末までに、この事態が解決しない場合、学院規則に則り、貴殿の研究室使用の停止と教員資格の剥奪を視野に入れた審問を行うので……」


「ぎゃー!! それ違います!!」


 突然、絶叫したレティさんは、わたしから文書を引ったくって懐にしまい込んだ。


 ……え、えと。

 レティさんは、片付けられない系女子なのかしら?


 しばしの沈黙。んで。


「そ、それでは、次は〝書き〟を行います。

 私が文書を読み上げますから、それを書き記してください!」


 そう言いつつ、レティさんはインク壺と羽ペン、何枚かの紙を配ってくれた。

 てゆーか、誤魔化せてないからね? でも、スルーは優しさのカタチ。


「それでは始めます!」


 わたしたちの用意が出来たのを確認して、レティさんは本を開く。


 読み上げているのは、いわゆる騎士と令嬢の物語だった。


 遊歴の騎士に恋をした伯爵令嬢。しかし、その人は敵国の英雄であり、その恋は、決して祝福されない。的な。


 ううむ。

 これ、課題って言うかレティさんの趣味なんじゃないのかな?


 それは良いのだけれど、読み上げるスピードがやけに遅い!


 まあ、お陰でメモしやすくて良いのだけれど。


「……ふう。やっぱり良いですね。

 さて、そこまでです。書いた紙に名前を書いて、提出してください」


 書き取りをした紙の上部に名前を書いて、提出。名前が無いと0点なのかな?


「次は、〝算術〟を行います。まあ、計算ですね。

 私が石板に問題を書きますから、書き写して計算してください。

 トークンか計算機はお持ちですか? 無ければ、お貸ししますよ?」


「あ、大丈夫です」


 わたしとニードルスが、声を合わせて答える。


「そうですか。では、始めます!」


 正面の石板に、白い石の棒で次々と問題が書かれていく。

 全部で10問。合格ラインが解らない以上、満点を目指すしかない。


 だけれど、やっぱり簡単なんだなコレが。


 問題を書いては解いて。

 てゆーか、レティさんに追いついてしまう不具合ですよ。


 筆算を覚えたニードルスも同様らしく、余裕の表情で石板を見詰めている。


「……っと。それでは、これら問題を解いてください。時間は30分です。時間内でも解けたら、名前を書いて提出してください!」


 レティさんが言い終わると同時に、わたしとニードルスは名前を書いて提出した。


「……は?」


 明らかに怪しむレティさんだったけれど、わたしたちの答案を見て、目を剥いて驚いていた。


「ちょっ、こんなに速いなんて、一体、どうやったんですか!?」


「えと、わたしたち、商人の所で働いた経験がありますので」


「そうなんです。これくらいなら、直ぐに出来ないと仕事になりませんから!」


 珍しく、わたしの話しにニードルスが乗ってくれた。


「……そう、ですか。解りました。

 では、荷物を持って左の扉を出てください」


 腑に落ちない表情のレティさんを置いて、わたしとニードルスは席をたった。

 筆算を説明するの、ダルいからね。ごめんなさいね!


 入って来た扉の反対側にある扉を開けると、そこは地面の剥き出しになった広い場所だった。


 テニスコートくらいの広さのあるそこは、中庭を思わせる作りになっている。

 天井は吹き抜けになっていて開放的だし、緑もあって、ずっと地下にいた様な気分だったせいか、なんだかホッとしてしまう。


 そこに、2人の人物が立っていた。


 1人は小柄なおじいさん。

 灰色の髪を長く伸ばしているけれど、頭頂部はかなり寂しくなっている。ドワーフ顔負けの口髭を蓄えて、いかにも魔法使いな緑色のローブに身を包んでいる。立つ姿が絵になる感じ。


 もう1人は、長身の男性。

 年の頃は40代後半くらいかな? 緑がかった金髪は短くて、ニードルスよりも痩せて見える。

 濃い青色のローブにねじくれた杖を持って、難しい顔をしている。


 2人は、わたしたちの姿を見つけると、すぐに歩み寄って来た。


「もう、筆記の方は終わったのかの? 中々に早くて優秀じゃな」


「ウェイトリー先生、早いからと言って優秀とは限りません!」


 そんな会話をしながら、まるで緊張感の無いウェイトリーと呼ばれた老人と、逆に神経質そうに顔をしかめる男性の2人は、わたしたちの前で立ち止まった。


「ニードルスくん、遂にここまで来たのじゃな! そっちの娘さんは初めましてじゃな?」


「お久しぶりです、ウェイトリー先生!」


「初めまして、ウロと申します!」


「はい、初めまして。アルド・ウェイトリーじゃ。んで、こっちのノッポなのが……」


「ウディム・シトグリンです。来期から、こちらで教鞭を取りますので、合格の際はよろしく」


 お互いに挨拶を交わす。アルド・ウェイトリーは、魔法理論の先生なのだとニードルスが教えてくれた。


「ウディムくんに学院を案内しておったんじゃが、レティくんに捕まってしまっての。不肖、このワシが実技試験の試験官じゃ!

 せっかくだから、ウディムくんも一緒に頼む。後の生徒になるかも知れんからの?」


「私は構いません。では、早速見せて頂きましょうか?」


 アルド先生がイタズラっぽく笑い、ウディム先生が杖でわたしたちを前に促した。


 中庭の中央には、巻きワラと言うか。目標らしき案山子がすでにセッティングされている。


「それでは順番に、使用する魔法を宣言してから目標に向かって撃ってください。……エルフの君から」


 ウディム先生の言葉に、ニードルスの肩がビクッと跳ねた。


「あ、あの……」


 言葉が出て来ないニードルス。ゴブリンたちの前では演説出来たのに、なんで人の前では出来ないのよ?


「あ、先生方、すみませんが少しお時間ください!」


 わたしはそう言うと、先生たちの許可を待たずに近くの木の下へと走った。

 できるだけ真っ直ぐな、手頃な長さの枝を2本選んで拾うと、小走りでニードルスの所へと戻る。


「はい、コレ!」


「あ、ありがとうございます!」


 わたしとニードルスは、枝から葉っぱをちぎって枝だけにする。


 これで完ペキ! もう、手離せない!!


「すみません、お待たせしました!」


 わたしはそう言って後ろに下がり、ニードルスは杖を構える。


 その瞬間、アルド先生とウディム先生の笑いが巻き起こった。同時に、わたしの後ろからも。


 遅れてやって来たレティさんだ。


 笑いながら、レティさんは2人の先生方に合流する。


 訳が解らずに立ち尽くすわたしたちに、最初に声をかけて来たのはアルド先生だった。


「い、いや、スマン!

 予想だにしない行動だったのでな。

 大方、レティくんに突然試験をやらされておるんじゃろう? 杖が無いなら、早くそう言ってくれれば良い」


「そうですよ。いくら何でも、それは無謀です!」


 笑いながらアルド先生が、必死に笑いを噛み殺しながら、ウディム先生が言った。張本人のレティさんは、まだお腹を抱えて笑い続けている。……コノヤロ。


「すみません、どう言う意味でしょうか?」


 恐る恐る訊ねるニードルスの言葉に、アルド先生とウディム先生の笑いがピタリと止まった。レティさんは……もういいや。


「ニードルスくん、資料によると君は、魔界魔法見習いでの受験じゃったな?

 ならば、杖が何のためにあるかは知っておるな?」


「は、はい。魔力集中のためです」


「そうじゃ。魔界魔法に限らず、儀式魔法以外の魔法を使用する際には、ほとんどの場合、杖が必要不可欠じゃ!」


 そこで、アルド先生に代わってウディム先生が口を開く。


「杖は、魔力集中のためだけではありません。魔法を発動しやすくする〝発動体〟の役目も果たします。

 また、杖には相性があって、術者の魔力の質によって様々です。……ご覧なさい」


 ウディム先生が、手に持っていたねじくれた杖を掲げる。

 良く見ると、杖にはたくさんの模様が刻まれている。


「この杖には、私の魔力が流れやすい様に秘文字が刻まれています。

 そして、同時に発動の反動を軽減する処置も施されています。

 杖が無ければ、それもままなりません。

 そして、何も処置されていない枝では、反発があって魔力が上手く流れないのですよ!」


 !?


 わたしとニードルスは、お互いに顔を見合わせる。


「拾った枝を使った場合、爆散するか何も起きないか。どちらかじゃろうな」


 !!


 わたしとニードルスは、目を剥いて絶句する。


「もし、ただの枝で魔法を発動出来るようになれば、発動体に頼らず、指先からでも魔法を放つ事が出来るようになるでしょう。

 もっとも、それは達人レベルの技ですけどね」


 な、なんですとぉ!?


 つまり、わたしたちが当たり前にやらされてた事って……!?


 お、おのれマーシュさん!!

 やっぱり鬼の棲み処だったよ!!


 そして、わたしたちが枝を拾う行為は、杖を忘れた奴が虚勢を張っているみたいな感じにとられたッポイよ。


 はうっ!!

 なんか、スッゴいモヤモヤする。


「レティくん、いつまでも笑っていないで杖を貸してやりなさい!」


「は、はい。クククッ。こ、これ、練習用の木の杖です。プププッ」


 アルド先生に促され、レティさんがわたしとニードルスに1本ずつ杖を渡して来た。笑いを堪えながら。ぐぬぬ。


 手渡された杖は、長さ30センチほどの、漂白されたみたいに真っ白な木製の杖だった。


『練習用ワンド


 魔力抵抗が無く、初心者が練習用に用いる杖。

 抵抗を押さえた分、魔力が流れやすく、余分に消費してしまう事がある』


「それでは、改めて実技試験を始めます。

 用意が出来たら、使用魔法を宣言してから目標に向かって撃ってください」


 ウディム先生の言葉で、その場に緊張感が満ちる。

 さすがにレティさんも、もう、笑ってはいない。


 ニードルスが、杖を構えて的の前に立った。


「魔界魔法『魔法の矢』を行います!」


 高らかな宣言の後、ニードルスの魔力が杖に流れるのが解った。


 小声で呪文を呟いた瞬間、ニードルスの杖から一筋の光がほとばしる。


 ニードルスの杖から放たれた魔法の矢は、白い尾を引きながら見事、的に命中した。


「やった!! お見事、ニードルスくん!!」


「オホンッ!」


 わたしが飛び上がって喜ぶと、ウディム先生が小さく牽制する。……ごめんなさい。


「では、次!」


 わたしの番だ。


 戻って来たニードルスに、わたしはおめでとう! と声をかけた。


「スゴく綺麗に飛んだよ、ニードルスくん!」


「……ウロさん、気をつけてください。

 恐ろしく抵抗がありません。魔力が、際限無く出て行ってしまうみたいでした!」


 少し疲れた様に、ニードルスは小さく呟いた。


 マジっすか!?


 わたしは、杖を構えて的の前に立つ。


「同じく魔界魔法『魔法の矢』を行います!」


 宣言をしつつ、杖の先端に魔力をゆっくり流して……って、何これ!?


 魔力が、何の抵抗も無くツルツルと流れてしまう!?


 枝を使っていた時は、あちこちに散らばってしまいそうな魔力を寄せてまとめて、なかなか進まない魔力を、無理矢理に先端へと押し込んでいる感じだった。


 だけれど、この杖。

 まるで、口の広い井戸に小石を落とすみたいに無抵抗だよ! しかも、魔力が全然散らばらない!!


 てゆーか、集中する必要すら無い!!


 逆にヤバイ!

 これでは、必要以上に魔力が流れ出て、威力が拡張されてしまう!


 慌てて、魔力を必要最低限にコントロール。

 さっさと呪文を唱えて、さっさと発動してしまえ!!


 早く早く。


 この気持ちが、魔力に乗ってるのにわたしは全く気づかなかった。


 杖の先端から放たれた魔法の矢は、いつもの倍のスピードで的を粉砕し、向こう側の壁ギリギリの所で消えた。


「うわおっ!!」


 一瞬、沈黙がその場を支配し、レティさんの声がそれを破った。


「よ、良し。こ、これで、実技試験を終了する!」


「は、はい。ありがとうございました!」


 わたしも動揺していたけれど、ウディム先生も動揺してるみたいだった。


「これは、新学期が楽しみですね!?」


 ウディム先生の背中を叩きながら、レティさんが楽しそうに声を弾ませる。


 一方、ウディム先生は何も言わずにその場を去って行った。


「だから言ったじゃないですか、ウロさん!」


「わ、わたしも押さえたんだよ。でも、急がなくちゃって思ったら、やたらスピードが出ちゃったの!」


 眉間にシワを寄せるニードルスに、わたしはアワアワと答えた。


 その時、わたしの背後に気配を感じて振り返る。

 そこには、にこやかに笑うアルド先生の姿があった。


 わたしとニードルスが、どうしたものかと考える間も無く、アルド先生は小声で語りかけて来た。


「……君たち、もしかすると、本気で枝を杖代わりにするきじゃったかな?」


 いかなり核心を突かれて、わたしとニードルスは顔を見合わせる。


「図星じゃな? いや、構わんよ。悪い事ではありゃせん。

 ところで、君たちの師は誰かの?」


「わたしたちの師匠は、イムの村のマーシュさんです!」


 わたしがそう言うと、アルド先生は破顔して笑った。


「やっぱりそうか!

 なるほど、これは新学期が楽しみじゃ!

 ささ、魔力測定をして終いじゃ!」


 その後、最初の部屋に戻ったわたしたちは、魔力測定を行った。


 測定と言っても、水晶玉に手をあてるだけだったけれど。


 わたしたちの魔力は、若干、基準値より高いみたいだったけれど、大丈夫と判断されたみたいだった。


 それを証拠に、2週間後の夕方。

 魔法学校、正式にはハイリム国立魔法学院より合格通知がわたしたちの元に届いた。


 これで、来月からは晴れて、魔法学院の生徒となるのです!


 あと、嬉しい事がもう1つありました。


 合格通知を貰った翌日、ティモシー商会からわたしとニードルス宛に小包が届いた。


 中身は、手紙と筒が1本。

 筒の中には、複雑な模様の入った杖が!

 手紙には、こう記されていた。


『ウロ、ニードルス。お元気ですか?

 あなたたちが街に戻って、雑用をする者がいなくなって大変です。


 そんな事より、この手紙が届く頃には、もう試験には合格している事でしょう。

 心配なんかしちゃいません。なにせ、あたしの弟子なんだから。

 本当なら、あなたたちが村にいる間と思ってたんだけど、間に合わず、こんなに遅れてしまいました。許しておくれ?


 あなたたち、2人に、それぞれの魔力に合った杖を贈ります。

 杖無しでも、今のあなたたちなら魔法は出来るだろうけど、合った杖を使えば、より魔法の完成度も威力も増すでしょう。

 貴族の坊っちゃん嬢ちゃんたちに、マーシュの弟子の実力をたっぷりと見せつけてやっておくれ!


 それじゃあ、体に気をつけて。

 良い魔道を歩めます様に。冥府の女神に祈りを込めて。


 親愛なる弟子 ウロとニードルスへ


 マーシュ』

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