第五十四話 お受験! 前編
一夜漬けで勉強したテストを寝過ごした事があります。ウロです。もちろん、もう1度寝ました。現実逃避気味。目が覚めるまでの幸福。
王都ハイリアに戻って、3日が経とうとしております。
街に戻った当日は、眠ったままのニードルスを家に連れて行ったのだけれど、扉の鍵が開けられない不具合でした。
仕方がないので、人目が無いのを確認してからゴーレムちゃんを召喚。鍵のかかった扉を、スゴい力で有無をいわせず開けてもらって、ニードルスを家の中に格納しました。
扉が倒れない様に、内側からゴーレムちゃんに押さえてもらって戸締まり完了。そのままゴーレムちゃん警備で、セキュリティーもバッチリです!
わたしはと言えば、常宿にしていた〝深酒する老賢者亭〟に戻りました。
数ヵ月ぶりだけれど、リノちゃんの笑顔は変わりなく可愛かったのでかなり良しです!
それはそうと!
わたしたちは受験生であり、てゆーか、受験に当たっての事務的なイロイロを何もしてないと言う事実に愕然としてみたりするのですがどうでしょう?
そんな危機的状態にも関わらず、帰るなり寝とぼけてるエルフとかだいぶダメだと思った。
思ったので、それについてお説教の1つもしてやらねばと思い立ち、錬金術ギルドに向かったのが昨日の話しだったりします。
数ヵ月ぶりに復職したニードルスは何やら忙しそうだったので、後でイロイロお話ししましょう! と相成ったりました。
そして本日、宿1階の酒場にニードルスを呼び出していたりします。
お昼の約束なのに、1時間以上も遅刻ですがどうしてくれよう?
などと考えてましたら、酒場の入口が慌ただしく開きました。
「遅くなりました、ウロさん!」
来おった!
さあ、女の子を待たせた罪を噛みしめるが良い!!
「遅いよ、ニードルスくん! 受験について大切な相談が……」
「ええ、そうだと思って役所で魔法学校への通行証をもらって来ました。発行に時間がかかってしまいましたが、これから手続きに行きましょう!」
「……え? あ、はい、ありがとうニードルスくん」
魔法学校は、貴族の子や大商人の子なんかが出入りしている関係から、セキュリティーが厳しいらしく通行証が要るだとか。
遅刻について、耳の1つも引っ張りつつお説教タイム~! とか考えてたわたしの邪な思いは、音をたてて崩れて消えるのでした。
そんな事より入学手続きだよ!
と言う訳で、早速、わたしとニードルスは魔法学校までやって参りました。
ハイリム城の目と鼻の先にある、図書館と併設された白い円形の建物。
巨大なコロシアムを思わせる様な姿だけれど、中には様々な施設がある。……らしいです。
まだ、入った事が無いので。
てゆーのは、ゲームだった頃には存在しなかった場所だからなのですがなあ。
入口らしき門の前には、武装した骸骨が2体。武器を連ねて守りを固めている。
「これは、竜牙兵ですね!」
ニードルスが、どこかウットリした表情で骸骨を眺めている。わたしがシルクハットの老紳士だったら放っては置けない雰囲気だよ。カイゼル髭の。モノクル装備だとなお良し。
ステータスを確認しますと、お名前の所に確かに『竜牙兵』とありました。
竜牙兵って言うのは、ドラゴンの牙から創られるゴーレムの一種。アンデッドでは無いので、対死霊魔法よりも解除魔法の方が有効。
イッパシの戦士並みに強く、元がドラゴンの牙だからやたら堅い。
ゲームだった頃には、結構苦労した記憶があったり。
だけれど、この竜牙兵はレベルも10と低めだ。きっと、レッサードラゴンの牙とか、ひどく劣化した牙なのかな?
「私も、いつかは竜牙兵を創り出してみたいですね」
そう言って、ホゥと小さく息を吐くニードルス。何やら、恋する乙女気味でアレな感じですが大丈夫かな?
なんて話していますと、2体の竜牙兵たちは、武器を構えてにじり寄ってきちゃいましたよ。
きっと、〝不審者を排除せよ!〟とか命令されてるのだと思う。
いくらレベル低いとは言っても、わたしたちだけで闘うには強いし。それに、こんな真っ昼間の街中、しかもお城の近くで大立ち回りなんてする訳にはいきません!
「どうしよう、ニードルスくん!?」
「だ、大丈夫ですよ。ホラ!」
近距離で竜牙兵に凄まれて、少し慌てたニードルスだったけれど、役所で貰った通行証をかざすと、2体の竜牙兵たちは、武器を下げて扉を開いてくれた。
「おおっ、開いた。ありがとう、竜牙兵さんたち!」
「ウロさん、竜牙兵に意思や感情はありません。お礼なんて言っても、何の意味もありませんよ?」
すれ違い様、竜牙兵にお礼を言うわたしを見て、ニードルスがため息混じりに言った。
……ぬう。
そう言う事じゃあないんだけれど。
まあ、説明するのもダルいのでニードルスの耳に軽くチョップしておきました。
門をくぐると、少し広めのエントランスだった。
右側に受付らしきカウンターがあって、ローブ姿の職員らしき人たちが見える。
正面と左側には扉があって、それぞれに竜牙兵たちが守りを固めている。
「おや、ニードルスさん。今日は納品ですかな?」
わたしたちに気づいた職員の1人が、手を挙げてこちらに近づいて来た。
背は低めで恰幅が良い、50歳くらいかな? 少しだけ、額が広い感じがする。
「どうも、ダレンさん。今日はギルドの用事ではないんですよ」
ダレンと呼ばれた男性は、ニードルスとにこやかに握手した。
錬金術ギルドのお仕事で、ニードルスは何度もここには足を運んでるのね。
どうやら、ダレンさんとも顔見知りみたいだよ。
「ほう、では本日は何用ですかな?」
「これをお願いします!」
ニードルスは、手に持っていた通行証をダレンさんに手渡した。
通行証を受け取ったダレンさんは、目を丸くして驚いているみたいだった。
「入学申請の通行証! ……と言う事は、ついに目標金額が貯まったのですね?」
「え、ええ、まあ、そんな所です」
そう言って、ニードルスは頭をかいた。
本当は、ニードルスの分の学費もわたしが払うのだけれど。イロイロと面倒なので、そう言う事にしてある生活の知恵です。
「それはおめでとう! ところで、この通行証は2人分ありますが?」
通行証を確認しながら、ダレンが上目使いでニードルスを見詰める。
「ああ、それはこちらの……」
そう言いながら、ニードルスがわたしに視線を送る。
「あ、えと、はじめまして、ウロと申します!」
わたしは慌てて、ダレンさんに頭を下げる。
「やあ、初めまして。貴女もニードルスさんと同じ錬金術ギルドの方ですかな?」
「いえ、彼女は魔法修行の際に知り合いました」
ダレンさんの質問に、わたしよりも早く答えるニードルス。そう言えば、この辺りの設定はしてなかったっけ。
「ほう、そうですか。では、イムの村で?」
「は、はい、そうです。ニードルスくんとはそこで……」
「そうですか、解りました。
では、早速手続き致しましょう。どうぞ、こちらへ」
ダレンさんに促されて、左側の扉の方へと進む。
ダレンさんが竜牙兵に向かって何事か呟くと、竜牙兵は、門の時と同じ様に武器を下ろして扉を開けてくれた。
竜牙兵たちに軽く会釈して、わたしは扉の中へと進んだ。
「今回は、お礼を言わないんですか?」
ニードルスが、なんだかイヤらしい笑みを浮かべて言う。
ぬう。
細かい男だわよ!
「ちゃんと会釈しましたー!」
わたしがそう返すと、「それは失礼」と小さく呟いて歩き始めた。ちょっと笑いながら。
おのれ、帰ったら覚えてろよ!? などと。
扉の先は、長い廊下と壁沿いに連なるいくつかの部屋だった。
「こちらの部屋でお待ちください。担当者を呼んできますから」
それだけ言うと、ダレンさんはパタパタと廊下を駆けて行った。
灰色1色の部屋は、テーブルと椅子が何脚かあるだけでやけに殺風景に思えた。
むう、手続きだけとは言え、何だか緊張してきた。
やっぱり、心象良くしておかなきゃいけないかな?
挨拶もアポも無く、いきなり来ちゃった訳だから今さら気味だけれど。
でも、エントリーシートとか無いし。あ、先にお手紙を出しておけば良かったのかな?? ぬおおお、ぬかったかな!?
「ウロさん、何してるんですか? 唸ってないで、こちらに座ってください」
わたしの心配を余所に、椅子に腰かけて足を組むニードルス。
ナニソレ!?
超絶余裕じゃん!?
「に、ニードルスくん。何してんの!?」
「何って、見ての通り椅子に座ってるのですが?」
「だから、何で座ってるの!?」
「ウロさん、知らないんですか? これは、椅子と言って座るためにある道具ですよ?」
おおう、殴りたいこのエルフ!!
などとやっておりましたら、廊下から再びパタパタと走る足音が聞こえてきました。
慌てて、椅子の隣に立つわたし。
それを座ったまま、不思議そうに見詰めるニードルス。
バタンッと扉が開いて、鞄を抱えた女性が1人やって来ました。
栗色の髪は腰まで長くて、複雑に編み込まれている。
だけれど、あまり、お手入れはしてない感じがする。ほつれた髪が、顔にかかっているし。
その間から、やけに整った小さな顔が覗いている。わたしよりも少し歳上だろうか?
身長は、わたしよりも少し高くて細身。なのに、出るトコ出てる不具合です。ぐぬぬ。
「遅くなりました、担当のレティ・フランベルです」
灰色の室内に、凛とした声が響いた。
第一印象は、だらしないけれど、仕事は出来そう! だよ。
「初めまして、ニードルス・スレイルです」
「は、初めまして、ウロです」
つられる様に、挨拶を返す。
「どうぞ、座ってください。入学希望と伺ってますが?」
「はい、その通りです」
「同じく、入学希望です!」
椅子に座りつつ、ニードルスに続いて答えた。
「解りました。では、こちらに名前をご記入ください。文字は書けますか?」
レティと名乗った女性は、そう言いつつ書類をわたしたちに1枚ずつ配った。
A4サイズのペラ紙1枚。
縦に使うらしい紙の上部に横線が1本。左端に「名前」と書かれている。
それ以外は、右下に四角い囲いが書かれているだけで白紙だった。
訳が解らないけれど、言われるままに名前を記入する。
「大丈夫そうですね。では、市民票をそこに、裏返して置いてください」
わたしたちが名前を書くのを見て、ウンウンとうなずいたレティさんは、用紙の四角い囲いを指差して言った。
「は、はい」
再び、言われるままに市民票を囲いの中に裏返して置く。
すると、用紙全体に何かが浮かび始めた。
1分もしない内に、市民票に登録した大体のデータがそこに浮かび上がった。
おおう、不思議機能!
でも、個人情報がだいぶヤバイ気もする!!
「これで書類作成は終了です。受験料が、1人金貨5枚ですがよろしいですか?」
むう、よろしくなくても払わなくては話が進まないのでしょう。ならば、払いますとも!
と、わたしの左腕をニードルスが肘でつついてくる。
こっそり、ヒソヒソ話します。
「どしたの、ニードルスくん?」
「すみません、ウロさん。お金を貸してください!」
ぬぬ!?
オヌシ、この後の入学金で金貨1000枚借りる身分じゃろうが!?
「なんで? 足りないの??」
「先程、役所で通行証を発行してもらうのに使ってしまったのを忘れていました。2部で金貨10枚でした」
あうち。
知らず知らずに、わたしがニードルスにお金借りてるじゃん!
まあ、入学に関するお金はわたしが払うって約束だから平気だけれどね。
てゆーか、通行証がそんなに高いの!?
どうやら、普通の通行証と違って入学申請の場合は高くなるみたい。門をくぐるのに使っただけなのに、何でだろ?
「了解。まとめて払うね!」
「ありがとうございます!」
そんなやり取りを経て、レティさんに支払う2人分の金貨10枚。
「はい、確かに受領いたしました」
レティさんは、金貨を数え終わるとニッコリ微笑んだ。そして、笑顔のまま続けて話し始める。
「提出頂いた書類を元に、入館証の作成を行います。
入学試験を受ける際に、入館手続きを省く事が出来ます。
また、これが無いと当日、試験が受けられなくなりますので注意してください!」
なるほど、受験票みたいな物ですね。
試験日まで、それを見ながらドキドキするのですね!
「……ですがぁ」
んん?
思わず、わたしとニードルスが顔を見合わせる。
「どうやら、お2人とも貴族ではない様ですので、どうでしょうか?
この後、特に予定が無い様でしたら試験、受けてしまいませんか?」
……は?
はぁ!?
何言ってんの、この人!?
いきなり試験とか、訳が解らないよ!?
てゆーか、意味不明な事を言ってなかった?
「あの、貴族でないと言うのはどう言う意味なのでしょうか? もう少し、解る様にご説明頂けませんか?」
ナイスよニードルス!
そーよ、そーよ! 説明してくださいな!?
ニードルスの質問に、レティさんは眉1つ動かさず、笑顔のまま口を開いた。
「試験は、一般教養についての物だけです。
読み、書き、計算。そして、実技と魔力の測定です。
本来、魔術師を志す者なら身分に関係無く、全員その場で試験を行っても全く問題ない内容のハズです。
ですが、貴族の家の中には、〝特訓〟が必要な方もいらっしゃるのです。
また、ご本人はやる気でも家庭教師が口を挟む場合もあります。都合が悪いのかしらね?
そんなこんなで、貴族の方には手続きから試験まで1週間の期間が与えられます。
私からすれば、そんな者に魔術師なんてなって頂かなくて結構なんですけど。
……あら、失礼。思わず本音が。ホホホホッ」
そう言って、レティさんはコロコロと笑った。
お、おおう。
選択肢が、見る間に無くなったのを理解しましたよ。
ニードルスも、口をパクパクさせてるし。
「で、どうします?
やりますか? やりませんか?」
ズイッと、身を乗り出して来るレティさん。
こんなの、『はい』か『イエス』か聞かれてる様なもんじゃん!!
「や、やります!」
「やらせていただきます!」
わたしとニードルスは、震える声でそう答えた。
「そう、良かったわ!
では、別室に移動しましょう! やっぱり、こうでなくっちゃね~!」
やたらテンションの高くなったレティさんに連れられて、わたしとニードルスは長い廊下を歩いて行く。
レティさんとは対照的に、わたしとニードルスのテンションはガタ落ちなのですがどうしましょう?
「どうしよう、ニードルスくん?」
「私にも解りませんよ! 一般教養は問題ありませんが、問題は実技です。杖がありません!」
あ、そう言えば杖が無いや!
いや、あるにはあるけれど、駆け出し魔法使いが持ってて良いレベルの品じゃあ無いんだよねぇ。
「では、こちらで待っててください。サクッと試験官をかき集めてきますから!」
それだけ言うと、レティさんは風の様にいなくなってしまった。
今、〝試験官をかき集めて〟とか言った!?
不安でいっぱいのわたしたちが案内された部屋は、さっきよりも暗くて狭い、不安を固めた様な雰囲気の場所だった。




