第五十三.五話 馬車でのひと時
馬車の中にいる。ウロです。石の中よりは何万倍もマシだと思う。だいぶ酔うけれど。
イムの村を出立して、間もなく1時間が経とうとしています。
だけれど、まだ私道すら抜けてなかったりですよ。
馬車移動とは言っても、大量の荷物を積んでいるからスピードは出せません。
てゆーか、護衛が徒歩だから徒歩に合わせなくっちゃね。走らせて護衛が疲れちゃったら、いざと言う時に闘えなくなっちゃうし。
あと、ゆっくり進んでいるせいか全然酔いません!
これは嬉しい大発見。ノロノロ運行マジおすすめ!
「よう!」
そんな事を考えてニヤニヤとしていますと、馬車の外から声をかけられたりしました。
「よう! ようったらよう!」
声をかけて来たのは、馬車の護衛を務める冒険者のジョナーだ。彼は、以前にもイムの村で会った事がある。
てゆーか、この馬車の護衛はイムの村に向かう際に護衛してもらった、あの冒険者たちなのですがなあ。
久しぶりに会った彼らは、みんな、以前とは少しだけ違った雰囲気になっていた。
なんて言うのかな?
腹が座ったって言うか。目が座ったって言うか?
実際、レベルも1つ上がっていたし。きっと頑張っていたのだと思う。
「何ですか、ジョナーさん?」
「何ですか? じゃあねえよ。お前らのいたあの村、何があったんだ? ありゃあ、騎士団じゃねえのか?」
だいぶ前に見えなくなった村を振り返りつつ、ジョナーが首をひねった。
「えとですね。アレにはイロイロと訳がありましてぇ」
「訳って何だよ!? まったく、勘弁して欲しいぜ!」
そう言って、眉間にシワを寄せるジョナー。
どうやら、商隊の馬車が村に入る際、ほんの少しだけ揉めたらしい。
いつも通りに入村しようとして、騎士団に阻まれたのだ。
そう言えば、積み荷調査やら何やらで騒ぎになってたんだっけ。眠かったから放置したけれど。うひひ。
「仕方ありません。順番に話しましょう。長くなっても構いませんか?」
「ああ、良いぜ。道はまだまだ長いからな!」
ニードルスの言葉に、ジョナーは少し嬉しそうに答えた。
……ややあって。
「……と言う訳です」
ニードルスの話をジョナーは、途中からポカンとした表情で聞いていた。
まさか、あんな小さな村に本物の騎士団が在駐してるとは思ってなかったみたいだよ。
「い、一体、どんな魔法を使いやがったんだ!?」
「それは村長に聞いてください。私には、解りませんね」
そう言って、ニードルスは大きく息を吐いた。
……まあ、癒着の話は上手く隠して話したしね。そりゃあ、謎だわよ。
でも、これ以上の追究は説明も誤魔化すのもダルいのでご勘弁願います!
「そ、そう言うジョナーさんはどうだったんですか? みんな、何だか逞しくなってるみたいだけれど」
「おっ、聞いてくれるか? オレたちも大変だったんだよ!」
わたしが話題を変えると、ジョナーは嬉しそうに、でも少し苦笑いを浮かべつつ話してくれた。
リーダーで戦士のエルジンを始め、戦士ジョナー、盗賊メイソン、僧侶コールの4名は、商隊の馬車を護衛しつつ西に向かった。
冬の行軍は避けたかった彼らは、西の街ボルドアで商隊と別れて冬を越す事にしたらしい。
ボルドアは小さな街だったけれど、盛況で多くの冒険者の姿もあったみたい。
ここなら、日銭を稼ぎつつ安全に冬が越せる。と、その時は思っていたのだとか。
ある日、酒場に1人の少女がやって来た。目の覚める様な、鮮やかな青い髪の少女だった。
少女は、酒場の主人に仕事の依頼をしに来た様で、すぐに、壁に依頼書が貼り出された。
内容は、近くの森での簡単な薬草採取で、あっと言う間にどこかのパーティが受けてしまったらしい。
金額も悪くなかったせいか、呪いの言葉を口にする冒険者も多かった様だ。
ところが、その日の遅くに戻って来たその冒険者たちは、そのまま、荷物をまとめて街を出て行ってしまった。
「“こんな寒い夜に?”って、酒場にいた誰もが考えただろうな」
そう言って、ジョナーは顎を撫でた。
「……その青い髪の少女って、もしかしてララさんでしょうか!?」
「そ、そだね」
ニードルスの小さな質問に、わたしも小さく呟いて答えた。
「よーし、街道に出た。近くの川辺で休憩しよう!」
トレビスさんの号で、馬車は街道の端へと寄せられる。
休憩に入ってからは、他のメンバーも加えてその続きを話してくれた。
「翌日、またあの青い髪の少女がやって来たんだ。キョロキョロと、誰かを探してるみたいだったね」
さりげなくわたしの隣に座ったエルジンが、水袋をあおりながら言った。
お目当ての人物を見つけられなかった少女は、また、酒場の主人に仕事の依頼をして帰って行った。
当然、その場にいた誰もが我先にと依頼書に群がった。
幸運などこかのパーティが、その依頼を受けて出て行ったのだけれど。
このパーティもまた、帰るなり慌てて街を出てしまったらしい。
そして、翌日にはまた、少女が依頼にやって来る。
こんな事がしばらく続いたらしい。
「そこでだ、あの依頼にどんな秘密があるのか知りたくなったって訳さ!」
「ハッ、ワザワザ依頼書が貼り出されるのを待つなんざぁバカのする事だ」
ジョナーの言葉にメイソンが続いた。
彼らは、少女に直接、仕事の話を聞いてみる事にしたらしい。
内容は、至って簡単な薬草採取。少しばかり薬草の知識は必要だったけれど、野草に詳しいメイソンがいたため問題無かったみたいだよ。
翌日、指定の場所に行くと、何故かそこは領主の屋敷の敷地内だったらしい。
やたら屈強な門番のいる領主屋敷の中なんて、何かの間違いかと思ったけれど、敷地の一画のアトリエが少女の仕事場だった。
何でも、領主の目の病を治した功績として貸し与えられたのだとか。
「しかし、驚いたぜ。間借りしてるアトリエが、まるで薬師ギルド並みに色々と揃ってやがったからな!」
そう言って、メイソンはパンを1口かじった。
「……領主の目の病って、前にウロさんが言っていた……」
「……そだね」
ニードルスの小声の問いに、わたしも小さく答える。
「しかも、そのガキ。ガキじゃあなかったんだよ。リリパット族って知ってるかい?」
メイソンの質問に、わたしとニードルスはコクコクとうなずいた。
だって、その少女ってばわたしたちの知り合いだし。たぶん。
わたしに至っては、一緒に冒険しちゃってるしね。
でも、何やら空気が不穏なので知り合いなのはナイショにしておく。
ちなみに『リリパット族』は、成人でも見た目が人間の子供にしか見えない山岳部に住む狩猟民族の事ですよ。
「知ってるなら話は早い。そのリリパットの女、ララとか言ったかな? ここで、様々な新薬について研究してると来た!」
膝をピシャッと叩きながら言うメイソン。何だか、口上みたいだけれど? てゆーか、やっぱりララさんだったし。
ララが言うには、街の南にある広大な森「白い森」には、様々な薬草があるらしい。
ん?
白い森??
「あの、森の名前って灰色の森じゃあないんですか?」
「おお、良く知ってるな。昔はそう呼んでたらしいんだが、今は白い森って呼ぶそうだ。領主自らが、そう言い出したんだとよ」
わたしの疑問に素早く答えるメイソン。
……なるほど、もう魔女もいないしね。白に戻ったからなのかな?
話は戻って、依頼は、その森から指定の薬草を指定の数だけ集めて来る物だった。
ただし、同じ場所で全てを集めてはならないらしく、アチコチ歩く事になったみたい。
同じ場所で取り尽くしてしまうと、もう、そこには生えなくなっちゃうからね。さすがはララさん!
「少し面倒だったけど、特に危険の無い楽な仕事だったよ。多少、ゴブリンとかには出会ったけど。
これで逃げ出すなんて、どうかしてる。とか思ったほどさ」
「その時はな。だが、オレたちは、ただ単に運が良かっただけだったんだ」
エルジンに続いてジョナーが口を開いた。
仕事を受けて3日目。
その日は、森の手前の株をほとんど採ってしまった事もあって、彼らは少しだけ森の奥へと足を進める事にした。
だけれど、それが間違いだったみたいだよ。
森の奥は、暗くて足場も悪い。薬草探しも難航する中、彼らは魔物と遭遇してしまう。
パッと見には粗末な装備の冒険者だったけれど、その瞳に生者の光は無い。あるのは、黄色く濁った邪悪な光だった。
「オレには、アレがグールだって一目で解ったね!」
得意気に顎を擦るジョナーだったけれど、それを聞いて、対面に座っていたコールが目を丸くした。
「嘘言わないでよお!
いきなり突っ込んでえ、グールに引っ掻かれて麻痺貰ったのは誰よお!?」
「!?」
ビクッとして固まるジョナーの隣で、いやらしい笑みを浮かべたメイソンがジョナーの左腕をグイッと持ち上げた。
そこには、もう治ってはいるけれど3本の引っ掻き傷痕がハッキリと見てとれた。
「大変だったんだからねえ!?
敵の真っ只中で麻痺しちゃってえ、無駄にデカイ身体引きずって来て麻痺癒すのお!」
髪先をクルクルといじりながら、コールがプクッ頬を膨らませる。
「……まあ、引きずってきたのはボクとメイソンだけどね」
なぜかわたしの手を握りながら、エルジンが言う。ええい、離せっ!
「と、とにかくだ。この森は危険だって事だ!」
バツが悪いそうに、ジョナーはメイソンの手を振り払うと傷を隠した。
ぬう。
あの森ってば、まだまだ危険がイッパイなのですなあ。
「それでもなんとかグールを撃退して、薬草を手に入れてボクらは街に戻ったんだ。そこからが、本当に大変だったんだけどね」
手を引っ込めながら、エルジンがため息を吐いた。
グールを撃退し、街に戻った彼らは、事の顛末をララに話して聞かせた。
ララは真剣に話を聞いていたけれど、グールを撃退したと聞くと飛び上がって喜んだらしい。
そして、是非、領主に報告したいと言ったのだとか。
この時、エルジンたちは悪い話では無いと思ったそうだ。
森の障害を取り除いたのだから、褒賞金の1つも貰えるかも!? と。
翌日、彼らは領主であるデリク・クルーエル子爵と面会する事になった。
喜び勇んで向かった彼らを、子爵は大変に賛美してくれた。
そして、最後にサラッと恐ろしい事を言い放った。
「これからも、ララの為に尽くしてくれ!」
それから、彼らの生活は一変する。
朝早く、宿に領主の使いが訪ねてくる様になった。
もちろん、ララからの依頼を携えて。
その内容は、段々と森の奥深くへと向かっていたらしい。
そこには、もうゴブリンは出没しなかった。
代わりに巨大な虫や獣。
時には、木の怪物と遭遇する事もあったらしい。
ここで、1つ問題があったみたい。
「ララが言うには、絶対に知性ある木を傷つけてはダメ! だと言うんだ。
だがよ、そんな器用なマネが出来るか!?
オレたちは、ドルイドじゃあないんだぜ!?」
ジョナーが、眉間にシワを寄せて首を振った。
「なんでも、あの森はエルダートレントの森なんだと」
メイソンが、ジョナーの後に続いた。
彼らは、ララの言い付けを守らなかった。
正確には、守れなかったのだと思う。
だって、襲ってくるトレントの攻撃を傷つけずに回避するなんて不可能だもの。たぶん。
危険度は増すし、インターバルも無い連日の行軍。
さすがに街から逃げよう! って事になったのだけれど。
「何度か試したよ。だけど、逃げられないんだ。門番が、やけに強くてね」
エルジンが、苦笑いを浮かべながらため息を吐いた。
「門番のクセに、恐ろしく腕が立ちやがるんだ。むしろ、アイツらが森に行きゃあいいのによ!」
ジョナーも、悪態をため息と一緒に吐き出した。
結局、彼らは街から出られずにララの依頼を受け続ける事になった。ララ、恐ろしい子!
そうしたある日、彼らを、最悪な事態が襲った。
エルジンたち一行は、トレントの群れに囲まれ、そのまま捕まってしまったのだ。
そして、彼らはエルダートレントに出会ったのである。
「信じられるか、エルダートレントだぞ!? まさか、本当にいるなんてよ!」
興奮気味に話すジョナーを、エルジンが押さえる。
「正直、生きた心地がしなかったね。
森の土にされるか、殺されてグールになるのか。なんてね?」
「それがな、いつまで待っても殺されないんだ。しかも、“3日待つ”とか言い出すしな」
エルジンの言葉にメイソンが続いた。
エルダートレントは、彼らに3日の猶予を与えた様だった。
それが、どう言う意味かは全く解らなかったと。
帰らない冒険者を、わざわざ助けに来る様な酔狂な奴がいるハズが無い。
冒険者とは、いつ死ぬかも解らない危険な仕事であるからだ。
もうダメだと、全員が考えていた3日目の朝。
奇跡が起こった。
何と、助けが来たのである。
助けに来たのは、ララその人だった。
しかも、お供に連れていたのは領主の息子であるニコル・クルーエル。
さらに、その護衛を担う騎士が2名。
一介の冒険者のために命をかけて危険な森に入る貴族の存在が、エルジンたちには理解出来なかった。
そんな困惑するエルジンたちを置いて、ララはエルダートレントの元へと向かった。
エルダートレントとララが何事かを話した後、エルジンたちの戒めは解かれ自由の身となった。
「今だ状況の掴めないオレたちに向かって、ララは何かを差し出しながら言ったんだ」
“長老様が、これを着けろって!”
そう言いながら、ジョナーはポーチの中から小さな指輪を取り出した。
木の枝や草の茎を編んだ様な小さな指輪は、一見すると子供が指遊びで作った物にしか見えない代物だった。
わたしは、その指輪をマジマジと見詰めた。
『木霊の指輪
エルダートレントの枝葉で造られた指輪。
エルダートレントの加護により、植物との簡単な会話が可能。毒、麻痺耐性+5%』
何それスゴい!!
そして、スゴく欲しい!!
てゆーか、長老様。わたしにはくれなかったのにー! キーッ!!
あと、ニコルさん何してんの!? 2名の騎士は、たぶんだけれどファルさんとゴーズさんだろうし。 などと。
まあ、指輪に関しては、わたしなんかより過剰反応してるエルフがいましたけれどね。
あんまりうるさいので、メイソンが眠らせてくれました。針で。恐ろしい。
「コイツのお陰で、それ以降の森での探索はかなり助かったがな!」
「まさか、エルダートレントから指輪を贈られるなんてね。でも、どうせなら森の妖精が良かったなあ」
「エルダートレントも妖精みたいなもんだせ? まあ、ジジイだろがな!」
「もう少しぃ、可愛く出来なかったのかなあ。せめて、お花を咲かせるとかあ」
それぞれに感想を言い合うエルジンたち。
彼らにとって、あの指輪は今回の冒険の最大のトロフィーに違いないんだろうなあ。
むう。
なんだか、羨ましくなったゃったよ。……物の事じゃあないよ!?
わたしも、ゲームだった頃にみんなで行ったクエストを思い出す。
ハズレアイテムでも、みんなで取ったアイテムは輝いて見えた気がしたし、ずっと持ってた。
いつか元の世界に戻れたなら、わたしもチームの先輩たちにここでの話をしたいなあ。とか思った。
その後、エルジンたちが森で危険な目に会う事は極端に減ったらしい。
それでも、多少は魔物と遭遇する事はあったらしいけれど。
彼らは、ララの専属として冬の間、森に潜る日々を送った。
そして、春。
戻って来たティモシー商会の馬車を護衛しつつ、王都に戻る事になったのだと言う。
その際、領主にかなり引き止められたのだけれど、ララが領主にお説教する事で事無きを得たのだとか。
「いやあ、見物だったぜ? 2メートルはある巨躯の老人が、見た目が5~6歳の幼女にやり込められてるんだからな!」
そう言って、ジョナーはゲラゲラと笑った。
ぬう、目に浮かぶ様だけれどね。
そんな苦行を終えたエルジンたちは、なるほど成長したって訳ですよ。
わたしも、楽しい苦行話やララさんたちの事が聞けたお陰で、馬車に酔わなずに済むと言う快挙を成し遂げるに至りましたよ!
気がつけば、そこはもう王都ハイリアの街門。
久し振りに会う、ゲイリー隊長を始めとした警備隊のみなさんと挨拶を交わして門を潜る。
「それじゃあ、またな。何かあったら、ティモシー商会をご贔屓に!」
「ありがとうございました、トレビスさん。ブレッドくんによろしくお伝えください!」
中央広場で馬車を降り、トレビスさんたちにお別れを言う。
「それじゃあ、ボクたちはティモシー商会で報酬を貰うからここまでだね。何なら、夜に食事でも……」
「じゃあ、またな。ウロ。旅をしてりゃあ、どこかで会う事もあるだろうぜ?」
エルジンの言葉を遮って、ジョナーが笑った。
「ありがとうございました。また、どこかで!」
ティモシー商会の馬車を追って、エルジンたちも去って行った。
「おっと、エルフに使った眠り薬はあと丸1日は起きないからな? ララの特製だからな!」
別れ際、ヒラヒラと手を振りながらそう言ったメイソンだったけれど。
数ヵ月ぶりの王都は、まず、ニードルスを背負っての帰還となったのでした。脱力したエルフは重いと知った日でしたさ。




