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第五十三話 巣立ちの日

 お花見の時、酔って標識とケンカした事があります。ウロです。朝起きたら、左足首が紫色になってました。怪奇現象!? あるいは聖痕!?


 小川の水がキラキラと輝いて草木が芽吹く頃になると、わたしもまた、緑の上に寝転がって花たちとたわむれるの。

 ヒラヒラと舞う蝶々さんがわたしの鼻先にキスすると、それを合図に柔らかな春の風さんがわたしに優しく微笑んでくれるの。


『コラコラ、お寝坊さんはどの娘かな?』


 うふふ。風さんに怒られちゃった。テヘッ。


 ……などと言う妄想、あるいは現実逃避がしたくなるほどにツラい現状なのですがどうでしょう?


 現実のわたしはと言えば、草の上に横になると、子供たちのボディープレスによって起こされたりします。秒で。瞬殺。あ、それどころじゃあなくって。


「さあ、ウロ殿。お早いご用意を!」


 わたしの前に立ち、剣を構える金属鎧の騎士様がそう言って微笑んだ。


 ……ああ、なんでこんな事になっているのでしょう。


 それを語るには、順番に説明せねばなりますまい! ぐすん。


 ……冬の間、イムの村は少しばかり変化したりしました。


 わたしたちが、グラントさんを救出して帰った日の翌日から、村長であるカレッカさんの指示の元、村長宅の隣に別宅の建造が始まりました。


 グラントさんが王都に戻った数日後には、資材や大工さんたちを乗せた馬車がやって来たりして。

 あっと言う間に立派な別宅が完成してしまいましたとさ。


 何でも、レト収税官の指示らしく、その為の資金も用意されていたらしい。


 いつの間に? とか思ったのだけれど、あの剣の中に入ってたとか思われます。たぶんね。


 出来上がった家屋には、まるで宿屋を思わせるほどのベッドや調度品、食糧などの生活用品が運び込まれていたのだけれど。


 一体、何が始まるの!?


 なんて考えてる間もなく、宿屋気味の様子が整うのとほとんど同時に、王都から騎士団がやって来てビビッた。


 どうやら、騎士団の宿泊施設だったみたいだよ。


 でも、やって来た騎士の皆さまと言えば、みんな若い方ばかりの様で、騎士と言うより見習い? みたいな。


 ステータスを確認すれば、案の定、リーダー以外のほとんどが見習いとかレベル1とかだった。


 後で解った事だけれど、この村を騎士団の演習拠点とするんだって。


 森に入っての実戦演習や、村の防衛などの訓練。また、村人による自警団のサポートなんかもしてくれるんだって。


 なるほど、これがレトの考えた代替え案と言う訳ですな。

 騎士団の巡回路は変えられないけれど、代わりに騎士団その物を在駐させる。


 これによって、盗賊団はもちろん、不良冒険者の抑制になるって訳です。


 さらに、自警団への剣技指導なども組み込めば、本来なら村人への剣技指南役なんて、高給で雇わなければ来てもらえないのだけれど。その代わりになるし、その分の資金をアレする事が出来る。っと。


 ふーん、上手い事を考えるなあ。なんてわたしが感心していますと、わたしの隣で同じ様に騎士団をながめていたニードルスが、ブツブツ独り言を呟きながら眉間にシワを寄せていた。


「……心配ですね。彼らは士官学校出の貴族の子らでしょうから、平民である村人に辛く当たりはしないでしょうか?」


 そう言って、小さくため息を吐くニードルス。


 むう。

 忘れてたけれど、ここはバリバリ封建社会な世界でしたっけ。


 今まで出会った貴族な方々が全然偉ぶらない感じだったせいか、あまりピンと来なかったりですよ。


 ニードルスのあの口調からすると、何か思い当たる事でもあるのかも知れない。


 ……そうは言っても、わたしたちに何か出来る訳でも無かったりなのですがなあ。


「盗賊や不良冒険者なんかよりはマシなんじゃないかな。ニードルスくん?」


「確かに、規律の中にある騎士団の方がいくらかはマシでしょうね」


 まあ、娯楽の無い村にどのくらい詰めるのかは解りませんから何とも言えませんが。と、ニードルスがポツリと呟いた。


 一抹の不安の残る、騎士団への第一印象でしたとさ。


 そんな会話をした数日後、わたしは、カレッカさんに呼び出された。


 通された広間には、カレッカさんの他にもう1人の男性の姿があった。


 清潔感のあるショートな髪は深い茶色で、後ろに撫でつける様に流されている。そのせいか、少し老けた印象だけれど、髪と同じ色の瞳からは若さと自信が伝わってくる感じだった。

 白い金属鎧には、ハイラム王国の紋章が見て取れた。


 騎士団の人だ。しかも、隊長さんだ!


「ああ、ウロ。こちらに座りなさい」


 わたしの姿を見つけたカレッカさんに促されて、わたしは騎士様の対面の席についた。


「これが、先ほど話したウロです。ウロ、こちらは王立騎士団のラルフ殿だ」


 カレッカさんの声に応える様に、騎士様はスッと立ち上がる。


「初めまして、ウロ殿。分隊長を務めますラルフ・コーエンです。よろしく」


 爽やかさ満点の眩しい笑顔で、ラルフと名乗った騎士は右手を差し出してきた。


「あ、う、ウロと申します。よ、よろしくお願いします!」


 慌てて、差し出しされた右手を両手で握り返してみたり。


 そんなわたしの様子を見て、ラルフさんはカラカラと笑った。


「??」


「いや、失礼。先ほどまで貴方の話を聞いていたのでね。まさか、こんな少年だとは思わなかったので。つい」


 しょ、少年!?


「ラルフ殿、ウロは女ですよ!」


 わたしが硬直するのを見て、カレッカさんが慌てて補足する。


「こ、これは失礼しました。女性となると、ますます驚きですよ!」


 少し早口になったラルフさん。慌てて、イロイロと取り繕ってくださったけれど。


 ……ふっ、泣けるぜ。


「そ、そうじゃ、ウロ。お前を呼んだのは、自警団について話があったからだ!」


 わたしの顔を見て、カレッカさんが慌てた様子で口を開いた。わたし、どんな顔してたのかな?


「自警団ですか?」


「そうだ。今後は、ラルフ殿の騎士団が自警団の育成を見てくださる。

 その引き継ぎをしてほしいのだよ!」


 なるほど、確かに必要な事ですね。


「基礎体力の訓練や、初歩の剣技を騎士団と共に行おうと考えています。今までは、どの様な訓練をされていたのですか?」


 真っ直ぐな瞳で、そう語りかけてくるラルフさん。


 ぬう。

 訓練って言ってもなあ。


「えと、村のほとんどの人が剣なんて持った事がありませんでした。ですから、剣に慣れるための素振りと、2人組みになっての打ち合いくらいです」


 嘘をついても、何の意味もありません。つく必要も無いしね。

 てゆーか、まずは武器に慣れなきゃ始まらない。

 難しい事は、わたしが解らないし。だから、相手の動きを良く見る訓練しかしてなかったりなのでした。


 わたしの答えに、目を丸くするラルフさん。

 たぶん、もう少し高度な物を期待してたんだろうなあ。ごめんなさい!


「ま、まあ、実際に見てみる事にしましようか」


 ラルフさんのこの言葉で、わたしは、訓練の実際を見せる事になった不具合です。しかも、騎士団を交えての合同訓練。何でだ!?


 村長宅を出ると、広場の方が何やら騒がしい。


 どうやら、数名の騎士と村人が口論しているみたいだった。


 あうぅ。

 最初からトラブルとか、何なのよ!?


「隊長!!」


「先生!!」


 わたしたちの姿を見つけた双方が、それぞれに声を上げた。


「貴様ら、何をやっているか!」


「どうしたんですか、一体??」



 ラルフさんの怒声と、わたしの慌てる声が重なった。

 それぞれに引き離されても、言い合いはなかなか終わらない。


「コイツが先生!? 冗談だろう、まだ少年じゃないか!?」


「失礼な事を言うな! 先生は、これでも立派な女性だ!!」


 おいおい、フォローになってないよ!?


 ああ、何このメンタルブローのラッシュ。

 お願いだから、もう止めてくださいよぅ!!


 その時、1人の騎士から声が上がった。


「隊長。私は、自分よりも弱い者に従うつもりはありません!」


 ……あ、いや、わたしに従う必要は全然まったく少しも無いのですよ!?


 一方、ラルフさんは腕を組んで何やら考えてるみたい。ってゆーか、止めてよ!!


 そう思ったのもつかの間、今度は、村人の方から声が上がった。


「何を言う。先生はな、オークを倒して収税官様を助け出したんだぞ!!」


 お前か、リック!!


「ハッ、オークごときで偉そうに。それに、口でならなんとでも言えるだろう!」


「なにおう!?」


「なんだとう!?」


 子供かキミタチ!?


 パンッ


 その時、ラルフさんが大きく手を叩いた。

 その一瞬にして、みんながシンと押し黙った。


「解りました。では、こうしましょう。

 私とウロ殿で、1度手合わせ致しましょう。それで勝った方が上です。よろしいですね?」


 いやいやいや、全っっっ然よろしくありませんよ!?


 そんなわたしの思いをよそに、俄然、周囲は盛り上がる。


「うおー! 先生! 先生!」


「隊長! 隊長!!」


 バカかお前ら??

 お前らバカか!!


 双方から歓声が飛ぶ中、ラルフさんが前に歩み出る。


「ら、ラルフさん!?」


 わたしの声に、ラルフさんは笑顔を向ける。


「せっかくですから、ウロ殿の腕前を部下たちに見せてやってください!」


 のおおぉぉぉん!!


 頭が一瞬、真っ白になった気がした。


 そして、時間は冒頭に戻る。


「さあ、ウロ殿。お早いご用意を!

 それとも、そのままでよろしいのですか?」


 わたしの前に立ったラルフさんが、訓練用の木剣をクルクルと回しながら言った。


 なんか、デジャヴ感が半端ないのですがなあ。


 とは言え、このままでは収まらないみたいだけれど。


 今のわたしの格好は、麻のワンピースの上に薄手のコート。下はレザーパンツとショートブーツだ。

 まあ、闘う格好じゃあありません。


 ……むう。

 ならば、殺ってやるよー!


 わたしは、メニューを開いて装備を変更する。

 いつもの様に、レザー一式と木剣。


 一瞬、みんながどよめいたけれど気のせいなので回避しました。


「では、よろしくお願いします!」


「よ、よろしくお願いします!」


 挨拶をしながら、わたしはラルフさんのステータスを確認する。



 名前 ラルフ・コーエン


 種族 人間 男

 職業 騎士 Lv10



 器用 18

 敏捷 35

 知力 27

 筋力 44

 HP 71

 MP 35


 スキル


 戦神の祝福

 共通語

 礼儀

 武勇


 格闘 Lv4

 剣の扱い Lv6

 槍の扱い Lv4


 剣技 Lv6


 突き

 薙ぎ払い


 ディザーム



 ぬう。

 普通に強いのだけれど!?


 互いに剣を構えつつ、その時を待つ。


 さっきまでの歓声が、嘘の様にピタリと止んで静けさが辺りを包んでいる。


「では……始め!」


 1人の騎士なよる開始の合図と共に、一気に歓声が戻って来た。


 まずは様子を……なんて考える間も無く、ラルフが高速で突っ込んで来た。


 速い。でも、追えないほどじゃあない!


 あと、2メートル。


 あと、1メートル。


 距離を計りながら、わたしは足に力を溜める。


 ラルフの剣が、一直線にわたしに飛んで来た。


 けれど、その瞬間にわたしはそこにはいない。


 剣先が通り抜ける刹那、足に溜めた力を一気に解放する。


 ラルフの左側を高速で通り抜ける瞬間、わたしの剣がラルフの胴を薙ぎ払った。


 呼び込みは十分、あれだけ前傾していてはたぶんかわせない!


 ブンッ


 !?


 何の抵抗も無く、わたしの剣は空を斬った。


 ラルフの身体は、まるで磁石が反発するかの様に1歩だけ後ろに下がっている。


 うそー!?

 なにその動き!?


 解放した力に、今度はわたしの身体が宙を泳ぐ。


 すでに、上段に剣を構えているラルフ。


 瞬間、ラルフの剣が無防備なわたしの頭に……。


 ……アレ、来ない?


 思わず目を閉じてしまったわたしに、いつまで経っても打撃は襲っては来なかった。


 ゆっくりと目を開けると、そこには笑顔のラルフさんの姿があった。……剣を、わたしの額スレスレの寸止め状態でな。


「勝者、ラルフ隊長!!」


 騎士の宣言が高らかに響いて、直後に歓声がほとばしった。


 いつの間にか座り込んでいたわたしに、ラルフさんは笑顔で手を差し伸べて来る。


「さあ、掴まってください」


「あ、ありがとうございます」


 手を掴んだわたしを、ラルフさんは、力強く引き上げてくれた。


「あ、ありがとうごさいます。完敗です!」


「いえ、なかなか鋭い剣筋でした。部下にも見習って欲しいものです」


 笑顔のラルフさんは、小さく首を振った。


 おおう、人格者!?

 ステキ隊長!?


「よし、皆、整列!」


 良く通るラルフさんの声に、歓声が止み、みんなが従った。


「さあ、ウロ殿。皆に何か一言お願いします」


「うえっ!?」


 思わず変な声が出た。


「は、はい。えと。

 わ、わたしの訓練はこれで終了します。今後は、ラルフさんの指示の元、騎士団のみなさんと訓練を受けてください!」


 拍手と歓声が上がる中、わたしの剣技授業が“無事”幕を閉じたのでした。


 ……それから、さらに数日の時が流れた。


「それじゃあ、行ってきます」


 わたしの声は、春先の早朝の寒さを証明するみたいに白く染まってから宙に溶けて消えた。


「ああ、行っといで。

 いつ帰ってきても良いんだよ? ウロがいないと、水汲みが大変だからね」


 そう言っていたずらっぽく笑った後、マーシュさんはわたしをギュッと抱き締めてくれた。


 イムの村にティモシー商会の商隊馬車がやって来たのは、一昨日の夜遅くの事だった。


 冬の間、ずっと西の国境付近まで行っていたと言う馬車の中には、戦利品の、この辺りでは珍しいとされる品々がギッシリと詰まっている。


 王都に戻る道すがら立ち寄ったイムの村で、この旅最後の商いを終えた商隊は、今まさに出立しようとしている。

 この馬車に、わたしとニードルスは乗せてもらう事になっている。お別れの時が来たのですよ。


「さあ、出立するぞ。2人とも馬車に乗れ!」


 ティモシー商会トレビスさんの声に、わたしは馬車に乗り込んだ。


 ニードルスもまた、マーシュさんの抱き締め攻撃を受けた後に慌てて馬車に乗り込んだ。



 前日に挨拶を済ませていたけれど、村長夫妻やジャン、リックにライナスも見送りに来てくれいた。人徳ってヤツ?


「道中、お気をつけて。いってらっしゃい」


 村の外で、ラルフ隊長が笑顔で手を振ってくれた。


「はい、ありがとうございます!

 ラルフさんも、騎士団の皆さんもお元気で。村をお願いします!」


 みんなの振る手が見えなくなるまで、わたしも手を振り続けた。


 さようなら、イムの村。

 2回目だけれど、またいつか来る日まで。

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