第五十二話 英雄との別れと昼食前の凱旋
雨音を聞きながら眠るのは好きです。ウロです。だけれど、雨に打たれながら眠るのは無理です。どこでも寝れる人が羨ましいです。……羨ましい!?
途切れた意識が繋がるキッカケは、頬に当たった雨粒の冷たさでした。
「先生、ウロ先生!!」
「……先生」
ボンヤリした視界で最初に写ったのは、今にも泣き出しそうなリックとライナスの顔でビビッた。
「うぎゃっ!?」
「お、気がついたかウロ!」
思わず叫んだたわたしに、ジャンが元気に応えて言った。
まだ頭がハッキリしないけれど、ここが外で森の中で大木の下で大きな根っこの間だって言うのは解った。
木々の間から洩れる光は、わたしが意識を失う前と変わっていないみたいだよ。
「心配しましたよ、ウロさん。どうして、貴女は魔力が枯渇するまで使用するんですか? 魔術師としての自覚があるんですか!?」
わたしの顔を覗き込みながら、ニードルスがため息を吐いた。
むう。
好きで枯渇した訳じゃあないんだけれど。緊急だったし。
イロイロな言い訳が頭の中を巡ったけれど、言ったら余計に怒られそうなのしか浮かばなかったので素直に謝ってみる生活の知恵。
「……ごめんなさい」
「あ、い、いえ。こ、今後は気をつけてくださいね!
そんな事より、ウロさんが気絶している間の事ですが……」
わたしが謝ると、ニードルスは何やらグニャグニャしながら話し出した。大丈夫かな?
ニードルスの説明によると。
ニードルスが砦を出て少しすると、突然、爆発みたいな轟音が響いたらしい。
地響きを伴うそれは、砦の後ろの崖を揺り動かすには十分だったみたい。
何度目かの轟音の後、崖の一部が崩れて砦を押し潰し始めた。
ニードルスとジャンによって砦から引っ張り出されたわたしは、土砂が迫っているにも関わらず、その場でザフザに魔法をかけ、そのまま気を失ってしまったらしい。
大慌てでその場を離れた皆の後ろでは、土砂によって砦は完全に押し潰されていたと言う。
「いくら急いでいるからと言っても、もう少し状況確認くらいはして頂きたいですね。まったく。
……それはそうと、もし、あのオークを討ち取っていたのでしたら魔石を回収してみたかったですがね。フフッ」
笑いに黒い物が見え隠れしているけれど、ニードルスはそう呟いて、続きを話してくれた。
主戦力を2人も欠いている状態で、いつオークの残党が戻って来るとも知れない場所に長く留まるのは危険と判断したニードルスたちは、わたしたちがザフザたちと遭遇した辺りまで戻って来たらしい。
そこで改めて、わたしとザフザの手当てをしつつ現在に至る。との事だった。
むう。
その割りには、あんまり時間が経ってないような?
魔力を使い果たして気絶した時って、かなりの時間、眠ってた気がするのだけれど?
そんなわたしの問いに、ニードルスは肩をすくめて答えた。
「その事なら、お礼は彼女に言ってくださいね。
彼女がウロさんに、魔力を分けてくれたんですから。
まったく、ウロさんが気を失っていたお陰で言葉が通じなくて大変でしたよ!」
そう言ったニードルスの示す先には、数体なゴブリンの姿があった。
おぼつかない足取りで、わたしは彼らの方へと歩いて行く。
3体の大人のゴブリンと2体の子供のゴブリン。
わたしが近づくと、子供のゴブリンたちは大人のゴブリンの後ろにサッと隠れた。
大人の内2体は地面に座り、1体は横になっている。
座っているのは、狸の帽子をかぶったゴブリンと、飾りのついたサークレットを頭に乗せ、いくつかの骨をつないで作ったらしい杖を持ったゴブリン。
そして、その杖を持ったゴブリンの膝枕で眠るゴブリンの姿があった。
「やあ、目が覚めた? 気分はどうだい?」
まるで子供の様に話す狸帽子のゴブリン。トフトだ。
「うん。もう大丈夫。
えと、貴女がわたしを助けてくれたと聞いたのだけれど……」
わたしがそう言うと、杖を持ったゴブリンはニコリと微笑んだ。
「はい、少しだけ魔力を注がせて頂きました。
申し遅れました。私は、熊喰い族族長バルバが娘、ニンニと申します。
この度は、私たちをお救いくださいましてありがとうございました!」
そう言ってニンニは目を伏せた。ぬう、だいぶ姫様ッポイ。
……て事は、ニンニ姫様の膝枕で寝てるのがザフザか。役得ですね、英雄。
「さあ、あなたたちもお礼をなさい?」
ニンニに促され、彼女の後ろに隠れていた小さなゴブリンの子供ちゃんたちがオズオズと前に出る。
「あ、ありがとう」
「ありがとでした」
小さくそう言った子供ちゃんたちは、また、サッとニンニの後ろに引っ込んでしまった。人間が怖いのかな?
「ごめんなさい。
私たちには、ヒト族の区別がつかないのです。どうか、気を悪くしないでくださいね?」
まあ、そうでしょうね。
わたしたちにも、ゴブリンの個体判別どころか性別すら解らないし。
「いえいえ、それより。
こちらこそ、ありがとうございました。
お陰で、もう起き上がる事ができました!」
わたしがそう言うと、ニンニはホッとした様に表情を崩した。
「それは良かったです。ヒト族の方に魔力を注いだのは初めてでしたから。
それに、彼を助けるためにしてくれた事ですもの」
そう言ってニンニは、ザフザの頭をなでた。
うおう。
何、そのラブラブなの!?
もしかして、2人ってばそんな関係なの!?
「フフフッ。
ニンニ様、ザフザのヤツ幸せそうで良かったですね?」
その瞬間、ニンニの顔が耳まで真っ赤になった。
「ちょっ、トフト、何を言うのですか! ち、違います、そんな……」
「ウソウソ! 姫さま、ザフザが大好き!」
「ずっとザフザが助けてくれるって言ってたもの!」
慌てるニンニの後ろから、子供ちゃんたちが顔を出して「ねー!」っと笑った。
あらあら、おやおや。
末永く爆発するアレですか?
「……うるさくて眠れないな」
うわっ、起きてた!!
その場のみんなが驚いたけれど、1番ビックリしたのはニンニだったみたい。
思わず立ち上がっちゃったし。ゴトッと落ちたし。頭が。ザフザの。
「イテテッ。何をするんですか姫!?」
「だ、だって! ……だって」
「もういいですよ。トフト、起こしてくれ!」
シュンとしちゃったニンニを横目に、ザフザがトフトに手を伸ばす。
トフトは、やれやれといった風に首を振りながらザフザを抱き起こして座らせた。
「ザフザ、大丈夫?」
「ああ、まだ、身体が言う事を聞かないが。
それより、礼を言わせてくれ。
ウロ、それにみんな。俺たちを、我が熊喰い族の血を助けてくれてありがとう!」
トフトの肩を借りながら、ザフザは目を伏せた。
「もう、いいって! 助けて貰ったのはお互い様なんだから。ね!?」
わたしの言葉に、ザフザは小さく首を振る。
「しかし、何の礼もしないと言うのは……」
「そうだわ!」
ザフザの言葉を受けて、ニンニが口を開いた。
「皆様、よろしければ、私たちの村までおいでくださいませんか?
心よりおもてなし致します!」
「そうだよ、ウロ。一族の血を救ってくれたんだ。大歓迎だよ!」
ニンニの言葉に、トフトが賛同する。
……村って、あの洞窟だよね?
わたしが通訳してみんなに伝えると、全員が激しく頭を横に振った。ですよね。
あ、でも、グラントさんの荷物を回収しなきゃいけないのかな?
わたしが問うと、収税官補佐のグラントさんは少し考えて。
「わ、私の荷物は諦めます。ですが、レト様から預かった剣は必ずイムの村に届けなくてはなりませんので……」
悩むグラントさんだったのだけれど、その剣ならジャンが持ってたりですよ。
ジャンから剣の存在を知らされたグラントさんは、改めてゴブリンの村に行く事を拒否した。
……むう、満場一致で行きたくないでゴザル状態なのだけれど。
そんな空気を呼んだのは、他ならぬザフザだった。
「差し出がましい申し出だった様だな。どうか、忘れてくれ!」
「で、ですが……」
「姫、我らの棲み処がヒト族に好まれるとは限りません。
この恩は、1度持ち帰る事にしましょう!」
ザフザの言葉に、ニンニはコクンとうなずいた。
「解りました。我ら熊喰い族はこのご恩を一生忘れぬ物と致しましょう」
そう言ってニンニは微笑み、ザフザはうんうんとうなずいた。
「ちえっ、大ネズミの丸焼き、食べさせたかったなあ!」
トフトが残念そうに呟いた言葉に、わたしたちは安堵のため息が出たりしたけれどナイショです。はふぅ。
そんな訳で、ザフザたちとは、ここで別れる事となった。
トフトは最後まで村へ来る様に言っていたけれど、ニンニが近づくとお腹を押さえて静かになった。何かしましたか姫様!?
最後に、ザフザとガッチリ握手。
わたしの剣は、記念にプレゼントした。
「ありがとうございました。いつかまた、お会いしましょう!」
「こちらこそ、ありがとうございました。
お元気で~!」
森の奥へと消えて行くザフザたちを見送ったわたしたちもまた、雨降る森に長居は無用。帰路につく事になりました。
道すがら、グラントさんから少しだけ話を聞く事ができた。
収税官レトの補佐役であるグラント・アンバー(27歳、独身)さんは、昨日の昼頃に単身でイムの村へと向かった。
乗り馴れない馬に難儀しつつ、イムへと続く私道の入口に着いた頃にはすっかり夜になっていた。
街道沿いにキャンプしていた商人たちに火を借り、陽の出を待って出発したものの、突然現れたゴブリンに馬が驚いて落馬。
そのまま気を失ってしまい、気がついたらゴブリンに捕まっていたとの事だった。
むう。
もしかして、グラントさんって不幸属性なのかな?
てゆーか、戦闘技能が無いのに護衛も付けずの単独なんて。どんだけ無茶なの!?
「だけど、供も連れないなんて危険過ぎますよ。なんで1人で来ようとしたんです?」
良いタイミングでナイスな質問です、ジャン!
質問を受けたグラントさんは、少し困った様に笑った。
「出来たら護衛を雇いたかったんですが、私の給金ではとても……」
おおう。
経費じゃあなくって自腹なの!?
お役所なのに、かなりブラック臭なんですけれど。
あるいは、上司のレトがだいぶアレな人なのかな?
「ですが、まさか助けが来るなんて夢にも思いませんでしたよ。
やっぱり、私はツイてるんですね!」
満面の笑顔でそうおっしゃるグラントさんに、わたしもジャンもニードルスも、それこそ、開いた口がふさがらない状態でしたさ。
「……これは、ウロさん以上の楽天家ですね」
サラッと失礼な事を言うニードルス。でも、わたしもそう思った。やれやれだよ。
わたしたちが村に帰り着いたのは、お昼を少し回ったくらいだった。
みんな、かなりヘトヘトだったのだけれど、荷を解く間も無く村長のカレッカさんに呼ばれる事となる。
「良く戻った。して、レト様はいずこかな?」
ほほう、労いの言葉もありませんかそうですか。
「初めまして、レト様より遣わされました補佐官のグラント・アンバーと申します」
そう言って、グラントさんは軽く目を伏せた。
慌てて応えるカレッカさんを押さえて、グラントさんは今回の出来事を話し始めた。
グラントさんに起こった事、ジャンやニードルスから聞いた話。もちろん、わたしの話しも含まれている。
始め、笑顔で話を聞いていたカレッカさんだったけれど、だんだんと、その顔からは血の気が引き、驚きと戸惑いの入り交じった何とも言えない深みのある表情へと変わっていった。
「……と、言う訳でして。
私の不手際で、皆の手をわずらわせる事になってしまいました。どうか、お許し頂きたい!」
そう言うと、グラントさんは最後にペコリと頭を下げた。
それを見たカレッカさんは、パニック状態。
「い、いやいやいやいや。あ、あた、頭を上げてください!!」
それはそうだよね。
末端とは言え、恐らくだけれどお貴族様なんだろうし。
ひとしきり慌てた後、やっと平静を取り戻したカレッカさんは、ゴホンッと咳払いを1つしてから口を開いた。
「そ、それで、あの、レト様からは何と……?」
「はい、レト様よりこちらを預かっております」
グラントさんは、腰に下げていたレトの剣を取り出した。
鞘や束に複雑な細工の施された豪奢な剣は、本来なら美術品の様に美しいのだろうけれど。今は、血と泥で汚れていて見る影も無い。
ゴクリと喉を鳴らすカレッカさんを気にするでもなく、グラントさんが剣の束を回すと、カチリッと言う小さな音をたてて束が外れた。
うわお!
仕込み剣だったんだ。
興味津々のわたしだったのだけれど、グラントさんの「それでは、人払いを!」の一言で全員退室となってしまいましたさ。
はう。
中身が見たかったよう。
「おや、英雄が浮かない顔だね?」
「マーシュさん!!」
部屋の外では、マーシュさんが待っていた。
マーシュさんは、わたしたちに労いの言葉で帰還を喜んでくれた。泣きそうなほど嬉しい。
それはそうと、あの剣の中身だよ。
わたしたちの話を聞いていたマーシュさんは、小さくため息を吐いてから話してくれた。
「あんたたちは、別に知らなくても良い事さね。
少なくとも、カレッカは私腹を肥やすために動いてた訳じゃあないさ。村のために、少しばかり間違った方法だがね」
むう。
全然、解りません!
わたしが頭の上に『?』を浮かべているかたわら、ニードルスが口を開く。
「では、村長さんの主張が通ったと考えて良いと言う訳ですか?」
「ああ、恐らくね」
「そうか、備蓄は無くなったが、それ相応の見返りはあったって事か」
ぬおっ!?
ジャンまで。
解ってないのは、わたしとリックとライナスの3人だけとか。ぐぬぬぬ。
そんなわたしの顔を見て、マーシュさんは肩をすくめた。
「ウロや、今朝の話を覚えているかい?」
「えと、騎士団巡回の復活と自警団設立について、レト……様が結果を持ってやって来る。的な?」
「そうだね。まあ、来たのは補佐官だったけど。
で、その補佐官は何を持って来たんだい?」
「レト様の剣?」
「正確には、剣の中身だね」
そう言って、マーシュさんはニヤリと笑った。
……えと、ごめんなさい。
全っ然、解りません!!
わたしがますます頭をドングリ状態にしているのを見て、ニードルスがため息をついた。
「良いですか、ウロさん。あの剣の中身は、恐らく何らかの効力を持った指令書、あるいは指示書です!」
ニードルスの説明はこうだ。
多額の賄賂を贈ったイムの村に対して、レトは何らかの配慮を行ったと思われる。
ただし、上が決めた騎士団巡回を速攻で変えるとなると、いらぬ敵を作りかねない。
ならば、言い方を変えれば良いのだとか。
「言い方?」
「そうです。騎士団の巡回と自警団設立が行える言い方です。
それが、どの様な物かは解りません。ですが、自警団の設立・育成には補助金が出て、それを中抜きする気まんまんな訳ですからね」
つまり、今回の指令書だかには、騎士団巡回と自警団設立が同時に解決される方法と指示が記されている。と言う事だった。
……なんで、あのやり取りでそこまで解るの?
「いや、俺はそこまで解らなかったよ。と言うより、問題が解決されるなら何でも良いのさ!」
ジャンはそう言って、軽くおどけて見せた。
「まあ、解決法がどんな物かは解らないが。悪法もまた法也って事さね。
さあ、そんな事より食べて休みな!
そんな顔色じゃあ、明日から働けやしないよ!!」
うぎゃっ。
休暇なんて発想は無いのですね。
「それじゃあ、俺も帰るよ。じいちゃんに、イロイロ話して聞かせなきゃ!」
そう言うとジャンは、クルクルと手を振って雨の中を走って行った。
「オレたちも帰ります。
……その、先生。役に立てなくてすいませんでした!」
「……申し訳ありません」
力無く、うなだれる様に肩を落としてリックとライナスが言う。
「そんな事ないですよ! いきなり森に連れ出されて、ゴブリンやらオークやらと闘わされて。
それでも逃げ出さなかったんだもん。スゴイと思います!
イロイロ、ありがとうございました!」
照れも無く、素直にそう思った。
だって、ゴブリンの洞窟とかオークの怪物とか。
何、この無理ゲーレベルの出来事が午前中に一気に起こったんだよ!?
わたしなら、たぶん一瞬で骨だね!! マジで。
「あ、ありがとうございます!」
「……ありがとうございます」
目に一杯涙を溜めながら、リックとライナスは口ごもる事無くお礼を言って帰って行った。
「さて、帰ろうかね。
ニードルス、あんたもおいで。弟子の武勇伝を聞かせておくれな?」
それから、わたしたちは旅の話をしながら遅い昼食をとった。
ミュータント・オークチーフや、ゴブリンの村の話しにマーシュさんは興味津々だったのが印象的だった。
その後の事は、まったく覚えていない。
気がついたら、日が変わってるくらいに眠ってたみたいだった。やっぱり疲れてたのですなあ。などと。
2日後。
連日降り続いた雨は、嘘の様に晴れて陽の光が目に眩しい。
そして、明らかに寒さが増したのが解った。
この日、グラントさんは朝早く王都へと帰って行った。回復魔法で全快した馬に翻弄されながら。
ちなみに、わたしとニードルスとジャンが護衛で街道辻まで付いて行ったりしたのだけれどね。
その後は、特別な事件も無いままに日々は割りと忙しく過ぎて行った。
てゆーか、それが当たり前だっつーの。
そうそう事件ばっかり起こってもらっては、面白いけれど、だいぶ困るしね。
やがて、身を切る寒さが緩んで朝の水汲みが楽になってきた頃。
わたしとニードルスは、街に戻る時がやって来たりするのでした。
名前 ウロ
種族 人間 女
職業 召喚士 Lv7 → Lv9
器用 19 → 22
敏捷 25 → 29
知力 43 → 48
筋力 22 → 26
HP 23/31 → 36/36
MP 45/45 → 52/52
スキル
ヴァルキリーの祝福
知識の探求
召喚士の瞳 Lv2
共通語
錬金術 Lv30
博学 Lv2
採取(解体) Lv1
魔法
召喚魔法
《ビーストテイマー》
コール ワイルドバニー
《パペットマスター》
コール ストーンゴーレム(サイズS)
《アーセナル》
コール カールスナウト
魔界魔法 Lv1 ← New!
魔法の矢 ← New!
生活魔法
灯り
種火
清水




