第五十一話 異形との闘い
前回のあらすじ。
ある~日 森の中~
超でっかい顔に~ 出会った~!!
ミュータント・オークチーフの名前を冠したそれは、なるほどオークの特徴が辛うじて残って見える。
何て言うか、水に浸けておくとブクブクに膨らむ人形みたいな感じだけれど。
ゆっくりと正面を向いたM・オークチーフは、出来損ないのゼリーみたいな目をグネグネと動かしてこちらを見据えてきた。
口からダラリと覗かせていたオークを、紫色の舌でぐるりと口の中に巻き込んだMオークチーフは、舌なめずりを1回した後で口を開いた。
「……ごぶりん、違ウ?」
共通語!?
たどたどしいけれど、オークが共通語を話した!!
こんな見た目だけれど、もしかしたら会話が可能かも知れない!?
「ゴブリンじゃないよ。わたしはウロ、人間だよ!」
「……にんげん?」
おお、通じた!!
ちゃんと会話出来てるよ。口から食べかけのオークが、まだちょっと出てるけれど。腕ッポイの。
わたしがそんな事を考えていると、不意にM・オークチーフの頭がボンヤリと光出した。
「……ッタ、にんげん」
む?
今、何て??
「ウロ、逃げろ!!」
わたしが何かを考えるよりも早く、ジャンの叫び声が耳に響いた。
声に驚きつつ、わたしは右方向に飛び出す。
次の瞬間、わたしがさっきまでいた場所を巨大な顔が高速で通過していった。
ドガンッ
派手な衝突音と同時にやって来た風圧と衝撃にあおられて、わたしの身体は床を転がって壁に当たり止まる。
身体を打った自然な痛みがあちこちに広がる一方、瞬間移動の様に迫る巨大な口の映像が脳裏をかすめ、ゾクリとした。
「ウロさん、大丈夫ですか!?」
「ウロ!!」
「う、うん。大丈夫!」
駆け寄ってくれたニードルスとザフザに答えて、わたしはヨロヨロと立ち上がりながらM・オークチーフの方へ向き直った。
……何だコレ??
壁に激突したM・オークチーフは、その巨大な顔を壁にめり込ませていた。
そのせいで顔の裏側が見えたのだけれど、そこには、干からびたトカゲみたいにヒョロヒョロの身体がくっついていて、ジタバタともがいていた。
身体、あったんだ。
てゆーか、あんなヒョロヒョロでどうやって動いてるのよ!?
だけれど、わたしの疑問は即座に解決される。
M・オークチーフの後頭部が、再びボンヤリと光始める。
次の瞬間、まるで水風船が膨らむみたいにヒョロヒョロの身体が一気に膨れあがった。
ボディビルダーみたいな、はち切れんばかりの筋肉に満たされたM・オークチーフの身体は、簡単に壁から脱出する。
とっさに、わたしはM・オークチーフのステータスを確認する。
ミュータント・オークチーフ(身体強化+2) Lv10
HP 58/71
MP 295/362
し、『身体強化』って何!?
てゆーか、MPが異常に高いんだけれど!?
ゆっくりとこちらを向いたM・オークチーフの身体は、頭の中にしまい込まれたみたいにしぼんで見えなくなった。
同時に、ステータスから『身体強化』が消えてMPが少し減った。
どうやら、身体強化するには魔力を消費するみたい。
て事は、身体強化も魔法か何かなのかな!?
「何だ、コイツは!?」
「オークチーフ、みたいだけれど」
「こんなオーク、聞いた事がありませんよ!」
うん。
わたしも、ゲームだった頃から含めて、初めて見ました。
でも、いるんだからしょうがないじゃない。……それより。
「ニードルスくん、そこに転がってる樽に誰か入ってるから見て? たぶん、レト収税官だと思う」
「!?」
わたしの言葉に、ニードルスが目を丸くした。きっと、気づいてなかったんだと思う。
ニードルスが樽に駆け寄るのを確認しつつ、ザフザに声をかける。
「ザフザ、牢屋の鍵はまだ開かないの?」
「ああ、トフトの奴が頑張ってるが、錆びついてて上手くいかないみたいなんだ」
むう。
廃墟のクセに、そう言う所は堅牢になってくんだから。
……などと考えていましたら、後ろでニードルスが何やら叫ぶ声が聞こえた。
振り返ったわたしの目に飛び込んで来たのは、樽からフラフラと出てくる若い男性の姿だった。
あれ?
レトって、こんな若者だったっけ??
明るい茶髪は、少しクセがあって肩口までの長さがある。
ニードルスと同じくらいの細身で、どう見たって伝え聞いているレトの姿じゃないんですけれど!?
「大丈夫ですか、レト収税官!?」
「わ、私、レト様ではありません。レト様の部下で、グラントと言います」
ニードルスに答えて、グラントと名乗った若者が言った。
な、何ですと!?
レト、どこ行ったの!?
「ウロ!!」
ザフザの声に、強制的に思考が中断される。
M・オークチーフが、ゆっくりとだけれどこちらに這いずって来ている。
「おしゃべりしてる時間は無さそうだ」
ザフザが、剣を構えて腰を落とす。
とにかく、今はM・オークチーフを何とかしなきゃですよ。
「グラントさん、貴方の他に捕まった人はいますか?」
「い、いいえ。私1人、レト様からイムの村へ行く様にと……」
おおっと。
ナイスな質問、さすがはニードルス!!
「ニードルスくん、グラントさんを連れて逃げて!
ジャンはニードルスの援護をお願い!」
「……ああ、解った!」
「ウロさん!?」
うなずくジャンと、対照的に困惑するニードルス。
「わたしたちの目的、忘れたの!?
まだ、外にリックさんたちがいると思うから、彼らの所へ連れて行って!」
でないと、足手まといだからです。
だって、立ち上がろうにも足がヘロヘロでまともに立てないみたいだし。
わたしが叫ぶと、ニードルスが顔を強張らせる。
「……解りました。無茶はしないでくださいね?」
「ありがと!」
短く会話して、わたしはM・オークチーフに向き直った。
這いずる様に、瓦礫をかき分けて移動するM・オークチーフは、目をぐるぐると動かしてから口を開いた。
「アア、腹ガヘッタ。雨ガ終ワルマデ、ごぶりん喰エナイ。
オ前、ごぶりん違ウ。ナラ、喰ッテイイナ?」
何ソレ!?
雨が止むまでって、何ルールなの!?
言葉の意味は解らないけれど、このままでは食べられちゃうのは解った。
「良かったね。2日くらい余裕があるよ?」
「喰われるのが遅いか早いかだろ? どっちにしたって、喰われるつもりは無いな!」
さすがは英雄、ザフザ。
なんか、素敵でムカツク! などと。うひひ。
冗談はここまでにして、わたしはザフザと呼吸を合わせていく。
M・オークチーフの頭が光り始めると同時に、わたしとザフザが攻撃に出た。
決して正面には立たず、左側から低い態勢で突進する。
わたしのダッシュは、M・オークチーフの身体が膨らむより早く巨大な顔の側面に到達した。
勢いをそのままに、わたしは、巨大化した目に薙ぎ払いを放った。
ガキンッ
広間に響く、金属同士がぶつかり合ったかの様な衝撃音。
柔らかいと思った目は、まるで鉄の塊の様に固い。
その実感は、剣を取り落としそうになるほどの両手の痺れだよ。
何コイツ!?
何なのコイツ!?
反対側では、ザフザも同じ様になってるみたい。
てゆーか、敵の真横でフリーズとかだいぶヤバイ!!
そんなわたしの不安は、目の前で着実に進行している。
M・オークチーフの口が、ガバッと言う音をたてて開いた。
同時に、紫色の舌が蛇の様に飛び出して来た。
かなり、ヤバイ!
そして、キモイ!!
逃げ出したいのに、痺れは今や、全身に広がっていて足に力が入らない。
……アレ!?
必死に身をよじるわたしの耳に、ヒュッと言う音が聞こえた気がした。
次の瞬間、わたしの目の前で何かが弾けた。
ギギンッ
「グアアアッ」
紫色の舌は、わたしに届かずに口の中に巻き込まれて行った。
足下に転がる2本の矢。
もちろん、ジャンの物だよ!
痺れから回復したわたしは、弾かれる様にM・オークチーフから距離を取る。
それは、ザフザも一緒だった。
態勢を立て直しつつ、M・オークチーフの攻撃に備える。……来ない?
さっきもそうだったけれど、攻撃と攻撃のインターバル長いのかな?
もしかして、身体強化ってリキャストに時間かかる系なのかも。
M・オークチーフの動向に注意を払いつつ、広間の出口を見る。
そこには、ジャンとニードルス、足下にはレプスくんの姿もあってビビッた。
「ありがとう、ジャン!
って、何でここにいるの!?」
「お前の部下が来てくれたからな。
それより、何なんだソイツは。口の中まで固いのかよ!?」
むう、ご立腹のジャン怖い。
それより、わたしの部下って??
わたしが頭の上に「?」を出していると、ニードルスが少し強張った笑顔で声をあげた。
「ストーンゴーレムですよ。
通路の途中で見つけたので、グラントさんを外の連中の所へ連れて行く様に命令しました」
おお、ゴーレムちゃん!
そう言えば、ニードルスも命令出来るんだった。
わたしたちが走って行ってしまったから、置いてきぼりにしちゃったんだ。
ちゃんと追って来るなんて、カワイイなあ。
……って、レプスくんはわたしたちと走って行ったハズなのに、何で後ろから来るのさ? フリーダムなの??
「でも、本当に何で戻って来たの? グラントさん助ければ、目的達成でしょ?」
わたしの言葉に、ジャンとニードルスは顔を見合わせる。
「お前が残ってるじゃないか?」
「放っておいたら、ウロさん、1人でもザフザたちを助けるでしょう?」
あう。
その通りですでした!
「さあ、さっさとあの化け物をやっつけて帰ろう!」
ジャンの言葉を受けて、わたしたちはコクリとうなずいた。
「……良い仲間だな、ウロ」
ザフザがわたしに向かってポツリとつぶやいた。
はあ?
意味解んないよ!
「何、言ってるの? ザフザも仲間でしょ!?」
わたしがそう言うと、ザフザは一瞬だけ顔をすぼませた後、満面の笑みを浮かべた。
「ああ、そうだ。そうだった!」
ザフザはそう言ってから、力強くM・オークチーフに向かって走って行った。
トフトの解錠が難航する中、わたしたちの闘いもまたシレツを極めたりしていましたよ。
M・オークチーフの攻撃は、突進と舌による打撃。
突進の前には、頭がボンヤリと光るし速いけれど軌道も読みやすいからかわすのは難しくない。
しかも、やっぱりリキャストに1~2分かかるみたいでスキも大きい。
舌の攻撃も、背後をとれば届かないと解った。
だけれど、こちらの攻撃もまったくと言っていいほど通らない。
だって、恐ろしく固いんだもの!!
時間にして、たったの5分ほどしか闘っていないにも関わらず、わたしたちは疲労困憊な不具合です。
ダメージを与えられない苛立ちと、貰えば致命傷な体当たりをかわす緊張感が、わたしたちのスタミナをガリガリ削ってしまからだと思う。
しかも、M・オークチーフが体当たりする度に、砦がギシギシときしんで、今にも崩れそうで怖い。心臓にも悪い。
そんな時、ニードルスが不思議な事を口にした。
「ウロさん、もしかしたらあのオークは、倒せないかも知れません」
「えっ!? どゆ事、ニードルスくん?」
「あのオークは、もうオークでは無いかも知れない。
極端な魔石化が進んでいる可能性があります!」
「魔石……化!?」
「そう、魔石化です」
ニードルスの話しによると、人も魔物も、魔力を有するものはすべて魔石化する可能性を秘めているらしい。
その名もズバリ『魔石病』と言い、体内で魔力が結晶化する珍しい病気なんだとか。
通常、体内で魔石が出来ても生活に支障が出る事は無く、本人も気づく事が無い。
けれど、魔石病の患者の場合、魔石はどんどん大きくなって様々な体調不良を引き起こし、最悪の場合は死に至る。
こんな病気、ゲームだった頃には無かったし、そんなエピソードも心当たりが無い。……だけれど。
「もし、あのオークが魔石病だったとするなら、あんなに動けるハズがありません。と言うより、あれだけ肥大した状態で生きている事があり得ません!」
「で、でも、超絶元気だよ!?」
「ですから、不思議なんです」
そう言って、ニードルスはため息を吐いた。
「じゃあ、倒せないって事か?」
ジャンの質問に、ニードルスは首を横に振る。
「魔石を破壊すれば、或いは。
ですが、魔石はその保有魔力を超える魔法攻撃か、魔法の武器でなくては破壊出来ません」
保有魔力を超えるって、アイツの魔力300超なんですけれど!?
しかも、消費してもなぜかすぐに回復しちゃう謎仕様だし。
もちろん、身体の方を攻撃する案も出たけれど、すぐに頭の下にしまい込まれてしまっては、とても狙うなんて出来ない。
「と言いますか、ここまでの相手は、私たちの様な者ではなく、王立騎士団や賢者の称号を頂く大魔術師が対応すべき案件だと思います!」
むう。
やっぱり恐ろしい相手だったのですね。
ちなみに今は、M・オークチーフを丸く囲んでのキャッチボール状態です。
でないと、疲労がだいぶヤバイので。
回避失敗で即死の、デス・キャッチボールですが。
となれば、いつまでもこんな危険な場所にいる必要なんてないですよ。
さっさと助け出して、帰ったら騎士団を要請するが吉です。
とその時、今まで聞いた事のない乾いた金属音が広間に響いた。
「やった、開いたよ!」
トフトが歓喜の声をあげる。
おおっ!
ついに開いた!!
ギギギと言うきしみ音をあげて、牢屋の扉がゆっくりと開いて行く。
「……ノカ」
えっ?
「渡スモノカ!!」
さっきまで、ピンボールの球みたいに愚直な突進を繰り返していたM・オークチーフが、突然、絶叫した。
あまりの大声に、耳を塞がずにはいられないほどの咆哮は、全員の足をすくませるには十分だった。
次の瞬間、ゴプンッと言う音と共にM・オークチーフの身体がマッチョ状態に膨れ上がる。
「ソレハ、おれノダ。絶対ニ渡スモノカ!!」
そう叫んだM・オークチーフは、四つん這い状態で、回りの瓦礫を蹴散らしながら牢屋に向かって突進し始めた。
マズイ!
このままだと、トフトがやられちゃう!!
1番近くにいるのはジャン。2番目がわたし。
だけれど、ジャンにはあの突進を止めるのはたぶん無理だと思う。ならば。
わたしは、剣を抜きつつ走り出した。
幸い、足だけに集中して瞬間移動みたいな突進と違って、四つん這いのそれはかなり遅い。
ただし、振り回す丸太みたいな腕の破壊力は尋常ではないのだけれど。
「ジャン、早くそこから逃げてください! トフトも急いで!!」
状況を把握したニードルスが叫ぶ。
その後ろから、必死に走るザフザの姿があった。
「くっそう!!」
牢屋の中から、衰弱している姫と2人のゴブリンの子供たちを引っ張り出したジャンとトフト。
だけれど、このままでは間に合わない。
「レプス、アイツの突進を止めて!」
無茶な命令なのは解っているけれど、少しでも。ほんのちょっぴりでも時間を稼いで欲しい。
わたしの声を聞いたレプスは、フンッと鼻を鳴らした後、高速でM・オークチーフに突進する。
跳ね上がる瓦礫をくぐり抜けながら、あっと言う間にM・オークチーフの懐に潜り込んだレプスは、振り下ろされた右手に向かって体当たりした。
着地寸前でずらされたM・オークチーフの右手は、本来の着地点を捉えられずにバランスを崩して転倒した。
グッショブ、レプス!!
この間に、ジャンとトフトは姫たちを抱えて脱出。
代わりに、わたしが滑り込んだ。
「ジャン、ニードルス。みんなを連れて出て。わたしが時間を稼ぐから!」
「ウロ!?」
「ウロさん!?」
2人の悲痛な声が聞こえる。
「わたしは『主戦力』なんでしょ? それに1人じゃないから!」
わたしの声に応じる様に、起き上がろうとしたM・オークチーフに朽ちた椅子が投げつけられた。
ザフザだ。
「俺も一緒だ。トフト、息が続く限り走れ! 族長の血と子供たちを守れ!!」
「うん、ザフザ!!」
ザフザに答えたトフトは、姫を背負って走り出した。……けれど、転んだ。
その直後、背中の姫がトフトに頭突きしてたみたいだけれど気のせいだと思う。
結果、ジャンが姫を。
ニードルスとトフトが、それぞれ子供たちを抱える事になったみたい。
「ウロさん、ザフザ。気休めかも知れませんが受け取ってください!」
そう言ったニードルスは、右手をつきだし魔力を込める。
何事かをつぶやいたニードルスの右手から、柔らかな魔法の光が放たれた。
その光は、わたしとザフザを包み込んでフワリと消えた。
「30秒です。その『小さな盾』の効果は30秒です!」
「ありがとう、ニードルス!」
振り返らずに、わたしはニードルスを見送った。
「エルフ、何だって?」
「30秒で、この怪物を叩きのめして来いってさ!」
「上等だ。行こうぜ、ウロ!」
再び起き上がろうとするM・オークチーフを見据えて、わたしとザフザは呼吸を合わせていく。
「ブギャアア!!」
オーク本来の鳴き声みたいな叫び声をあげて、M・オークチーフが右腕を振り下ろす。
わたしは、その落下点でソレを迎え撃った。
やや斜めに振り下ろされた右を剣の腹で滑らせる。
大きく前のめりになった左脚を、ザフザの剣が力強く薙ぎ払った。
「グギャアアアアッ」
ザフザの剣は、見事にM・オークチーフの左脚を斬り裂いた。
良し、身体なら斬れる!
うつ伏せに倒れ込んだM・オークチーフの左腕に、わたしは剣を振り下ろす。
断ち切れはしないけれど、かなりの深傷を負わせられたと思う。
「行こう、ザフザ。
そろそろ魔法の効果がキレちゃう!」
「駄目だ、ウロ。
止めを刺さなきゃ、また同じ事が起こる!」
そう言ったザフザは、倒れたM・オークチーフの首を狙っている。
けれど、大きく膨れた頭が邪魔して狙えないみたいだ。
不意に、ザフザがM・オークチーフの正面に立った。
「あ、ダメ!!」
わたしが叫ぶよりも速く、M・オークチーフの口が開いた。
その瞬間、ザフザの身体が宙に舞う。
口から伸びた紫色の舌が、ザフザの腹を強烈に打ちのめした。
真っ赤な鮮血を吐き出したザフザは、天井に叩きつけられた後、ドサリと床に転がった。
「ザフザ!!」
慌てて駆け寄ろうとしたわたしの目の端に、不気味な紫色が見えた。
しまった。
そう思った次の瞬間、わたしの胸に強烈な打撃が加えられる。
「ぐうっ!!」
本来なら、胸を潰されてもおかしくないほどの打撃。
だけれど、わたしの身体と紫色の舌の間に出来た透明の障壁がそれを緩和してくれた。
……だいぶかなりスッゴイ痛いけれど。
口の中に鉄の味が広がって、そのまま寝てしまいたい衝動に駆られる。
けれど、ニードルスに貰った守りがそれを拒否する勇気をくれる。
転がる様に、わたしはザフザの元へ走った。
ザフザ
HP 0/28(瀕死:残り時間10分)
MP 7/14
マズイ。
瀕死状態だ!!
「ザフザ、しっかりして!」
ザフザを背負って、わたしはなるべく急いで歩き出した。
早く回復させないと、ザフザが死んじゃう。
だけれど、今、ここで回復魔法を使えば、わたしまで昏倒してしまう。
わたしの前を、レプスが振り返りながら進む。
後ろでは、恐ろしい叫び声が響いている。
「レプス、先に行ってみんなに知らせて!」
わたしの言葉を受けて、レプスが1度、わたしの周りを回った後に出口を目指して走り出した。
来た道を戻る。
こんな簡単な事が、今のわたしには恐ろしく大変に思えた。
歩く度にきしむ胸。
蘇生のチャンスを少しずつ失っていく仲間。
背後からは、叫び声と破壊音が響いてくる。
今にも泣きそうだったけれど、不思議と涙は出て来なかった。
ドッキャッ
急に、破壊音が真後ろど響いた。
振り返ったわたしの目に、通路の角が噴煙に霞むのが見えた。
何かなんて、考えなくても解った。
「追って来てる!」
噴煙の中に、うごめく異形の姿が見える。
わたしは、再び歩き出した。心情的には、かなりダッシュしてるのだけれど。
良く見れば、周りの壁や床に亀裂が走っている。
……もしかして、だいぶピンチなんじゃ!?
老朽化してるだろう砦の壁が、あちこちで悲鳴を上げ始めた。
背後からの咆哮と破壊音が、近くなったり遠くなったり。
その度に壁が、床が、天井がいびつに変型していく。
崩れた壁から、土砂が流れ込むのが見えた気がした、
そう言えばこの砦、半分くらい土砂に埋まってなかったっけ?
あと3つ!
あと2つ!!
あと1つ!!!
最後の角を曲がった時、正面に光が見えた。
「外だ!!」
崩れる砦の破片が、顔に当たったけれど気にしてる場合じゃない。
「ウロ、急げ! 崩れるぞ!!」
「ウロさん、急いで!!」
出口に、見知ったシルエットが浮かぶ。
ジャンとニードルス。
ニードルスは、シルエットでも耳が長かった。
衝撃が、足元に迫るのが解った。
これに捕まっちゃダメだ。
あと少し。
いつの間にか伸ばしていた手に、2つの力がかかった。
ズゥウウウン
身体の奥に届く様な轟音が、わたしの後ろで響いてる。
明るくなった視界と降り注ぐ雨の感覚に、これほど安心した事なんて無かったと思う。
「大丈夫ですか、ウロさん!?」
わたしの頭上から、ニードルスの声が聞こえた。
「だ、大丈夫。大丈夫だよ」
息も絶え絶えだけれど、わたしは声を絞り出して答えた。
「しかし、危なかったな」
ジャンが、わたしの隣にしゃがみ込んだ。
「……ホント、もう少しで砦の崩落に巻き込まれ……」
「違う、そっちじゃない?」
ジャンがわたしの言葉を遮って、わたしの後ろを指差した。
??
ジャンの指差す先を追う。
「!!」
こう言うのを絶句って言うのかな?。
瓦礫の山となった砦の入口。
その瓦礫に埋もれる形で、紫色の物体が少しだけ見えていた。
どっと汗が吹き出すのが解った。
すぐ後ろまで迫ってたなんて。
恐怖と同時に、安心がわたしを包む。
その時、わたしの背中にかかる重みを思い出した。
安心から一転、急激な不安がわたしに覆いかぶさってきた。
「ザフザ!!」
助かった時にも泣かなかったのに、急に泣きたい気持ちが込み上げて来る。
ザフザにかけた回復魔法が、ザフザのステータスから瀕死の文字を消してくれた時、雨とは違う、温かい物がわたしの頬に伝うのが解った。
そして、今度こそ心の底から安心したわたしの意識は、頬の温かさにじんで、いつの間にか境目が無くなったみたいになってたんだ。




