第五十話 オークの巣窟
一部、グロテスクな表現が含まれております。
お読みになる際は、どうぞご注意ください!
今さらですが、まだ、午前中の出来事だって気づいてますか? ウロです。わたしは、今気づきました。早起きってイイネ! ……いいよね?
「……ここだ」
茂みに身を沈めつつ、目だけを覗かせてザフザが言った。
その視線の先には、半壊した砦の様な建物が見えた。
……今から少し前の事。
わたしたちはほんのちょっぴり休憩を取った後、ジャンの追跡の下、オークの巣窟らしき場所までやって来ました。
出発前、オークに食い散らかされたゴブリンたちを埋葬する? ってザフザに聞きますと、
「マイソウ? わざわざ埋めるのか? 放っておいても、いずれは土に返るだろう?」
と不思議そうにしているのが印象的だった。異文化交流気味?
「さて、どうする?」
しばらく辺りを見回していたジャンが呟く。
眼前に見える、半壊した砦の様な建物。
崖の斜面に張りつく様にあるこの砦は、だいぶ時間は経っているみたいだけれど、造りはしっかりとしている様に見える。
崩れている部分も、後ろの崖から落ちた土砂によると思われた。
どう見たって、オークが建てたとは思えないけれどね!
「恐らく、盗賊のアジト跡だろう。昔、この辺りには盗賊が出たと、じいちゃんから聞いた事があるよ」
わたしの方を見ていたジャンが、うんうんとうなずきながら言った。
まだ、トーマスさんが若かった頃、イムの村や街道周辺には盗賊団が現れ、大きな被害が出ていたらしい。
イムの村は、襲撃こそされなかったものの、商人の馬車が狙われたりと大変だったのだとか。
後に、街道警備の巡回騎士団や冒険者の往来によって治安は回復し、盗賊団もいつしかなくなったのだそうだ。
「結局、盗賊団のアジトを見つける事はできなかったと聞いたけど、まさか、こんな所にあるなんてなあ」
そう言ったジャンは、どこか懐かしさを感じているみたいだった。
映画とかで見た場所に、偶然たどり着いちゃったみたいな感じなのかな?
でも、元盗賊のアジトとなると、複雑な造りだったり罠がいっぱいだったりするのかな?
わたしが質問すると、ジャンは少し砦を見つめてから口を開いた。
「見ろ、2階部分は土砂にやられて落ち窪んでる。あれじゃあ、危なくて使えないだろう。
1階部分がどれくらい生き残ってるかは解らないけど、オークに建て直しが出来るとは思えないしな。
良くて、半分。悪けりゃ、さらにその半分も無いだろう」
罠に至っては、言わずもがなって事で。
「ザフザ、オークの正確な数とか解りますか?」
「……いや、解らない。
村を攻めて来た時は、15くらいだったと思う。
半分はやっつけたと思うが」
ニードルスの質問に、ザフザは少し考えてから答えた。
「では、単純に考えて残りは5体くらいでしょうか。
まあ、総出で攻めていないなら、もう少しいるでしょうね。どうしますか?」
「見た限り、入口は1つしか無いみたいだし、正面から行くしかないだろう。
周辺を調べてる内に見つかっちまったら、意味がないからな」
ニードルスに答えて、ジャンが砦を指差した。
ぬう、正面突破。
そして、オークの数は不明。となると。
「リックさん、ライナスさん。2人は、ここで待機ね!」
「な、なんだって!?」
「……俺たちも行く!」
わたしの言葉に、リックは驚愕し、ライナスは小さく反抗した。
「ダメです。これから行く所は、必ず敵がいます。
その数は不明だし、建物の構造も解りません。
さすがに、守れる自信がありません!」
「いいかリック、ライナス。
オレたちが中に入って、1時間しても出て来なかったら村に帰るんだ。
そして、村長に言って、騎士団の要請をしてもらってくれ。言ってる意味、解るよな?」
わたしの言葉に、ジャンが続いた。
実際、こんな寄せ集めのパーティで行くのは危険過ぎる。
でも、いつ救出対象が食べられちゃうか解らない状況では、わたしたちが行くしかない。
最悪、わたしたちが戻らなければ、誰もこの場所の事が解らなくなってしまう不具合です。
それに、本当に守れる自信が無いですよ!!
「……解った。ここで待つよ」
黙って下を向いていたリックが、小さく呟いた。
「絶対、戻ってくれよ!?」
「……無事を祈ってる」
「ありがと。行ってきます!」
リックとライナスの言葉に、わたしは笑顔で返事をした。あれ? なんかわたし、ヒロインぽくない? などと。
「ところで、コレはどうするのですか?」
ニードルスの指差しす先には、ゴーレムちゃんに背負われたトフトの姿があった。あ、ゴーレムちゃんとレプスくんは再召喚のMP節約のために出しっぱなしだったりです。ビバッ、ランニングコスト0!
それはそうと、忘れていたトフトの存在!!
「どうしましょ?
リックさんたちとここに……」
「一緒に行くよ!」
わたしの言葉をさえぎって、トフトが声を出した。
「うおっ、起きてた!」
「起きてたよ。僕もみんなと一緒に行く!」
ピョンと、ゴーレムちゃんから飛び降りたトフトは、グッと胸を張ってそう答えた。
「でも、また気絶しちゃうでしょ?」
「しないよ。アレは、地面から石のヒトが生えたからびっくりしたんだよ!」
そう言って、トフトはもう1度、胸を張った。威張る事じゃないけれど。
「いいかトフト。闘いは俺たちに任せて、ニンニ様を見つけたら連れて逃げるんだぞ!?」
「解ってるよ、ザフザ。この身は族長の血のために! だね!」
ザフザとトフトは、お互いの拳を合わせてうなずいた。あらやだカッコイイ!
「それじゃあ、行くか!」
ジャンの声に、皆がコクンとうなずいた。
おお、そうじゃ!
「ほいっ、リックさん!」
わたしは、鞄から砂時計を取り出してリックに投げて渡した。
「先生、これは?」
「その砂が全部落ちたら10分。6回落ちたら1時間ね。
あと、戻ってくるオークがいるかも知れないから、それは頑張ってダッシュで逃げてね!」
ヒッと小さく悲鳴を上げるリックと、ゴクリと喉を鳴らすライナスを背に、わたしたちは砦へと歩き出した。
周囲を警戒しつつ、わたしたちは砦へと移動する。
瞬間的に森が切れたせいで、雨が強くなった様に感じられた。
近くで見る砦は、蔓草が幾重にも絡まっている。あれでは、窓などの他出入口はまったく使ってないんじゃないのかな?
入口は、元々は両開きの扉だったのだろう。今は、その面影だけを残して扉の姿は無い。ザ・開けっ放し。
「見張りの姿は無いな」
「何も聞こえないよ!」
ジャンとトフトが、それぞれに状況を確認する。
と言う訳で突入です!
先頭はトフトが常時警戒。
次がわたしとザフザで、戦闘に対処。
その後ろに、ジャンとニードルスが後衛として備え、最後尾をゴーレムちゃんが守る形だ。……あ、レプスくんは、なんかわたしの頭の上にいます。なぜだ??
通路は、2人並んでも平気なくらいに広い。けれど、天井はやや低めで手を伸ばせば届いてしまう。
壁は、老朽化のせいか所々に穴が開いていた。そのお陰で、少し薄暗いけれど灯りは無くてもなんとかなりそうだ。……てゆーか、ヘタに灯りを点けるとトフトの視野が狭くなるのですがなあ。
「……ヒドイ臭いですね」
ニードルスがスンと鼻を鳴らす。
「オークの巣だからな。焼きたてのパンの匂いなんて期待出来ないよ」
ジャンが、自分も鼻を押さえながら肩をすくめた。
砦に入った瞬間から、独特の臭いが鼻をついた。なんて言うか、体験学習で行った家畜小屋みたいな?
それに、少しだけ血の臭いが混ざってる気がするのだけれどどうでしょう?
悪臭にはだいぶゲンナリするけれど、敵が出て来ないのはありがたかったり。……って、出なさすぎでしょ!?
砦の中を進む事しばし、悪臭は強くなるけれど、1体のオークとも遭遇しないのはいくらなんでもおかしい!
「おかしいですね。オークが見当たりません!」
わたしが言う前に、ニードルスが小さく呟いた。
「ザフザ、本当にここなの?」
「ああ、それは間違いない。ここがあいつらの巣だ」
わたしの問いに、ザフザはコクコクとうなずいた。
「足跡もここに続いてたからな。間違いないだろ……」
「シッ!」
トフトがジャンの言葉をさえぎった。同時に、レプスくんも何かに気づいたのか警戒しているみたい。動くな重い!
「どうした、トフト?」
「奥から、何か聞こえるんだ!」
ザフザに答えて、トフトが地面に耳を当てる。
レプスくんもまた、わたしの上から降りて姿勢を低くしている。
どうやら、何かを察知したみたいなのだけれど。
一方わたしは、そんな姿を後ろから見て、トフトとレプスくんがお尻をプリッとさせてて面白い。とか思ったりしたけれどナイショだ。
「……ずっと奥の方で、何かが歩いてる。大きな物を引きずってるみたいだ」
トフトの言葉に、皆が顔を見合わせる。
「それって、オークって事?」
「それは解らないよ。でも、何かいるんだ!」
まあ、そうですよね。
とにかく、何がいてもレトたちを助け出すのは変わらない訳だし。
「行きましょうか。ただし、最大限に警戒してください。
人質を救出したなら、無理に戦闘する必要も無いでしょう」
ニードルスの言葉で、わたしたちは再び歩き始めた。
情景が一変したのは、何度目かの角を曲がった時だった。
「……なんだ、これ?」
ジャンが低く小さいけれど、ハッキリ聞こえる声で呟いた。
まだ続く通路。
だけれど、ただ薄汚れたそれとは違って、ひび割れ、崩れ、おびただしい血痕にまみれていた。
「……まるで、ここで激しい戦闘でもあったみたいですね」
辺りを見回しながら、ニードルスが呟く。
あちこちに飛散した血痕は、一部は黒く変色している所もある。
また、良く見ると血溜まりの中には何かの腕らしき物が落ちている。
ザフザは、その腕をヒョイと拾い上げてしげしげと見つめた。
「これは、ゴブリンの腕じゃあないな」
そう言って、こちらにズイッと突き出してくる。
わたしがウヒーッとなっている横で、ニードルスが腕を間近で観察している。
「どうやら、人間でもない様ですね。
ウロさんはどう思いますか?」
わ、わたしに振るんじゃないよ!
……とは言え、確認は大事なのソレですね。はふぅ。
覚悟を決めて、わたしも腕を見つめてみる。
『オークの腕』
ぬう。
博識スキルによって、これがオークの腕だと解ってしまいましたよ。
良く見ると、断面は刃物などで切断された物ではなく、荒くてデコボコしている。
……どうやったら、こんな事になるんだろう?
「これは、何かに咬みちぎられた痕だな」
同じ様に腕を眺めていたジャンが、1人で納得した様にうなずいた。
「……咬みちぎるって、何に?」
「さあな。けど、この傷痕はどう見たって大きな生き物の咬み傷としか思えない!」
わたしの問いに、ジャンが首を振りながら答える。
「では、ここにオークがいない理由は何かに捕食されたと?」
「……そう言う事になるな!」
ニードルスに答えて、ジャンがうなずいた。
いやいやいやいや。
ここにいたオーク、全部を捕食して回る生き物って何よ!?
そんなの、勝てる訳無いし!
てゆーか、人質も絶望的なんじゃないの!?
だとしたら、さっさと脱出して報告しなきゃじゃね!?
わたしがそんな事を考えている最中、不意にレプスくんの耳がキンと立ち上がった。
「聞こえる!」
同時に、トフトが目をむいた。
「聞こえるって、何がだ?」
「聞こえる。誰かが泣く声。……これは、女の子だよ!」
ザフザに問われ、興奮気味に答えるトフト。
「こっちだ!」
そう言うと、トフトは弾かれた様に走り出した。
「トフト!」
「待て、トフト! ザフザ!!」
慌ててトフトを追いかけるザフザに、ジャンの声は届かなかった。
「ああ、もう!」
さらに奥へと走り去るゴブリンたちを、ジャンが追いかけて走り出しす。
一瞬、わたしと目を合わせたニードルスは、小さくため息を吐き出した後、わたしと一緒に走り出した。
通路を進んだ先は、2手に別れていた。
一方は広間へ。もう一方は、恐らくは武器庫か宝物庫だろう、大きな錠前のついた扉が。
だけれど、中は土砂に押し潰されてしまったらしく、半壊した扉の奥は土で埋まっていた。錠前は無事だけれど。
「広間ですね!」
ニードルスにうなずいて、わたしは広間へと走り込んだ。
5メートル四方の部屋は、盗賊たちの食堂だったと思われる。
土砂が入り込んで、もう見る影も無いのだけれど、わたしにはそう思えた。
その奥に、恐らくは厨房だった部屋が見え、そこでうずくまるザフザとトフトの姿があった。
「ザフザ、トフト!?」
「ウロ、ニンニ様が! それに連れ去られた子供たちも!!」
そう叫ぶザフザの手には、トフトとは別のゴブリンの手が見える。
たぶんだけれど、厨房を無理矢理に牢屋っぽく改造しているみたいだよ。
その隙間から、何本もの小さな手が伸びて、ザフザやトフトの手を握っている。
「ジャン、レト収税官は?」
「いない、ここには見当たらない!」
わたしの声に、ジャンが大きく首を振った。
むむむ。
もしかして、もう何かに食べられちゃった!?
わたしが恐ろしい妄想をしていると、わたしの背中をレプスくんがペシッと叩いた。
「うおっ!?」
慌てて振り向くわたしに、レプスくんは、鼻をフンと鳴らす。
レプスくんの後ろには、いくつかの樽が転がっているのだけれど。
その内の1つが、ゴトゴトと動いていた。
も、もしかして!?
立ち上がったわたしが、樽に駆け寄ろうとした瞬間、
「ウロ、動くな!」
ジャンの一喝に、ビクンと肩が跳ね上がる。
次の瞬間、わたしの視界にあった茶色い土砂がグニャリと動いた。
「えっ!?」
茶色い土砂だと思っていたそれは、ぶよぶよと波打たせながら、ゆっくりとこちらを向いた。
「な、何ですかこれは!?」
ニードルスから、驚愕の声が漏れた。
わたしたちの眼前にいるそれは、わたしの背丈ほどはあろうかと言う巨大な『首』だった。
そして、あろう事かその首は、口からオークの半身をダラリと垂らしている。
目をそむけたくなるほど、それは恐ろしくて不快だった。
もう1つ、わたしを驚愕させた事があったよ。
それは、この怪物の頭上にあった名前。
そこには、『ミュータント・オークチーフ』とあったのだから。




