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第四十九話 異変は静かに

 前回のあらすじ。


 〝演説を 超頑張ったニードルス

 無駄に終わって だいぶションボリ〟


 詠み人:ウロ




「ぶっはーっ!!」


 足早にゴブリンの洞窟を抜け出したわたしたちが最初にした事は、とても大きな深呼吸だった。


 湿気と悪臭に満ちた洞窟内と、雨降りとは言え、草や雨の匂いの森とでは天と地ほどに差があるし。悪いけれど、夢心地ですよ。


「さあ、のんびりしてる暇は無いぜ? ザフザ、案内を頼む!」


 ジャンの言葉を、わたしはザフザに伝える。

 ザフザは、首を縦に振って先頭を歩き始めた。


「……みんな、すまない」


 歩き始めてしばらく経った頃、ザフザがポツリと呟いた。


「どしたの、急に?」


「いや、こんな事になってしまって……」


 わたしの問いにザフザは、決まりが悪そうに答える。


 もちろん、こんな事って言うのは若いゴブリンたちの暴走の事だ。

 功を焦った若者が、まさかこんな事をするなんて思いもしなかったらしい。


 まあねぇ。

 確かに、そうかも知れない。


 だって、ザフザの出立に誰1人として加勢を申し出るゴブリンがいなかったもの。


 でも、ゴブリンの『功』って何だろう?

 多少の身分制ッポイ物はある感じだけれど、騎士団みたいに階級がある様には見えなかった。


「ねえ、ザフザ。ザフザたちにとっての『功』ってなあに?」


「俺たちにとっての『功』は、一人前の戦士として認められる事だ」


 ザフザの話によると、ゴブリンは、大人になったすべての者が戦士と認められる訳では無いらしい。


 戦士として認められるには、一族に対して何らかの利益をもたらさなければならない。

 それは、強大な敵を倒すのはもちろん、新しい狩場だったり。武器や防具などの獲得だったり。


 それらを経て、一人前の戦士となるらしい。


 だけれど、ずっとこの森で暮らしている以上は、そうそう新しい狩場なんて見つからないし、新装備なんて手に入らない。

 だから、一族でもゴブリン・ファイターの様な称号を持つ者はほんの一握りで、そのほとんどがただのゴブリンなのだとか。


 にも関わらず、狩りや採取で手に入った食糧などはすべて共有財産で、族長や長老をはじめとした一族の中心と称号を冠する者たちからその恩恵に与れる。

 それは、大きな獲物から木の実1つにいたるまで。


「だから、若いヤツこそ躍起になってしまうんだ。何もしなくたって、腹は減るからな」


 そう言って、ザフザはため息を吐いた。


 ぬう、何この格差社会!


 ……でも、あれ?

 わたしが最初に出会ったゴブリンって、武器も防具も装備してたのに称号無しだった様な??


 その事をザフザに問うと、

「たった今見つけたか。あるいは、どこかに隠してたんだろうな。……昔の俺みたいに」


 そう言って、ザフザは腰の剣をスラリと抜いた。


 ……いや、スラリじゃあないよ。ギチギチと不快な音だよ。


 きしむ様な音を立てて抜かれた剣は、だいぶくたびれたショートソードだった。

 かなり古い感じの剣は、あちこち錆びて刃こぼれしている。


「手入れ、まったくしてないな」


 ジャンがボソリと呟いたけれど、これは通訳しなかった。


 なるほど、古いだけじゃない剣は、きっと、1度もメンテナンスなんてされてないのだろう。そんな風に見えた。


 事実、確認すれば『ショートソード』ではなくって『ひどく錆びたショートソード』となっている。


 ぬぬぬ。

 そう言えば、わたしも剣のメンテナンスなんてしてないよ!

 汚れなんかは拭いたり、水で洗ってはいるけれどね。

 ある日突然、剣が抜けない! なんて日が来たら。

 おおう、考えただけで恐ろしい。街に帰ったら、鍛冶屋さんに行ってみようかな? などと。


「ずいぶんと使い込んでるね?」


 わたしがそう言うと、ザフザは少し眉間にシワを寄せた。


「これしか無いからな。俺たちには、剣を作り出す事なんて出来ない。長老からせっかく貰った剣は、俺には重くて長すぎるしな」


 そう言って、ザフザはチラリとジャンを見る。

 レト収税官の剣は、ジャンが預かり背負い袋の中にしまわれている。長さ的にはロングソードくらいあって、儀礼用の装飾が施されている分重かったのかも知れない。


 まあ、そんなこんなで、称号無しゴブリンのほとんどは、手に入れた武器や防具をきちんと献上しないらしい。称号持ちの誰かに回されてしまうし、装備があると無いでは、獲物を倒せる可能性が格段に違う。

 また、食糧にいたってはその場で食べてしまう事もザラなんだとか。


 ……えと、うん。シカタナイネ!


「じゃあ、ザフザ。お前は何をして称号を手に入れたんだ?」


 矢の数を数えながら、ジャンが口を開いた。

 わたしがそれをザフザに伝えると、ザフザは困った様に顔を強ばらせた。


「あ~、いや、うーん」


 明らかに、何かある感じなのだけれど。言えない様なナニカなのかな?


「ザフザが言わないなら、僕が教えてあげるよ!」


 突然、後方から声が上がる。


「うわああ!!」


 同時に、リックが悲鳴を上げて尻餅をついた。


 震える手で農具を構えたライナスの見据える先には、1体のゴブリンの姿があった。


 タヌキみたいな毛皮の帽子をかぶり、ボロボロのソフトレザーを着込んだゴブリンは、たぶんだけれど、満面の笑みでこちらを見詰めていた。


「こ、こここいつ、いつの間に!?」


 リックの前に出たライナスの語気が荒くなった。


「ま、待て! 待ってくれ!!」


 その様子を見て、ザフザが慌てて駆け寄った。


「トフト!!」


「ザフザ、僕を置いて行くなんてひどいよ!?」


 トフト!?

 トフトって、ずっと気絶してたあのゴブリン!?


 わたしは、慌ててトフトと呼ばれたゴブリンのステータスを確認する。




 名前 トフト


 種族 ゴブリン 男

 職業 シーフ Lv3


 HP 21

 MP 13




 うぉう。

 シーフ!!


 ずっと気絶してたからチェックしなかったけれど、こいつも称号持ちだったとは。


「トフト。お前、いったい何しに来たんだ!?」


「何しにって、ザフザを助けに決まってるじゃん?」


 必死の形相のザフザに対して、キョトンとした表情のトフト。


 ……思ったより、胆が座ってるのかな?


「助けにって、俺たちがどこに向かってるのか解って言ってるのか?」


「そのくらい、知ってるよ。オークの棲み処に行くんでしょ?」


「解ってるならなんで!?」


「村の連中は頼りにならないからね。オークなんか、僕のナイフで……」


「そのオークを見た瞬間、気絶したのは誰だ!?」


「だって、あれは急に出てきたから……」


 はうっ!!

 殴られたとかじゃあなくって、見ただけで気絶してたのかい!!


 わたしの通訳を聞いていたジャンとニードルスも、顔に手を当てて空を天を仰いでいる。


「……とにかく、もう時間もありません。

 ザフザ、先を急いで下さい。トフトは、後方の警戒をお願いします」


「ああ、すまない。

 トフト、やれるな?」


 ニードルスの言葉を受けて、ザフザがトフトに言った。


「任しとけって!」


 トフトは、ドンッと胸を叩いて隊列の最後尾へと駆けて行った。


「よろしくな、ヒト族!」


「あ、ああ、よ、よろしく」


「……よろしく」


 トフトに声をかけられて、困惑した様に返事を返すリックとライナス。


 なんだか、後列が思い切り不安なのは何でなんだぜ?


「ああ、そうだ!」


 わたしが不安に頭を悩ませている最中、ニードルスが何かを思いついた様に呟いた。


「トフト、先ほど言っていたザフザが認められた訳を教えてくれませんか?」


 おお、すっかり忘れてた!

 わたしも興味があります!


「良いよ。えっと、ザフザは昔……」


「トフト!!」


 静かな森に、ザフザの一喝が響いた。


「わ、解ったよザフザ。また今度な、エルフ族!」


 そう言って、肩をすくめるトフト。


「……フム、仕方無いですね」


 ニードルスも、軽く首を振って応じる。


「……あのな、お前ら。

 オレたちは追跡しながら敵の巣に向かってるんだぜ? 少しは静かに出来ないか?」


 あう。

 ジャンに怒られちゃったので、静かに移動しましょう。そうしましょう。


 辺りを警戒しつつ、ほとんど会話も無いまま、足音と雨音だけが静かに耳に届いている。


「先生!」


 その静けさを破って、リックの呼ぶ声が聞こえた。


「どうしたんですか?」


「タヌキ帽子のゴブリンが、何か騒いでるんだ!」


 見れば、後ろでトフトが小さく何かを言ってるみたいだよ。


「解りました。ちょっと聞いてみますよ」


 わたしは、ザフザとジャン、ニードルスに少し待つ様に伝えてから最後尾のトフトの元へ向かった。


 近くに寄ってみると、トフトは小刻みに震えていた。

 まるで、何かに怯えてるみたいだけれど。


「トフト、どうかしたの?」


「あ、あ、ひ、ヒト族。

 嫌な音がするんだ。血の臭いもする!」


 なんですと!?


 わたしは、辺りを見回してから耳をすます。

 ……けれど、わたしの耳には雨音がシトシト言う他には何も聞こえなかった。


「何も聞こえないよ?」


「聞こえるよ! 何かを砕く様な、とても嫌な音なんだよ!」


 かぶりを振るトフトは、真剣な眼差しでとても嘘を言ってる様には見えない。


「どこ? どこから聞こえるの?」


 わたしの言葉に、トフトは震えながら指差した。


 トフトの指差す方、わたしたちの進もうとした方向より少しだけ南西かな?

 来る時に休憩した様な、大きな木があった。


「解った。様子を見て来るから、静かに待っててね。出来る?」


「出来る! 静かに、黙るよ」


 そう言ってトフトは、口をギュッとつぐんだ。


 わたしは、急いで先頭へと戻る。


「みんな、トフトがあの木の方から嫌な音が聞こえるって。あと、血の臭いがするって!」


 それを聞いてジャンもニードルスも、もちろんザフザも耳をすまし臭いをかいだ。


「……何も聞こえないな」


「臭いも解りませんね」


「だが、トフトの奴は耳も鼻も利くんだ。あの木の下に何かあるのは確かだろう!」


 トフトを良く知るザフザの意見に、わたしたちの誰も異論は無い。

 てゆーか、近くを通るしね。


「よし、俺とウロが見て来る。ジャンとエルフは待っててくれ。もしもの時は頼む!」


 何故か名前を覚えられていないニードルス。

 いや、そんな事よりわたしが行くのですね。主戦力ですもんね解りましたとも。


 わたしは、リックとライナスに鞄を預けて、その場で待機する様に伝えてからゆっくりと進んだ。


 距離にして、10メートルくらいあるだろうか。

 そこまで近づいて、はじめて異臭に気がついた。


 なるほど、確かに血の臭いッポイかな?

 でも、もっと獣臭いみたいな感じもする。


 わたし以外のみんなも気づいたらしく、眉間にシワを寄せている。


 わたしとザフザは、うなずき合ってからジャンとニードルスに待機の合図を出す。まあ、手を上下させるだけなのだけれど。


 ジャンとニードルスが無言でしゃがむのを確認してから、わたしとザフザは中腰で前進する。


 あと5メートルくらい。


 回り込む様に迂回しつつ、木の反対側を確認する。


 隆起した大きな根っこがあって、その上に座る人影らしき物が2つ見えた。


 いや、人影じゃあないよ。

 人とは明らかに違う容貌は、どちらかと言うと豚を醜悪にしたそれだった。


 オークだ。


 オークが2体、木の根に腰を下ろして何かしている。


 時おり、「ゴリッ」とか「バキッ」と言った音が聞こえる。これを聞き取ったとしたら、トフトの耳はかなり優秀だと思う。


「あっ!?」


 その時、ザフザの口から声が漏れた。

 わたしが慌てて人差し指を口に持っていくけれど、ザフザには見えていなかった。


 ザフザの視線の先。

 それをたどったわたしの目に入って来た物は、とても恐ろしい光景だった。


 2体のオークは食事中だった。

 口の回りを真っ赤に染めてかぶりつくのは、鹿や猪でもなければ、もちろん熊でもない。


 人間の子供くらいの大きさの腕は、深い緑色をしている。それを噛む度に、「ゴリッ」とか「バキッ」と言う音が響いた。


 傍らに転がるその生き物の首には、かつては深紅に光る目があっただろう。今は、暗い穴があるだけだった。


 ゴブリンだ。

 このオークたちは、ゴブリンを捕食している!


 頭の数から、恐らくは3体のゴブリンが犠牲になったのだろう。

 ここにきて、むせ返る様な血の臭いが鼻をついた。


 まだ、オークはこちらに気づいてはいない。

 わたしは、急いでジャンとニードルスを呼ぼうとした。したのだけれど。


「うああああっ!!」


 突然、わたしの隣から雄叫びが上がる。

 同時に、ザフザが駆け出した。


「ちょっ、ザフザ!?」


 わたしの声を背に受けても、ザフザの突進は止まらなかった。


 雄叫びに気づいたオークが、一瞬だけビクッと身をすくませる。


 そんなオークの背中から、ザフザが剣を抜いて斬りかかった。


「ビギャアア!!」


 右肩からの袈裟斬りを受け、手前のオークが絶叫する。


 ああ、もう!


「ジャン、ニードルス。オーク2体発見、援護して!」


 後ろに向かって叫びながら、わたしも剣を抜いて走り出した。


 前方では、立ち上がったオークがザフザに向かって、たった今までかぶりついていたゴブリンの腕を投げつけている。

 奥のもう1体は、木の陰になって見えなかったけれど、大振りの棍棒を握っている。


 てゆーか、コイツらでっかいんですけれど!?


 立ち上がったオークは、どう見てもわたしより頭1つ分以上は大きい。

 どちらかと言うと、オーク・チーフと同じくらいに大きいよ!


 だけれど、オーク・チーフの赤黒い皮膚の色とは違って、普通のオークと同じ薄いオレンジ色の皮膚をしている。


 ステータスを確認するけれど、やっぱり普通のオークに違いない。


 何?

 ゴブリン食べたから、進化でもしたの!?


 って、考えるのは後。

 今は、目の前の脅威を何とかしないと身体に悪い!


「おいでませ、レプスくん!」


 一瞬だけ足を止めて、地面に手をつき魔力を巡らせる。薄暗い森に、魔法特有の青みがかった光が輝き、消えた後には凛々しく立つワイルドバニーの姿があった。


「レプスくん、奥のオークを牽制して。すぐにそっち行くから!」


 わたしが叫ぶと、レプスはヒクッと鼻を鳴らしてから、ググッと身を沈ませると弾丸の様に飛び出して行った。


 同時に、すぐ近くから「ガキンッ」と言う金属音とオークの悲鳴が響いて来た。


「くそっ、剣が!」


 ザフザの剣は、オークの胸に刺さった状態で折れてしまっている。

 しかも、剣は致命傷にはなっていないみたいだよ。


「ザフザ、受け取って!」

「!?」


 わたしは、ザフザに向かってわたしのブロードソードを投げた。

 ショートソードに比べたら少し長いし重いけれど、レトの剣よりはだいぶましなハズ。


 ザフザが剣を受け取ったのを確認して、わたしはさらに奥へと走った。


 走りながら鞄の中を……って鞄、リックたちに預けちゃってるし!


 やばーい!

 武器がなーい!!


 走りながら混乱してみたりするけれど、早くしないとレプスがマズイ事になっちゃうから混乱してる暇もありゃしないよ!


 ……ちょっぴり、MPがキツいかも知れないけれど。


 オークの手前まで走ったわたしは、地面に手をついて再び魔力を巡らせた。


「おいでませ、ゴーレムちゃん!」


 レプスのスピードに翻弄されていたオークが、目の前のわたしに気がついたらしく棍棒を高らかと振り上げた。


 ブンッと言う風切り音がして、わたしの頭上に棍棒が振り下ろされる。


 ドガッ


 鈍い音と衝撃がわたしの頭上で炸裂し、近くに折れた棍棒が転がるのが解った。


 わたしの前には、わたしをかばう形で立ちはだかるストーンゴーレムの姿があった。


「プギャアッ!!」


 石の塊を強打したオークは、腕の痺れに叫び声を上げている。


 チャンス!!

 わたしは、ゴーレムの後ろでファイティングポーズをとった。


「ゴーレムちゃん、右フック!」


 わたしが命令と同時に右手を振ると、ゴーレムは石の右拳をオークの右頬に叩きつける。

 鈍い打撃音と同時に、オークの顔が左へと弾き飛ばされた。


 おお!

 フックが通じた!

 ゲームだった頃にも、スキル以外の動きは出来たしね。


「ゴーレムちゃん、次は左フック!」


 思わぬ攻撃と打撃力に、棒立ちのオーク。

 その無防備な左頬に、ゴーレムの強打が撃ち込まれる。


 反対側に弾き飛ばされるオークの顔は、苦痛と困惑にあるみたいだった。


「ゴーレムちゃん、右フック! 左フック! 右フック! 左フック! 右……」


 わたしのかけ声に、忠実な石の僕は確実に作業を繰り返した。


 鈍い打撃音が、雨の森にリズミカルに響き渡り、その度にオークの顔は左右に弾き飛ばされて行った。


 ふと、ゴーレムの拳が空を切り、打撃音が途絶えたと同時に、オークは、糸を切れた人形の様に崩れ落ちて立ち上がっては来なかった。


「ゴーレムちゃん、ストップ!」


 わたしの声に反応して、ゴーレムはピタリと動きを止める。


「やった、やったよゴーレムちゃん!

 レプスくんも、ナイス足止め!」


 ゴーレムちゃんは、わたしの方を向いて停止し、レプスくんは、倒れたオークの上で鼻をヒクヒクさせている。


 ……あっ。

 もう1体いたんだっけ!


 わたしが慌てて振り返ると、そこには、唖然とした表情のザフザとジャンとニードルスの姿があった。


「あ、もう倒してた?」


 倒れたオークには、焦げた跡と数本の矢が刺さっている。どうやら、2人のサポートは間に合ったみたい。


「……ウロさん」


「は、はい?」


「もう、貴女が何をしても驚かない事にしました。それは、ウロさんだからです。

 ですから、1つだけ教えてください。今のは、何ですか?」


「え、えと、ろ、ローリングパンチ?」


「……どこで覚えたのですか?」


「た、旅の拳闘士から」


「……解りました。ありがとうございます」


 それだけ言うと、ニードルスはオークのかたわらに座り込んでしまった。


 う、嘘は言ってないもん!

 技の名前は忘れちゃったんだけれど、教えてくれたのは、ゲームだった頃のチームの先輩拳闘士だもん!!


「ウロ、ありがとう。助かった!」


 ブツブツと独り言を言っていたわたしに、ザフザが声をかけてきた。


「ザフザ、剣は大丈夫だった?」


「ああ、長さがまだ慣れないが、重さは大丈夫だ」


「じゃあ、それあげる。折れた剣の代わりに使って?」


「良いのか? お前の牙だろう!?」


「わたしは、まだあるから大丈夫だよ!」


 リックから鞄を受け取ったわたしは、ブロードソードをもう1振り取り出した。


「……すまない。お前には、2度も助けられたな」


 そう言うとザフザは、剣を丁寧に鞘に納めると、トフトのいる方へと走って行った。


 ……ぬう。

 それにしても、まさか本当にゴブリンを食べるなんて。


 ついさっき見た光景を思い出しそうになって、慌てて思考を遮断してみた。血とか怖いです。今さらとか言っちゃダメです。


「ウロ、ちょっと見てくれ!」


 脳内言い訳を展開していると、ジャンに呼ばれたので言い訳終了。


「どしたの、ジャン?」


 ジャンは、木の根の辺りを探っている。


「ウロ、どうやらオークはもう1体いたみたいだ」


 ぬぬ!?

 どゆ事??


「オレたちが向かおうとしている方に、足跡が続いてる。

 向きからいって、戻った奴が少なくとも1体はいるな!」


 そう呟きながら、ジャンが地面を指差した。


 わたしには、やっぱり荒れた地面にしか見えないのだけれど。


 ジャンの予想だと、オークに襲われたのはわたしたちが追っていたゴブリンの若者たちで、いなくなった1体のオークが、レトを連れ去った。と言う事みたい。……やるな、ジャン!


 とにかく、少し休憩したらすぐに出発しなくちゃ!


 などと考えてましたら。


「ウロさん、来てください!」


 今度はニードルスに呼ばれましたよ。また、怒られるのかな?


「な、なあに、ニードルスくん?」


「これを見てください!」


 ニードルスの手には、オークから採取したと思われる魔石があった。


「……ニードルスくん、魔石が貴重なのは解るけれど、今はそれどころじゃあ……」


「良く見てください。これは異常ですよ!」


 ニードルスの手にある魔石は、雨を受けて怪しく輝いて見える。綺麗だけれど、そう言う事じゃあないよね?


「えっ!? どゆ事なの??」


 首をかしげるわたしに、ニードルスはため息を吐いた。


「良いですか、ウロさん。

 オークから採れる魔石が、こんなに巨大な訳はないんですよ!」


 ニードルスが上着のポケットから取り出したのは、拳大の魔石。今朝、ザフザたちを助けた時の物だ。

 一方、今回採取された魔石は、人の頭くらいある巨大な物だったのだ。


「何がどうなってるの?」

「解りません。ですが、これらオークをまとめているのはオーク・チーフです。

 もし、このオーク同様に巨大な魔石を持っているとしたら……」


 ニードルスは、それっきり黙ってしまった。

 わたしも、それ以上は何も聞けなかったよ。


 ジャンの見詰める足跡の先に、わたしは不安しか見えなかった。


 一方、トフトは気絶していた。

 オークに驚いたからではなく、地面からウサギやゴーレムが生えたからだったらしい。


 ああ、不安だよ!!


 わたしは、木々の間から辛うじて見える鉛色の空を見上げてため息を吐いた。

 白く染まる視界に一瞬だけホッとしたのを、何となく覚えておこうと思ったりしたのでしたさ。

活動報告にて、関連した小話を掲載しております。


そちらも併せて、お楽しみ頂けたら幸いです。

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