第四十四話 鉛色の空は不安がいっぱい
ついに魔界魔法が使える様になりました。ウロです。魔女っ娘ですよ、魔女っ娘! 泣く子はいねが~? 悪い子はいね~が~!?
夜中から降り始めた雨は、朝になっても止まずに降り続いていた。
マーシュさんの話では、冬の訪れを告げるこの時期特有の雨なのだそうで、大体3日くらい降り続くらしい。
言われてみれば、何だか急に寒くなった様な気がする。……かな?
そんな冷たい雨の中を、わたしとマーシュさんは村長宅を目指して歩いていた。
ぬかるんだ畑道に苦労しつつも、吐き出す息がうっすらと白くなっているのに感動したり。それに気をとられて、転びそうになったりしてたけれどナイショです。
早朝も早朝、まだ夢の中にいたわたしは、けたたましい扉を叩く音で目を覚ました。
フニャフニャと扉を開けますと、そこには、村長の使いだと言う少年が立っていた。
少年は、「村長が用があるからマーシュに来て欲しいって。あとウロも!」とだけ言うと、雨の中を駆けて行ってしまった。裸足だったよ。
訳も解らないままに、マーシュさんと2人、バタバタと用意して家を出た。
雨だけれど傘は無い。
ゲームだった頃にも雨はあったけれど、視界が悪くなったり水系の魔法やモンスターが強くなったりするくらいで、濡れて不快だとか寒さに震えるなんて事はなかった。
だから、雨の中でも普通に走り回っていたのだけれど、今は寒くてイヤだよ。
何かなかったかな?
そんな感じで鞄を探ってみたら、去年の梅雨イベントで貰った『ピチョピチョカエルマント(フード付)』があったので着てみる。
エメラルドグリーンのポンチョみたいなマントに、カエルの頭フードが可愛い。そして、水系攻撃ダメージ軽減10%の優れ物。もちろん防水だ!
わたしがマントを羽織ると、マーシュさんはギョッとした目でみたけれど、やがてほうほうとうなずいた。
「見た目は奇抜だけど、なかなか良い品みたいじゃないか。
しっかり保存までされてるよ」
「保存?」
首を傾げるわたしを見て、マーシュさんが小さくため息を吐いた。やや白い。
「保存と言ったら、『保存魔法』に決まってるだろ?
付与魔術師のニードルスといて、何で知らないんだい?」
あうち。
まだまだ、世間知らずなワタクシですよ。
保存魔法は、その名の通り保存を目的とする魔法の様だ。
対象に施せば、腐敗や劣化などから防ぐ事が出来る。
もちろん、完全に防げはしないみたいだけれど、圧倒的に寿命が延びる。かなり便利じゃね?
付与魔術の1つみたいだけれど、ニードルスは知ってるのかな?
「旅装束や装備品なんかには、簡単な保存魔法がかけられているよ。
アタシの帽子や外套にも、簡単な保存がされてるね。
しっかり保存したいなら、上級の保存魔法が必要さね。身近な所だと、市民票なんかがそうだね」
そう言って、マーシュさんは自分の帽子の鍔を指先で弾く。
すると、まるでビニールみたいに水滴がパッと散っていった。
おおー、スゴーイ。
そして、知らなかった!
どうやら、市民票の紙が硬質プラスチックのカードみたいになったのは、上級保存魔法がかけられたためみたいだよ。
思わぬ所で謎が解けたりしている内に、わたしたちは村長宅へとやって来た。
「マーシュだよ、開けておくれな?」
杖でゴンゴンと扉を叩きながら、マーシュさんが呼びかける。
すぐに、中から下働きの若者が顔を出した。
「マーシュ、もうみんなあつ……!?」
若者が、わたしを見て絶句している。
何? 可愛かろう?
「ああ、これは気にしなくていいよ。
それより、早く入れておくれ?」
これって。ぬう。
「ど、どうぞ。
みんな、広間に集まってるよ」
わたしとマーシュさんは、外套の雨水を払ってから中に入った。
案内された広間は、村の会合なんかに使われる所だ。
わたしたちが通されると、すでに集まっていた村の男連中がこちらに顔を向ける。
「遅いぞ、マーシュ。
呼びに行ってから、ずいぶんと経つじゃないか!」
「女の身仕度は時間がかかるのさ。
野暮な事をお言いでないよ!」
村長であるカレッカさんの文句に、マーシュさんは手をヒラヒラと振って答えた。
「とにかく、座ってくれ!」
不機嫌そうなカレッカさんに距離を取りつつ、座る場所を探す。
「ウロさん、マーシュ殿!」
不意に、背中から声をかけられた。
振り向くと、声の主であるニードルスがわたしたちに向かって手招きをしている。
わたしとマーシュさんは、ニードルスの近くへと座った。
「何? 何かあったのニードルスくん?」
「さあ、私も寝起きに呼ばれたので何も解りません」
「……ここにいるのはみんな、家長ばかりだね。
少しばかり、厄介事が起きたのかも知れないねえ」
マーシュさんの言葉に、わたしとニードルスは思わず顔を見合わせた。
わたしとニードルスは、外から来た余所者なんですけれど?
いくら滞在許可を得ているからと言って、村の重要案件に首を突っ込んで良いとは思わない。ってゆーか、積極的に回避したいのですがなあ。
そんなわたしの願いも届かず、会合は始まってしまうのでしたさ。
「皆に集まってもらったのは、今朝方、村にやって来た馬についてだ」
カレッカさんの話によると、明け方近く、村に1頭の馬がやって来たらしい。
乗り手はおらず、ずいぶんとケガをしてる様だった。
それだけなら、旅の者が魔物か野盗にでも襲われたで済む話なのだけれど。
「……馬の鞍にコイツが付いとったんだ」
カレッカさんは、鎖の付いた金属メダルみたいな物を取り出した。
それを見たとたんに、周りのみんなが息を飲んだのが解った。
メダルは銅で出来た拳大の物で、剣と槍がクロスした後ろには盾、その上には首をもたげた竜の姿が刻まれている。
この地の者なら、子供でも知っている。
ハイリム王国の紋章に間違い無い。
と言う事は、お役人様か誰かが乗ってた馬なのかな?
「そ、村長、こりゃあもしかして……」
「ああ、収税官のレト様だ!」
村人の声にカレッカさんが答えた。それと同時に、村人はよりいっそうザワザワとし始めた。
レト様! ……って誰??
マーシュさんによると、レト様……レト・ディクソンは、この周辺の村を担当する収税官らしい。
下級ながらも貴族の家系で、村人に対して尊大な態度をとるためかなり嫌われているみたいだった。
そこまで聞いて、わたしは違和感を覚えた。
冷たい言い方だけれど、収税官の1人がいなくなっただけで、なんで村人がこんなにざわめくのだろう?
ましてや、だいぶ嫌われてる人物みたいだし。不謹慎だけれど。
わたしがそんな事を考えている横で、ニードルスがマーシュさんに質問する。
「マーシュ殿、収税官の1人がいなくなったのは残念でしょうが、何故、こんなに騒ぐのですか?
あまり、尊敬されていない人物の様ですし。
それに、騎士団の巡回を求めているのならば、これは大義名分を得たと考えられるのではありませんか?」
おおう。
ドライなご意見、さすがはニードルスだよ。
でも、わたしもそう思うよ?
利用って言ったらだいぶアレだけれど、使わない手は無いと思う。でないとレト様も浮かばれないよ!? ……まだ、行方不明だけれど。
ニードルスの話を聞いて、マーシュさんは軽く首を振った。
「ニードルスや、事態はそんなに簡単な話じゃあないんだよ。
ねえカレッカ、この子らを会合に呼んだって事は、頼む気だったんだろう?
観念して、詳しく話しておやりな!?」
マーシュさんの言葉に、カレッカさんは一瞬、目を丸くしたけれど、すぐに眉間にしわを寄せて唸り始めた。それは、他の男連中も同じだった。
マーシュさんは、フーッとため息ついてからわたしたちに向き直った。
「いいかい、収税官が来るのは毎年、春の終わり頃だよ。
現金収入の少ない農村だと、収穫後の秋だろうがね。
じゃあ、何でどちらでも無いこんな時期にレト様は、こんな所をうろうろなさってたんだろう。ねえ、カレッカ?」
「……賄賂、ですか?」
ニードルスが、たどたどしく言う。
「……便宜を図ってもらうための、心付けと言って欲しいな」
呻く様に、カレッカさんがそれに答えた。
イムの村は元々、岩塩採掘の為の集落だったらしい。
カレッカさんのお祖父さんが、まだ青年だった頃に開拓されたのだとか。
採掘場が閉鎖になった後、半分の村人がこの地を離れたのだけれど、残りの半分はそのままここに留まって現在に至る。
特産物は無いけれど、割りと何でも育つ土壌と豊富な森の恩恵のお陰で、今までやって来れたのだとカレッカさんは語った。
……何か、納得がいかないのだけれど。
「この辺りは自然魔力が豊富なんだよ。だから、珍しい薬草なんかも生えるし作物も良く育つ。
ここで育った牛の乳は、他よりも質が良いと商人連中が言ってた事があるよ」
カレッカさんの言葉に、マーシュさんが付け加えた。
自然魔力!?
何それ、マナ的な何かですか?
イマージュ・オンラインの世界には、マナ的な物は無かった。
でも、エリアによっては「魔力が歪んでる」とか「清らかな魔力が湧き出している」なんて表現される場所があったっけ。
マーシュさんの話では、世界には、この村みたいに「魔力溜まり」な所がたくさんあるのだとか。
だけれど、そのほとんどは人の近づけない様な場所にあるらしい。
この村は、偶然とは言え素晴らしい立地なんだって。
「お陰で、今までは何とかやって来れたんだが……」
カレッカさんが、ため息混じりにそう言ってうつむいた。
今までは、小さな村にしては納税もキチンとするし、他の村みたいに問題も起こさない。
騎士団も巡回しているから、治安も割りと安定していた。
でも、先の襲撃事件で騎士団は巡回路から外れてしまった。
しかも、騎士団の巡回復活と引き換えに多額の「心付け」を要求。
さらに、自警団結成補助金の中抜きまで言ってきているらしい。
うわぁ。
それ、余計に放って置けば良いんじゃないのかな? などと。
「……放っておけ。そう思っただろう?」
カレッカさんが、わたしの顔を見て言った。読まれちった!
「……所がそうもいかんのだよ」
先日、カレッカさんは王都に行っていたのだけれど、あれはレト様に会いに行っていたらしい。
そこで心付けを渡し、上に掛け合ってもらう約束をしたとの事。
そして、近くにその結果を持って村へやって来る予定になっていたらしい。
「と言う事は、レト様は何らかの結果を持って来る途中だったって事ですか?」
わたしの問いに、カレッカさんがうむとうなずいた。
同時に、それを見たマーシュさんが天を仰いだ。
「呆れたね。
相談役のあたしに話さなかったのかい?」
あ、マーシュさんって相談役だったんだ。
「で、いくら払ったんだい?」
何だか、高い物買っちゃった旦那に詰め寄る奥さんみたいなマーシュさん。
気まずそうに、上目遣いでマーシュさんをチラチラ見ていたカレッカさんだったけれど、観念した様に口を開いた。
「……金貨100枚」
その瞬間、その場にいた全員が絶句した。……あ、わたし以外ね。
最初に口を開いたのは、何故かニードルスだった。
「ひゃ、100枚って。
この村は、そんなに財政豊かなんですか?
どうやって稼ぐのですか?
どう見たって、自給自足の村なのに。
魔力ですか? 魔力溜まりには金貨が湧くんですか?
それはどこにあるんウヒェー!?」
猛然と捲し立てていたニードルスが、奇声を発して倒れた。
「うるさいね、静かにしておくれ!」
ニードルスの背後から、目の座ったマーシュさんが呟いた。
マーシュさんの手に、少しだけ魔力が残っている。
たぶん、ニードルスの魔力を全部吸い取ったんだと思う。ああ、おっかねい。
「で、そんな大金どこから持って来たんだい?」
目が座りっぱなしのマーシュさんが、眼光鋭くカレッカさんを睨みつける。
「皆の、来年分の預り金と秋口に備蓄していた小麦を金に換えて……」
ああ、ダメだこの人。
その後、しばらくは村人たちからの罵声大会が続いた。シカタナイネ。
でも、奥さんのドーアさんが涙ながらに謝ってたのは辛かったですよ。
大方の罵声が終わった所で、マーシュさんが口を開いた。
「さて、終わった事は仕方ない。これからどうするか決めなくてはいけないよ」
そうは言うものの、村人から代案が出る訳ではない。
わたしは、あまりに慌ててたからかニードルスに膝枕をしていたけれど、少しためらいつつそのままに手を挙げた。
「はい、マーシュさん!」
「何だい、ウロ?」
「その金貨100枚、また払うってのはダメですか?」
わたしの言葉に、その場の全員が目を丸くした。ニードルス以外。
「またって、そんな大金がどこにあるんだい。ウロ?」
「ありますよ、ここに!」
わたしは、鞄から金貨を100枚取り出した。
出した瞬間、いきなり重くなる麻袋にビビる。
麻袋からこぼれ落ちる金貨に、全員が釘付けになった。ニードルス以外ね。
「う、ウロ、あんた、これ!?」
珍しくマーシュさんが狼狽えている。
「で、でかしたウロ! これで村は助かるぞ!!」
そう言って、金貨に駆け寄ろうとするカレッカさん。
しかし、それをマーシュさんが制した。
「お待ち、カレッカ。
あんた、このお金で何をするつもりだね?」
「決まってるだろう、もう1度王都に行って、今度はもっと上役の……」
「バカをお言いでないよ! そんなに大金を何度も持ち込んだと知れたら、単純に税金が上がるじゃないか。
ウロ、そのお金はしまっときな。……もしもの時は、助けてもらうかも知れないからね」
そう言って、マーシュ深くため息をついた。
わたしは、言われるままに金貨を鞄にしまう。
名残惜しそうに、カレッカをはじめとした村人が金貨を見詰めている。ニード(以下略)。
「……いいかい、カレッカ。
あんたがレト様にお金を払ったのは、変えようが無い事実だ。
そして、レト様はご自分でこの村を目指した可能性が高い。そうだね?」
「ああ、そうだ。ワシとの話し合いの後は、必ず村へ来る。……お供は連れないでな」
おおん!
カレッカさんもアレな人なら、レト様なる人物もだいぶアレな人だよ!!
街道でゴブリンやオークが暴れてるって言うのに、単独行動とか危機感どこレベルだよ!!
「それで、レト様は何しに来るはずだったんだい?」
「お、恐らくは先日の会合の返事を持って来るはずだと。
騎士団巡回の復活と、自警団設立補助金についての……その」
「ああ、もう良いよ。
となれば、レト様の捜索だね。あんたはそこまで考えて、あたしやウロやニードルスを呼んだだろう?」
「……すまん」
そう言って、カレッカさんは項垂れてしまった。
イヤイヤイヤ、すまんじゃないですよ!?
わたしたちってば、魔法修行に来ただけのか弱い一般ピーポーですからね!?
「そうと決まれば、早いに越した事はないね。
ウチからはウロとニードルスを出すよ」
「ちょっ!! マーシュさん、いきなり何を言っ……」
ゴトッ
ぎゃっ!
思わず立ち上がった瞬間、ニードルスの頭を落としちゃった。
し、白眼まではセーフって事に大決定で。少し泡が漏れてるけれど見えなかった。
「マーシュ、あんたは行ってくれんのか?」
「バカをお言いよ。あたしはもう、雨の中の探索なんて出来る歳じゃあないよ。
こう言う事は、若い連中に任せるもんさね!」
そう言って、カレッカさん笑って見せるマーシュさん。
……嘘だ、絶対。
あの人は、わたしたちより圧倒的に強いんだからね!? ……って言いたいけれど言えない不具合です。ぐぬぬ。
「よし、それじゃあウチからはジャンを出そう!」
そう言ったのは、トーマスさんだ。
むう、ジャンよりトーマスさんに来て欲しいなあ。
「では、後は自警団見習いから選ぼう。
自警団訓練に参加してる者は残って、後は解散。
他に参加してる者が家族にいる場合は、今すぐ呼んで来てくれ!」
カレッカさんの声で、村人はワラワラと帰って行った。
「さあ、あんまり時間が無いよ!
気合いを入れないとね!」
わたしの背中をポンポンと叩きながら、何故か嬉しそうにマーシュさんが言った。
気絶から回復したら、ニードルスはどんな顔するのかな?
まだ早朝には違いないのだけれど、雨のせいか気持ちのせいか、鉛色の空がやけに暗くて重く見えるのでした。




