第四十一話 魔法使いの弟子たち
焼かれて死ぬか、凍えて死ぬか。さあ、選べ! ……以上、マーシュさんの寝言より抜粋でございます。ウロです。出来れば、安らかなのが良いです。百年後くらい希望。
空が白む少し前、行商人の馬車がイムの村を後にした。
わたしとニードルスは、トレビスさんとブレッドくんをお見送り。眠いけれど。
行商人が出立するって事は、もちろん、あの4名の冒険者も付いて行くのだけれど。
出立間際、エルジンが、何やら不思議なセリフと共にわたしの手を取ろうとしたけれど、恐るべきスピードでニードルスがカットインして来てビビッた。結果、2人で握手してた。ひきつった笑顔同志だった。
去り際に、ジョナーが何やらブツブツ言ってたみたいだけれど。
後でニードルスに聞いたら、ニードルスが村長さん宅にお泊まりしたお陰で、ベッドが足らなくなったとかで、ジョナーだけ納屋で寝たんだって。天罰?
ちなみに、彼らの強さはこんな感じだった。
名前 エルジン
種族 人間 男
職業 戦士 Lv5
器用 11
敏捷 15
知力 16
筋力 18
HP 32
MP 18
スキル
共通語
礼儀
格闘 Lv2
剣の扱い Lv3
剣技 Lv3
突き
名前 ジョナー
種族 人間 男
職業 戦士 Lv5
器用 9
敏捷 13
知力 14
筋力 24
HP 45
MP 13
スキル
共通語
格闘 Lv3
剣の扱い Lv3
剣技 Lv3
突き
薙ぎ払い
名前 メイソン
種族 人間 男
職業 盗賊 Lv5
器用 16
敏捷 22
知力 18
筋力 12
HP 26
MP 19
スキル
共通語
暗号術
盗賊の極意 Lv2
剣の扱い Lv1
短剣の扱い Lv3
剣技 Lv3
二段突き
ディザーム
名前 コール
種族 人間 女
職業 僧侶(知識の神) Lv4
器用 15
敏捷 14
知力 20
筋力 13
HP 19
MP 37
スキル
共通語
礼儀
神聖魔法 Lv3
……ふむ。
これで、魔法使いがいればRPGの基本みたいなパーティだよ。
わたしとしては、ゲームだった頃の記憶から最大の6人パーティ推奨なのだけれど。
まあ、この世界でそんな知識は通用しないのだろう。
それでも、その後ろ姿に無事を祈らずにはいられなかったりしました。にゃむ。
さて、いよいよ魔法使いの弟子ライフですよ!
みんなを見送ったわたしたちは、その足でマーシュさん宅を目指した。
早朝にもかかわらず、マーシュさんは、わたしたちの朝食を用意して待っていてくれた。
昨夜のシチューに塩漬け肉を足した物と、茹でたジャガイモ。
シンプルだけれど、美味しい朝食でしたさ。
「さて、今日から魔法修業に入るんだがね」
食後、キセルに火を点けながらマーシュさんが言った。
「あんたたちは、修業者の前に村人である事を忘れちゃいけないよ?」
あいあい。と、納得するわたしとは反対に、キョトンとしているニードルス。
要は、この村に少しでも住む以上は、村の役に立たねばならない! って事なのです。
その旨を説明すると、ニードルスはすぐに納得したみたいだった。
少しは文句を言うかと思ったのだけれど、意外に素直なニードルスに軽く驚く。
「マーシュ殿、具体的には何をすれば良いのでしょうか?」
「そうさね。
薪割り、水汲み、野草採集。家畜の世話に家屋や農具の手入れ。子供たちの世話ってのもあるね!」
「……子供、ですか」
子供と聞いて、ニードルスのテンションが著しく下がった。
ほほう。
ニードルスは、子供ちゃんが苦手なのかな?
苦手克服も、修業には大切な事だと思いつきました!
「はい、マーシュさん。
ニードルスくんは、勉強を教えるのがとても上手なので、子供たちの先生が良いと思います!」
「ちょっ、ウロさん!?」
「おや、そうかい!?
ニードルス、あんたには子供たちの先生をやってもらおうかね?
そう言や、あんたは村長の所に厄介になってるんだったね。
子供たちを教えてるのは、村長婦人のドーアだから都合が良いね!」
「!?」
そんな訳で、ニードルスには反論の余地なく子供たちの先生に大決定です。
ふっふっふ。
わたしが、いかに優秀な生徒だったか、子供ちゃんのカオス空間で思い知るが良い~!!
……などと思ってましたら。
「それじゃあ、あんたはトーマスの所に行ってきな!」
「トーマスさんの所?」
そう言えば、昨夜は帰ってなかったッポイし。
以前、お世話になった方々にちゃんとご挨拶してこいって事かしら?
やっと外は明るくなったけれど、まだまだ早朝。
わたしとニードルスは、半分、追い立てられるみたいにマーシュさん宅を後にした。
途中でニードルスと別れ、わたしはトーマスさん宅を目指す。
「……何これ?」
思わず喋っちゃうくらい、トーマスさん宅の周りには人が溢れている。
何?
トーマス祭!?
集まった人に、お髭のプレゼント的な!?
なんて考えてたら、人混みから見覚えのある顔が出て来た。
「ウロ、ウロじゃないか?」
「ジャン、お久しぶり!」
ジャンだ。
少し見ない間に、大人びた感じになってる?
「久しぶりだね、ウロ。
また、どこかで行き倒れてここに運ばれたのかい?」
ああ、やっぱりジャンだわ。
「違うし!
マーシュさんに魔法を学びに来たの!
昨夜、挨拶に来たけれど誰もいなかったよ?」
「ああ、昨夜は今日の準備で忙しくってさ。今朝までかかっちゃったんだ」
「準備?」
「そう、準備。
マーシュの所で世話になってるって事は、ウロが手伝いに来てくれたんだろ?」
「手伝いって、何の?」
「なんだ、聞いてないの?
今日は、年に1度の保存食作りだよ!」
見ると、集まった村人の向こうに、簡易的な柵があって、その中に豚や牛や山羊の姿が見える。
トーマスさん宅には、村で唯一の燻製場があった様な気も。
そして否応無く始まる、保存食祭(作成編)。
血は平気!
血は平気だけれど、内臓はアレだってばぁ!!
命を頂く、大切な事です。
大切な事だと頭では解っているのだけれど、ダメなものはダメなんですってば!
〝苦手克服も、修業には大切な事!〟
神様ごめんなさい。
もう、人を陥れる様な事はしないので許してください!!
超絶速攻で跳ね返ってきた因果応報。
途中から、あんまし覚えてませんがどうでしょう?
トーマスさん?
いたよ、いた。たぶん。挨拶したした。髭配ってたし。
お昼過ぎに、交代で解放されるまで、まるでロボットみたいになってたんじゃないかと思う。
気がついたら、すでに着替えてマーシュさん宅の庭先で体育座りしてたテイタラクですよ。
名前 ウロ
HP 31
MP 29/45
魔法修業前に、精神力をゴッソリと削られてますがなあ。
ちなみに、今日加工したお肉類は、完成後に1度、村長宅の倉庫に保管されてから、村全体に供給されるらしい。
もちろん、家畜を提供した人には多く分配されるのだけれど。
マーシュさんみたいに家畜を持ってない村人は、お手伝いや別の案件で沢山働く事で釣り合いを取ってるんだって。そんな物なのかしら?
気を取り直して、今度こそ魔法修業です!
正気を取り戻した気分のわたしと、何やらだいぶグッタリ気味のニードルス。
わたしたちが揃うと、マーシュさんは、座る様に促してからオホンと1つ咳払いをした。
「さて、魔法修業を始める訳だがね。
いくら入学のための擬装だとしても、たったの3~4ヶ月で一端に使える様になるには、相当な努力と覚悟が必要になるからね!」
「は、はい」
「……はい」
話し終わりにクワッと目を剥くマーシュさんが、なんだか怖いのですけれど。
わたしたちが返事をすると、うむ、とうなずいてから話を続けた。
「魔界魔法が、なぜ魔界魔法と呼ばれるのか。解るかい? ……ニードルス」
「はい。
旧い時代、魔法は、今よりも種類も多く強大であったとされています。
それが、何故に滅んでしまったのかはまだ解明されていませんが、発見された文献の言葉が、魔界の住人であるデーモン族の言語に酷似している事から魔界魔法と呼ばれる様になりました」
「よろしい、完璧な答えだね!」
ぬう。
やるな、ニードルス!
そして、やっぱりいるんだデーモン族!!
〝魔王討伐〟は、ゲームだった頃のメインシナリオである。
魔界からの侵略を目論む魔王軍は、この世界に手下のデーモンを解き放ち、悪の限りを……みたいな感じだったかな?
プレイヤーキャラには選べないけれど、中には素敵フォルムなのもいて、一部の方々に大人気だったなあ。などと。耽美系? 嫌いじゃないです。
「では、魔界魔法を使用するには主に2つの方法があるが。
何だか解るかい? ……ウロ」
うえっ!?
ヤバイ、妄想中断!!
「は、はい。えと。
じゅ、呪文を唱えるか、マジックアイテムを使う?」
「答えが少し足りないが、まあ正解だね」
よ、よかった!
正確には、「呪文、或いは呪文と同じ術式の組み込まれたマジックアイテムの使用」なんだって。
むう。
一問一答形式は苦手です!
「マジックアイテムを用意出来るほど悠長な時間は無いし、今回の趣旨から外れるから論外だ。
あんたたちには、最低1つの呪文を修得してもらうから、そのつもりで」
「はい!」
「は、はい」
やけに元気なニードルスに、少しだけ気後れしてる様な。ぬう。
「と言う訳で、まずはこれさね」
そう言いながら、マーシュさんはわたしたちに、1枚ずつ羊皮紙を渡してきた。
紙には、恐らく古代文字であろう物がビッシリと書かれている。
コピーなんて無いし、もしかしてマーシュさん、1枚ずつ手書きしてくれたの!? 素敵な先生だわよ!! 読めないけれど。
「あたしら妖術師の扱う魔界魔法は、戦闘魔法とも言われるくらい攻撃に特化している。
その、最初の1歩がこれさね!」
「……魔法の矢」
ニードルスが、震える様な声で呟いた。そう書いてあるんだ。
『魔法の矢。
魔力を矢の形にし、見定めた目標を射る魔界魔法の初歩の初歩』
ゲームを始める時、ジョブを妖術師にすると最初から修得している魔法だ。
消費MPも3と少ないし、直線に、約10メートルまで届くので、接近戦が苦手な魔術師でも安心。ただし、ダメージは低い。
……こんな感じだったと思う。
また、呪文は読むだけでは効果が無い。
魔力を呪文に乗せる事で、初めて効果が現れる。とあった。
呪文に乗せるって、何?
ゲーム部分はさておき、翻訳機能で読んでみると、概ね、その様な事が書かれているみたいだった。
隣ではニードルスが、ニヤニヤしながら読みふけっていて気持ち悪い。
「大体、読んだね?
それじゃあ、外でやってみようかね?」
マーシュさんに続いて、わたしたちはお庭に出た。
「ウロ、これを畑の中に立てておくれ?」
そう言って渡されたのは、古い足長の燭台の上に台座の付いた物だ。
言われるままに、わたしは、畑の真ん中に燭台を設置する。
「次は、その上に薪を1本置いとくれ。
終わったら、こっちにおいで!」
わたしとニードルスは、言われるままにマーシュさんの元へと集まった。
「まずは、実際にやって見せる。
少し離れておいでな!」
そう言うとマーシュさんは、持っていた杖を薪に向かってかざした。
「力よ、集いて敵を貫け!」
マーシュさんが低く呟くと同時に、かざした杖の先端が怪しく輝いた。
次の瞬間、白い軌跡を引きながら飛ぶ魔力で出来た矢は、見事に薪を破壊していた。
「これが、魔法の矢だよ」
スゴーイ!!
カッコイイ!!
思わず拍手しちゃったわたし。
その横で、静かに見ていたニードルスだったけれど。
「……凄い」
小さく、でも感情のこもった声で呟いた。
「さあさあ、感心してないで。
次は、あんたたちがやるんだよ!
薪割りも兼ねてるんだから、出来ないと夕食が無くなるからね!」
いきなり、絶望的な事を言うマーシュさんは、わたしたちに1本ずつの棒を渡してきた。
長さ30センチくらいの、その辺に落ちてそうな木の棒。
その先端に、赤い印が点けられている。
「マーシュさん、これは?」
「魔法の杖だよ。
その、赤い印に魔力を集中させるのさ」
魔法の杖かどうかは、かなり疑問なんだけれど。
なるほど、目印って事ですね!?
すでに、ニードルスは集中に入っている。
わたしも、慌てて杖を構えた。
魔力を、杖の先端に集める感じ。
そして、呪文詠唱!
パァンッ
「うひゃっ!?」
突然、わたしの杖が爆散した!
思わず、後ろに倒れ込む。
「な、何?」
わたしの手には、先端が熊手みたいになった杖が。
「ウロ、何をやってるんだい!?
壊すのは、杖じゃあなくって薪の方だよ!」
「えっ!? えっ!?」
訳が解らないわたしだったけれど、マーシュさんの話しによると、目標の薪を目視しないで呪文を唱えたため、見ていた杖の先端が目標になってしまったらしい。
な、何これ難しい!!
「でも、いきなり呪文が魔力に反応するなんて、中々だね。
その調子で頑張りな。杖なら、いくらでも落ちてるからね?」
……やっぱり、その辺の棒だった。
いや、良いのだけれどね。
一方、ニードルスはと言うと。
杖の先端部分が、ボンヤリと光ったり消えたりを繰り返している。
「ニードルス、灯りならまだまだ陽が高いよ?
薪を割りな!」
マーシュさんに杖で頭をペシペシされながら、必死の形相で棒の先端に魔力を集めている。
「魔力の制御は、ニードルスの方が一枚上手だね。
さすがは、付与魔術師って所だが。
今は、繊細さはしまっときな!」
キセルから煙を燻らせつつ、マーシュさんがカカカと笑った。
気を取り直して、わたしも新しい杖を構える。
今度は、杖の先端じゃないよ!
薪を見つめつつ~。
杖に魔力を集めつつ~。
再びの呪文詠唱!
プシュ~
「……あれ?」
魔力が、まとまらずに消えちゃった!?
今度は、薪を見すぎたせいで先端に魔力が集まらなかったみたい!?
や、ヤバイ。
超絶難しいんじゃないのコレ!?
この後、わたしもニードルスも、魔力切れで気絶。
直ぐ様、マーシュさんによる緊急魔力チャージ!
再度、気絶……。
そんな感じを、夕暮れまで繰り返す事に相成りました。
結果、わたしは200本近くの杖を爆散させて終了。
ニードルスは、ずっと杖の先端をチカチカさせただけで終了しましたとさ。
ま、薪の代わりはたっぷり出来たのだけれどな。
「まあ、初日から出来るなら、あたしなんかいらないからね。
また、明日頑張りな!」
マーシュさんは、そう言ってくれたけれど。けれど。
ニードルスを送った道すがら、何だか、言葉が出て来なかった。
疲れてたからなのか、そうじゃないのか解らないけれど。
ふと、ニードルスが立ち止まる。
「ウロさん、明日は成功させましょう。
でも、負けませんからね!」
何?
青春的な何かなの!?
でも、その心意気や良しですよ。
「うん、絶対に成功させようねニードルスくん。
でも、勝つのはわたしだけれどね?」
そんな感じに、握手して別れた。
明日はきっと出来る!
そんな気がする。だけれど。
お互いに魔力の使いすぎで、フラフラとして真っ直ぐ歩けず、1時間以上も姿が見えたまんまのお別れだったんだけれどな!




