第四十話 イムの村リターンズ
この短期間に、馬車に揺られ過ぎな気がしてなりません。ウロです。馬車揺れダイエット。効果は主に断食。
行商の馬車がイムの村に着いたのは、その日の、陽がすっかり落ちた頃だった。
道中は、特にモンスターに出会う事も無く。
旅慣れた人からすれば、おそらくは快適だったんだと思う。
わたしはと言うと、出来るだけ震動にアレされない様にと、無駄な抵抗を試みたりしてました。
調度品の間にギュムっと挟まってみたり~。
絨毯的な物にグネグネっとくるまってみたり~。
その全ては、押し寄せる不快な症状の前に徒労に終わるのだけれど。
一方、ニードルスとブレッドは、最初の頃は、乗り物酔いでデロッとしてるわたしが物珍しいのか、お水やハーブなんかを争う様に持って来てくれてたけれど。
その内に、お互い、挨拶もしないほどにギスギスしていた出発前とは違って、何やら激しく議論する程に仲良くなってる不思議です。
まあ、わたしの耳も目もボンヤリ状態でハッキリとは解らなかったのだけれど。男子ってやーね!
「ようし、もうすぐ村に着くぞ!」
ホワホワした耳が、かろうじてトレビスさんの声を拾った。
……ああ、やっとだよぅ。
今夜はもう、地面に埋まって寝るくらいに安定したいよ。
などと考えてましたら、ほどなく大勢の男性の声が聞こえてきた。
重力が横にかかる感覚がして、馬車が止まるのが解った。
その直後、馬車がやたら揺れ始める。
や、やめれやめれ!
揺らすの、マジやめれ!
ここで限界が来たわたしは、生存本能に従っての暗転。
気がついたら、ベッドの中にいる何回目のデジャブ感。
窓からは、真昼と思われる陽の光と、活気に満ちたざわめきが入ってきている。
何?
お祭り?
などと思ったけれど、すぐにそれが、トレビスさんたちによる青空市だと気がついたり。
てゆーか、手伝わなダメじゃんわたし!
慌ててベッドから飛び起きて、そのまま床にペトリと倒れるわたし。
ぬう。
寝起きに立ちくらみで、床ペロしてますがどうでしょう?
ステータスを確認すると、〝状態異常 乗り物酔い:中〟とあるし。
頬に当たる床が、ヒンヤリして気持ち良い。……じゃなくって!
なんとか、ゆるゆると立ち上がったわたし。
ネグリジェ姿では無い事に安心しつつ、部屋を出てやりました。
「あら、ウロさん。もう、お加減はいいの?」
部屋を出た所で、ドーアさんと出会った。
予想はしていたけれど、やっぱりここは、村長さんのお家でした。
「はい、ありがとうございます。もう大丈夫です!」
……本当は大丈夫じゃないけれど。
「そう。なら、良かったわ。
ニードルスさん、だったかしら? 少しお話は伺ったけど。家の人、今ちょっと留守にしてるのよ。
1週間くらいで帰るだろうから、そうしたら、詳しいお話を聞かせてちょうだいな?」
どうやら、わたしが寝てる間にニードルスが少しだけ話をしていてくれたみたい。
とは言え、やっぱり村長であるカレッカさんに直接報告するのが筋なのですね。
「解りました。また、しばらくこの村にお世話になると思いますので、よろしくお願いします。
カレッカさんがお帰りになったら、改めてお話しさせていただきます!」
そう言って、頭を下げたわたしは、急いで家の外に出た。
村長宅の前は、中央広場になっている。
前回同様、トレビスさんたちが市を立てていて、村人たちが集まっていた。
ヤバイ、早くお手伝いに行かなくちゃ!
なんて考えてましたら、不意に声をかけられてビビッた。
「やあ、もういいのかい?」
声のする方へと振り返ると、4人の男女の姿があった。
細身の男性と大柄な男性、小柄で目つきの悪い男性と真っ白な法衣に身を包んだ女性。
彼らは、商人隊の雇った冒険者だ。
鎧は外してラフな格好だけれど、武器は常に携帯している。
「は、はい。お陰様で」
「なら良かった。昨夜のキミは、まるで死人みたいだったからね?」
細身の男性は、そう言って笑う。
むう。
なんだか、死人に例えられる事が多い気がする。色白だから?
って、考えてみたら、護衛してもらったのに挨拶の1つもしてないテイタラクですよ!
「昨日はすみません。
護衛していただいたのに、ご挨拶もせずに寝てしまって」
「ハハハッ、気にするこ……」
「まったくだぜ。お陰でオレたちゃ納屋で寝るハメになったんだからな!」
細身の男性の言葉を遮って、大柄な男性が吐き捨てる。
「へっ、お前なんざぁどこで寝たって変わりゃしねえじゃねえか?」
「そうよねえ、アタシ意外は、石ころと変わんないもんねえ?」
小柄で目つきの悪い男性に、法衣姿の女性が続いた。
……そして始まる内輪もめ的なナニか。急いでるのになあ。などと。
「ごめんなさい。
ちょっと急いでるので、これで。
それと、今夜はわたしたちは別の所に泊まると思うので!」
「そう、それは悪かったね。
今度、時間のある時にゆっくりお話したいね。
ボクの名は、エルジンだ」
エルジンと名乗った細身の男性は、そう言って片目をつぶってみせた。う、ウィンクっすか!?
「女と見ると、見境がねえな? オレはメイソンだ、よろしく!」
小柄で目つきの悪い男性が、手を振った。良い人そう。目は怖いけれど。
「お、女!? あれがか?」
大柄な男性が、胸の前で両手を上下させている。
お前、なんかゴーズさんに似てるけれど、だいぶ無礼だな!? ぐぬぬ。
「気にしなくていいわよ。アイツは、見た目通りに粗野なのよ。アタシはコール、あのでっかいのは、ジョナーよ」
ヒラヒラと手を振るコールさんは、ルーズな法衣の上からでも解る物をお持ちでありました。ぐぬぬ。
「何やってんだ、ウロ。そんな所に突っ立ってないで、早く手伝え!」
背後から、ブレッドくんの声が響いてまたビビッた。
目を凝らすと、人混みの向こうからピコピコ手招きしている手だけが見えた。ブレッドくん、わたしより小さいからね。
「わ、わたしはウロです。ありがとうございました。失礼します~!」
後ろ手に手を振りながら、人混みをかき分けて商人さん側に回る。
「すみません、遅くなりましたー!」
「おお、来たかウロ。この間みたいに、笑顔で頼むよ!」
「そうだぜ、ウロ。このエルフ、計算は出来るけど笑わねえんだよ」
満面の笑顔のトレビスさんとブレッドくん。だけれど、目がまったく笑っていないよ!?
2人の視線を追いかけると、その先には、いつもと変わらず能面の様な表情で接客をするニードルスの姿があった。
「ニードルスくん、何してんの!?
そんなんじゃ、お客さんが怖がっちゃうでしょ!?」
「は?
どんな表情だろうと、商品には変わりありませんが。
それとも、笑顔で販売すると高品質になるとでも?」
慌てるわたしとは対照的に、やたらクールなニードルス。
「ちょっとう! 少しは空気読んでよね!?」
「空気? 風を読むんですか?
意味が解りませんが?」
ぬおおお。
通じない、このもどかしさ!!
わたしは、ニードルスの額に、やや頭突き気味に額を押し当てた。
「痛っ、ちょっ!?」
みるみる紅潮するニードルスの顔を、わたしはガッシと掴んだ。
「いいかいニードルス。
笑顔と言ったら笑顔なの。
商品うんぬんなんて、関係ないの。
笑顔なのスマイルなの微笑むの!
でも、歯は見せないの。
出来るかどうかじゃないのやるの解った? てゆーか、解れ!」
……まったく、近頃の若いのときたら。わたしより、たぶんだいぶ歳上だろうけれどね。
「い、いいいらっしゃいませ!」
ひきつった感が否めないけれど、ニードルスが笑顔で接客始めたから良し。まだ、顔が紅いけれど。
トレビスさんとブレッドくんが、かなりびっくりした顔になってたけれど、まあ良し。
わたしも、遅くなった分頑張らねばですよ!
「いらっしゃいませー!
ワインにエール、ミードはいかがですか?」
ちなみに、気分はだいぶ悪いですがナイショです。
そんな感じに、これと言ったトラブルも無いままに即売会は、夕方の陽を待たずに終了しました。
今回は、買い取りが日保ちのする物に限定されてたからかも知れない。
いつもなら、王都に帰る道すがらに立ち寄るイムの村。
1日程度の道程だし、ミルクや野菜、生肉などの食糧も買い取るのだけれど。
今回は、これから街道を西へと数ヶ月の旅になる。
確実に荷卸しが出来ない以上、日保ちのしない物は買い取れない。
現金収入の乏しいイムの村では、行商に買い取って貰って得た現金で、お酒や衣料品なんかを買うのが通例みたい。
なので、人は多いけれど冷やかしも多かった感じでしたさ。
「さあ、もう十分だ。
ここはもういいから、自分達の用事を済ませなさい」
後片付けをしていたわたしたちに、トレビスさんが言った。
「はい、ありがとうございました!」
「あ、ありがとうございました」
わたしに続いて、ニードルスも頭を下げる。
普段、使わない表情筋を酷使したせいか、顎をカクカクさせている。
「お疲れ、ウロ。……それと、ニードルス。助かったよ。
オレたちは、明日の朝には出発しちまうから。次に会うのは来年の春だな!?」
「ブレッドくんも、お疲れ様。
たぶん、春くらいまではここにいると思うから、また、乗せてってね?」
「ハハハ、また酔っ払っても知らないからな?」
むう、反論は出来ない。
そして、いまだ体調不良継続中!
「トレビスさん、ブレッドさん。
色々と勉強になりました!」
ニードルスが、トレビスさんとブレッドくんと、それぞれに握手している。
偏屈な都会のエルフが、行商人の体育会系指導によって改心! ……だったら美しいのだけれど。
わたし、知ってる。
売る相手によって、接客態度を変えてイロイロ実験してたの。
……あと、お釣り誤魔化してたの。
「じゃあ、行こうニードルスくん!」
「はい!」
わたしたちは、トレビスさんとブレッドくんに見送られながら、広場を後にした。
懐かしい畑道を横切って、村の一番奥までやって来る。
そこには、変わらない魔法使いの庵があった。
「ここが、大魔術師マーシュ老の館ですか?」
顔を擦りながら、ニードルスが呟いた。
「そうだよ、偉大な魔女さまの庵だよ!」
さあ、扉をノックノック!
ドスッ
えっ!?
扉をノックしようとしたら、目の前に鉈が降って来たでござる!!
「ギニャー!!」
思わず、後ろに尻餅をつくわたし。
「おお、悪い悪い。怪我はなかったかね?」
頭の上から、懐かしい声が響いた。
「ま、マーシュさん!?」
「おやおや、これは珍しいお客だね!
元気だったかい、ウロ?」
「そ、そんな所で何してるんですか?」
「屋根に、薬になるキノコが生えててね。そいつを採ってたんだが、手が滑っちまってね」
「この人が、大魔術師マーシュ老!!」
背後から、ニードルスが、ゴクリと喉を鳴らす音が聞こえた。
「……なるほどねえ」
薬湯をすすりながら、マーシュさんが呟いた。
程なくして、わたしたちは、マーシュさんの庵へと招かれた。
そこで、わたしたちは魔法学院への入学を考えている旨を話した。
もちろん、抱えている問題と、ここを訪ねた理由も。
「確かに、召喚士だと解ったら、詮索されるだろうね。
場合によっては、魔導機の使用もありえるね。
それに、エルフさんは付与魔術師だって?」
「ニードルス・スレイルです。大魔術師殿」
「マーシュでいいよ。
独学で付与魔術とは、真似できる事じゃないくらいに凄いが……とても言えないね」
……やっぱし、そうなんだ。
となれば、絶対にマーシュさんから魔界魔法を習わなくちゃ!!
「マーシュさん、お願いします。
わたしたちに、魔界魔法を教えてください!」
「お願いします。マーシュ殿!」
わたしもニードルスも、深々と頭を下げる。
「教えるのはかまわないが、ウロ。
あんたのそれは何だい?」
ん?
何か変ですか?
チラリと横を見ると、ニードルスは、片膝をついて頭を下げる。騎士とかがやってるヤツみたい。
一方、わたしはと言うと、日本人の最上級敬服体勢。土下座じゃ!
「あんた、いつから亀になったんだい?」
か、亀ですと!?
必殺の土下座が、亀の形態模写にとられる不具合ですがどうでしょう?
「ウロさん、こんな時にまでふざけるのは止めていただけませんか?」
ニードルスが、なんかため息まじりに首を振る。
ふ、ふざけてねーし!
超絶まじめだっつーのに!!
異世界、怖い所だわ~。
……なんて言ってられないので、ニードルスを真似てもう1回!
「あ、改めてお願いします!」
「ああ、解ったよ。
じゃあ、明日からやって行こうかね?」
「はい、ありがとうございます!」
「ありがとうございます。マーシュ殿!」
うひひ。
割りとアッサリ習える事になりました。
なんて浮かれておりましたら。
「ところであんたたち、古代語は出来るんだろうね?」
ファッ!?
こ、古代語!?
「はい、一応の読み書きは出来ます」
即答するニードルス。
「ウロ、あんたは?」
「……で、出来ます」
ほ、翻訳機能あるし。
すぐに覚えるから、ウソじゃないよ! ……たぶん。
「なら、良し。
じゃあ、また明日だね。
今夜は、どこに泊まるんだい?」
「えと、実はまだ決めてません!」
わたしの言葉に、ニードルスが驚愕の表情で睨んできた。
だって~、なんか、わちゃわちゃしてたじゃないですか~。
「仕方がないね。
今夜は、ウロはここにお泊まり。
ニードルスは、トーマスの所にでも泊めてもらうかね?」
「えっ!?
私も、ここではないんですか?」
「いやだよ、女所帯に男が泊まったとあっては、村中が大騒ぎになっちまうよ!」
そう言って、爆笑するマーシュさん。
だけれど、ニードルスは、見た事もない味わい深い表情で絶句してましたがどうしましょう?
「じゃ、じゃあ、わたし、ニードルスくんを案内してきます!」
まだ、絶句から立ち直っていないニードルスの手を引っ張って、わたしは、トーマスさんの家を目指した。
てゆーか、なんかもう疲れちゃったんですがなあ。
まだ、〝状態異常 乗り物酔い:弱〟のバッドステータス残ってるし。
すでに真っ暗な中、その辺で拾った枝の先に灯りの魔法で光源を作ってみたり。
そして、やっと着いたトーマスさん家は留守だったりする不具合ですよ。
たぶん、冬の前の狩りだと思うのだけれど。
タイミングが悪いったらないね!?
「どうしよう、ニードルスくん?」
「ど、どうって」
「あ、扉開いてるよ?
入っちゃえ!」
「バカを言わないでください! 何考えてるんですか?」
「わたし、森の小屋で勝手に寝てたのが、トーマスさんとの最初の出会いだったから大丈夫だよ?」
「だから、全然大丈夫じゃありませんよ!
何なんですか、その行き当たり場当たりな発想は?
人の家に、勝手に入って良い訳がないでしょう?
意味が解りませんよ!」
なんだよう。
冗談のつもりだったのに。
バッドステータスなのと疲れと、まったく食事をしてない空腹感から、なんだかひどく悲しくなってきちゃったわたしは、その場でわんわん泣き出してしまいました。
その後、泣きながら、オロオロするニードルスを連れて村長さん宅を訪れてみたり。
涙でぐしゃぐしゃで、マーシュさんの所に帰ったら、たいそうビックリされたけれど、説明したら、お玉でポクッと頭を叩かれました。
その後食べた、シチューの美味いこと!
明日から始まる魔法修業に、何やら不安を抱く1日でありました。グスン。




