第三十八話 物欲と知識欲 後編
前回のあらすじ。
ゴーレムちゃん壊したのは、わたしじゃありません~!
男子が悪いんです~!!
行こうと思う気持ちとは裏腹に、やけに足取りは鈍くて重かったりしますがどうでしょう?
でも、進めば着くのが自然の摂理。或いは不思議。
そんな訳で、着いちゃいましたよニードルス宅。
気が進まないままに、ドアをノックノック……。
ガチャッ
する前に開いちゃいました!
どうもこうも無いので、挨拶から始めましょう。
「こ、こんにちは、ニードルスくん。お久しぶりです」
「……人の家の前で、何で拳を振り上げているんですか?」
「あ、これはノックしようと……」
「話は納屋の方でしましょうか」
そう言ってニードルスは、わたしの横をすり抜けて行く。
久しぶりに会ったと言うのに、なんと言う素っ気無さでしょう!?
わたしは、慌ててニードルスの後を追った。
外は、昼でもだいぶ肌寒くなってきているのだけれど、納屋の地下にある研究所は、魔法でもかかっているのか暖かく感じた。
「座ってください」
ニードルスに勧められるまま、本の置かれていない椅子に腰かける。
ポットからお茶を入れ、わたしと自分の前に置いてから、ニードルスも、わたしの対面に座った。
「ありがとう、ニードルスくん」
お茶を1口含みつつ、わたしはお礼を言った。いつか飲んだ、レモングラスみたいな香りの薬湯が心地良い。
「いいえ、それよりどうなんです?」
薬湯の入ったカップを持ったまま、ニードルスはこちらを見据えている。
ど、どうって?
や、やっぱり怒ってる?
「に、ニードルスくん、やっぱり怒ってる?」
「怒ってる?
私が? 何をです?」
「えと、ご、ゴーレムちゃんを壊しちゃったから……。
でも、あれはわたしがやったんじゃなくって!
でも、でも。……ごめんなさい」
わたしは、立ち上がって頭を下げた。
ややあって、ニードルスが、大きく息を吐いたのが聞こえて顔を上げた。
「別に怒ってませんよ?
では、まず、その話からしましょうか?」
……まず。ね。
わたしがうなずくと、ニードルスもウンウンとうなずいた。
わたしは、ゴーレムちゃんが壊れた経緯を出来るだけ詳しく話した。
とは言うものの、戦いを全部見ていた訳ではないから部分的なのだけれど。
「なるほど、ゴーレムを破壊したのは、その、バルガと言う傭兵な訳ですね?
どんな奴だったんですか? 武器は? 体格は?」
「筋肉でできた2メートル弱の大男で、でっかいバトルアクスを振り回して……」
わたしの答えを、嬉々とした表情でメモっているニードルス。
わたしは思わず、ため息をついた。
「……どうしました?」
「えっ? いや、ちょっとホッとしちゃって」
ニードルスが、訝しげな表情でこちらを見てくる。
「ずっと、ゴーレムちゃんを壊しちゃった事を怒られるんだと思ってたから」
「ゴーレムが壊れるのは、想定内です。
むしろ、壊れない方がおかしい!」
そーなの? とか思ったり。
「いいですか?
形ある物は、いつかは壊れるんです。それは、神が造ったとされる物にも当てはまります。
まして、私みたいな半人前の付与魔術師が造り出した物なら尚更です!」
そう言って、ニードルスは自分のメモを見ながらブツブツ考えて始めた。
「強度を上げるには……運動性を残しつつ……やっぱり素材を……」
むう、長考に入ったみたい?
邪魔しちゃ悪いから、帰ろうかな?
「じ、じゃあ、ニードルスくん。わたしはこれで」
「は?
何を言ってるんです? まだ、話は終わってませんよ?」
ぬう、そうなの?
わたしが椅子に座り直すと、ニードルスはメモをテーブルに置いてこちらを見てきた。
「ではお聞きしますが、なぜ、収納パックを開けなかったんですか?」
「えっ?」
えっ? えっ??
何? 収納パックって何??
「あ、あの、収納パックって?」
わたしがそう言うと、ニードルスの顔が、少しだけすぼんだ様になった。
「何を言ってるんですか?
収納パックです。
ゴーレムの背中側に付けた、アイテムを収納できるスペースですよ。
ゴーレムの額に貼った手紙に書いてあったでしょう?」
あーしまった。
読むの、完全に忘れてた!
「……まさか、気づいてなかったなんて……?」
わたしの表情から、何かを読み取ったニードルスが言った。
その顔は、驚愕とも困惑ともとれる物だった。
「ご、ごめんなさい。
色々、忙しくって。その……」
「い、忙しいって……」
いつの間にか立ち上がっていたニードルスは、ドサッと椅子に座ると、そのまま頭を抱えてしまった。
「……いいですか?
このゴーレムは、私たち2人の協力が必要不可欠なんですよ?
私が造り、貴女が使う。
場合によっては、改良したりもするでしょう。
残念ながら、私の方から連絡する手段はありません。ですから、新しい案件が出来た場合、ゴーレムに貼り付けておいて、貴女が呼び出した時に読んで貰う必要があるんです。
ですが、呼び出すのが平常時とは限りません。初めの時は、泥だらけでしたからね!
ですから、手紙を収納したりアイテムを収納出来るスペースを提案していたんです。
そもそも、その案を説明しようと思っていたら、貴女は何も言わずに街を出ていたじゃないですか?
なぜ、一言、出かける旨を報せてくれないんですか?
だいたい、貴女は行動が行き当たり場当たり的で……」
むう。
やっぱり、怒られた。
どの位の時間がたったのか、薬湯がすっかり冷めて、わたしが泣きそうになった頃に、ニードルスのお説教は一区切りされた。
「ハァハァ、とにかく、見てください!」
ニードルスは、冷めきった薬湯をグイッと飲み干してから壁際へ移動した。
わたしも、薬湯を1口飲んでから後を追う。
壁際には、シートで覆われた物が。……って、ゴーレムちゃんだろうけれどね。
シートを外すと、そこには、もちろんゴーレムちゃんの姿があった。
魔法陣の中にたたずむゴーレムちゃんは、すでに修理が完了しているらしく、腕はもちろんだけれど、細かな傷まで綺麗に修復されている。
「スゴーイ!!
綺麗に直ってる。ニードルスくん、仕事早ーい!!」
お世辞じゃないよ。
ちゃんと、本心だからね?
「そ、そんな事より、ここを見てください!」
お?
照れてるのかな?
少しニヤニヤしているニードルスの指差す先、ゴーレムちゃんの後頭部くらいの所。
少しだけ、丸い線が見えた。
「ここに手を当てて、〝開け〟と念じてみてください」
わたしは、言われるままに手を当てる。
そして、心の中で〝開け〟と念じた。
瞬間、当てている手がジワリと熱くなった気がした。
!?
当てている手の周囲の線が、見る間に太く立体的になり、スッと消えてしまった。
後には、拳大の大きさの入口と深さ1メートルほどの空間が出来ていた。
「これが、収納パックです。
強度の面から、あまり大きく出来ませんでしたので、手紙や魔石くらいしか入りませんが」
「スゴいよ、ニードルスくん。
やっぱり、天才だね!!」
ちょっぴり、大げさに驚いてみせる生活の知恵。
「そ、そんな事ありませんよ。古い技術を応用しただけで……」
よ、良し。
ニードルスの機嫌は戻ったみたい。
でも、古い技術って、昔はスゴい魔法があったのかな?
「古い技術って事は、昔の魔法って今よりスゴかったの?」
「全部がそうではありませんが、禁術になった物もありますし、名称しか残っていない物もあります。
詳しく知りたいのでしたら、図書館で……と、ウロさんは市民票がありませんでしたね?」
「へっへっへ~!」
わたしは鞄から、今日出来立ての市民票を取り出して、ニードルスに見せた。それはもう、ドヤ顔で。
「おお、市民票じゃないですか!
どうしたんですか?」
「えとね、クルーエル子爵様に頼んだのですよ!」
「……何か、善からぬ手を使ったんじゃないでしょうね?」
なんでじゃ!
「違います。
さっき話したボルドアの件で、報酬として、クルーエル子爵の紹介状を頂いたの!」
むう。
あまり納得のいった感じでないニードルス。
あなたの中で、わたしはどんな扱いなんだろ?
「まあ、とにかく市民票獲得おめでとうございます。ウロさん」
「ありがとう、ニードルスくん。
これでわたしも、図書館で思うさま召喚魔法について調べられるよ!」
「あー、それは無理ですよ?」
ん?
無理? なんで??
「無理って、どう言う事??」
意味が解らず狼狽するわたしに、ニードルスは、ヤレヤレと言った表情で話してくれた。
「いいですか?
魔法は、基本的にそのほとんどが秘術なんです。
誰かに師事するか、学院などでしっかり学ばなくては、とても危険な物なんです!
一部の生活魔法を除いては、魔導書の類いは厳重に保管されています。
そもそも、生活魔法からして平民はほとんど使わないのですから」
ニードルスの話しでは、魔力を使う魔法をホイホイと使っていては、みんな、すぐに気絶してしまうとの事。
それだけでも十分危険なのに、街中で無闇に使ったら、大変な事故になりかねない。
だから、街中での魔法の行使は、一部の生活魔法を除いては使用が禁止されてるらしい。知らなかったよ!
ゲームだった頃、街中で攻撃魔法はシステム的に使えなかったけれど。
今は、法的に使用不可なのですね!
「じ、じゃあ、召喚魔法は?」
「召喚魔法は、使い手がまずいませんから。
いても、王宮に仕えていたり、学院の研究者だったり。
貴女は、なぜ、フラフラしていられるのか解りませんが」
……わたしにも解りません。
「では、図書館に行っても……」
「当然、呪文なんて見つけられません。
歴史くらいは見られるでしょうけど」
ガビーン!
なんと言う事でしょう。
せっかく、苦労して市民票を手に入れたと言うのに。
ん?
でも、研究者はいるかも知れないなら、その人に聞きに行けば良いじゃないですか!?
「じゃー、研究者の方を訪ねてみようかな?」
「あまり、お勧めは出来ませんね。
研究者って言うのは、大体の場合、気難しかったりしますから。
私みたいにフランクなのは、珍しいでしょうね」
ほ、ほう。
ご自分では、そう思っていらっしゃるのですね。
でも、それならどうしたら良いのやら?
「いっその事、魔法学院に入学してみるってのは? ……なんてね」
頭を抱えるわたしに、ニードルスが言った。
!!
それだ!!
「そうだよ、ニードルスくん。
わたし、魔法学院に行く!」
わたしがそう言うと、ニードルスは大きなため息をついた。
「私が言ったのは、冗談です。
ご存知の通り、入学には大金が必……」
ドンッ!
わたしは、テーブルの上に金貨の入った袋を出した。
「お金ならあるよ!」
わたしの行動に、ニードルスは口をパクパクさせていたけれど。
「そんな、い、いくらお金があっても、な、何も知らない貴女では……」
そ~れ、もう1袋!
「うん、わたし、何も解らないの。
だから、ニードルスくんと一緒に入学するよ。
色々教えてよ、ニードルスくん?」
テーブルの上に、2千枚の金貨。テーブルは良く頑張ってると思う。などと。
「わ、私の分の、入学金!?
そ、そんな大金、意味も無く受けとれませんよ!?」
「意味ならあるよ。
これは、先行投資だよ!
ニードルスくんは、もっとスゴい魔法のアイテムを作るんでしょ? もっと強いゴーレムちゃんを造るんでしょ?
なら、頑張って勉強してもらわなくちゃだわよ。
それに、わたしだけだと色々と不安だから。
一緒に勉強してよ? ね?」
わたしの言葉を、ニードルスは黙って聞いていた。
が、突然、抱きついて来た!!
「ありがとう、ありがとう!!
ぼ、僕、もう胸がいっぱいで。ありがとう!!」
一人称が僕になってるよ。
てゆーか、抱きつくな!!
あと耳!!
長い耳が目に当たってる!! しかも両目に届いてる!!
だいぶ痛い!
かなり痛い!
「に、ニードルスくん、痛いよ!」
その瞬間、弾かれた様にニードルスがわたしから離れた。
「す、すみません。
私とした事が。我を忘れてしまって……」
あれ?
ニードルス、ちょっと泣いてる?
「そうと決まれば、この冬の間に勉強です。
貴女には、常識が無さすぎます! それに、魔法学の歴史もです」
あう。
まさか、異世界でも受験勉強的な事になろうとは。
ニードルスと今後のスケジュールを軽く話して、今日の所は解散となった。
……と思ってましたら。
「そうだ、ウロさん。
ずっと聞きたい事があったんですよ」
「な、何でしょう?」
「これなんですがね?」
ニードルスが取り出した紙には、いつぞやわたしが書いた「\(^o^)/」の顔文字が。
「これは、どう見たら良いのですか?
どちらが上? 下?
縦ですか? その場合、はどちらが右?」
「えと、これは「\(^o^)/」が正解。意味は、バンザーイって!」
わたしは、両手を上げて形を作って見せた。
その瞬間、ニードルスの耳が垂直になって、顔から血の気が引いて行く。
「う、ウロさん。
これって、何かの秘文字ではないのですか?」
わたしは、かぶりを振った。
「まさか、その、バンザーイだけ?」
わたしは、ウンウンうなずいた。
「貴女って人は!
一体、何を考えているんですか!?
沢山送った手紙には、収納パックの事も書いてあったし、どこに行ったのか、どの位の期間なのかなど、色々と書いてありましたよね?
その答えが、コレ!?
しかも、意味はバンザーイ!?
何をどうすれば、こんな答えになるんですか?
どこまで本気なんですか?ひょっとして、私をからかってるんですか?
まったく、貴女と言う人は……」
沢山、色んな事のあった日の最後は、再び泣くほど怒られてしまいました。
顔文字で、こんなに怒られるとは。
異世界、恐るべし!! とか思った。ぎゃふん。
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