第三十七話 物欲と知識欲 前編
馬車の中で寝ると、床に頭をぶつけます。ウロです。これが床ドン? ただし連打。
王都ハイリアに帰り着いたのは、わたしがボルドアの街を出てから3日目の夕方過ぎだった。
天候に恵まれた馬車の旅は、予想よりも早く移動出来たのだけれど。
おかげて、行き以上にひどい乗り物酔いに見舞われたりする不具合ですが、どうでしょう?
せっかく出迎えてくれたゲイリー隊長だったのだけれど、挨拶もそこそこに宿へと移動。
あっと言う間に、ベッドの住人と化したりしました。
翌朝、もうすっかり元気になったわたしは、空腹で目を覚ましてみたりしたよ。育ち盛りだからね!
身仕度を整えて、わたしは、1階へと降りた。
「おはよう、お姉ちゃん」
朝から元気なリノちゃんが、笑顔で挨拶してくる。
「おはよう、リノちゃん」
カウンター席に腰かけながら、わたしも挨拶を返した。
「もう、身体は大丈夫? 夕べは、お顔が真っ白だったよ?」
「うん、もう大丈夫。ありがとね」
わたしがお礼を言うと、リノちゃんはエヘヘと笑った。うむ、カワイイ。
「やあ、今朝は良いみたいだな。顔色が戻ったよ」
厨房から出てきた、デニスさんが笑う。
「おはようございます。夕べはすみませんでした!」
「ははは、馬車酔いじゃあ仕方無いさ!」
そう言いながら、デニスさんはわたしの前に料理を並べてくれた。
塩漬けにした豚肉と野菜のスープ。あと、パンが1片。固い。
馬車移動中、ほとんど何も食べられなかったわたしに、スープとパンが染み渡って行く。ごはんって素晴らしい!
おお、そうじゃ!
「デニスさん、市民票を貰うにはどこへ行けば良いのですか?」
「市民票? 宛はあるのかい?」
「はい。
ボルドアへ行った時に、クルーエル子爵より紹介状を頂きました」
わたしが紹介状を取り出すと、デニスさんは目を丸くして驚いた。
「へえ! 貴族様とお知り合いとはね。
登録は、中央広場にある市庁舎で出来るよ」
市庁舎?
そんなのがあるの!?
「あ、ありがとうございます。行ってみます!」
食事を終えて、席を立とうとした時。
「そう言えばお姉ちゃん、エルフのお兄ちゃんが来てたよ?」
がふっ。
忘れてましたよ!
「へ、へえ、そうなんだ?」
「ウロさんが出かけてから、ほとんど毎日来てたな。今日も来るんじゃないか?」
毎日!?
恐るべしだわよ、ニードルス。
「解りました。
もし来たら、わたしが錬金術ギルドへ行くと伝えてくれませんか?」
「ああ、伝えておくよ」
「男の人が毎日会いに来るなんて、お姉ちゃんスゴいね!」
……スゴくねぃです。
むしろ、スゴいのはニードルスの方だったりだよ。
出鼻を挫かれた気もしないではないけれど、物欲があるので平気です。
とにかく、まずは市民票ですよ!
そんな感じで、やって来ました商業区。
大通りをはさんで、左右に店が建ち並ぶ様は、巨大なショッピングモールみたいな感じだろうか。
店舗や屋台、工房も兼ねた多種多様な業種が軒を連ねている。
道具屋さんとか雑貨屋さんとか、見て歩くのが好きだったわたしとしては、何とも心ときめく場所なのですよ。
また、普段はお目にかかれない刀剣や鎧などの武具の店。それに隣接する工房も覗けるのだから、たまりません!
が、今は我慢なのでした。ぬうう。
後ろ髪引かれる思いをしつつ大通りを抜けると、急に開けた場所に出た。
ここが中央広場。
でも、わたしの知ってるそれよりもかなり大きい。
大規模クエストとか、季節事のイベントなんかの時には、チームのみんながここに集合したっけ。
でも、今立っているここは、ずいぶんと雰囲気が変わってしまったみたいだけれど?
その訳は、すぐに解った。
この広場をはさんだ向こう側は、貴族区だ。
そこを抜ければ、白く輝くハイリム城へと続く。
貴族区が近いから当たり前だけれど、貴族の馬車が往来している。
わたしの記憶では、こんなに馬車にバリエーションは無かったから。
宝石が流れて行くみたいで、見ていて飽きない。
もちろん、平民やわたしみたいな冒険者気味がいない訳ではない。
ある意味、混沌としてる感じだった。
そんな広場の一角に、市庁舎はあった。
おとぎ話に出てきそうな造りの、ミニ宮殿みたいな建物。
ヨーロッパにある、古城ホテルな感じかな?
入口は衛兵に守られているけれど、荷物検査とか無かった。超睨まれたけれど。
中は、天井の高いホールの様な造りで、壁際に点在するランプは、火ではなく魔法の灯りらしい均一さだった。
その下に、片仮名のコの字型にカウンターが並び、その内側では多くの従業員が忙しそうに動いている。
なんだか、友達に連れてってもらった立ち飲みバーを思い出したよ。
デスクにあるのは、酒瓶じゃなくって書類の山なのだけれど。
特定の窓口とか、どこが何と言う区分は無いみたいで案内は掲げられていない。
大勢の人たちが、従業員のいるカウンターにわちゃわちゃと群がっては、何らかの手続きを終えて去って行く感じだ。
わたしは、目の前のカウンターに着いてみる。
「こんにちは、本日はどういったご用でしょうか?」
対応してくれたのは、美人だけれど少し神経質そうな感じのお姉さんだ。ギャルソンッポイ制服が凛々しい。
「えと、市民票が欲しいのですが」
「解りました。ご職業は?」
「冒険者です」
その瞬間、お姉さんの動きがピタリと止まった。
「お仕事内容は、商人の専属護衛ですか? 騎士登用?」
「い、いえ、そういうのでは無いのですけれど。
あ、これ、紹介状です」
わたしが紹介状を手渡すと、お姉さんは、一瞬だけ目を丸くして驚いた様だった。
「し、失礼しました。
こちら、デリク・クルーエル子爵の紹介状とお見受けしましたが……」
「はい、そうです!」
「かしこまりました。
確認いたしますので、少々お待ちください」
お姉さんは、そう言って奥にある別室へと入って行った。
……たぶん、「鑑定」をしているのだと思う。
ダンジョンなどで手に入るアイテムには、時おり「未鑑定」の物がある。
ロングソード(未鑑定)が、実は超レア武器かも知れないしガラクタかも知れない。
場合によっては、呪いがかかってる事も少くない。
そして、偽物もある。
それらを回避するために、鑑定が必要になる。
鑑定にはスキルと魔法があって、スキルはMPを使わないけれど、1つのアイテムに対して1日に1回しかチャレンジ出来ず、失敗したからと言って、同じアイテムに何度もは出来ない。
魔法の方は、100%成功するけれど大量MP消費……だったかな?
クエスト終盤で主力の戦士が呪われて、バーサークした事もあった全滅の思い出。
「お待たせいましました」
お姉さんが戻って来たので、トラウマ中断!
「クルーエル子爵の紹介状に、間違いありませんでした。
市民票作成手続きを行っても、構いませんか?」
「はい、お願いします!」
警戒されたけれど、紹介状のお陰で事無きを得たよ。ありがとう、デリク様!
「それでは、こちらに血を入れてください」
そう言ってお姉さんは、わたしの前にインク壺とナイフを差し出してきた。
ん?
なんですと!?
「すみません、何を入れるのですか?」
「何をって、血です。
契約のインクを使いますので」
どうやら、「契約のインク」なる魔法アイテムを使って書類を作成するみたい。
インクに血を混ぜる事で、血の本人しか使えない市民票が出来上がるとの事。
ぬうう。
何かって言うと、血を要求されるこの世界。怖いよう。
かくして、無事(?)に市民票を手にする事が出来たのでした。親指が痛い。
受け取った市民票は、パスポートくらいの大きさのカードだった。
硬質プラスチックみたいな質感だけれど、何だコレ?
書き込んだ紙は、確かに羊皮紙みたいだったのに。不思議だ。
それはそれとして、まだお昼前なのに、すでに、だいぶゲンナリなんですけれど。血とか。血とかさあ。
でも、まだやる事イッパイですよ!
次は、ゲイリー隊長の所へ向かいます。
実は、ニコルさんから隊長宛に手紙を預かっているのです。
手紙を預かっていなくても、隊長には大体の話をする必要があったかも知れないけれど。
「おお、ウロ。
具合はどうだ? 昨日はゾンビみたいな顔だったからな!」
そう言って、ゲイリー隊長はわははと笑った。ゾンビって。
「こんにちは、ゲイリー隊長。
昨日はすみませんでした!」
「わははは。
なに、気にするな!
で、今日は何用だ?」
わたしは、ニコルさんから預かった手紙を渡す。
クルーエル家の封蝋が施された手紙を見て、ゲイリー隊長が少しだけ顔をしかめた。
しばし、無言で手紙を読んでいた隊長は、やがて深いため息をついて顔を上げた。
「……あいつは戻らんか」
わたしは、コクンとうなずいた。
手紙の内容は解らないけれど、ニコルさんはデリク様の後を継ぐだろうし。
そうなれば、今までみたいな好き勝手は出来ない。
てゆーか、勉強しなきゃならない事がイッパイで、それ所じゃあないだろうけれどね。
「まあ、あいつなら立派な領主になれるだろうよ。
仲間からの信頼も厚かったし、面倒見も良かった。
なにせ、元上司はワシだからな!」
そ、そうですね。などと。
「そう言えば、ニコルさんから警備隊のみなさんにお土産があったんでしたっけ!」
わたしは、鞄からボルドアのワインと蜂蜜酒を取り出してテーブルに並べた。
「ワイン10本と蜂蜜酒10本です。
みなさんでどうぞ!」
「……なんで、その鞄にこんなに入るんだ?」
ギャー!!
何も考えず、ナチュラルに出しちゃったよ。
「え、えーと、ナイショです!」
「ナイショ!?」
「そう。女の子には秘密がイッパイなのです!
じゃ、そゆ事で~!」
「お、おい、待てウロ!」
隊長の声を無視して、逃げる様に街門を後にする。
なんか、もう、かなり疲れちゃったんですけれど。
これからが、本日のメインと言う恐ろしさですがなあ。
なので、錬金術ギルドへ!
……と、その前に。
お腹が空いたので、屋台で串焼きを食べてやりました銀貨3枚。
串焼きを食べながら、ニードルスの事を考えてみた。
あぁ、絶対、ゴーレムちゃん壊した事を怒られるんだろうなあ。
で、でも、壊したのはバルガだし? てゆーか、敵だし?
仲間を守ったんだから、むしろ、名誉の負傷気味? みたいな。
どうしても許してもらえない時は、ゴーズさんのせいにしましょう。そうしましょう!
などと考えてるうちに、錬金術ギルドの前に着いちゃった不具合。
さあ、改めて錬金術ギルドへ。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ、錬成のご依頼ですか?」
挨拶と共にドアを開けると、受付には、ニードルスの姿は無かった。
「あ、いえ、ニードルスさんに用がありまして……」
「ひょっとして、ウロさんですか?
ニードルスなら、今日はもう帰りました。自宅の方に来てほしいと言付かってますよ」
むう。
まだ、お昼過ぎなのに。
割りとユルいのかな? 錬金術ギルド。
「解りました、行ってみます。
ありがとうございます!」
お礼を言って、錬金術ギルドを後にする。
自宅って事は、ガッツリ話す気満々って事ですね。はふぅ。
むう、仕方無いね。
腹をくくれ!
ガンバレわたし!
張り切れわたし!
先生に呼び出された生徒な感じが抜けないまま、わたしは、ニードルスの家へと歩き始めたとさ。




