第三十五話 クルーエル家の呪縛
今さらだけれど、実は倉じゃなくって離れだったり。ウロです。国内町内敷地内別荘気味。
傭兵たちを退けたわたしたちは、休む間もなく離れに突入しました。
てゆーのは、人質解放だけのハズなのに、誰1人出て来ないからなのですがなあ。
「でも、他の傭兵が来ちゃったらどうするのですか?」
「おそらく、その心配は無い。ニルス様が、城内に多くの傭兵を寝かせたりはしない!」
「オレたちみたいな、下賎な奴らと同じ空気を吸いたくないんだそうだ」
そう言って、ファルさんとゴーズさんは笑っている。
なんじゃそりゃ!?
いわゆる、お貴族様って感じなの?
まあでも、今回は、そのお陰で警備が手薄なのだろうけれどね。
そんなやり取りをしながら、気絶している傭兵たちを離れの中の柱に縛りつける。
念のため、扉の前にはレプスくんを配置。
「いいことレプスくん?
不審者を見たら、すぐに報せるんだよ!?」
ヒクヒクと、鼻を鳴らして応えるレプスくん。
どうやって報せるのかはこの際、考えないものとする。悩むから。
「さあ、行こう。
何事も無ければいいがな」
ファルさんについて、わたしとゴーズさんは離れの中を進んだ。
離れは、武骨な城とは違って柔らかな印象の造りだった。
ピカピカに磨き上げられた床は同じだけれど、絵画や調度品の他に、暖炉やソファーがあって豪華な別荘みたい。
「ここは、亡くなられた奥様が私室として使われていたんだ」
足早に通り過ぎつつ、ファルさんが説明してくれた。
むう。
牢屋のある所を子爵夫人の私室にするって、どうなんだろ?
「逆だよ。
使わなくて良い様にって事だ!」
わたしの独り言を、何気に聴いてたゴーズさん。侮れないデカブツ。
かつて、貴族的価値観から罪人とされた者を閉じ込めていた牢を、どの代かの領主夫人が、使わなくて良い様にと私室に作り替えたらしい。
以降、代々の領主夫人の私室として使われているのだとか。
ぬう。
まさか、自分の子孫が貴族的価値観で再使用するなんて思いもしなかっただろうなあ。などと。
それより、さっきから微量な魔力を感じるのは何故なんだぜ?
「この下だ」
ファルさんの指差す方には、たぶん家具があっただろう跡の残る床に、地下へと通じる階段があった。
どうやら、魔力は地下からの物らしい。罠じゃないよね?
罠があっても、もうニコルさんたちが通っちゃった後なのだけれど。
地下へと続く階段は、小さな踊り場をいくつか介して長く続いており、下へと降りる度に流れてくる魔力の量が増してる様に感じた。
不意に、ファルさんが手を挙げて止まる様に合図し、わたしとゴーズさんがそれに従う。
最下層だ。
あと数歩進めば、灯りの漏れる扉へとたどり着く。
もう何度目かになる、中の様子が解らない時のファルさんの盗賊モード。
聞き耳を立てつつ、鏡を使って鍵穴から……。
突然、ファルさんが立ち上がった。
「いくぞ!」
えええ!?
声デッカイよ??
言うが早いか、ファルさんは扉を蹴り開けて突入する。
「ファルさん!?」
「おいおい!?」
わたしとゴーズさんは、慌ててファルさんの後を追った。
扉が開かれた瞬間、まるで煙が吹き出したみたいに魔力が溢れ出てくるのが解った。
同時に、脱力する様なダルさに見舞われる。濃過ぎる魔力は身体に毒ですか?
やけに明るい室内は、天井にかけられた魔法による物だった。
たぶん、森にあった塔のそれと同じ感じかな?
魔法の灯りに照らされた室内は、小さめの映画館くらいの広さがあった。
入って右側は、鉄格子のついた牢屋。
中には、20人くらいの男女の姿がある。
事が起こっているのは、部屋の中央付近。
床には、青白く光る魔法陣が展開され、その中には、同じく魔法的な鎖の様な物に繋がれたヴァルキリーの姿が。
……なるほど。
急に出て来なくなった訳はコレか。
でも、どうやって捕まえたんだろ?
そんなヴァルキリーの前には、1人の男性の姿があった。
ララさんの精神世界で見た人物、ニルスさんに間違いない。
そのニルスさんの足元には、大柄な老人の姿があった。
「デリク様!?」
思わず、声を上げてしまった。
手足を縛られ、床に転がるデリク様。
目には、厚く包帯が巻かれているのだけれど、それを越して緑色の膿が染み出している。
わたしは、デリク様のステータスを確認する。
名前 デリク・クルーエル (状態異常 疾病:サイト・ロット 進度 4)
種族 人間 男
職業 騎士 Lv20
HP 8/255
MP 5/82
うわーっ!
病気の深度は辛うじて4だけれど、HPもMPも1桁だよ!!
縛られて、床に転がってて良い健康状態じゃないよ!? ……健康でもどうかと思うけれど。
「チッ、また邪魔が増えたか」
眉間に深くシワを寄せて、吐き捨てる様にニルスさんが言った。
そうしてる間、ニコルさんやアルルさんは何もせずに眺めている。
なんで何もしないの?
その答えは、すぐに解った。
「クソッ!」
言うが早いか、ゴーズさんが走り出した。
巨体でありながら、ゴーズさんのダッシュ力は半端じゃない。
岩の塊が、高速で突っ込んで来る様なものだ。が。
「うわっ!?」
突然、ゴーズさんの突進が止まった。
アルルさんが、ゴーズさんの襟首を掴まえたのだ。片手で。何それ!?
ちなみに、アルルさんのステータス。
名前 アルル・エセルバート
種族 人間 男
職業 執事/アサシン L18/Lv15
器用 26
敏捷 52
知力 30
筋力 26
HP 101
MP 74/160
スキル
戦神の祝福
共通語
礼儀
武勇
乗馬
毒薬 Lv10
暗器 Lv10
格闘 Lv10
剣の扱い Lv15
短剣の扱い Lv15
剣技 Lv10
二段突き
ディザーム
ナイフ投げ(命中精度+20%)
何これ強っ!!
そしてこの人、アサシンだった!
「あ、アルル様!?」
そのまま、後方に投げ出されたゴーズさんは、困惑した様に呟いた。
「ゴーズ、状況を良く見ろと、いつも言っているでしょう?」
「だ、だけどアル……!!」
振り返ったアルルさんの表情を見て、ゴーズさんは続く言葉を飲み込んだ。
柔和なアルルさんの姿は、そこには無かった。
眼は血走り、怒りに歪んだ表情は、まるで鬼の形相だよ!
「いいですか、良くご覧なさい!」
そう言うと、アルルさんはニルスさんの方に向き直る。
バチッ
同時に、ニルスさんの前で閃光が走った。
な、何!?
何事!?
カラン、と音を立てて1本のナイフが床に転がる。
それは、アルルさんの投げたナイフが弾かれた音だった。見えなかったし。
「ニルス様の周辺には、どうやら目には見えない障壁がある様です。
私たちが、容易に手出し出来ない理由です!」
ハッとして、アルルさんの隣を見れば、ニコルさんもまた、怒りに小さく震えているみたいだった。
「何度やっても同じだ、アルル。
それよりも、儀式の邪魔をするな!」
ぎ、儀式って何よ!?
病気のお父さんを、縛って転がして見下ろす事!?
「さあ、父上。
私に子爵の地位を譲ってください。
ご病気は、その後でゆっくり治療なさっていただきたいですな?」
そう言いながら、ニルスさんは上着のポケットから1枚の羊皮紙を取り出して広げた。
遠くて良くは解らないけれど、何かの契約書とかそんな感じだろうか?
「うぅ。
だ、誰がお前などに……」
デリク様が、絞り出す様な声で言った。
初めてお会いした時の様な覇気は、今はまるで無くなってしまっている。
「いけない、熱で意識が。
このままでは、本当に死んでしまうわ!!」
ララさんが、青ざめた表情で叫んだ。
「おお、それはいけない!
父上、早く私に子爵を譲ってください。死ぬのは、それからです!」
どうしよう。
あの人、心の底からムカつく!!
「お、お前に地位を譲ったら、こ、この街は……」
「この街は、何です?
今、この街が豊かだとでも言いたいのですか?」
そこからニルスさんの、いかに自分が領地運営に貢献しているかが始まった。
安い税収から、隣接する他領主との確執。
収益の少なさから、発言力の弱さをニルスさんの外交能力でカバーしている。など。
「武門の家と言えば聞こえは良いが、戦争が無ければ何の役にも立たぬではありませんか!?」
「ま、魔物討伐も立派な……」
デリク様の絞り出す様な声を、ニルスさんは一笑した。
「ハッ! そんな物は、冒険者に任せておけばいいのです。
あの連中は、勝手に行って勝手に死ぬでしょう。代わりなら、いくらでもいるのですから!」
な、なんだとコラーッ!!
確かに、冒険者なんて明日をも知れない危険なお仕事だけれど。
そんな言い方ってないんじゃない!?
そう叫びたいのを、グッと堪えてニルスさんを睨んでみた。
ニルスさんは、こちらなど目もくれずに話し続ける。
「剣を振り回すしか能の無い父上では、我が領地は風前の灯火なのですよ!
この前の盗賊団騒ぎの時だって、衛兵より真っ先に飛び出して行ったのは父上だったではありませんか?」
お、おうふ。
それはさすがに……。などと思ったのも束の間だった。
「おかげで、こうして契約書を見つける事が出来たのだから。
大金を払った価値はあったと言うもです!」
ん?
今、何か変な事を言わなかった?
「まあ、その金も回収しましたがね!」
そう言って笑うニルス。
「に、ニルス様。
も、もしや、盗賊団に街を襲わせたのは……!?」
「ああ、私だが?」
震える声で尋ねるアルルさんに、ニルスは、いとも簡単に答えてみせた。
「……あの襲撃では、街の者が亡くなっている。
あなたはそれを……」
「だから何だ? 馬鹿は喋るな!」
ファルさんの言葉を、ニルスは耳障りな様にあしらった。
こいつは、邪悪だ!
しかも、気分が悪くなるレベルの邪悪さだよ!!
「さあ、父上。
どの道、あなたが死ねば長男である私が子爵を継ぐ事になるのです。
このまま守護神を失うのは、クルーエル家の為になりませんよ?」
「止めろ、兄上!
民を守れずして、何がクルーエル家だ。その上に守護神など……」
「黙れ、ニコル!
家を出て、貴族の義務を怠ったお前に物を言う資格があると思うか?
ヴァルキリーに気に入られていようが、最後には契約者の元へとやって来るのだ。指をくわえて見ているがいい!」
そう言ってニルスは、デリク様の前にしゃがみこんだ。
「さあ、父上。
ヴァルキリーの諱名を言うのです!」
少し焦れているのか、ニルスの呼吸が荒くなっているみたいだ。
さあ、どうしましょう?
おそらくだけれど、ニルスが手にしている契約書は、クルーエル家に代々伝わるヴァルキリーとの守護契約的な物みたい。
んで、守護契約が即ち家督相続になるのかな?
ヴァルキリーは、ニコルさんにくっついてたけれど、本来ならデリク様に憑いてるハズなのですね。
仕事しないで好きな男とイチャイチャしてたら、守護対象が呪われてた! とか、だいぶ笑えないけれどどうでしょう?
たぶん、物理攻撃以外は防げないのだろうけれど。
でも、このままではかなりマズイと思う。
今はニルスに攻撃が出来ないし、もし、ヴァルキリーとの契約が成されてしまったら、絶対に勝てない!
わたしがニコルさんと闘った時、ヴァルキリーはあくまでサポートしかしなかったけれど、本気で闘ったなら、あっと言う間に消し炭にされちゃいますよ!?
「ヒヨ……ヴァルキリー、兄上を止める手立てはないのか?」
ニコルさんが、拳を震わせながら言った。
もちろん、ヴァルキリーが近くにいないなんて知らないからだけれど。
「ニコルさん、ヴァルキリーさんは今、ニルスと同じ魔法陣の中に捕えられてます。近くにはいないです!」
「!?」
わたしの言葉に、ニコルさんを始め全員が振り返った。
な、何?
何か変な事、言った??
「魔法陣だと!?」
「見えるのですか、ウロ様!?」
「では、攻撃を弾いていたのは!?」
「また、姫だけに見えてる幻覚じゃないのか?」
ゴーズ、お前、後で体育館の裏な!
いや、それはいいとして。
なるほど、みんなにはヴァルキリーはもちろんだけれど魔法陣も見えてないんだ!
て事は、魔法陣は床に描かれた物が光ってる訳じゃない。
てゆーか、良く考えたら、この部屋を満たしている魔力って、どこから来てるのよ??
……ああ、嫌な予感しかしない。
わたしは、自分のステータスを確認する。
やっぱり!
MPが少し減ってる!!
慌てて、その場の全員を確認。
マズイ。
みんな、少しずつMPが減って来てるのよ。
投獄されてるメイドさんや私兵さんたちは、長くいるせいか、だいぶMPを減らしてる!
「ここにいちゃダメ!
魔力が吸い出されてるよ!!」
わたしの言葉で状況を察したのか、いち早くアルルさんが動いた。けれど。
「ダメです。扉が開きません!」
入口の扉はいつの間にか閉じており、どんなに力を加えてもビクともしなかった。
「そう言えば昔、先代が引退なされた時に立ち合ったメイドや先代執事が昏倒した事がありました。
まさか、このせいだったのですな。長年の謎が解けました!」
1人納得してるアルルさん。余裕あるな、おい。
その一方で、元々魔力の低いゴーズさんが目眩を起こしている。
ん?
そう言えば、なんで同じくらい魔力の低いニコルさんや瀕死のデリク様が昏倒しないの??
改めて、ニコルさんのステータス確認。
やっぱり、MPが減ってない!
それは、デリク様もニルスも同じだった。
つまり、クルーエルの血筋の者は、このトラップ? の影響を受けないのかも。
ならば、実験です!
「ニコルさん、髪の毛か血を少しだけください!」
「な、何を言ってるんだこんな時に!?」
明らかに動揺されちゃったけれど、時間が無いのですよ。
「とても重要なのです!
もしかしたら、あの障壁を突破出来るかもしれない!!」
そう言いながら、わたしはニコルさんの髪の毛を1本抜き取った。
その髪の毛を、ナイフに巻き付けてからアルルさんに渡す。
「アルルさん、もう1回投げてみてください」
「わ、解りました。
ウロ様には、何か考えがお有りなのですね?」
わたしがうなずくと、アルルさんも小さくうなずいた。
「参ります!」
言うが早いか、アルルさんの右手が消える。
「ぐあああっ!?」
同時に、ニルスの悲鳴が響き渡った。
アルルさんの投げたナイフが、ニルスの右肩に命中したのだ。
「やった!!」
「ど、どう言う事だ。ウロ!?」
「たぶんだけれど、あの障壁は一種の安全対策なのだと思います。
儀式の最中、何らかの事態が起こっても大丈夫な様に。
だから、クルーエル家の者なら突破可能だと思いました!」
おお!! と、一同から歓声が上がる。
良かった、うまくいって本当に良かった!!
「解った。
後は俺が何とかしよう」
そう言って、ニコルさんが1歩踏み出す。
「あ、別にニコルさん自身が行かなくても、ここからニコルさんの欠片を付けた何かを投げるって手も……」
「サラッと恐ろしい事を言うな、ウロ殿!」
牢屋の鍵を外していたファルさんが言った。
何気にファルさんのMPも、そろそろ限界みたい。
「よし、行くぞ。
ウロ、アルル、俺が父上を取り戻したら、急いで離れてくれ。
兄上は、ニルスは俺が何とかする!」
「は、はい!」
「承知しました、ニコル様!」
ニコルさんを先頭に、わたしとアルルさんが後に続く。
肩にナイフを刺したままのニルスは、まだ、状況が解ってないみたいだった。
「行くぞ!」
「おー!」
「おお!!」
最短距離で、デリク様に向かうわたしたち。
ニコルさんが、魔法陣の中へと入る。
その後を追って、アルルさんも突入しようとしている!?
「アルルさん、ストップ!」
わたしの声に反応して、アルルさんが魔法陣ギリギリの所で止まる。
「ありがとうございます、ウロ様!」
お礼を言いながらも、その視線はニコルさんの背中を追っている。
「に、ニコルか?」
「はい、父上。
大変、お待たせしました!」
ニコルさんに抱き起こされたデリク様は、かなり消耗しているみたいだった。
「ワシも歳だな。
お前なんかに助けられるとは……」
悪態をつくデリク様だったけれど、口元は笑ってるみたいだよ。
「良うございましたね、旦那様!」
アルルさん、泣いてる場合じゃないよ!?
「行ってくれ!」
「に、ニコルさん気をつけて!?」
わたしとアルルさんは、デリク様を担いで後方へと下がる。
「り、領主様!!」
待っていたとばかりに、ララさんが駆け寄って来た。
ララさんもまた、MPが底をつきかけている。
フラフラとした足取りだくれど、お薬はしっかりと抱えて離さなかった。
「早速、治療します!」
ララさんは、そう言いながらデリク様の包帯を外す。
デリク様の目は、目と呼ぶにはあんまりな状態だった。
まるで、汚泥がこびりついているかの様。
そして、鼻を突く腐敗臭が立ち込める。
「少し、しみるかもですか我慢してくださいね?」
小さな子供に話しかける様に、ララさんはデリク様に言った。
「……ああ、頼む」
小さく答えて、デリク様は口をつぐんだ。
オレンジ色に輝く薬を、ララさんは惜し気もなく振りかける。
ジュワッ
「!!」
強力な酸をかけられたみたいに、デリク様の傷口は発泡して煙を上げる。
眉間にシワを寄せ、玉の汗をかきながらも、デリク様は一言も発せず微動だにしない。
やがて泡が消えて、緑の汚泥を水で洗い流すと、デリク様の両の目のある場所には、やや濁ってはいるものの、瞳が復活していた。
「良かった、間に合いました!」
「ら、ララさん!?」
薬の効果に安堵したのか、ララさんは、フゥと大きくため息を吐きながら電池が切れたみたいにうずくまって、そのまま気を失ってしまった。
デリク様もまた、気を失っているらしかったけれど仕方がないと思う。
そんな柔らかな空気は、轟音と共に破られてしまう。
「に、ニコルさん!?」
弾き飛ばされたニコルさんが、壁に激突した音だった。
ウソォ!?
ニコルさんが、ニルスに圧されてる!?
「ハァハァ、ニコル。
お前の剣など、所詮はこんな物なのだ。
たった1枚の紙に勝てぬのだからな!」
ニルスの手にする羊皮紙は、どうやら、ニコルさんの攻撃を完全に跳ね返しているみたいだった。
「さあ、ニコル。
お前は知っているのだろう?
ヴァルキリーの諱名を!」
そう言いながらニルスは、自分の血を指ですくい取った。そして、羊皮紙の2つある空欄の1つに自分の名前を書き込んだ。
ほんの少しだけ、淡い光を放った羊皮紙は、書かれた名前を固定する。
「さあ、早く教えろ!
でないと、仲間が魔力を完全に失って死んでしまうぞ?」
ううむ。
実は、わたしもそろそろ限界だったり。
でも、気づいちゃった。
ニルスの倒し方!!
「に、ニコルさん。
剣に血を、血を塗って!!」
まったく声に力が入らないけれど、どうやらニコルさんには届いたみたい。
ニコルさんは、立ち上がりながら剣に自分の血を塗っている。
「兄上、あなたに、ヴァルキリーは、ヒヨルスリムルは渡さない!」
ニコルさんの身体が、前のめりに倒れ、そのまま加速する。
あんなにダメージを受けているのに、あんなに鋭く動けるのは何でだろう?
もう、立ち上がれないわたしのボンヤリとした頭では、その答えは見つからない。
振り下ろされたニコルの剣を、ニルスは羊皮紙で受け止める。
バチッ
魔法の炸裂する音が響いて、羊皮紙に剣が打ち込まれる。
パキィン
何度かの衝撃に耐え続けた剣が、その瞬間に弾けて折れた。
「残念だったな、ニコル!
ヴァルキリーは、ヒヨルスリムルは私が貰う!」
「いや、渡さない!」
ニコルは、折れた剣を捨てると同時に手を伸ばした。
伸ばした先は、ニルスの肩に刺さったナイフ。
「ぎゃあああ!!」
ニルスの絶叫と共に引き抜かれたナイフは、たっぷりとニルスの血を吸っている。
そして、斬撃が紅い線を引く。
その瞬間、立ち込めた魔力が霧散して消えた。
同じく、忌まわしい結界が白く輝いて消えた。
戒めを解かれたヴァルキリーは、その美しい髪を散らして倒れ……なかったよ。
だって、ニコルさんがしっかりと抱き止めたんだもの。
「見え…た…!?」
ヤバイ、泣きそう!!
そう思った矢先、わたしの電池も切れたみたいだった。
辺りが暗くなり、地面にたおれる瞬間、わたしの視界に、わたしを抱き止める紳士の姿が映った気がした。
 




