第三十三話 真夜中の救出作戦
雑誌の占いで、ラッキープレイスが墓地だった事があります。ウロです。ラッキーアイテムは知育菓子。墓地で? 作ってお供え?
墓地の地下を走る通路を、わたしたちは進んで行く。
石造りの通路は思ったよりも広くて、2人並んで歩ける幅とジャンプしても届かないくらいに天井が高かった。
長く使われていないと言うアルルさんの言葉通り、植物の根っこが浸食してたり、あちこちにヒビや水溜まりがあったりするけれど。
「どうやら、ニルス様はここまで手が回らなかった様だ」
先頭を行くファルさんが、地面を調べながら言った。
ランタンが照らし出す地面には、劣化して切れてしまったワイヤーみたいな物があった。
「追っ手を足止めするための罠だな。作動すると、棍棒が飛び出すみたいだ」
周囲を調べながら、ファルさんが呟く。存外に楽しそうに聞こえるのは、気のせいかしら?
左右の壁には、段差のついた少しだけ太めの溝があって、その中には腐食して原型を止めていない木切れが見える。
罠が作動すれば、左右から水平に棍棒が打ち出される仕組みみたい。きっと痛い。
「……もしかしたら、ニルスはこの通路の事を知らないかもしれないな」
ニコルさんが、朽ちた罠を見ながら呟いた。
うそぉ!
いくらなんでも、知らない訳無いでしょ!?
「……知らないって。
弟のニコルさんが知ってるのに、お兄さんのニルスさんが知らないなんてあるの?」
わたしの疑問を、ララさんが聞いてくれた。
「いや、通路の存在は知ってるだろう。
だが、どこにあってどこに通じているのかは知らないだろう。俺も知らなかったしな!」
「旦那様も、子爵の位をお継ぎになるまでご存知ありませんでした。
情報の漏洩を防ぐ意味で、旦那様や私以外では、城の者で隠し通路を知っている者はほとんどおりません」
ニコルさんに続く形で、アルルさんが答えた。
むう。
セキュリティー的な何かなのかな?
下働きの使用人はともかく、子爵本人や実の子供が知らないなんてあるのかな?
「……でも、そう思わせるために罠のいくつかを放置した可能性は無いのですか?」
「その可能性はありません。
ここまでの間、足跡などの最近この通路を使用した痕跡はありませんでした。
そうだな、ファル?」
「はい、地下に入るための仕掛けも作動させた様子はありませんでしたし、墓地にも待ち伏せなどの様子はありませんでした!」
わたしの質問に、アルルさんとファルさんが詳しく答えてくれた。
ぬう、そんな警戒してたなんて。スゲェ。
「さあ、先を急ごう。
グズグズしていたら、夜が明けてしまうぞ!」
ニコルさんの声に、皆が応じる。
直線距離で30分ほどの道程を、わたしたちは倍の1時間はかけて移動した。
その理由はもちろん、前方と後方の警戒なのだけれど。
「ここだ!」
小声だけれど、ハッキリとした口調でファルさんが言った。
灯りの中には、入口にあった様な石の階段。
その先には、煉瓦を思わせる様な赤褐色の壁があった。
「あの壁の向こうは、旦那様の書斎である執務室になります。
机の後ろにある、本棚の裏側に出るでしょう」
アルルさんが、皆に状況を説明してくれた。
わたしたちの作戦はこうだ。
執務室に出たわたしたちは、その中の敵の数にもよるのだけれど、ファルさんとゴーズさんに任せて前進。
部屋を出たら、廊下を左に走って城の中庭を目指す。
そこに離れがあって、デリク様やアルルさんの部下たち、メイドさんなんかが捕えられているらしい。
「ララ様は私と、ウロ様はニコル様と行動なさってください。
ファルとゴーズは、それぞれに支援!」
「はい!」
「おお!」
ファルさんとゴーズさんが、小さく気合を入れて答えた。
い、いよいよ突入!
「……と、その前に」
「うおっ!?」
アルルさんが、わたしの方を振り替えってきてびっくりした。
「ウロ様、確認したい事がございますがよろしいでしょうか?」
「は、はい。何でしょうか?」
「ウロ様は、人を斬った事がおありですか?」
!!
「ここから先、待ち構えているのは魔物ではなく、人です。
しかも、私兵とは言え貴女と同じ冒険者です。
確実に、殺せますか?」
こ、殺す!?
確実に!?
「こ、殺すって、そんな……」
わたしがシドロモドロになっているのを見て、アルルさんは小さく首を振った。
「ウロ様、よろしいですか?
殺さずに相手の戦力だけを奪うのは、相当な腕前でなければ出来ません。
でなければ、後ろから討たれるかも知れないのです。
ご自分だけでしたらそれでも構いませんが、今は仲間がいるのです。
この意味を、お分かりになりますか?」
わたしは、言葉が出なかった。
アルルさんの言う事は、すっごく良く分かる。
でも、だけれど。
たぶん、わたしには殺せないよ!
良い子ぶる訳ではないけれど、わたしの中の何かが、激しく抵抗しているのが解る。
そして、きっと、今のわたしの心では耐えられないかも知れない。
「……もし、出来ないのであれば、酷な様ですが、ウロ様にはここに残っていただきます!」
わたしの様子を見て、アルルさんが言い放った。
ここで待つの?
みんなが頑張ってるのに?
助けるって約束したのに??
「イヤです!
わたしも行きます!!」
「では、出来るのですね?」
アルルさんの視線が、冷たく突き刺さる。
「……出来ません。
出来ませんけれど、足手まといにはなりません!」
そう言うとわたしは、列から離れて立った。
ゴーズさんが灯りを向ける中、わたしは、武器をショートソードからブロードソードへと持ち代える。
わたしは、それを軽く振ってみた。
……うん、大丈夫。
少し前までは、ショートソードでも重さを感じていたけれど、今のわたしは、ブロードソードでもちゃんと扱えるみたい。割りと余裕で。
少しずつ、スピードを上げて動く。
大丈夫、剣に振り回されたりしない。
これで、前は出来なかった技が使えるよ! たぶんね。
「ほう、綺麗な剣筋ですね。
しかし、だからと言って実戦で役立つとは限りませんよ?」
わたしの姿を見て、アルルさんが言った。
「大丈夫です。
必ず役に立ってみせます!」
思わず声が大きくなって、慌てたゴーズさんがわたしの口を押さえた。
「モガモガ!」
「アルル様、もしもの時は、オレが止めを刺すから!」
「確かに、ここに置いて行くには、ウロ殿はもったいない戦力ですよ?」
わたしと、ゴーズさんやファルさんの様子を見て、アルルさんは小さなため息をついた。
「分かりました。
ですが、私やファルやゴーズは、あくまでもクルーエル家の家臣。
優先順位は変えられませんよ?」
「だ、大丈夫です!
ララさんはわたしが守ります!」
「いえ、ララ様は旦那様の大切な薬師様ですから全力でお守りいたします。
冒険者であるウロ様は……と言うお話しです!」
あーそうでした!
わたしってば冒険者ですもんね! 知ってたし。悔しくないし!
「そんなに心配なら、お前がウロに付いてやればいいじゃないか。アルル?」
「オホンッ。
私には、ララ様をいち早く旦那様の元へお連れする役目がございます!」
ニコルさんの言葉に、少し慌てた様にアルルさんが答えた。
もしかして、わたしの事を1番心配してくれてる? アルルさん。ヤダー! などと。
「では、参りましょう!」
アルルさんが、いつもの落ち着いた声で言い、ファルさんがうなずく。
赤褐色の壁を、ファルさんが軽く叩いていく。
やがて、壁の1部がポロッと外れ、それを期にパズルのピースが剥がれ落ちる様に次々と壁が崩れていった。
あらわになった木製の壁は、おそらく本棚だろう。
ファルさんが、チラリとこちらを向き、同時に皆がランタンのシャッターを絞った。
完全な暗闇。
それは、すぐに払われる。
カタカタと、小さな震音を上げて本棚がスライドしていく。
カーテンの隙間から入る月明かりが照らし出す、薄暗い室内はどうやら無人の様だった。
扉の前まで移動して、ファルさんが様子を窺う。
扉の向こうはから、誰かの話し声が聞こえる。
移動してないみたい。
扉の前に誰かいるのかな?
ファルさんが、手で何かのサインを出してアルルさんとゴーズさんがそれにうなずいている。
アルルさんに促され、わたしたちは扉の脇に寄る一方で、ゴーズさんが助走に入っているのが見えた。
次の瞬間、わたしの前を高速の塊が通過する。
ドグォ
鈍い音と共に、扉が打ち破られる。
「行くぞ!」
ニコルさんの声と共に、わたしたちは走り出した。
部屋から出る瞬間、壁に走るヒビ割れと赤いインクを擦り付けた様な跡が見えたけれど平気です。
さすがに気がついたらしく、あちこちから走る足音が聞こえる。
直線で2~30メートルは進んだだろうか。
一瞬、外に出てしまったかの様な光景が広がる。
「ここが中庭です。
あちらに見えるのが、離れです!」
アルルさんの指差す方には、離れと言うか、まるで倉みたいな建物が見えた。
扉の前には、驚いた表情の番兵が2人。
名前 デイブ
種族 人間 男
職業 戦士 Lv2
器用 9
敏捷 13
知力 9
筋力 17
HP 21
MP 8
スキル
共通語
格闘 Lv1
剣の扱い Lv1
剣技 Lv1
突き
名前 グレッグ
種族 人間 男
職業 戦士 Lv1
器用 10
敏捷 12
知力 7
筋力 19
HP 24
MP 7
スキル
共通語
剣の扱い Lv1
剣技 Lv1
突き
おおう、まごう事なきザコですわな。
つまり、お試しチャンスですよ!
わたしは、剣を抜きながら走る。
「う、ウロ様!?」
アルルさんの声を後ろに、わたしは突進した。
低く速く、勢いで2人の間に入らない様に。
手前の戦士が、わたしの頭をめがけて剣を振り下ろしてくるのが見える。
遅い!
わたしは、低い位置から剣をはね上げた。
バンザイ状態の戦士に、わたしは、剣を横に構えて叩きつける。
刃ではなく、幅広な剣の腹で相手を打ちつけた。
「バッシュ!」
その名の通り、強打を持って相手を気絶させる技だ。
ゲームだった頃は、技を使った攻撃その物がどこに当たろうと敵を気絶させたけれど。
今は、かなり違う!
技を使う瞬間、攻撃すべき場所が、まるでマーキングされてるみたいにハッキリと見てとれた。
狙うべき場所に、わたしの攻撃が吸い込まれる様に命中する。
的確にアゴを打ち抜かれた戦士は、一瞬の棒立ちの後、その場に膝から崩れて倒れた。
わたしは、その勢いのままに2人目へと突進する。
1人目を倒された事に動揺しているのか、剣を構えるのに戸惑いがある。
わたしは、剣の腹で足を払った。
受け身の間に合わなかった戦士は、背中を強打したらしく悶絶している。
わたしは、再びバッシュの体勢入った。
今度は、体重を乗せた剣の柄が倒れた戦士の鳩尾に吸い込まれていく。
ビクンッと全身を震わせて、2人目の戦士も動かなくなった。
わたしは、素早く2人のステータスを確認する。
デイブ 気絶状態
グレッグ 気絶状態
よし!
スタン・アタック成功じゃ!!
「ウロ様!」
慌てた様子のアルルさんが、わたしの所にやって来た。
「アルルさん、殺さずに無力化出来ましたよ!」
わたしの声に、アルルさんはガックリと肩を落とした。
「あ~、やっぱり解ってなかったな。姫」
「まあ、だろうとは思ったがな」
ゴーズさんとファルさんが、ニヤニヤしながら近づいて来た。
な、なに?
どゆ事!?
「姫よ、アルル様はな、ああ言えば女のあんたは前には出ないと思ったんだよ!」
なっ!?
「ウロ殿、この中で1番あなたを心配しているのは、アルル様だと思うぞ?」
うええ!?
マジで!?
わたしは、おそるおそるアルルさんを見た。
アルルさんは、ナイフでサクサクと2人の戦士に止めを刺してから、ゆっくり立ち上がってこちらを見た。怖いよ!?
「ウロ様。
どうか、どうぅか、軽卒な真似はお止めください!
私は、私は……」
涙目になって震えてるアルルさん。
ちょっ、えっ?
動揺するわたし。
「アルル様、あんな事言ったら、姫は突っ走るに決まってるじゃないですか?」
「そうですよ、ウロ殿は……ねえ」
な、なんだと!?
「ゴーズ、ファル。
知っていたなら、何故そう言わないのです!?」
声の上ずったアルルさんに対して、ちょっぴりだけ間を開けてから、2人は声を揃えて言った。
「だって、面白いじゃないですか!」
な、なんだとコノヤロー!!
あっちでは、ニコルさんとララさんが爆笑している!?
何、この辱しめ!
目の前には死体。
周りは爆笑。
わたしとアルルさんだけ涙目。
もーヤダ。
早く、日本に帰りたいよお!!
「ファル、笑ってないで早く鍵を開けなさい!」
少しずつだけれど、平静を取り戻しつつあるアルルさんが言った。
「もう……少し……です、よっと!」
ガチャリッと、音を立てて倉の鍵が開いた。
同時に、複数の足音が近づいて来るのが分かる。
「……判りました、ウロ様。
もう、あなたを女性として見るのを止めましょう。
1人の冒険者として、入口の死守を依頼いたします!」
そう言って、アルルさんはわたしの肩を叩いた。
ちょっ!?
見て見て、女性として!!
諦めちゃダメでしょソコ!? かなり重要!!
「ファルとゴーズ、ウロ様を援護。
何としても、敵の侵入を阻止。いいな!」
「はい!」
「おお!」
アルルさんの号で、ファルさんとゴーズさんがわたしの左右に散る。
「まて、俺は?」
「ニコル様は、ララ様と私とご一緒ください。
奥の扉は、クルーエル家の血の方にしか開けられません!」
「わ、解った。
ウロ、頑張ってくれよ?
ファルにゴーズ、ウロを頼んだぞ!」
「ウロさん、死なないでね!?」
ああ、ララさん。
わたし、頑張ります! 張り切ります!!
ニコルさんたちを見送ると、入れ替わりに武装した男たちが雪崩れ込んで来た。
集まって来た敵は、全部で5人。
思ったより少ないけれど、さっきのザコとは雰囲気がまるで違うよ。
「ウロ殿、これは少しばかり厄介かも知れん」
「どうやら相手は、騎士崩れの傭兵だ。
殺らなきゃ、殺られるぜ。姫!」
ファルさんとゴーズさんの表情から、余裕が消えていくのが解った。
「と、止めはお願いしますよ?」
わたしの言葉に、ファルさんとゴーズさんが吹き出した。
「あーもう、これだよ!」
「解った、好きに闘ってくれウロ殿。
あとの事は、わたしたちが始末しよう!」
わたしたちは、改めて剣を構える。
いつの間にか、恐怖の震えが武者震いに変わっていると気づくのは、もう少しだけ後になってからだったりするのでしたさ。
4/13 戦闘シーンを改訂しました。
 




