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第三十二話 凱旋は隠密に

 顔の片側だけ、自動的に泥パックが施されていきます。ウロです。根っこに顔が付いてるから。ロープ固定。それはもうガッチリと。


 わたしは今、ボルドアの街近くの森に来ています。


 具体的に言うと、ボルドアの街と灰色の森の中間にある森の中、狩人の使う狩猟小屋に潜んでおります。


 どうしてこんな事になってるかって言うと……。


 ……今から2日前。


 わたしたちが灰色の森を出て、ボルドアの街を目指している途中、不運にも、山賊に遭遇してしまいました。


 わたしはダメダメだったけれど、ニコルさんを先頭に、ファルさんとゴーズさんが頑張ってくれたおかげで、何の問題も無く撃破出来ました。さすがは脳筋ズですね!


 ……などと、悠長に考えてましたけれど。


 捕えた山賊に、ファルさんとゴーズさんが優しく丁寧に、何度も何度も何~度も質問した結果、彼らが、ニコルさんの兄であるニルスさんに雇われて、わたしたちを「永遠に」街に帰れない様にと依頼された冒険者であると判ってみたりしました。


 また、わたしたちが灰色の森へ向かってから、すでに5日間が過ぎてたりする不思議です。


 ぬう。

 体感では、街を出てからまだ1日も経ってないのだけれど。


 それに妨害とか、どう言う事!?


 とは言え、このまま街に帰るのは、あまりにも危険と思われる生活の知恵。


 そんな感じで、わたしたちは、街と灰色の森との中間にある森に向かい、そこの狩猟小屋に潜伏する事になったのです。


 小屋の所有者である、狩人のラモンさんは、最初、わたしたちを見て戸惑っていたけれど。


 わたしとララさんの魔性の魅力に、アッサリと陥落して小屋を貸してくれました。


 ……ウソです。


 わたしたちにはまったく全然少しも反応せずに、金貨10枚を渡したら快く滞在を許してくれた不具合です。フンだ!


 拠点は出来たけれど、街に行くのは大変に危険。


 でも、モタモタしてると領主様の病気がかなりヤバイ!


 さて、どうしましょう?


 とにかく、情報不足が否めない感じですよ。


 ならば、誰かが街に行って情報収集するが吉なのだけれど。


 たぶん、この中ではわたしとララさんが1番顔が割れてない感じかな?


 いくらララさんが小さいとは言っても、危険な場所に潜入させる訳にはいきません!


 なもんで、わたしが潜入調査に立候補したら、全員から却下されてみたり。


 んもー。

 みんな、そんなにわたしの事が心配? などと。


 まあ実際には、わたしが、この辺りでは珍しい黒髪だからなのですが。


 そして、顔立ちもこの辺りではまったく見かけないから、逆に目立ってしまうかららしい。


 ……なるほど、わたしウロは、デフォルトでキャラクター作成したため、ほとんど素顔。


 中世ヨーロッパ風世界で、日本人100%は、そりゃあ目立ちますわなあ。


「……仕方ない、私が行こう!」


 そう言ったのは、ファルさんだった。


「うん、頼んだぞ!」


「ヘマすんなよ?」


 ニコルさんとゴーズさんは、さも当然の様に送り出す。そうなの?


「お前とは違う。

 では、若。行って参ります!」


 ファルさんは、鎧を脱いで平服に旅用のマントを羽織って小屋の外へと消えて行った。


 ……そして、現在。


 小屋の中には、わたしとララさん。


 ニコルさんにファルさんにゴーズさん。


 そんなわたしたちに、狩猟小屋においてはあまりにも優雅な動作でお茶を淹れてくれている、執事のアルルさんの姿があったりしてますがどうでしょう?


「さあ、冷めない内にお召し上がりください?」


 何かの干物がぶら下がる天井下に、アルルさんの柔らかな声が響く。


「い、いただきます!」


 獣臭を打ち消すハーブティーの香り。か、カモミールかしら?


「さて、もう1度状況を確認させてくれ!」


「はい、若。

 街は、完全にニルス様によって占拠されている状態です」


 ファルさんの口から、街の現状が語られる。


 どうやら、街は、ニルスさんに雇われた傭兵に溢れているらしい。


 元々いた衛兵に加え、どう見てもゴロツキの様な者が衛兵の格好をして、街を歩き回っていたり。


 そのため、治安がアッと言う間に悪化しちゃったみたい。


「まあ、おかげで私も潜入が楽だったのだが……」


 ファルさんは、何とも言えない表情で呟いた。


 また、領主であるデリク様は病状が悪化して、半分引退みたいな状態で離れにて療養中。と言うのが、街中の噂になってるみたいだよ。。


「それに関しましては、私からお話致します!」


 そう言ったのは、もちろんアルルさんだ。


「……始まりは、皆様が旅立たれてから3日後。いまから、4日前の事でございます」


 今から4日前、デリク様の病がいよいよ悪くなり、視力をほとんど失ってしまった。


 その途端、ニルスさんが沢山の私兵を連れてお城を占拠。


 デリク様を離れに軟禁状態にして、引退を迫った。


 運悪く、アルルさんはデリク様の代わりに公務をこなしていてお城を離れていたらしい。


 アルルさんが戻った時、アルルさんの部下たちは皆、牢に入れられて動けず。


 残っていたのは、少数のメイドさんたちだけで、それすらも人質状態。


 なす術が無く、デリク様はおろか、誰も助けられないままに1人で脱出したのだと言う。


「……このアルル、一生の不覚。

 旦那様を、お助けする事が出来ませんでした」


 静かに、だけれど強い口調でアルルさんが言った。


 ぬう。

 何だろう、この、絵に描いた様なお家騒動劇。


 あと、どうしても気になる事があったり。


「あの、お聞きしてもいいですか?」


 わたしの声に、全員が注目してくる。


「はい、なんでしょうかウロ様?」


 アルルさんが、表情や口調を戻して言った。


「えと、ニルスさんは、どうしてこんな事をするのでしょうか?

 黙っていても、次期領主は長男のニルスさんなのでしょう?

 だったら……」


「いや、兄上は領主にはなれない!」


 わたしの問いに答えたのは、ニコルさんだった。


「なれない?」


「そうだ。

 兄上……ニルスは、領主にはなれない」


「どう言う事ですか?」


「それは、俺にヒヨルスリムルが、ヴァルキリーが憑いているからだ!」


 ぬぬ!?

 どゆ事??


 ニコルさんの話しによると、クルーエル家は代々武門の家柄なのだとか。


 戦場においては先を走り、常に王家の剣であるべし! なんだって。


 だから、戦闘センス0のニルスさんでは家を継ぐのは難しい。


 そして決定的なのが、ヴァルキリーの加護を受けられなかった事にあるらしい。


 ん?

 でも、それならデリク様も、今はヴァルキリーが憑いてなくない?


「どうやら、何か儀式がある様なんだ」


 わたしの疑問に、ニコルさんが答えた。


「どう言う物かは知らないが、代々、当主になる者は、何らかの儀式を経て、その資格を得るらしい」


「つまり、ニルスさんは自分が次期当主に指名されないと解って、無理矢理資格を得るため強行手段に出たと?」


「そう言う事になるな!」


 何それおっかない!


 でもでも、それで資格を得たとして、戦場に行ったら秒で骨なんじゃね?


「ニルス様は、武力では無く資金力でお家を立て直そうとお考えの様です」


 今度は、アルルさんが答えた。


 ニルスさんは、今の経済状況を良く思っていないらしい。


 今のデリク政では、税を最小限としている。


 何代か前までは、割りと重い税率だったみたいだけれど、時の領主夫人がそれにストップをかけたみたい。


 元々、産業に乏しい街だったけれど、その夫人の働きで、蜂蜜酒やワインなどのお酒を作る様になった。


 今では、ボルドアのお酒って言えは、献上品になるくらいに有名なんだとか。知らなかったよ。


 でも、ニルスさんの狙いは増税じゃないみたい。


 アルルさんの話だと、ニルスさんは、灰色の森の耕地開拓をする気なのだとか。


 今は、元からある土地での産業だけれど、広大な灰色の森を全開拓すれば、膨大な資金を得られる。と。


 そして、その資金を元にクルーエル家を武門ではなく経済力のある家柄に転換したいらしい。


 だけれど、その案は、デリク様によって却下されたらしい。


 〝あの森は、本当は白い魔女の森と言って、神聖な場所だ。

 我がクルーエル家は、代々、そこを守る義務があるのだ!〟


「小さい頃から、事ある度に何度も聞かされたっけな」


 そう言って、ニコルさんがお茶をグイッと飲み干した。


 あんなトレントだらけの森、開拓なんかしたらそれこそ秒で骨だよ!


 まあ、知らないからなんだろうけれど。


 それに、クルーエル家とあの森やエルフのバイアーナとは、何らかの因縁? みたいなのもあるみたいだし。


 いっそ、ニルスさんにやらせて自滅させたら良いよ! などと思った。もちろん、絶対に言わないけれど。


 だって、犠牲になるのは駆り出された労働者だし。


 さて、本当にどうしましょう?


「もうしばらく様子を見て、ニルス様の出方を見るのはどうだ?」


 ゴーズさんが、吊るしてあった何かの干物をかじりながら言った。腹ペコか!?


 確かに、急ぎ過ぎるのもアレだよね。


 まだ、情報も少ないし……。


「駄目よ。

 もう、時間がないわ!」


 突然、立ち上がったララさんが叫んだ。


「時間が無い?」


「そうよ、もう領主様には時間が無いの!」


 ゴーズさんの問いに、ララさんが答えた。


「どう言う意味だ? 話してくれ!」


 ニコルさんがそう言うと、ララさんは小さくうなずいて話し始めた。


「領主様の病は、サイト・ロットって言うの。

 初めは目が霞んで、やがて光を感じるくらいになってしまうの。

 それからすぐに、視力を失って、目から異臭を放つ膿が出始めるわ。

 そうなったら、もう、時を待たずに目は腐ってしまうわ。

 そうなる前に、このお薬で目を拭わなくちゃいけないの!」


 そう言って肩を震わせるララさんの手には、すでに完成しているオレンジ色の綺麗な水薬があった。


「万能目薬


 目薬の上位版。

 全ての眼病に有効で、最終深度からの快復が可能」


 スゲー!

 さすがはエルダー・トレントの根っことララさんの手腕。良い仕事です。匠レベル。


「あ、あと、どのくらい持つのですか?」


 少し震えた声で、アルルさんが聞く。


「視力を失ったのが4日前だとすると、早ければあと3日。長くても6日しか無いわ!」


 ララさんの声に力がこもっている。


 となれば、もう、何とかして潜り込むしかないでしょう。


 正面から入るのは、当たり前だけれど危険極まりない。


 でも、この人数で隠密行動とか無理ッポイ。


 ……おお、そうじゃ!


「ねえ、ニコルさん。

 ニコルさん家には、緊急時の抜け穴的な隠し通路は無いのですか?」


「!!」


 ララさん以外の、全員が一気にわたしを注視する。


「う、ウロ様!?」


「ウロ殿!?」


「おいおい、姫。

 あんた、本当に何者なんだ!?」


 えっ!?

 な、何?

 わたし、なんか変な事言った!?


「ウロ、確かにクルーエル家には隠し通路がある。

 だが、冒険者のお前が何でそんな事を知ってるんだ?」


「えっ?

 お、お城とか偉い人のお屋敷には、そう言うのが付き物かなあって……」


 ニコルさんの問いに、わたしは、恐る恐る答えた。


「ウロ様、よろしいでしょうか?

 迷宮ならいざ知らず、城の隠し通路などと言う物は、一般の冒険者では思いつく物ではありません。

 もし、思いつくとすれば、城攻めを経験した古参の傭兵か。或いは、それらを狙う名うての盗賊でしょう

 それ以外だと……」


「……他国の放った間者だな」


 アルルさんの言葉に、ファルさんが続けた。


 ええええ!?


 だ、だって、そんなの常識でしょー!?


 み、みんなが超怖い眼で見てる!


 プルプル、わたしは悪い冒険者じゃないよう!!


 ……冗談ではなく、どうやら危険発言だったみたい。


 しばらく戦争も無いし、建築に関わった者は、そんな事絶対に口外しない。


 一介の冒険者には、到底知り得ない情報だから、わたしみたいな若い冒険者が知ってるとなれば、その出自を疑われても仕方がないって事らしい。


 ぬう、ゲーム知識が首絞めちゃったよ。


「だが、それしか道はないな!」


 ニコルさんが、うなずきながら言った。


「その様ですな」


「一体、どんな旅をして来たんだ。ウロ殿?」


「わははは、やっぱり姫は只者じゃないと思ってたぜ!」


 むう、もういいじゃんかぁ。


「ウロさん、泥棒さんだったの?」


 ぐはっ!

 みんなは良いけれど、ララさんまで。


「さあ、そうと決まれば急ぐぞ!」


 ニコルさんの声に、皆が応じる。


「ウロ、ララ。

 お前たちは、ここに残れ。

 ここから先は、クルーエル家の問題だ。お前たちには関係無い!」


 立ち上がったわたしとララさんを見て、ニコルさんが言った。


 確かに、わたしとララさんには関係無い。……だけれど。


「関係無くなんてないわ!

 デリク様は、あたしの患者よ? 快復まで、お世話する義務があるわ!」


「わたしも、ニコルさんを助けるって。

 ヴァルキリーさんに約束してるのよね。

 約束破ると、スッゴイ怖いんですよ!?」


 ララさんの言葉に、わたしも続いた。


 約束したしね。

 怖いのも本当だけれど。


「……ありがとう、2人とも」


 ニコルさんが、いつになく神妙な顔で言った。


「若、大丈夫ですよ!」


「そうさ、薬師様は守らなきゃだが、姫はかなり使えるぜ。

 胸が無い分、動けるしな?」


 な、なんだとこのデカブツ!!


 事が済んだら、のめして殺るぞコラァ!!


「……ご安心ください、ウロ様。

 女性は、見た目ではありません。中身こそ重要なのです!」


 ああ、今度はアルルさんまで。


 月明かりの下、士気高く進む中、わたしだけ出発前に心かき乱されたりするのはナゼなのでしょうか? などと。


 あと、小屋に来てからずっと姿が見えないヴァルキリーを、少しだけ不安に思ったり。どこ行ったんだろ?


 街を迂回する様に、わたしたちは森の中を進んだ。


 森が切れる頃、目の前には街外れにある墓地が広がっていた。


 月明かりに浮かび上がる墓石は、当たり前だけれど日本的なそれじゃあないよ。


 ホラー映画の1シーンみたいな?

 お、お化けなんかキライなだけで怖くはないよ。た、たぶん。


「ありました。こちらです」


 アルルさんが指差す先には、墓地を守護する女神像があった。何の神様かな?


「この像の台座が、入口になっております。ファル!」


「はい、アルル様」


 ファルさんが、慎重に女神像の台座を調べている。


 そう言えば、ファルさんとゴーズさんはアルルさんの部下だっけな?


「ここだな!」


 ファルさんがそう言うのと同時に、台座の下にある石畳がゆっくりとスライドして行く。


 低くて重い石の磨れる音が終わると、そこには、下へと続く階段が姿を現した。


「これが入口です。

 ここから1本道を進めば、旦那様の書斎に出るはずです。

 ……ですが、長く使われておりませんでしたので、劣化しているかも知れません。皆様、どうかお気をつけください!」


 アルルさんが丁寧な説明しながら、手慣れた動作でランタンに灯を入れている。

 ランタンに照らし出された階段は、木の根に囲まれる様にあった。


「よし、行くぞ。

 先頭はファル、後に俺とアルル。

 真ん中はウロとララ。

 殿はゴーズ、頼んだぞ!」

 ニコルさんの声に、皆がうなずく。


 こうしてわたしたちは、クルーエル家へ侵入するべく墓地の地下へと吸い込まれて行くのでしたさ。

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