第三十一話 白い魔女 その五
戦乙女が体育座りをしていて、時おり、ニコルさんの髪をなでていてイラつく。ウロです。もちろん、わたしの頭の上で。お前さん、飛べるじゃろ?
薄暗い木々の道は、長い蛇腹のチューブみたいで距離感がだいぶアレになりますが、どうでしょう?
わたしの隣には、ファルさんに背負われたララさんの姿が。
ファルさんの背負い袋から、頭だけ出して寝ている。
何だか、ベビーキャリーみたいで可愛い。
でも、本来ならわたしが背負って歩いてたのになあ。などと。
わたしやララさん、盗賊首領嫁の死体(今は麻袋に入れてる)を担いでいるために、パーティは小まめに休憩をはさみながら移動している。
おかげでわたしも、何とか自分で歩けるくらいには回復出来たりしました。健康ってすばらしい。
ララさんの意識が回復したのは、その何度目かの休憩中の事だった。
「ララさん、大丈夫ララさん!?」
「……ウロさん? ここは?」
「灰色の森の中です。帰り道ですよ!」
「……あたし、どうしたの?」
「あんたは、塔で悪い魔女に捕まってたんだよ」
なんと言う、ザックリ説明なゴーズさん。悪い魔女って。悪い魔女だけれど。
「悪いな、そいつはあんまり説明が上手くないんだ。
話は、私からしよう!」
ファルさんが、簡単な自己紹介をしつつ、経緯を話してくれた。
わたしたちが、ララさんやニコルさんを探して森にやって来た事。
ララさんが、塔にて魔女に身体を乗っ取られていた事など……。
「そう、塔にいた。いたんだわ!
それに、バイアーナ。バイアーナはどこ??」
ぬぬ!?
ララさんが、何故にバイアーナの事を知ってるの??
「落ち着け! ゆっくりでいい、知っている事を話してみろ!」
ニコルさんが、そう言って水袋を差し出した。
わたしは、それを受け取ってララさんに水を飲ませた。
少し落ち着いたのか、ララさんはゆっくりと話し始めた。
「あたし、領主様のご病気を治すために必要なお薬の材料を探してこの森まで来たの。
でも、護衛を買って出てくれた冒険者さんたちが急に襲って来て……」
ララさんは、もう1口水を飲んでから続けた。
「必死に逃げたわ。あたし、身体が小さいから木の間を通って逃げられたの。
でも、道に迷ってしまって。食べ物もお水も、みんな無くなっちゃったし。
そんな時、森の中に塔を見つけたの!」
ララさんは、そう言って息を吐いた。
「では、あの塔へは自分から入ったのか?」
ニコルさんの問いに、ララさんはコクンとうなずいて見せた。
「何がいるかなんて、考えてられなかったの。
領主様には、時間が無いんだもの。
それに、住んでるのは森番かも知れないし。
……でも、違ったんだわ」
ララさんは、そこで言葉を切ってしまった。
「大丈夫、ララさん?」
「ありがとう、大丈夫!」
わたしの声に、ララさんは微笑んで答えてくれた。
「でも、そこから先は覚えていないの。
急に目の前が真っ暗になって。
気がついたら、真っ暗な部屋の中にいたの」
確認する様に、ララさんは、1つ1つを話していく。
「部屋は暗くって、とても広く感じたの。
扉も窓も見当たらなかった。
そんな中で、あの子に会ったのよ!」
「あの子って言うのは、バイアーナさん?」
わたしが聞くと、ララさんはうんうんとうなずいた。
「バイアーナも、魔女に囚われていたの。
あたしたち似た者同士ねって、すぐに仲良くなったのよ!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。さっきから言う、その、バイアーナってのは誰なんだ?」
ララさんの話の合間に、ゴーズさんが声を上げた。
まあ、普通はそうなるよね。
だって、1度も出てない名前だもん。……わたし以外にはね。
「おそらく、エルダー・トレントが言っていたエルフの事だろう。
そうだろう、ウロ殿?」
「……たぶん、そうだと思います」
ファルさんの言葉に合わせて、わたしは答えた。
「んん!?
だがよ、それってこれだろう?」
そう言って、ゴーズさんが背負い袋から頭蓋骨を取り出した。素手で。ワシッと。
「……ゴーズ」
「ゴーズ、お前は……」
ファルさんは頭を抱え、ニコルさんは天を仰いでいる。
「どうやら、首飾りと対でなければ平気な様ですね」
やれやれといった表情で、冷静な分析をするヴァルキリー。
わたしは、もう、何も言えなくなっちゃったよ。ゴーズ、コノヤロウ!
「……それが、バイアーナ!?」
ララさんが、震える声でそう呟いた。
「ララさん、バイアーナさんはもう……」
わたしは、ララさんの手を取って言った。
ララさんの手は、わたしの手の中で小さく震えている。
「……うん、うん。
たぶん、そうなんだって思ってたの。だって、ずいぶんと長い間、あの場所にいるみたいだったもの」
ララさんが、わたしの手を握りながら言った。
「ララさん、わたしたちは、エルダー・トレントとの約束でバイアーナの魂を解放しなければいけないのです。
でも、やり方が解らなくって。だから、これからエルダー・トレントの所へ行く途中なのです!」
わたしがそう言うと、ララさんの瞳に光が満ちてきた。
「トレントに会えるの!?
やっぱり、これだけの森だもの。いるに決まってるんだわ。
ああ、なんて幸運なんでしょう。
お薬に必要な材料は、トレントの根なのよ!!
それに、バイアーナの魂を助ける方法があるなら、早く聞かなくちゃよね!」
身体が元気ならば、きっと飛び上がっていただろうララさん。
……ララさんは、この状況を幸運と言うのですね。
これがプロなのかしら? などと。
「見えた、あれだな」
灯りをかかげながら、ニコルさんが言った。
あれから、もう何度か休憩をはさみながら、わたしたちは道を進んだ。
そして、ニコルさんの指差す方には、そのゴールが見てとれた。
遠くからでも解る、動く木々。
その奥には、一際大きな古木に老人の顔を持つ存在があった。
「……なんだ、これは!?」
ニコルさんが、驚きとも恐怖ともとれる声を上げる。
ニコルさん、トレントを見た事なかったんだ。
「戻ったか、人の子よ」
「は、はい。ただ今戻りました!」
木とは思えないほど、柔らかな老人の声に、わたしは少しだけ怯えながら答えた。だって、でっかいんだもん。顔とか。
「娘を、これへ」
エルダー・トレントが、細い枝を伸ばしてきた。
「ゴーズさん、バイアーナの頭蓋骨をお願いします!」
「お、おう!」
ゴーズさんが、その上に頭蓋骨を乗せる。
「魔女によって、魂の器にされている様です。
わたしたちには、救い方が解りません!」
わたしの言葉に、エルダー・トレントは答えず、渡された頭蓋骨をしげしげと見詰めていた。
「……これじゃ」
エルダー・トレントが、わたしの目の前に頭蓋骨を差し出して来た。
「な、何これ!?」
わたしが見たのは、頭蓋骨の裏側だった。
そこには、幾重にも画かれた魔法陣があって、その中心にバイアーナの名前が刻まれている。
そう言えば、触れないと思って、ちゃんと調べて無かったっけ。
でも、どうすればいいのかな?
「どうやら、名前から魔力を奪う様に魔法陣が組まれている様ですね。
名前を消せれば、魔力が絶たれて自壊するでしょう!」
わたしの後ろから、覗き込む様にしてヴァルキリーが言った。
「名前を!?」
わたしは、頭蓋骨を受け取ると、中を改めて見てみた。
名前は、赤いインクか何かで書かれている。……てゆーか、刻まれてる?
その割りには、立体的でもない。
恐る恐る触ってみたけれど、ツルツルしていて溝は無い感じだよ。
「これを消せばいいのですね?」
「消せるならば、です」
わたしの問いに、意味深に答えるヴァルキリー。
「どう言う意味ですか?」
「おそらくは、バイアーナと言う娘の血で書かれているのでしょう。
血を消すには、血で拭うしかありません!」
ぐはっ!!
痛い事が来た!!
「だ、誰の血でもいいの?」
「……魔力があれば」
ああ、脳筋組、血余ってるでしょうに。
「だ、誰かわたしの指先をちみっと切ってくださいな!」
「ウロ、大丈夫か?」
「またか、ウロ殿?」
「なんだ、新しい発作か姫?」
なんだこの失礼なヤツラはー!! てゆーか、発作ってなんだ!?
「ウロさん、どうしたの?
さっきから、誰と話してるの?」
ララさんが、不思議そうにわたしを見てる。
とても澄んだ瞳に、なんだか心が折れそうになったけれど頑張ります泣いていいですか?
「えと、バイアーナの魂を解放するためには、この名前を消さなくちゃいけないのです。
でも、そのためには血が必要なのです!」
「そ、そうなのね!?
頑張って、ウロさん。手当てはしてあげるわ!」
はい、勇気でました!
「行くぞ、ウロ殿!」
「バッチこーい!」
ファルさんのナイフが、撫でる様にわたしの右手人差し指の腹を切った。
「!!」
少し痛いけれど、大丈夫。
わたしは、血を頭蓋骨の名前に塗った。
シュウウゥ
焼けた鉄板に付いた水滴みたいに、血は、塗ったそばから蒸発していまう。
「ふむ、どうやらバイアーナと言うエルフは、ただのエルフでは無かったみたいですね?」
魔力がつきかけて、ヘロヘロなわたし越しにヴァルキリーが言った。
「ど、どう言う事ですか?」
右手の手当てをララさんにしてもらいながら、わたしはヴァルキリーに言った。
「バイアーナは呪い子だな? 長老よ!」
ヴァルキリーが、そう言いながらエルダー・トレントを見た。
「いかにも、我が君は呪い子だった」
呪い子って何?
「ウロ、残念ですが呪い子の血は呪い子の血でなくては拭えないのです!
そこに、魔力は関係ありません!」
な、なんですってー!?
もう、あんまし声が出ないけれど。
「なんだ、どうなったんだ?」
「終わったのか、ウロ殿?」
「寝る前に、教えてよ姫!!」
む、むう。
自由なヤツラめ。
「し、失敗しました。
バイアーナさんは呪い子だったみたいで、呪い子の血でないとダメみたいです」
わたしの言葉に、皆が沈黙する。……と思ってましたら。
「あたしがやってみる!」
そう言って、わたしの横にいたララさんが立ち上がった。
「で、でも、ララさん?」
「フフフ、あたしの髪って青いでしょ?」
ララさんは、自分の髪の毛を、くるくると指先でもてあそびながら言った。
確かに、ララさんの髪の色は目の覚める様な青い色をしている。
「リリパット族はね、髪の色が茶色か金色か赤色しかいないのよ?
極々稀に、あたしみたいなのが産まれるんだって。
山の神様の取り替え子って言ってたかな?」
な、なんと。
そうだったんだ!!
ゲームの時は、髪の色は自由だったし。
この世界でも、色々見たから普通なのだと思ってた。
さっき、ララさんが言った似た者同士って、そう言う意味だったんだ。
ララさんは、自分のナイフを取り出すと、自分の左手親指の腹を切った。
「バイアーナ、今出してあげる!」
ララさんは、バイアーナの頭蓋骨を受け取ると、その名前を自分の血で拭った。
その瞬間、名前部分が、まるで生き物の様に動き出した。
「きゃっ!」
ひっくり返りそうなララさんを、わたしはなんとか受け止めた。
「おお、おおおお!!」
エルダー・トレントが、感嘆の声を上げる。
それは、他の皆も同じだった。
頭蓋骨は、焼かれた黒から白へと戻っていく。
黒い糸を吐き出す様に、頭蓋骨からは黒い煙りが立ち上って、やがて消えた。
そして、真っ白な頭蓋骨の前には、1人のエルフの娘が立っていた。
それは、あまりにも美しい姿だった。
全身が、真っ白。
髪も、爪も。
なのに、瞳は燃える様に赤い。
まるで、大理石から打ち出した彫像の様な姿だった。
呪い子の正体は、アルビノの事だったのですね。
「……白い女神だ」
ゴーズさんが、ポツリと呟いた。
確かに、それくらい美しいかもね。
「おおお、バイアーナ。
我が君よ!」
エルダー・トレントが、全身で喜びを現す様に揺れている。
バイアーナと呼ばれた白いエルフは、ニッコリと微笑んで見せた。
「お久しぶりですね、長老様。
ですが、私には時がありません。
私はこのまま、この者と共に参ります」
バイアーナの手の中には、黒く渦巻くモノがあった。
「あ、あれは!?」
「魔女の魂ですね」
わたしの声に、ヴァルキリーが答えた。
小さな隙間から、苦悶の表情がにじむ様に出ている。
恐るべし、魔女!!
「私の魔力のせいで、長く不心得をしてしまいました。
私がいなくとも、この森は大丈夫です。
長老様、守人あってくださいな」
「……我が君よ、尊き眠りを。
我が一族が腕にて、守人を任されん」
エルダー・トレントの声に、バイアーナはもう一度ニッコリと微笑んだ。
そして、わたしたちの方を向いて頭を下げた。
「私と森を助けて頂き、ありがとうございます。
おかげて、森は、トレントの守る静かな森に戻るでしょう」
誰も声が出なかった。
ただ、うなずくだけしか。
そんな中、1人だけ声を出した。
「バイアーナ、出られたんだね!」
ララさんだ。
「ありがとう、ララ。
おかげで、また、森の香りを感じる事が出来ました」
「よかったね。
また、きっと会えるかな?」
「ええ、いつか、きっと!」
さようなら。
そう聞こえた気がした。
その瞬間、目の前が真っ白になる様な光が辺りを包んだ。
再び目を開けた時、辺りは、暗い森へと戻っていた。
「……夢、じゃあないよな?」
ファルさんが、噛み締める様に呟いた。
夢じゃないよ。
だって、目の前にエルダー・トレントの顔が迫ってるもん!
「世話になった、人の子よ!」
エルダー・トレントが、そう言って枝を打ち鳴らした。
同時に、辺りの若いトレントたちも、枝を打ち鳴らし出した。
「さあ、願いを言うがいい。
財宝か? 失せし知識か?」
なにそれ気になる!
でも、決まってるんだよね。
「ララさん、願い事!」
「えっ!? あ、えーと、領主様の病を治すため、トレントの根を分けてください!」
ララさんがそう言うと、辺りはスッと静かになった。
……あれ?
ヤバイかしら!?
「領主とは、クルーエルの血だな?」
「は、はい。そうです!」
エルダー・トレントの声に、ララさんが答えた。
「……良かろう。持って行くが良い」
声と同時に、ララさんの目の前に1本の木が降って来た。
「うわっ!?」
思わず声が出たララさんだけれど、そりゃ驚くでしょーとも。
降って来たのは、木じゃあなくって、木くらいあるエルダー・トレントの根だった。
エルダー・トレントの根は、トレントの根の上位版みたいな感じ?
確か、エリクサーとか作るのに必要なアイテムだったハズ。
つまり、超絶レアなのよ!!
「……しかし、皮肉じゃ。
敵の血に救われるのだから」
そう言って、エルダー・トレントは笑った。
「敵の血?」
「気にしなくていいのよ、ニコル。
もう、済んだ事なのだから」
ニコルさんが呟くと、ヴァルキリーが、すぐにそう言って、エルダー・トレントをにらんだ。
……なんか、因縁があるのですね。
あと、呂律が回らないのであんまし通訳させないでくたさい! そして、叩かないでください!
「ありがとうございます!」
嬉しそうに、木みたいなエルダー・トレントの根にしがみつくララさん。
良かったね、ララさん。
さあ、帰ってデリク様を治さなくちゃですよ!
わたしたちは、トレントたちに見送られながら、新たに開かれた森を抜ける道を進んで行く。
ゴーズさんとニコルさんが、肩に根を担ぎ、ファルさんが死体の入った袋を担いで。
元気になったララさんは、まるで浮いてるみたいに足取りは軽やかだよ。可愛い。
そして、わたしは、根っこの上にて落ちない様に縛られて運搬されるのでした。獲物みたいにな!
活動報告にて、関連した小話を掲載しております。
そちらも併せて、お楽しみ頂けたら幸いです。




