第二話 エンカウント
「ウサギだ」
対岸の茂みから顔を出した、ウサギの様な生き物。
その頭上には、『Wild Bunny』の名称が見える。
見た目はやや大きなウサギだけれど、れっきとしたモンスターだ。
そして、その生息地域はスタートの街付近のフィールド『フォーンの森』。
「と言う事は、意外と街のすぐ近くかも!?」
わたしが喜びに声を挙げると、ワイルドバニーはキロッとこちらを向いた。
「うおっ、モフモフかわいい!」
などと、わたしが眼を細めているのも束の間、ワイルドバニーは、脚をトントンと踏み鳴らし始めた。
「……あれ? これって」
警戒音!?
そう思った次の瞬間、ワイルドバニーは小川を飛び越えて突進してきた。
「うわっ!!」
避けた。
と言うより、ビックリした拍子にたまたま避けただけだ。
慌てて起き上がるわたし。
ワイルドバニーは、トントンと脚を踏み鳴らしながらこちらの様子を窺っているみたいだ。
「襲ってきてる!?」
おかしいよ?
イマージュ・オンラインのモンスターは、大きく分けて2種類存在する。
自ら襲ってくる『アクティブモンスター』と襲ってこない『ノンアクティブモンスター』だ。
ワイルドバニーは、スタートの街付近のモンスターなためか、こちらから攻撃を加えない限り襲ってこないノンアクティブモンスター。のはずだったけれど。
「ヤバイ、超やる気なんだけど」
トントンと言う警戒音と、フシュル~と言う唸り声を挙げながら、こちらを見据えてくるワイルドバニー。
唐突に突入した戦闘に、わたしは思わずショートソードを構えた。
今のわたしは倉庫娘ウロ(召喚士)。
剣を扱うには、あまりに細い頼りない腕だよ。
メインキャラクターの時には感じなかった剣の重さが、今のわたしにはズンとのしかかる。
でも、殺らねば殺られる!!
ラウンド2だ!
ワイルドバニーの警戒音が、その感覚を狭めていく。
わたしも、剣を握り直した。
聖騎士だった時の記憶を頼りに、軽く腰を落として斜に構える。
ウサギと対峙する剣で武装した魔法使いの図。
端から見たら、どんな風に思われるかな?
苦笑気味に、思わず笑いが漏れた。
次の瞬間、ワイルドバニーが再び突進してくる。
見える!
さっきは解らなかったけど、今度はワイルドバニーの軌道が見えた。
わたしは、その軌道に合わせて剣を振り抜いた。
「!?」
インパクトの瞬間、手に伝わる確かな手応え。が、同時にわたしの身体は衝撃に耐えられず後ろに倒れ込んだ。
ヤバイ!
次がくる!!
転がりながら、痺れる手で剣を握り直した。
が、追撃は無かった。
ワイルドバニーは、しばらくフラフラと揺れていたけれど、力無くその場に崩れ落ちた。
「か、勝った!」
わたしも、剣を落としてしゃがみ込んだ。
倉庫娘ウロ(召喚士)、初戦闘は魔法ではなく物理攻撃にて勝利。……嬉しいですよ? かなりウレシイ!
と、不思議な事が起こった。
「おかしいな、変わんない?」
ワイルドバニーが、倒しても変化が無い。
アイテムにもならないし、消えもしない。
通常、モンスターは倒されるとドロップアイテムに変化するか、そのままスゥとかき消えてしまう。……はずなんだけれど。
「消えないし、アイテムにもならない?」
恐る恐る、チョンと触れてみる。
むう、獣の感触。
てゆーか、血がドクドク出てますけど!?
ワイルドバニーは、『野ウサギの毛皮』か『野ウサギの肉』のどちらかをドロップする。
どちらにもならず、消えもしないって事は。
「もしかして、自分で解体しなきゃいけないの!?」
ひゃー!!
いやいやいやいや。
無理無理無理無理!!
自慢じゃないけど、魚もさばけませんよ!?
お肉なんて、スーパーのパックしか触ったら事無いですよ!?
どーしようコレ?
コレどーしよう?
と、とにかくせっかくの獲物。そして、今ある唯一の食料(未加工)!
鞄にしまってみました。
アイテム名『野ウサギの死体』
どストレートな名前ですね!!
小川の水で手を洗って、立ち上がる。
街が近いかも知れない。
これだけで、かなり勇気出た。
まだ、ちょっと足が震えてるけど仕方ないね。
そんな感じに、わたしは小川に沿って歩き始めた。なんとなくね。
……さて、陽が暮れてしまったわけですが。
さらに、ここはどこでしょう??
小川の流れに沿って、下流へ向かっていたのはいいのだけれど、川の流れは起伏に飲み込まれ、分からなくなってしまった。
取り敢えず、そのまま進んでみたけど、良く考えたら地下で流れの方向なんて変わったりするじゃん。
まあ、気がついたのはさっきなんですけどね。
少しだけ拓けた場所に出たお陰で、夜だけれど月明かりがずいぶんと明るくて足下は良く見えた。
「お腹、すいたな」
食べ物。って言うと昼間のウサギ。……しかないよなぁ。
と、とにかく火がなくちゃ!
でも、どうやってつけるの?
アイテムの中に、ランタンとランタン用油瓶。松明と火打ち石がある、
ゲーム中、ランタンに油瓶を合わせればランタンに火を灯す事が出来た。けれど、今はそれが出来ない。松明も同じだ。火打ち石を合わせても何もおきない。
何故だ!?
装備は変更出来るのに、アイテムはダメなんて。
何ルール?
誰ルール?
「フッ、傭兵時代の包囲戦の時を思い出すわ」
ウソです。冗談です。泣いてしまいそうなんです!
試しに、松明に向かって火打ち石を打ち合わせてみる。
火打ち石ってアレでしょ? 時代劇でお侍さまの背中に着火するヤツでしょ? せーの!
バチッ!
火花が飛び散り、一瞬だけ辺りを明るく照らした。
「うおっ!」
イケそう?
バチッバチッバチッバチッバチッ……。
結果、着いた!
正確には、松明には着かずに下の枯れ葉に。
で、でも着いたし! 超明るい! 火バンザイ!!
枯れ葉と枯れ枝などをかき集めて焚き火にして、ついでにランタンにも火を入れておく。
「火は確保したけど、問題は……」
ゴハン、ですけど。
取り合えず、ウサギを取り出してみる。
「うぎゃー!」
血! 血が出てる!!
てゆーか、まだ温かいんだけどどーゆー事!?
むう、もしかして、鞄に入れておくと時間が止まるの? 長期保存余裕!? ナニコレ超絶便利!!
「まずは、血を抜かなきゃダメな気がする」
でないと、お肉が臭くなるとかなんとか。前に、何かの本で読んだような?
合成用の麻ヒモを使って、ウサギの足を縛る。
それを、近くの木に引っかけておく。
たぶん、これで血が抜けると思うけれど。どうかなぁ。
お湯を沸かしたいな。
お鍋かヤカンみたいの無かったかな?
そんな事を考えつつ、鞄をあさっていると、向かいの茂みがガサガサと揺れた。
また!?
いや、今度は油断しない! たとえモフモフでもだ!
茂みを注意深く見守る。
現れたのは、ウサギとはまったく違う生き物だった。
「うわっ」
思わず声が出た。
醜悪な顔に子供位の身長。
丸い鉄兜を被り、ボロボロの革鎧ッポイ物を身に纏って錆びたショートソードを握っている。
「ご、ゴブリン!?」
ゴブリンだ。
頭上には『Goblin』の文字が浮かぶ。
ゴブリンは、イマージュ・オンラインで一般的なモンスターだ。
人型モンスターの中では最弱の部類だけれど、初心者にとっては充分な驚異になる。
周囲を見回していたゴブリンは、わたしに気づいたらしく、その真っ赤な眼をこちらに向けてきた。
ゴブリンって、たしかアクティブモンスターだったような。
そんな事を考えていると、ゴブリンがこちらに何かを叫び出した。
何?
何語?
ゴブリン語!?
そんなの習ってないよ? てゆーか、習えるの??
困惑するわたしとは対称的に、みるみる怒りに満ちるゴブリン。
小走りに、こちらに近づいてくる。
「ちよ、ちょっと待って!」
わたしがそう言うが早いか、ゴブリンは手に持った錆び錆びのショートソードを降り下ろしてきた。
ギリギリで避ける。
ら、ラウンド3~!
後ろに下がりつつ、ショートソードを構える。
焚き火の明かりに、ゴブリンが揺らめいて見える。
最初に動いたのはゴブリンだった。
小さな身体を、より低くして頭から突っ込んできた。
それに合わせて、わたしは剣を打ち下ろす。
ガキンッ!
わたしの剣は、しっかりとゴブリンの頭に命中した。だけれど、ゴブリンの頭はヘルメットみたいな兜で守られている。
「くぅう!」
腕が痺れる。
今のわたしの筋力では、とても叩き割る事が出来ない!!
代わりに、ゴブリンの剣が振り抜かれた。
バックステップでかわす。はずが、剣の切っ先が右腕をかすめた。
「痛ッ!」
鋭い痛みが走る。
痛みがある!?
ゲーム中、何度となくダメージを受けたりやられたりした。
けれど、1度も『痛み』を感じた事は無かった。
数値的に処理されるダメージを見て、痛いと発言した事はあったけれど、実際に痛い訳じゃない。
ヤバイ、恐い!
死ぬの? 死んじゃうの!?
今までは、死ねば仲間の魔法で復活したり、或いは拠点に設定している街の教会で蘇る。
犠牲になるのは、少々の獲得経験点だけだ。
今は?
死んだらどうなるの??
足元から、真っ黒な恐怖が這い上がって来る様な気がする。
イヤだ、恐い! 死にたくない!!
真っ赤な眼を歪ませて、ゴブリンがにじり寄って来る。
今度はこちらから打って出る。
下から上に薙ぎ払う様に剣を放つ。が、思う様に剣が振れない。
「なんで??」
頭ではイメージができているのに、身体が動かない。
聖騎士だった時の記憶と、現在の身体能力に圧倒的な差があるんだ!
理解が、同時に恐怖感にすり変わった。
途端に、身体がすくみあがった。
恐怖に、剣が出せない。 ゴブリンの剣がかわせない!!
打ち払われ、剣を落としてしまった。
ギリギリ身をよじってゴブリンの剣から逃れるけれど、確実にダメージを受けていく。
ゴブリンが剣を振る度に、わたしの血が飛び散るのか焚き火からジュッと言う音と共に嫌な臭いが上がるのが分かった。
もう、痛みで動けない。
ゴブリンが、醜い笑いを張り付けた顔で見下ろしている。
「た……助けて、誰か助けて!」
息も上がり、こぼれる様な声しか出ない。
悲鳴にもならない。
もうダメだ。
そう思った時だった。
《ココロエタ》
どこからともなく声が聞こえた。いや、聞こえたって言うより頭の中に響いた感じだった。
次の瞬間、わたしの中から何かが抜けて行く。
同時に、ゴブリンが炎に包まれた!
「ギャアアア!!」
切り裂くような、獣の様な絶叫が森に響く。
全身を炎に包まれたゴブリンは、狂った様に転がり、やがて動かなくなった。
辺りに、ゴブリンの焼ける嫌な臭いが立ち込めるが、わたしにはそんな事気にもならなかった。
燃え盛るゴブリンの横に、炎に包まれたトカゲの様な姿があった。
「……何、これ?」
炎の中のトカゲは、スゥと宙に舞い上がって、揺らぎながら消えていった。
同時に、わたしの目の前は真っ暗になっていく。
わたしの意識は、そのまま闇の中に飲み込まれていった。