第二十七話 白い魔女
塔と呼ばれる場所に、生涯で何回くらい来る事があるだろう? ウロです。初塔だよ。米蔵は3回あるよ!
石造りの塔は、入口が鉄の扉1つしか見当たらなかった。
大きな両開きの鉄扉は、予想に反して軽く開いた。手が鉄棒した後みたいな匂いがする。
「……いいぞ、罠は無い」
灯りを持って先行したファルさんが、地面を調べながら言った。
わたしとゴーズさんが、ファルさんの後に続いて塔に入る。
「塔って言うより、家畜小屋みたいだな」
辺りを見回しながら、ゴーズさんが呟いた。
直径5~6メートルくらいはあるかな? と言う感じの円柱状の塔は、1階は地面が露出した土間の様に見える。
木製の長テーブルは、時間の経過でかなり朽ちかけているし、土がむき出しなのに、木はおろか雑草すら生えてないのは違和感を覚えてみたり。
壁には、沿う様に螺旋階段があって、かなり高い所まで続いていた。
「2、3階は無いみたいだな。高さから見て、4階くらいか?」
灯りを掲げて、ゴーズさんが言った。
吹き抜けの様になった天井には、高すぎて灯りがほとんど届いていないのだけれど、ゴーズさんには見えるみたい。何かスゲエ!
「……どうやら、ついさっきまで先客がいたみたいだ」
辺りを調べていたファルさんが、地面を照らしながら言う。
灯りの先には、たくさんの足跡と、バラバラになった骨が散らばっていた。
「ほ、骨!?」
「ああ、人骨だな。恐らくは、スケルトンだ」
わたしの声に、骨の一部を手にしながらファルさんが言った。
スケルトンは、初歩の死霊魔法で作り出せるアンデッドモンスター。
ゲームだった頃には、遺跡探索なんかで良く見かけた事がある。
大して強くはないけれど、数が出て来て大変だったのを思い出してみたり。
「頭蓋骨の数から、3体だろうが。戦ったのは1人だな。
足跡は、みんな同じ奴の物だ」
地面を照らしながら、ファルさんとゴーズさんは、そう言ってうなずいている。
3体同時に相手したとなると、かなり強い人なんじゃね? などと。
「さて姫、どうするよ?」
渇き始めた身体の泥を、ボロボロと剥がしながらゴーズさんが言う。
どうするって、上に行くしかないでしょ?
「上に行きましょう。ララさんやニコルさんがいるかも知れない!」
「まあ、そうだな。ファル?」
「足跡も、階段に続いてる。
どのみち、ここにいる〝魔〟とやらを退治せねばならんしな?」
そう言ってファルさんは、先行して階段を登り始めた。
壁沿いの螺旋階段は、急ではなかったけれど、1段が狭くて登りにくい。
また、手すりやガードが無いからかなり怖いんですけれど!?
しかも、ランタンの灯り以外まったく光源が無いから、下が、やけに高く遠く感じてしまう不具合ですよ。
とは言うものの、注意さえしていれば踏み外す事もないからね。たぶんね。
間もなく4階? と思われる場所に着く頃、どこかで扉の閉まる大きな、重い金属音が響いた。
3人とも、その場に固まる。
「い、今のって?」
「……下か?」
「下だな。反響しているが、他には無いだろう」
しばらく、その場で耳をすましてみたけれど、何の音も聞こえてはこない。
ゴーズさんが、荷物から松明を取り出して火をつけて、それを下へと放り投げる。
松明の炎は、周辺をオレンジ色に照らしながら落下して行き、地面に当たってはぜた。
「誰もいない。が、扉は閉まっているな。
ゴーズ、念のため後方を警戒してくれ!」
「あいよ!」
あれで下の様子が見えるんだ。何なの、キミタチ?
そして、なんという至れり尽くせり感!!
やっぱり、パーティって良い!! などと。
そんな事を考えてる間に、わたしたちは、階段を突き当たりまで登り詰めていた。
小さな踊り場に、飾り気の無い木の扉。
雰囲気としては、学校とかの屋上に出る所みたいな?
階段では気がつかなかったけれど、扉の隙間から光が漏れていた。
まだ夜だし、外観からは、光取りの窓なんて見当たらなかった。
つまり、中にはこの光源を扱う誰かがいるって事になる。……のかな?
扉に鍵穴は無いみたいだけれど、ファルさんは、扉の木目にあった節穴に鏡をかざして中を確認していた。
直接穴を覗くと、眼を攻撃されるかも知れないんだって。何それオッカナイ! あと、勉強になります。
どうやら確認が出来たみたいで、わたしはファルさんの隣に移動。
ファルさんの合図と同時に、ゴーズさんが勢い良く扉を蹴り開けた。
「!?」
わたしは、部屋の中を見て一瞬だけ固まった。
まるで、屋根裏部屋を思わせる様な簡素な部屋は、丸い壁と、窓がない事を除けば、どこにでもある普通の部屋に見えた。
ただし、天井は眩いほどの光源に溢れていた。
何だか、久しぶりに電気がついたみたいな。
白色蛍光灯の様な光だよ。
でも、わたしが固まった理由はそれじゃない。
テーブルなどが乱雑に倒された部屋の中央には、ニコルさんの姿が。
そのニコルさんは、今まさに、ララさんをロープで縛り上げようとしているところだったのだ!!
「ちょっ、何してんのニコルー!?」
わたしが飛び出した瞬間、わたしの前にゴーズさんが立ち塞がった。
「おい、落ち着け。姫!」
ふんぬー!!
これが落ち着いていられるかー!!
そう、叫びたかったのだけれど、ゴーズさんに捕らえられてモガモガ言うしか出来ません。むふー!!
「ウロ殿、まずは状況確認だ。
若、ご無事でしたか!」
キョトンとしていたニコルさんだったけれど、ファルさんの言葉で、ハッと我に帰ったみたい。
「お前ら、何でこんな所にいるんだ?」
ぐったりとしたララさんを縛りながら、ニコルさんが問う。
だから、縛んじゃねー!!
「オレたちは、若と薬師様を探しに……。何してんです、若?」
……あ、今、ゴーズさんが「うわっ!?」って顔した!
「こ、これは違う!」
「何が違うんじゃー!!」
狼狽えるニコルさんに、わたしが叫ぶ。
「し、少年!? お前、何でこんな所にいる?」
「モガー!!」
また押さえられて、言葉にならなかったし。
そんな感じに、この場が落ち着くまで5分の時間がかかったりしました。
「……申し訳ありませんが、若。
我々にも解る様に、説明して頂けませんか?」
「だから、さっきから言ってる様にだな……」
深くため息をついて、ニコルさんが話し始めた。
ニコルさんの説明は、こんな感じだった。
ボルドアの街に戻ったニコルさんは、ララさんの失踪を知り、その日の内に単身で灰色の森に向かった。
途中、幾度となくモンスターに襲われながらも、なんとかこの塔までたどり着いたみたい。
そこで、魔女に捕らえられているララさんを発見。
魔女と戦闘になった。
魔女との戦闘の末、見事、魔女を撃退。
意識の無いララさんを担いで帰ろうとした矢先、突然、ララさんが襲いかかってきたのだと言う。
話し合いも通じない、まるで人が違った様に暴れるララさんを、仕方なく拘束していた所にわたしたちが飛び込んで来た。
「……と言う訳だ!」
ぬう。
何だか、良く分かりません!
ロープでぐるぐる巻きにされたララさんは、今は眠ってるみたいだし。可愛いし。
それに、ニコルさんの話しはどこか変な気がするのだけれど?
「こいつが魔女ですか?」
倒れたテーブルの向こう側で、ファルさんの声が聞こえた。
あの辺りは、血痕がスゴいので行きたくありません!
「ああ、そうだ。俺とやり合う前から手傷を負ってたみたいだったがな」
ファルさんの声に、ニコルさんが答えた。
「しかし、1日も経たない内に捜索とは。
アルルの奴、心配しすぎだろ?」
そう言って、ニコルさんが笑った。
ん?
今、変な事言わなかった?
「何言ってんです?
若が出て行ってから、今日で3日目ですぜ?」
ゴーズさんが、呆れた様に言った。
「ハァ? お前、何を言……」
「来てくれ、ゴーズ!」
ニコルさんの言葉は、ファルさんの叫びにも似た声によって遮られた。
「コイツは……!?」
どうやら、魔女の死体を見たらしいゴーズさんが、驚愕と言った感じの声を発した。
な、何?
また、なんかあるの!?
「若、この魔女は、確かに若が仕留めたのですな?」
「あ、ああ、そうだ!」
ファルさんの質問に、ニコルさんが少しだけ困惑しているみたい。
「コイツは、半年前に街を襲った盗賊団の頭の女房です!」
「……どう言う意味だ?」
ファルさんの言葉に、ニコルさんが呟く。
ファルさんの話しによると、この魔女は、半年前に街を襲った盗賊団の頭の女房らしい。
当時、盗賊団はデリク・クルーエル子爵率いる領主軍によって壊滅。
盗賊団の頭は戦闘によって討伐され、残党もみな、処刑されたらしい。
当然、頭の女房もまた、処刑されたはずなのだけれど。
てゆーか、いくら盗賊とは言え皆殺しとか。
子爵様、怖すぎるのですけれど。
「で、デリク様、半端無いですね?」
わたしの言葉に、ゴーズさんが首を振った。
「いや、デリク様は、そこまで考えてはいなかったよ。
処刑を行ったのは……」
「……兄上か」
言葉に詰まるゴーズさんに代わって、渋い顔をしたニコルさんが言った。
ニコルさんのお兄さんって、ニルスさんだっけな?
街では、悪い評判を聞かなかったけれど。
「兄上が何か、善からぬ事を企んでやがるかも知れない。
さっさと街へ帰るぞ!」
「おお!!」
「おおう!!」
ニコルさんの声に、ファルさんとゴーズさんが同時に呼応する。
ニコルさんがララさんを担ぎ、ゴーズさんが、盗賊頭の女房の死体を担いだ。
……持ってくんだ、それ。
先行するファルさんが、みんなの準備が整ったのを見て扉を開けて1歩踏み出した。
「なっ!?」
それは、異常な光景だった。
扉を出たはずのファルさんが、扉から入って来たのだ。
いや、違うよ。
扉を出たファルさんが、まるで裏返しになるみたいに入って来た。だよ!
何だろう?
不細工なCG映像を見せられたみたいな。
ビニール人形が、外に溶けて逆再生したみたいな。
言葉にし難い、ただ、異常な光景だった。
「で、出られない。のか!?」
部屋の中に倒れ込みながら、身体を確認するファルさんを見て、ニコルさんが呟いた。
「アーッハハハハハッ!」
突然、甲高い笑い声が響き渡った。
「ララさん!?」
わたしは、思わずララさんに駆け寄った。
「ララァ?
ララはもういないよ。わしはエルズだ!」
ニコルさんの肩から飛び降りたララさんは、縛られたまま、床で笑い転げている。
ファルさんとゴーズさんが、武器を構えて緊張している。
「待って、ララさんを攻撃しないで!」
わたしが叫ぶと、2人は顔を見合わせて下がった。
「ララじゃないよ、エルズだよぉ!!」
キャハハと、なおも笑い続けるララさん。
でも、その声はララさんの物とはあまりにも違う、ガラガラとしたダミ声に変わっていた。
「コイツ、さっきの魔女と同じ声だ!」
今度は、ニコルさんが戦慄している。
わたしは、ララさんのステータスを見た。
名前 ララ・ロフロ・ラコフ(状態異常 憑依)
憑依!?
つ、つまり、エルズとか言う魔女の霊がララさんにとり憑いたって事?
なにそのオカルト!?
「おい、エルズ……とか言ったな?」
ニコルさんが声をかけると、笑い転げていたララさんは、ピタリと笑うのを止めた。
ゆっくりと上げた顔は、ララさんを恐ろしく憎悪にまみれさせたみたいになっていた。……ああ、ホワホワ笑顔のララさんがぁ。
「どうやってここから出るんだ? 答えないと、命は無いぞ!?」
剣を突きつけ、真剣な顔つきで凄むニコルさんを、気味の悪い笑顔を張りつけたエルズが見上げ、再び笑い出した。
「ここから出たけりゃ、わしを殺すしかない。でも、わしを殺せば、この娘も死ぬぞ?」
どうする? どうする? と、笑い続けるエルズ。
それを、ファルさんが当て身で黙らせた。
ぬう、ララさんの身体を傷つけないで欲しいけれど。
その後、ゴーズさんが扉を壊そうとしたり壁を壊そうとしたのだけれど、かすり傷1つつかない不具合ですよ。
そう言えば、最初に扉を蹴破った時にも開いただけで破壊はしていなかった。
良くは解らないけれど、この場所に魔法的な何かが施されているのかな? たぶん。
さて、どうしたものか?
ゴーレム喚び出して、ニードルスに助けてもらおうか? などと考えてましたら。
「ヒヨルスリムル、いるんだろう? 出て来てくれ!」
ヒヨ? 何??
ニコルさんがそう言うと、ニコルさんの後ろから、立ち上がる様にヴァルキリーが現れた。
「ええ、ここにいるわ」
透き通る様な声が、シンとした空間に響いた。
「……ヴァルキリー」
わたしが呟くと、ヴァルキリーはわたしに視線を移してコクリとうなずいて見せた。
「少年、いやウロ。お前には、彼女の声が聞こえるのだろう?
彼女に、ヒヨルスリムルに助けてくれる様に伝えてくれ!」
「聞こえているわ、ニコル。
ウロ、貴女から、私が力になると彼に伝えてください」
……こんな非常時に何だけれど、スッゴいイラッとするのは何でなんだぜ?
わたしは、ニコルさんとヴァルキリーの間に入って会話をつないだ。
ヴァルキリーの話によれば、ここには「時忘れの魔法」がかかっているらしい。
なので、外と中では時間の流れが大きく違うみたい。
……なるほど、さっきのニコルさんの話しに違和感があったのはコレだ。
どのくらい、時間に差が出てるかは分からないけれど。
ここを出るためには、術者を倒すか、解術をするしか無いらしい。
「でも、術者を倒すと宿主も死んでしまうよ?」
「方法はあります。
術者は、宿主の精神の奥深くに巣食っています。直接、そこへ赴いて倒すのです!」
直接? どやって??
「精神を解き放ち、巣食う者と等しく潜り込むのです。
私が導き手を務めましょう!」
この間、ファルさんとゴーズさんがポカンとしていた。アレな感じの人を見るみたいに。むう。
「俺が行こう!」
最初に名乗りを上げたのは、やっぱりニコルさんだった。
さすがは子爵様の次男!
……とか思ってましたら。
「残念ですが、この中で耐えられるのはウロ、貴女だけです!」
な、なんですってー!?
どうやら、この旅には魔力量が関係するらしい。
なるほど、キミタチ、軒並みMP10ちょっとしか無い脳筋でしたな!
「……そんな訳で、わたしが行く事になりました。
ので、皆さんにはわたしの身体を守って頂きたいです!」
もちろん、脳筋なんて言わないけれどね。
「……すまん、ウロ。無事に帰って来てくれ!」
「ウロ殿、留守は預かる。気をつけて参られよ!」
「まあ、姫なら鼻唄混じり帰って来れるだろ?」
暖かいお言葉、腕がなるね!
「よろしくお願いします。
わたしの体にイタズラしたら、帰ってから抹殺するからね!?」
……なんだ、その間の抜けた顔は? ヒドイよ!? 激しくショックな魅力の無さだよ。
「遊んでいる暇は無いぞ?」
誰が遊んでいるか!
乙女の一大事だっつーの! などと言う暇も無く、ヴァルキリーが、わたしの頭をムンズと掴んだ。
瞬間、身体の感覚がぼやけ始めた。
落下する様な感覚だけが、やけに鮮明になった頃、わたしの意識は頭の先から吸い出される様に。
あれ?
これって、どこかで??
なんて思考も、やがて真っ暗な中に吸い込まれて行った……。




