第二十六話 灰色の森 その三
小さい頃、霧の出た朝が好きだった。
町が、まったく別の世界に見えたから。
今、まさに異世界にいます。ウロです。霧が晴れても異世界だけどな!!
空はどんより、鉛色の雲がいっぱい。
沼からは霧が立ち込めていて、沼の真ん中にある塔を遥か彼方に見せてたり。
恐らく、ララさんもニコルさんも、あの塔の中にいるのだろうけれど。だいぶ憶測。
さて、どうやって沼を渡りましょう?
はじめ、歩いて渡ろうとしたのだけれど、数歩ほど進んだ所で急に深くなってた不具合ですよ。
2メートルくらいの枝が、スッポリ沈んでしまう!
では、泳いで渡る?
なんて話しもデカブツから出たりしたのだけれど。
でも。でもね。
この沼、何かいる!!
歩ける所をフラフラしてますと、水面がユラユラして、何か大きな動く物が数体寄って来たりしました。
暗い上に、沼の透明度が低すぎて、何がいるのかは判らないけれど。
正体も数も不明では、とてもじゃないけれど危険です!
木でイカダ的な物を作る手も、沼の何かが危なくって使えない。
手詰まりか?
いや、その、実は……。
橋、あるのですよ。
わたしたちのいる場所の、ちょうど反対側にありました。
でも、橋と呼ぶにはあまりにもボロボロで。
わたしには、風化しつつあるアーチ状のクズ石に見えました。
「オレが乗ったら、崩れたりしてな?」
ゴーズさんの、この一言で最終手段となりました。
そして、今。
最終手段に頼らざるを得ない状態ですがどうでしょう?
今にも崩れそうな橋を、補強したりする資材も技術も無いのだけれど。
「姫、何か良い手はねえか?」
「えと、うと、ぬう」
ゴーズさんの言葉にグネグネ答えましたが、その瞬間、わたしの頭の中には、右足が沈む前に左足を……などと言うモノが浮かんでたりですがナイショです! 末期的!!
「仕方ない、私が行こう!」
そう言って、ファルさんが背負い袋をドサリと降ろした。
ファルさんは、荷物からロープを取り出すと自分に縛り付け、もう片方をゴーズさんに投げて渡した。
「えっ!?」
わたしが言うよりも早く、橋を渡り始めるファルさん。
あっと言う間に、まるで飛ぶ様に橋を渡りきるファルさん。
「へ~、案外、衰えてねえな?」
腕組みして、ウンウンうなずいてるゴーズさん。
「衰えてないって、なんですか?」
「ん? ……ああ、オレもファルの奴も初めから城勤めじゃあないって事さ」
……むう。
何やら誤魔化された感ですが。
元冒険者だって言ってたし、騎士の前があってもおかしくないかな? などと。
霧の向こうから伸びるロープが、スルスルと弛みを無くして行く。
やがて、キリキリと音が聞こえそうなほどにロープが張られたのを確認したゴーズさんが、もう一方を太い木に縛り付けた。
「距離はどうだー?」
「6~7メートルってところだ。いけるか?」
ゴーズさんの声に、霧の中からファルさんの声が返って来た。
「いける?」
「ああ、こう言う事だ!」
言うが早いか、ゴーズさんが、ファルさんの荷物を放り投げた。
「うええっ!?」
思わず声が出ちゃったけれど、霧の中に吸い込まれた荷物は、少しの間を置いてからドサッと音を立てていた。
「よーし、次!」
ファルさんの声がして、今度は、ゴーズさんが自分の荷物を放り投げる。
「よし、早く渡って来い!」
無事に荷物は届いたみたいで、ファルさんの呼ぶ声が少しだけ軽くなった様に聞こえた。
「おし、じゃあ行くか!」
「は、はい!」
橋の上を伸びるロープは、わたしが体重をかけてもほとんど弛まない。
「わ、わたしが先で良いんですか?」
ゴーズさんに促されたからロープを掴んだけれど、ふと、そんな事を思って振り返った。
「オレの後だと、橋が無くなってるかも知れないぜ、姫?」
うおう!!
それはだいぶ困ります!
そんな感じに、わたしから橋を渡ります。
橋の上のロープにしがみついて、出来るだけ橋に体重をかけない様に進みます。
こんなアスレチック、小さい頃にやった記憶があるけれど、下はネットで、決して崩れかけの橋でも泥沼でもなかった思い出。
石造りの橋は、間近で見るとだいぶボロボロだし。
体重のほとんどをロープに預けているにも関わらず、足を動かす度にパラパラと水面に不吉な音が落ちていく。
同時に、水面下では何やら、得体の知れないモノが集まって来ている様な気さえするし。
ほんの7メートル弱に、10分近くかかってしまいました。
「よし、良く頑張った!」
向こう岸で待っていたファルさんが、わたしの手を取ってくれた。
おおう、紳士ですなあ!
「よーし、ゴーズの番だ!」
「おーし!」
ファルさんの声に、霧の向こうからゴーズさんの声が返って来た。
落ち着いて周りを見る。
間近にある塔は、本当に沼の小島にポツンと建っていた。
周りを霧に包まれて、世界がまるで、ここしか存在しないみたいな不安が込み上げてくる。
石造りの塔も、かなりの年月が経っているみたいだけれど。
なんだか、気味が悪いほどの存在感を放って見えた。
ロープは、そんな塔の前にある石の柱にくくりつけてあった。
ゴーズさんが渡り始めたらしく、時折、激しく上下している。
その直後、不吉な音が束になって響いて来た。
「うわあ、なんだコイツら!?」
激しい水音と共に、ゴーズさんの叫び声が上がる。
「ゴーズ!!」
「ゴーズさん!?」
ファルさんと同時に、わたしも声を上げた。
ゴーズさんは、もうすぐそこまでたどり着いていたけれど、橋の大半が落ちて、ロープにぶら下がってる状態だった。
そして、その下には、複数の不気味な生き物の姿があった。
カエルの様な頭。
でも、その体は人間みたいな。
ゴボゴボと、うがいをするかの様な声が異様に耳につく。
「スワンプマン!?」
異形の生物の頭に、その名前が浮かんで見えた。
「スワンプマンだと!?」
ファルさんの顔色が変わるのが分かった。
「まずい、ゴーズ! スワンプマンだ。
なんとしてもこっちまで来い!」
「い、言われなくても行ってやるよ!」
な、何!?
そんなにヤバイ相手なの!?
「ファルさん、スワンプマンって?」
「スワンプマンは、水妖の一種だ。
獲物を沼に引き込んで、窒息させて殺す。
個体はそう強くないが、水中では脅威的だ!」
ぬう。
ゲームでは見た事の無いモンスターだ。しかも、水妖って? 水の妖精? 妖怪!?
どうしよう!?
遠距離攻撃が何も無いよ!!
そうしてる間にも、ファルさんはナイフを投げて、ゴーズさんに群がるスワンプマンを迎撃している。
少しずつだけれど、ゴーズさんは岸に向かって前進している。
あともう少し!
そう思った時、ゴーズさんの悲鳴が上がった。
「ぐあああっ!」
スワンプマンが、自分に刺さっているナイフでゴーズさんに斬りつけている。
「くそっ!」
ファルさんが、石に持ち変えてスワンプマンの手元を狙う。
しかし、事態はさらに悪化していった。
「こいつら!?」
「まずい、思ったより知恵が回るぞ!!」
スワンプマンが、ナイフを使ってロープを切り始めたのだ。
「急いで、ゴーズさん!」
「急いでるよ!」
祈る思いで叫んだけれど、それも虚しく、ゴーズさんの身体は沼に落ちて行った。
「ゴーズ、諦めるな!」
ファルさんが、ロープを掴んだ。
慌てて、わたしもロープを掴む。
幸い、切られたのは来た方のロープだ。
「引け、ウロ殿!」
「はい!」
力の限り、わたしたちはロープを引く。
でも、元から身体の大きなゴーズさんは、そう簡単に引き揚げられない。
さらに、ゴーズさんは引き剥がしているけれど、スワンプマンが次々にまとわりついている。
加えて、わたしたちの後ろから不吉な音が響いて来た。
ロープを縛り付けた石柱に、ヒビが入り始めたのだ。
「このままだと、私たちまで……」
ファルさんが、悲痛な声を上げる。
どうしよう!?
ギリギリと絞られるロープが、少しずつ手に食い込んでいく。
後ろでは、石柱がきしみを上げている。
……石。
おお、そうじゃ!
「ファルさん、少しだけ耐えてて!」
「う、ウロ殿、何をする気だ?」
わたしは、少しだけ後ろに下がって地面に両手を着く。
「おいでませ!」
両手からの魔力が、魔法特有の青い光を放ちながら円を描く。
光る円の中心から現れたのは、1体の石像。
ストーンゴーレムだ。
ストーンゴーレムと言っても、大きさはわたしよりも少し小さい。
地面につくほど長い腕に、体の割に短い足。
首は短くて、ほとんど無いみたい。
そして、額には紙の束!
……紙の束?
いや、今はそれどころじゃーないよ!
「ロープを引いて、ゴーズさんを助けて。ゴーレムちゃん!」
一瞬、ガクンと機械的な動きをした後、ゴーレムは、ファルさんの前に立ってロープを引き始めた。
「おお!!」
ファルさんが感嘆の声を上げるほど、ゴーレムの引きは強かった。
1回引く度に、明らかにゴーズさんの身体は手繰り寄せられていく。
何体ものスワンプマンがまとわりついていても、その力強さは変わらなかった。
ほどなくして、ゴーズさんは岸に引き揚げらた。
ゴーズさんが水から脱すると、スワンプマンたちは、また、何事もなかった様に沼の底へと戻って行った。
「だ、大丈夫ゴーズさん?」
「大丈夫なもんか。気色悪い! 生臭えしよ!?」
全身泥まみれで、ゴーズさんが言った。
どうやら、ケガも軽傷ですんだみたい。良かった!
わたしは、鞄の中から水瓶をいくつかゴーズさんに渡す。
「しかし、ウロ殿。貴女はいったい何者だ?」
ファルさんが、驚きと戸惑いを合わせた風に言った。
「え、えと。わたしは、召喚士です。こっちは、わたしのストーンゴーレムちゃんです!」
「召喚士!?」
「ストーンゴーレム!?」
2人が、眼をカッと見開いて驚いている。
「凄いな、召喚士に出会ったのは初めてだ!」
「本当だ。それに、敵じゃないストーンゴーレムに出会ったのも初めてだぜ!」
むう。
やっぱり、この2人はスゴイのではないだろうか? マジで。
「ストーンゴーレムなど、どうやって手に入れたのか?」
ファルさんが、眼をキラキラさせてるけれど?
何か、ロボットにときめく男子みたいでウケる。
どこの世界でも、男の子は一緒ですか?
とは言え、ニードルスの事は言えないし。むう。
「……いや、今のは失言だった。許してくれ、ウロ殿!」
言いよどむわたしを見て、ハッとした顔をしてから、ファルさんが頭を下げた。
「んじゃ、この紙束はゴーレムを造った奴からの恋文かな?」
水瓶の水を頭からかぶりながら、ゴーズさんが指差して見せる。
うわお!
忘れてた。忘れていたかった!!
わたしは、ゴーレムの額にくくりつけられた紙束を手に取った。
『ウロ様へ』で始まる、A4サイズの紙8枚。
中を見て、わたしは膝から崩れ落ちた。
「ウロ殿!?」
「お、おい、姫よ!?」
慌てて駆け寄る2人。
「だ、大丈夫です。ちょっぴり目眩がしただけです」
「絶縁状か?」
「まさか、 別れ話か!?」
お、おのれら!!
どっちでもないわ!!
てゆーか、その方がどれだけ気が楽か。
約7枚に渡って、ツラツラと並ぶニードルスのお説教ですよ!
前は正座で怒られたけれど、今回はレジュメで怒られたよ。
しかも、文書な分より詳しく怒ってるし。
あ、後でゆっくり読ませていただきます。はい。ごめんなさい。
わたしは、紙を1枚取り出して返事を書いた。
「これ、何て書いたんだ?」
横から覗き込でたファルさんとゴーズさんが、不思議そうに首をかしげている。
「こ、これは、秘文字です。ゴーレムの魔力をムニャムニャ!」
ほお~と感心する2人。
ごめんね、ニードルスくん。
帰ったら、ちゃんと謝るからね?
わたしは、ゴーレムに紙を握らせてから帰還させた。
紙には、一言だけ。
「\(^o^)/」
活動報告にて、関連した小話を掲載しております。
そちらも併せて、お楽しみ頂けたら幸いです。




