第二十五話 灰色の森 その二
ゲームだった頃、チームの先輩方が話してた事。
「ゾンビみたいなアンデッドと闘うと、武器とかの装備が汚れそうだな!」
「だって、腐ってるもんね」
あの時は笑ったけれど、まさか、自分がそんな事態に直面するとは思ってませんでしたウロです。絶賛、戦闘中です!
眼前に迫るのは、ゾンビではなくってグールだったりしますがなあ。
見た目には、ゾンビとあまり変わらないけれど、強さはグールの方が遥かに上だ。
ゾンビには無い、知略と俊敏さを持ち合わせている不具合ですよ。
加えて、その爪には麻痺毒を備えてたりします。
……そして、わたしの苦手な人型モンスターなのでありますよ。
さらにこのグールたち、元は戦士だったのか、ボロボロだけれど兜や鎧を身に着けている。
だからって、臆してはいられません。其、即ち死!!
わたしは、飛び込む様にグールの懐に入り込んだ。
カウンター気味に突き出されたグールの爪を、ギリギリでかわす。
かわす動きに剣を乗せ、足元への薙ぎ払いを放つ。
空を斬る剣と、軽々とかわすグールの動きに驚いた。
ぬう、思ったより素早い!?
グールは、着地と同時に突進してくる。
こちらも、それに合わせて剣を構える。
さっきより、だいぶ大振りなグールの攻撃を、わたしは難なく避けて見せた。
チャーンス!!
勢いをそのままに、伸びきったグールの左腕を切り上げる。
わずかな抵抗感を余韻に、わたしの剣はグールの左腕を切り裂いた。
「グアアアッ」
悲鳴とも雄叫びともとれる声が、辺りに響き渡った。
しかし、グールは怯む事なく反撃してくる。
まさか、裂けた左腕を振り回してくるなんて!
見た目で痛い!
或いは、グロい!!
ほんの少し、わたしの反応が遅れてしまう。
その遅れは、わたしから回避のチャンスを易々と奪っていった。
裂けた左腕は、予想外の軌道を描いてわたしに襲いかかって来る。
首を、思い切りひねって攻撃をかわす。
ザッ
グールの左腕の爪先が、わたしの頬をかすめて行った。
……危なかった。
もう少し遅かったら、グールの鋭い爪に顔を半分削り取られていたかも知れない。
距離を取りつつ、体勢を立て直そうとした瞬間、わたしの身体に異変が起こった。
!?
全身に力が入らない!?
い、いや、力が入らないってゆーより感覚がかなり鈍くなってるみたい。
立ち眩みみたいな視界と、耳鳴りみたいな聴覚と。
ジンワリとした感覚に包まれているみたいな。
たしかに、わたしの頬には爪のかすった感覚はあったけれど。
まさか、たったアレだけで麻痺を!?
ヤバイ!
ヤバイヤバイヤバイ!!
ボンヤリとした視界に、グールの姿が見えた。
こちらに向かって、走ってくる!
何とかして逃れなければ!
幸い、麻痺は完全にわたしの身体から自由を奪ってはいないみたい。
両足に力を込めて、横っ飛びウリャー!!
が、わたしの身体は力無くヘロヘロと横たわっただけだった。
眼前に迫るグール。
何か聞こえたけれど、ボンヤリした耳には届かないよ。
魔法!?
無理ッス無理ッス!
だって、まったく少しも集中なんて出来やしないもん!
……ああ、お嫁さんより先にグールになるなんて。
そして、グールは。
宙を泳ぐ様にさ迷い、わたしの横を通ってそのまま崩れ落ちた。
……え?
わたしは、倒れているグール見た。
グールの背中には、数本のナイフが。
後頭部には、片手斧が深々と突き刺さっている。
わたしは、慌てて視線を戻した。
正面には、ナイフを構えるファルと、もう一方の片手斧を振りかぶっているゴーズの姿があった。
「大丈夫か、ウロ殿!?」
「油断しすぎだぜ、ウロさんよ!?」
「あ、あふぃがほうごだいまふ」
麻痺のせいか、怖かったからかは分からないけれど、歯の根が合わずにちゃんと喋れない。……萌えてもいいんじゃよ?
ファルさんの手を借りて、なんとか立ち上がる。
まだ、ちょっぴりフラフラ。
「アンデッドは、痛みを感じない。倒すには、頭を破壊しなくてはならない!」
わたしの剣を拾いつつ、ファルさんが言った。
見れば、ファルさんもゴーズさんも、しっかりとグールの頭部を破壊している。
「ふぁ、ふぁい」
剣を受け取りつつ、回らない口でなんとか返事をする。
ぬう、漫然と攻撃してもダメって事なのですね。
「カーッ、オレの斧が汚れちまった。これだからアンデッドは嫌いだぜ!」
斧やナイフを回収しつつ、ゴーズさんが頭をかいた。
あ、やっぱ汚れるんだ。
まだ、ハッキリしない頭でそんな事を考えてみたりした。
それから少しの間、わたしの回復も兼ねて、わたしたちはこの場で休息を取る事にした。……漂うグール臭に包まれながら。
と言うのも、出口が見つからないからなのだけれど。
ファルさんとゴーズさんは、木々の隙間を丹念に調べている。
でも、密集した枝葉や蔓が、通路どころか数センチ先すら見せてはくれない。
2人の動く音以外は、時おり聞こえる、木々の擦れる音だけが不気味に響いていた。
「駄目だ、完全に捕まってしまったな!」
「……木こりの真似だけじゃあ、とても出られそうもねえな」
ファルさんとゴーズさんは、やれやれと言った具合に腰を下ろした。
「すみません、わたしだけ休んでて」
「いや、休んでもらわなくては困る!」
「そうだ、早く動ける様になってもらわなきゃな!」
むう。
何だか、泣きそうなんですけれど。
そう言えば、ちゃんとしたパーティってこれが初めてかも知れない。
商人さんの馬車の時も、ゴブリン討伐隊の時も。
1人で戦ってた気がする不思議ですよ。
そして、慢心しちゃった不具合。
あの時、アルルさんの申し出が無かったら?
もし、1人でここに来ていたら?
わたしは、チラッと端に埋められたグールを見る。
埋めたのは、ファルさんとゴーズさんだ。
彼らは、元は傭兵や冒険者だったらしい。
だから、あのグールたちを、そのまま野ざらしには出来ないと言っていた。
なんと素敵なメンズ!
あれだ、えと、紳士?
彼ら2人がいなかったら、きっと、わたしもグールになっていたんじゃないかなあ。
物理的腐女子? などと。
冗談じゃなくヤバかった訳なのですが。
改めてパーティのありがたさを実感しましたさ。
なんて考えてましたら。
「……しかし、ウロ殿は良い剣筋をしているな?」
ファルさんが、唐突に沈黙を破った。
「そうそう、そんな細い腕なのによ!」
ゴーズさんが続く。
「……え、あの、いや」
も、もしかしてわたし、誉められてる?
「まだ、思い切りが足らないが、そこは経験で補えるだろう」
「だな。姫は、良い戦士になれるぜ?」
……いえ、召喚士です。
その時、木のぶつかる一際大きな音が響いた。
わたしは、思わずビクッと身をすくませる。
「どうした、ウロ殿?」
「急になんだ? 屁か?」
な、何を言うかこのデカブツ!!
「ち、違います! 急に木のぶつかる大きな音がしたからです!」
その瞬間、ファルさんとゴーズさんの顔つきが変わる。
な、何?
敵なの!?
「……何も聞こえないぞ?」
「ああ、ずっと、何の音もしない。こんな森ん中なのに、葉擦れの音すらねえしな?」
ん?
今、なんて??
「何も聞こえない?」
わたしが聞くと、2人は、コクンとうなずいた。
い、今まさに、ギギギギとか言ってますけれど?
も、もしかして!?
わたしは、耳に魔力を集中する。
ずっと忘れ……使う暇が無かった、召喚士の能力だよ。
〝……ダ……カ……〟
!?
〝……ダレカ?〟
やっぱり声だった。
恐らく、この森の樹の精霊の声。
召喚士のわたしには、意識しなかったからか、木々の擦れる音に聞こえたけれど。
たぶん、2人には音とすら認識出来なかったのかも知れない。……モスキート音みたいな?
「お、おい。どうした姫よ?」
「シッ!」
ゴーズさんを静止して、わたしは、さらに意識を集中させていく。
〝我ガ、森ヲ訪イシハダレカ?〟
「わ、わたしはウロと申します。わたしの声が聞こえますか?」
「ヤバイ、姫がおかしくなったぞ?」
「静かに、ゴーズ! ……こういう時は、そっとしておこう」
……失敬だな、キミタチ。
でも、今はそれどころじゃーないのでしたさ!
〝我ガ声ニ応エタル者、汝ニ問ウ。
我ハ、コノ森ト等シク在ル。
モシ、汝ガコノ森貶メントスル者ナレバ、ソノ命貰イウケルガ如何?〟
「わたしは、わたしの友人を探すべくやって参りました。
友人は。ララさんとニコルさんは、どこでしょうか??」
その瞬間、森全体が揺れる様な感覚にとらわれた。
「な、何だ?」
「地揺れか!?」
どうやら、2人にも感じるみたい?
しばらく、震度1か2くらいの揺れが続いた後、再び声が聞こえた。
〝我ガ下へ来ルガ良イ〟
!!
その直後、まるで、トンネルでも出来たかの様に、木々が丸いアーチを作り出していく。
「な、何事だ!?」
「また、罠か!?」
「森が、わたしたちに来いって言ってます」
はあ? みたいな顔になる2人。
まあ、そうでしょうよ。
とにかく、呼ばれたんだから行きましょう! 参りましゅう!!
渦を巻く様な、うねった木のトンネル。
わたしやファルさんには平気だけれど、ゴーズさんには、少し天井が低いみたいだった。
そんな中を、1時間ほど歩いた頃、開けた別の空間へと出た。
「……これは」
「な、なんだぁ、アレは??」
「……トレント!!」
木々に囲まれた、直径10メートルはあるだろう空間。
ランタンの灯りに照らし出されたのは、そこにうごめく木たちの姿だった。
木の精霊トレントだ。
トレントは、意識ある木の姿をしている。
数メートルを越える木々は、歩き、話し、時には魔法を使う事もある。
ゲームだった頃に何度か遭遇した事があったけれど、今、目の前にいるそれは、そんなレベルじゃあないのですよ!
トレントたちに囲まれた、中央にある巨大な古木。
写真でしか見た事が無い、山の様な樹。
その真ん中に、老人の顔が刻まれたみたいな。
彫刻の様な顔は、木とは思えないほど柔らかに動いて、言葉を発した。
「来たか、人の子よ」
「は、はい!」
わたしは、思わず頭を下げた。
だって、名前に「エルダー・トレント」ってあるもん!
ファルさんとゴーズさんは、呆気にとられているみたいだよ。
「我は、この森に等しく在る。
汝、我が願い聞いて応えるならば、汝が願いもまた同じに」
「ね、願い。ですか?」
エルダー・トレントは、大きく息を吐いてから続ける。
「この森に集いし魔を、滅ぼしそうらえ!」
「魔を滅ぼす?」
「一体、どんな奴なんだ?」
ほむほむ、この声は2人にも聞こえるんだ。
「かつて、この森には比類無き美しきエルフの娘があった。
しかし、いつしか魔をはらみ、邪気を集めて果てた。
それは、この森の病巣となった」
「まさか、エルフの娘を討伐せよと言うのか?」
ファルさんが、少しだけ語気を強めて言った。
「娘の姿はすでに無い。
が、その魂は魔に囚われてある。
その魂を、魔より解き放ってそうらえ」
エルダー・トレントが、その大木の様な枝を動かすと、また、緩やかな地震が起きた。
そして、さっきとは違う、別のトンネルが現れた。
「この先、古き塔にて、魔が忌まわし欠伸をしていよう。
疾く疾く、退治てそうらえ!」
同時に、回りを囲むトレントたちが、その腕を打ち鳴らした。
「早く行けってよ?」
「どうやら、そうらしいな」
納得した様に歩き出す2人。
対照的に、わたしはひどく戸惑っていた。
だって、どれほどの相手か解らないのに、安請け合い過ぎでしょう!?
「ウロ殿、我々に選択肢はないぞ?」
「あれは、お願いじゃあなくて脅迫だからな?」
追いついて問うわたしに、ファルさんとゴーズさんが言った。
あの場で断れば、確実にトレント供に襲われるだろう。
ましてや、相手は地の理が有りすぎる!
ならば、様子を見る方が良いって事らしい。
「それに、若なら引き受けるだろうからな!」
「案外、そこに一緒にいるかもしれないぜ?」
そう言って、ファルさんとゴーズさんは笑った。
この、ニコルさんの信頼度って一体!?
でも、確かにあれでは勝ち目ないけれどね。
暗くて、曲がりくねったトンネルを進む事しばし。
少しずつ、霧が濃さを増していく。
やがて、前を歩くファルさんの背中が霧でかすみ始めた頃、わたしたちは、目的の場所へとやって来た。
木々の無い、空の見える空間は、しかし、低く垂れ込めた暗雲に覆われている。
奥には、霧の原因と思われる沼があった。
そして、その中央の小島には、普段なら絶対に入りたく無い、不安とか、そんなイヤな感情を固めて作ったみたいな、不気味な塔が建っていた。
「見てみろ!」
ファルさんの言葉に、わたしとゴーズさんが近づく。
指し示す先には、子供の物の様な靴が。
「これって!?」
わたしは、思わず息を飲んだ。
「恐らく、ララ殿の物だな」
「んで、こっちは若のだな!」
ゴーズさんが、ほど近い所で大人の足跡をいくつか見つけていた。
「どうやら、当たりみたいだな!?」
「手間が省けたぜ、姫?」
わたしは、言葉が出なかったよ。
あんな所に、2人がいるなんて!
わたしは、ララさんの靴を拾って鞄にしまった。
「帰り、靴が無いと大変だからね?」
「確かに」
「じゃあ、行くか?」
わたしたちは、ララさんとニコルさんを救うべく、塔を目指して歩き出した。
……まあ、沼が思ったより深くって、すぐに立ち往生するのですがな!




