第十九話 魔石を探して
不安で夜しか眠れない。ウロです。
ゴーレム(サイズS)欲しさに、ゴブリンの魔石集めを引き受けてしまって大後悔時代なのですがどうでしょう?
いえ、ゴーレムは欲しいのですけれどね?
問題は、魔石なのですよ!
ゲームだった頃と違って、モンスターを倒せば勝手にアイテムに変わってはくれない現状。
となれば、自分でアイテム化させねばなりません。
ならないのです。
ならないのですがなあ。
ゴブリンの魔石は、どうやら、ゴブリンの頭か胸のどちらかの〝中〟にあるらしい。
なので、魔石を手に入れるには、ゴブリンを解体せねばならない不具合ですよ。
ああ、スゴく嫌だよう。
グロいのは苦手だよう。
誰かを雇って、魔石を回収してもらう?
いや、魔石って高価らしいから、取られて終了な気がする。
……ん?
でも、高価って事は売ってるのかな?
売ってるなら、買ってしまえばいいじゃない?
でも、どこで売ってるのかな?
分からない事は、誰かに聞きましょう!
と言う訳で、デニスさんに聞いてみましょう。
夜の仕込みの最中だったデニスさん。
わたしの問いに、少し考えてから言った。
「……魔石か。それなら、魔術師ギルドだな」
「え、魔術師ギルドあったのですか!?」
「あるにはある。正確には、『王立魔法学院』を運営してるのが魔術師ギルドだな」
ぬう、魔法学院があったのにも驚いたけれど。
まあ、考えてみたら王都なのに魔法学院が無いのがおかしいのかな?
王立図書館を含む、あの辺りの施設すべてが、実は、王立魔法学院に属しているのだと初めて知ったりして。
……だって、ゲームだった頃には無かったもん。
とにかく、場所が分かれば急ぎましょう!
「では、早速……」
「ちょっと待った!」
魔法学院に向かおうとするわたしを、デニスさんが強く呼び止めた。
「ウロは、市民票を持ってなかったな?
魔法学院の中に入るには、市民票か紹介状が必要だぞ!?」
ぬう。
デニスさんの話しだと、信用の無い者は門すら潜れないらしい。
紹介状も、貴族等の物でなくてはいけないみたいだよ。
そう言えば、図書館に入れなかったんだっけ。ぬぬぬ。
「それにな、言い方は悪いが冒険者みたいな自由な連中に、魔石なんて、とても売ってはくれんぞ?
それこそ、救国の英雄でもなけりゃな!」
ぬ、ぬう。
いきなり壁にぶち当たってしまった感なのですがなあ。
えーい、このままグダグダしてても仕方がない!
こうしてる間に、ゴブリンの1体でも仕留めた方が良い。きっと。たぶん。
まだ、昼を回ったばかりだし、今からなら時間もたっぷりある!
そんな感じに、わたしは街門を抜けて森へとやって来ました。
早速、レプスくんを召喚!
「レプスくん、ゴブリンを見つけて知らせてね!」
レプスくんは、ヒクヒクと鼻を鳴らして森の奥へと走って行く。
真っ二つ事件以降、出来るだけ毎日、無駄に喚んではニンジンを捧げる行為を続けたおかげか、最近では、だいぶ仲良くなったみたいですよ。はふう。
さて、わたしも探さなくちゃね!
こんな事もあろうかと、事前に地図を買っておいたのですよ!
これで安全!
もう手放せない!!
まあ、迷う時は迷うけれど。
そんな感じで、ゴブリンを探すついでに、薬草の採取も忘れない生活の知恵。
……などとやっていたら、陽が暮れてしまいそうなのですが、まだ、1体のゴブリンとも遭遇していない不具合ですがどうでしょう?
そして、やっと戻ってきたレプスくんは、お腹いっぱい丸々としてましたがどうしてくれよう?
そんな日々が3日ほど続いて、わたしは今、酒場でクダを巻いてますなう。白湯で。5杯目。
「今日はお出かけしないの? お姉ちゃん」
何故か、心配そうに声をかけてくるリノちゃん。
「う~ん、どうしてもゴブリンを見つけられなくてぇ」
わたしがため息混じりに答えると、デニスさんがギョッとした顔でこちらを見てきました。
「お前さん、まさか、陽のあるうちにゴブリン探しをしてたんじゃあないよな?」
ウロは小首を傾げている。
「知ってるとは思うが、ゴブリンは夜行性だぞ?」
ウロは、何かに気づいて口をあんぐりとしている。
デニスさんは、頭を抱えた。
ウロは、テーブルに突っ伏した。
リノちゃんは、ウロの頭をポンポンと叩いた。
……なんと言う事でしょう!
以前の戦闘で、ゴブリンの弱点が光だとかのたまっておきながら、このテイタラク!
あまりの恥ずかしさに、ミョウガを大人買いしそうになるけれど売ってなかったので回避した。
そっかぁ。
夜行性、う~ん、そっかぁ。
と言う訳で、夜になろうとしている街門の外です。
間もなく、門が閉まって陽の出までは街に帰れなくなります。
街門警備のゲイリー隊長から「頼むから、無茶だけはせんでくれよ? 森の中で倒れられても、探しに行ってはやれんからな!?」と言う心配のお言葉を頂きました。
ありがとうございます。感謝と。何か。
街から1時間くらい、森の中を進みます。
最初の頃は、空に星が見えたりもしたけれど、今はランタンの灯り以外に光源は見当たらない。
昼間と違って、レプスくんを先行させずに一緒に行動してるけれど、レプスくんも空気を読んでるのか、耳をクルクル動かして警戒モードみたいだよ。
時折聞こえるのは、フクロウだろう鳥の鳴き声と、風に揺れる木々の葉音のみ。
……さらに1時間経過。
ふと、レプスくんの動きが止まる。
「レプスく……」
思わず言葉を飲み込んだ。
レプスの耳が、さっきまでよりもピンと立って何かに集中してるのが判った。
どうやら、何かがこちらに近づいているらしい。
ランタンのシャッターを閉じ、脇の茂みの中に身を隠す。
やがて、前方の茂みから、ガサガサと音をたてながら2体のゴブリンが現れた。
まだ、こちらには気づいていないらしく、キョロキョロと辺りを見回している。
……?
レプスが、尋常でないほど震えている。
良く見ると、ゴブリンたちの腰には、それぞれワイルドバニーが下げられている。
狩りの最中だったらしく、物音にでも引かれてやって来たみたい。
ゴブリンたちは、しばらく辺りの様子を窺っていたが、何も無いと判断したのか歩き出した。
チャンス!
上手い具合に、わたしたちがゴブリンたちの背後を取った形になった。
敵の数は2。
武装はそれぞれ、ショートソードとショートスピア。
兜の類いは無く、鎧は、ボロボロの革鎧だ。
「レプスくん、行ける?」
小声で話すわたしに、レプスはブルッと身震いしてから、小さくトントンと地面を踏み始めた。
気配を殺しつつ、わたしはショートソードを抜く。
足に力を溜めつつ、レプスに合図する。
一瞬、レプスが深く沈み込み、一気に茂みから飛び出した。
高速の体当りが、ショートスピアのゴブリンを背後から襲う。
突き飛ばされる形で、ゴブリンの1体が倒れ込んだ。
それに気づいたもう1体が、レプスに向かって剣を構える。
その瞬間、わたしの薙ぎ払いがゴブリンに命中!
剣を取り落としたゴブリンが、その場に崩れ落ちる。
その先には、転々と転がるゴブリンの首があった。
敵襲に気づいたゴブリンが、槍を拾いつつ起き上がろうとする。
しかし、その上からレプスが力強く踏み締めた。
「グゥ!!」
低くうめいてなお、立ち上がろうとするゴブリンだったが、レプスがその背中から離れると同時に、わたしの剣によって地面に縫いつけられた。
ほんの少しだけ、ゴブリンの手が宙空をさまよったけれど、やがて力無く落ちて動かなくなった。
「……や、やったー!」
わたしは、ドサッとその場に尻餅をつく。
レプスくんは、しばらく仲間のそれを見ていたけれど、わたしの膝の上に座って静かになった。
レプスくんの頭をクシャクシャと撫でた。
何も、吸い取られる感じはしない。
ダメージはなかったみたいでホッとする。
わたしは、自分の現状を確認する。
戦闘によるダメージ無し。
身体の硬直も無し。
ステータス的には、HPが2ポイント減っていたけれど、これは技を使ったせいだろう。
でも、以前の様なダメージなどは無い。
「ヴァルキリーの祝福、思ったより効果高いッポイ?」
さて、関心もしてられないのですよ。
目的は、ゴブリンの討伐ではなくって魔石なのですよ!
ゴブリンの頭か胸のどちらかに入ってるかもしれない魔石。
手に入れるには、解体ですわなあ。
そして、あまり時間も無い。
いつ、他のモンスターがここに来るか分からないのだから。
……でも。
でもなあ。
ゴブリンの死体からは、血がダクダク出てるのですよ!
あー嫌だ!
もーお腹痛くなるよ!!
ああ、なんか、視界がぐるぐるしてきたし。
……ダメだ。
わたしは、ゴブリンから剣を引き抜くとそのゴブリンの首をはねた。
用意しておいた麻袋に、ゴブリンの頭を2個詰めて、鞄にしまう。
はい、根性無しです。
意気地無しです。
冒険者失格かもしれないけれど、ゴブリンの首を鞄に入れた時点で、わたしの精神力は限界寸前になってたと思うそれです。
わたしは、レプスくんを抱えて走り出した。
どこをどう走ったかは覚えてないけれど、気がついたら街門の壁にもたれかかって空を見上げていたりしました。
そのまま、夜明けまでそこで過ごして、宿に帰ったのでした。
「……で、昼過ぎまで寝てたんですか?」
「……あい」
「ゴブリンの体の方は確認しなかった。と」
「……オス」
わたしは今、ニードルスの研究所にて大説教大会真っ最中な訳ですがどうでしょう?
目の前には、信じられないバカを見てます! みたいな顔のニードルスがいます。怒りMAXで。怖いよお。
「で、まったく何も成果無しですか?」
「あ、いえ、ぜんぜんではないよ?」
わたしは、鞄から麻袋を2つ出した。
「なんだ、ずいぶんたくさん取って来てるじゃないですか!」
急に、にこやかになるニードルス。
……ああ、勘違いされてる。さらに怖いよお!
「……何ですか、これは?」
「ご、ゴブリンの首です」
「これは魔石ですか?」
「いいえ、生首です!」
「何で首だけ持って帰ってくるんですか? 必ず頭の中に魔石が入ってるとは限らないんですよ? 体は? どうせなら全身持って帰って来てくださいよ!? 魔石獲得の確率が単純に倍じゃないですか? しかも、骨が山ほど手に入ったのに。言うなれば宝の山ですよ? それを見す見す逃すなんて、あなたは本当に冒険者なんですか? まったく信じられませんよ!!」
ああ、なんか、スゴく詳しく怒られた!! 息継ぎ無しに。
「ご、ごべんなざい~」
「泣いたって仕方がないでしょう。まったく……」
なんか、久しぶりに怒られて泣いてしまいました。
わたしが泣いてしまったので、ニードルスは、ゴブリンの頭を解体し始める。
涙のセルフモザイクのおかげで、ほとんど見えないけれど。
なんか、ゴキッとかベリッとか。スゲー嫌だよう。
「おお!!」
不意に、ニードルスが喜色な声を上げた。
「ウロさん、あなた、運が良いですね!?」
え?
は?
運が良い??
異世界で泣くほど怒られたのに?
なんて思ってましたら、
「凄いですよ、どちらの頭からも魔石が出て来ましたよ!!」
!?
慌てて涙を拭いて、ニードルスの方を見た。
ニードルスの手には、金貨ほどの大きさ(500円玉大)の白く輝く結晶があった。
「それが、魔石?」
「そうです。ヒビも入ってませんし、大きさも申し分ありません!」
「ほ、ほら~、わたしってば冒険者の端くれ!」
「……調子に乗らないでください」
ぬう。
今度は、冷静に怒られたよ。
「とにかく、あと1つです。さあ、サッサとトットと探して来てください!」
むう。
ニードルス、恐ろしい子。
とは言え、あと1つ!
でも、昨夜みたいなのは嫌だなあ。
だけれど、ゴブリンをのめさないと魔石は手に入らないし。
どうしましょう?
宿に戻ったわたしは、再びデニスさんに相談してみました。
「昨晩戻らないと思ったら、夜の森でゴブリン狩りしてたのか!?」
「そうなんですよ、でも2体しか見つけられなくって……」
「いやいや、問題はそこじゃないだろう?
自分が、どれたけ危険な事をしたのか気づいてないのか?」
え?
「そうだよ、お姉ちゃん。もっといっぱいだったらどうするの?」
ええ!?
「リノの言う通りだ。もし、群れに出会っていたらどうする気だったんだ?」
あう。
まさか、また叱られるなんて……。
でも、言われてみればごもっともです。だいぶヤバイ!
「ご、ごめんなさい」
「まったく、あんまり無茶せんでくれよ?」
「そうだよ! お姉ちゃんいなくなったら、あたし嫌だよ!!」
デニスさん、リノちゃん。
優しさが身にしみます。
「そんなにゴブリン退治がしたいなら、あれに参加すればいい!」
そう言って、デニスさんは壁のメモを指差した。
酒場の壁には、冒険者などに宛てた様々な依頼がメモとして張られている。
わたしは、デニスさんの示したメモを見た。
『求む 勇敢な者
街道の平和は、昨今、増え始めたゴブリン共によって踏みにじられようとしている。
ついては、剣に、魔法に秀でる勇敢な者を募り、ゴブリン討伐隊を立ち上げるものである。
見事、ゴブリン共を殲滅せんとするならば、必ずや報償を約束しよう!
王立騎士団 街道警備隊』
なるほど、これなら自然と護衛が付くような感じになるのかな?
それに、王立騎士団主催なら騎士様の1人は絶対にいるのだろうし。
これに参加すれば、少なくともわたし1人ではなくなるからね。
「ありがとうございます。わたし、行ってみます!」
「ああ、気をつけてな!」
「お姉ちゃん、頑張ってね!」
デニスさんとリノちゃんに見送られ、わたしは、騎士団詰所を訪れた。
騎士団詰所と言っても、本陣ではなく分隊なのかな?
わたしが中に入ると、若い騎士様が対応、説明してくれた。
内容的には、メモとほとんど変わらなかったけれど、報酬に関しては、ゴブリン1体につき金貨5枚が出るらしい。
その日は、名前と宿の登録だけで終了。
出発は、翌日の朝なんだそうで。
朝?
とか思ったのだけれど、街道から森へ入っての軽い探索! と言う簡単なお仕事らしい。
……イヤな予感がしますが、どうでしょう?
翌朝。
騎士団詰所前には、わたしを含む9名の姿があった。
内3名は騎士様で、残りの6名が冒険者になる感じだった。
「私は、街道警備隊隊長 イプセン・カウフマンである」
3人いる騎士の中の、最年長と思われる人物が良く通る声で言った。渋い。
「本日、ここに集まった6名は、街道の治安を守らんとする勇敢な者たちだ。
君たちは、これから2班に別れ討伐隊を組んでもらう!」
ここで、2名の若い騎士が前に出る。
「私は、マーティン・クラーク。
第1班の班長を務める!」
「私は、ビンセント・ベルガー。
第2班の班長を務める!」
若い騎士たちが、それぞれに名乗りを上げた。
……てゆーか、見た感じだと、まだ高校生くらいにしか見えないんですけれど。大丈夫? などと。
ほどなくして、班が決められた。
わたしは、第2班。
ビンセントさんの班だ。
パーティメンバーは、
班長 ビンセント
戦士 レスタ
妖術師 エルマー
そして、わたしである。
ちなみに、わたしは駆け出しの剣士って事にしました。
変に勘繰られても困るしね。
説明、めんどくさいし。
……あの隊長さん、来ないんだ。渋くてカッコ良かったのになあ。などと。うひひ。
いや、それどころじゃあないよ!?
一抹の不安を抱きつつあるわたし。だったのだけれど。
「よ、よし、しゅ、出発!!」
気の抜ける様な声で、班長のビンセントが叫んだ。
同時に、レスタとエルマーがクスクスと笑う。
わたしは、1人だけ笑えない。
理由は簡単。
だって、わたし以外の全員がレベル1なんだもん!
そして、誰もスキルがほとんど無いんだもん!!
かなりヤバいです!
だいぶマズいです!
イヤな予感、ズバリ的中ですがどうしましょう?
異世界に来て初めてのパーティは、死人が出てもおかしくない絶望から始まるのでした。




