第百二十七話 明るくて暗い場所
前回のあらすじ。
吸って! 吐いて!! キラキラ!!!
ついに、『完全な魔石』を作り出す事に成功したワタクシ、ウロでございます。うひひ。
夕暮れの、薄暗くなりつつある魔法学院はポツリポツリと魔法の明かりが灯り始めている。わたしとニードルスのいるここ、魔法練武場もまた、同じなのだけれど。今だけ、ここはとても明るい場所だったかも知れない。
少しだけ強めの白い光を放つ完全な魔石は、半透明なのもあってか、間違った明るさのボールランプみたいだけれど。違うのは、魔石を動かしてみると光が粉の様にサラサラと舞って消える不思議仕様だったり。
「……出来た」
「……出来ましたね」
何やらマヌケなやり取りをニードルスとしつつ、改めて魔石を調べてみる。
完全な魔石(無属性)
300/300
うおう、完全!
無属性!!
容量3倍!!!
そして、澱の欄が無くなっててスッキリ。
こうしちゃいられない、ウェイトリー先生に助言のお礼をしに行かなくちゃ!!
そう思って立ち上がったわたしの身体は、床に伸びた黒い影に引っ張られる様にグヤンと傾いた。
「ウロさん!?」
倒れる寸前、ニードルスがわたしを抱き止めてくれた。ありがとう、ニードルス。後で耳をちょっぴりばかり長くしましょう。
てゆーか、力が入ら無い不具合です。
「あれ??」
「あれ?? じゃあ、ありませんよ。そんな状態でどこに行くつもりですか!?」
……そんな状態?
ニードルスにそう言われて初めて、自分が汗だくな事に気がついた。ぺたんと床に座らせてもらったわたしは、額の角……杖固定ベルトを外した。
パタパタと、ベルトの内側のタオル地が吸収しきれなかった汗の粒が流れ落ちる。
「……うぉう」
「何が〝うぉう〟ですか。ウロさん、深呼吸してください!」
思わず、唸っちゃったよ。
ニードルスに言われるまま、深呼吸をしてから自分の中に意識を集中する。
HP 45/45
MP 4/80
改めて、うぉう!!
魔力が枯渇寸前だったよ。完全な魔石が出来た興奮で、我を忘れてました。
「大方、ウェイトリー先生へ報告にでも行こうと思ったんでしょう? 今は魔力回復ポーションも持って来ていませんから、部屋で休んで、明日の朝にでも報告した方が良いでしょう」
「……はい」
うぬう、見透かされてるし。
おのれ、ニードルス。ありがとうございます。
そんなこんなで、またしても、わたしは寮までニードルスの肩を借りて帰る事になったテイタラクです。
そして、部屋には戻れたけれどベッドにはたどり着けませんでしたよ。夢も見ないでぐうぐうでしたさ。
翌朝、ベッドに手をかけた状態で眼を覚ましたわたしは、腕と肩と髪の毛がバリバリだったけれど。頭はやたらスッキリしてたのでやや良し。
そっと自分の中に意識を集中しますと。
ウロ(状態異常:痺れ)
HP 40/45
MP 80/80
でしょうね! などと。
HPは若干、減ってる様な気もするけれど。MPは満タンなのでまあ良しです。
んん!?
そう言えば、魔石ってどうしたっけ。わたし。
慌てて鞄の中を探ってみますと、しっかりと魔力遮断袋の中で魔石が眩く輝いておりました。杖も固定ベルトも一緒にあってホッとする。
あんな状態でも、ちゃんと魔石も杖もベルトも回収している。わたしってば有能ね! などと。
時計は、もうすぐ朝の8時を告げようとしています。目が覚めれば、お腹が減るというものです。
着替えて朝ごはん!! とりあえずお風呂!!
バタバタと用意したわたしは、すでに暑い渡り廊下を駆け抜けて食堂までやって来ました。痺れも治ったし髪もサラサラです。やや汗だく。
朝陽の射し込む食堂は、相変わらずガランとして静かだった。その片隅のテーブルに、ジーナとニードルスにアルバート。その後ろにはエセルが立っている。加えて、もはやレギュラーメンバーなアルド・ウェイトリー先生の姿があった。……またしても、重役出勤ですまぬ。
いつもの様に、チーズとハムの蒸しパンを手にみんなのいる席へと向かう。
「おはようございます、ウェイトリー先生。みんな」
わたしの挨拶に、それぞれが挨拶を返してくれる。わたしが席に着くと、コホンと咳払いしたウェイトリー先生がわたしをジッと見据えてきた。
「今朝は顔色が良い様だね、ウロ君」
そう言って微笑むウェイトリー先生に、わたしも笑顔になって応える。
「は、はい。昨夜は良く眠れましたので。……って、それよりもウェイトリー先生、先生のお陰で魔石が上手く行きました!」
「ホッホッホッ、学びはあったみたいじゃな?」
うんうんとうなずくウェイトリー先生の隣で、わたしに熱い視線を向けている者がいた。そう、ジーナちゃんだった。
すでにニードルスから話は聞いているのだろう、良く見たら、みんなが少しだけソワソワしている様に思われる。それは、ウェイトリー先生も同じだったけれど。その中でも、ジーナちゃんは子犬みたいにハフハフしてて可愛い。
「ウロさん、魔石が出来たって本当!?」
「うん、ジーナちゃん。ここにあるよ」
ジーナにせかされて、わたしは鞄から魔力遮断袋を取り出した。中には、もちろん魔石が入っている。その袋を、ジーナちゃんに渡す。
「!!」
袋を受け取ったジーナちゃんだったけれど、急にアワアワしながらそのままアルバートへとパス。受け取ったアルバートは、ふむと小さくうなずいた。
「開けて良いかな、ウロ君?」
「どーぞどーぞ!」
ではと、前置きしたアルバートが袋の紐を解いた。ゆるく開いた袋の中から、陽の光とは違った白い粉の様な光が溢れ出る。
「……これが、『完全な魔石』」
誰かが小さく呟いた。
わたしも、冷静に見るのは初めてかも知れない。
袋から取り出された魔石は、陽の光の中で輪郭が溶けてしまっているかの様だった。少し動かすと、それに合わせて白く淡く軌跡を残すのがやたらと神秘的だった。
「……キレイ」
「これは美しい」
ジーナが、アルバートがそれぞれに感嘆の声を上げる。
「やはり、陽の光と魔力の光は違いがハッキリとしていますね。しかし、発光し続けても魔力を消費しないのでしょうか?」
うん、ニードルスはブレないね。
「ニードルス君、完全な魔石は、魔力を消費して発光している訳ではないのだよ。大気中にある様々な魔力の破片である〝魔素〟に反射して輝いて見えるのじゃよ」
どれっと、ウェイトリー先生は魔石をアルバートから受け取る。ゆっくりと瞬きする様に、眼へと魔力を集中し始める。
「ふむ、ちゃんと結晶化しておるな。魔力量も倍……それ以上になっておる。上出来じゃろう」
再びうんうんとうなずいたウェイトリー先生は、今度こそジーナの手の中に魔石を握らせる。色白なジーナの顔が、魔石の光で更に白く浮かび上がった。
「うわぁああ……」
ため息の様な声が、静かな食堂に溶けて行く。白く浮かび上がった顔の中の瞳が、魔石に負けないくらいにキラキラして見えた。
「ふう、ありがとうウロさん」
魔石を袋に戻しながら、眼を伏せてジーナが言った。お楽しみ頂けましたでしょうか?
「良し。それでほウロ君、キミが魔石を完成させて時の事を教えてくれ。我々でも分かる様に詳しくな?」
「お願いします、ウロさん!」
アルバートの声にジーナが続く。それにニードルスとウェイトリー先生がうなずいた。
「りょ、了解です。でも、感覚的な所があるから。先生、ご指摘をお願いします。
ニードルスくんは、手順てゆーか流れを覚えてね?」
「ホッホッホッ、ウロ先生の魔石授業じゃな」
「書記は任せてください、ウロ先生!」
そう言って、ウェイトリー先生とニードルスはニッコリと微笑んだ。
うぬう、予期せぬ状況にお腹痛くなってきそう。でも、キラキラした瞳のジーナちゃんと何やら楽しそうなアルバートのために頑張るよ! あと、エセルがニヤリと笑ったまま見下ろしてて鬼怖くてムカツク!!
とにかく、わたしは当時の状況を出来るだけ思い出しながら話した。
基本的には、魔石に魔力を均等に送りながら澱を取り除く作業なのだけれど。気をつける点はこんな感じ。
1 魔石に魔力が入っていない状態なら、魔石を包む手の魔力を一定に保っていれぼ勝手に入って行く。最初に流れ込んだ魔力と量や速さがズレると澱になる。
2 魔力と澱で魔石がいっぱいになりそうになると、反発するみたいに魔力が流れにくくなる。その場合は、澱を取り除けばその分の魔力がまた入って行く。
3 澱を取り除く時、額がチリチリヒリヒリして来たらそれ以上吸い上げてはいけない。あらかじめ用意していた魔石の破片に捨てましょう。
4 最初は肉眼で見えていた澱が、微量になるとほとんど見えなくなる。その時は、眼に魔力を集めて見るとハッキリと見える様になる。が、〝魔石を包む手の魔力を一定〟にしつつ〝眼に魔力を集めて澱を確認〟しながら〝額の角……杖で澱を吸い出す〟と言う3つの魔力コントロールを同時にしなくちゃならなくって、死ぬほどしんどい。
……こんな感じなのですがなあ。
わたしの説明で、アルバートとジーナの顔がみるみる青くなるのが解ってツラい。エセルは怖い。
ニードルスくんは、わたしと一緒にマーシュさんの魔力コントロール修行を受けているからね。心配いらないと思う。たぶん。めいびい。
「どうでしょうか、先生?」
わたしの説明を、眼を閉じて聞いていたウェイトリー先生がカッと眼を見開いた。いつの間にか、ジーナの角ベルトを額に装着したままで。
「うむうむ、概ね間違っておらんな。
付け加えるな、魔石に魔力が入りにくくなっている時に魔力を流し続けると割れる可能性が高いから止めた方が良いじゃろうな。
それと、額がヒリヒリする程に澱を近づけない方が身体には良いぞ? ジワッと熱く感じたら止めると良いじゃろう。
……しかし、これは1年生が夏の課題で挑む難易度ではないぞ。それでもやるのかの?」
優しく話してくれたウェイトリー先生だったけれど、その眼は真剣そのものだった。角ついてるけれど。
「やります! この手で、『完全な魔石』を作りたいです!!」
「やらずに諦めるのは、私の中には無い考え方だな。それに、ウロ君に出来たのだ。時間はかかっても同じ1年生の私たちに出来ない事も無いだろう」
「……いや、この子らはマシュリーの特別な訓練をだな。ふむ」
ジーナとアルバートの言葉を聞いて、ウェイトリー先生は顎髭を撫でながらニードルスを見る。角はもうツッコまない。……てゆーか、やっぱり特別だったんだ。マシュリー改めマーシュさん。
「先生、やるだけやらせてください。最低でも、魔石を割らずに提出しますので」
やけに冷静なニードルスが、わたしの方を向いて小さくうなずいて見せた。
えっ!? お、おう!!
「じ、じゃあ、早速みんなで頑張りましょー!!」
「待ちなさい。ウロ君はこの後、フランベル先生の所に行く様に。その魔石は、然るべき所に保管されねばならん。結晶化した魔石は、扱い方によっては脅威となる!」
「は、はい。では、ニードルス君よろしくね。みんな頑張ってね!
そして、ウェイトリー先生ありがとうございました!」
そんな訳で、みんなはニードルスの引率の元に練武場へ。
わたしは、魔石が超絶危険物になっちゃったので担任のレティ・フランベル先生に丸投げしに向かいます。
レティ先生の研究室の扉を、いつもの様にノックしようとした瞬間。バンッと大きな音を立てて扉が開き、中から女生徒が泣きながら出て来てビビった。
泣いていたのは、魔術師な家系の生徒だった。わたしが声をかけようとしましたら、恐ろしく睨まれて走り去られた不具合です。
プルプル。わたし、悪いウロじゃないよ!? ……冗談はさておき、本当にどうしたんだろ? おお、コワイコワイ。
とりあえず、開きっぱなしの扉をノックしてもしも~し?
「何度来ても同じよ。代わりの魔石はありません!!」
突然、レティ先生の怒鳴り声が響いてもう1回ビビった。
「レティ先生、わたし、ウロです!」
「……なんだ。どうぞ、入って。扉は閉めてね!」
「はい、失礼しまーす」
言われるままに、わたしは研究室の中へと進む。堆く積まれた様々な本の迷路の先で、レティ先生が髪の毛をクシャクシャしながらわたしを見据えている。
「何の用? まさか、貴女も代わりの魔石をよこせなんて言うんじゃあないでしょうね!?」
「うえっ!? 違います!!」
どうやら、さっきの娘は魔石に魔力を込め過ぎて割ってしまったみたい。
んで、代わりの魔石を貰うために直談判に来たとの事だった。
「割れた魔石でも、とにかく自分の魔力で満たせば点数にするのに。よりによって廃棄するなんて。それで代わりなんて、何を考えているのかしら?
で、貴女の用件は?」
ほうほう、破片でも0点じゃあ無いのは良い事を聞いた。これで、もし、割ってしまっても希望があるからね。
そんな事を考えながら、わたしは鞄から魔力遮断の袋を取り出した。
「レティ先生、わたしの魔石を提出に来ました。ウェイトリー先生に、レティ先生に預けなさいって言われて」
わたしは、袋から魔石を取り出して見せる。瞬間、レティ先生の研究室に白い光が広がって行く。
「貴女、まさか!?」
「はい、出来ました!!」
レティ先生は、笑顔のわたしから魔石をひったくった。素早く眼に魔力を集中させると、ぐるぐると角度を変えて魔石を観察する。
「うん、うんうん。魔力量は大した事無いけど、歴とした『完全な魔石』ね!」
レティ先生に笑顔が戻る。……てゆーか、魔力量が大した事無いの? 3倍なのに??
「貴女、魔石へ一気に魔力を注がなかったでしょう? 澱を取りながらだと、出来ても魔力量が下がってしまうのよ。
私の見た所、およそ3倍くらいかしら? この大きさの魔石なら、5倍は可能だわ」
わたしってば、どんな顔してたんだろ?
わたしに気づいたレティ先生が、そう言って首を振った。
ご、5倍!!
でも、これが今のわたしの精一杯だもん。くすん。
「あら、ガッカリしたの? 気にする事は無いわ。1年生の平均魔力量では、これ1つ満足に染められやしないもの。
私は、可能性を言っただけよ。貴女は良くやったわ。これでまた、差が開いたわね」
そう言って、レティ先生は楽しそうに笑う。
5倍、5倍かあ。
いや、それよりも気になる事を言いましたよね!?
「レティ先生、その、差って何ですか?」
「ああ、貴女たちの班と他の班。特にほら、マルトン導師の娘さんの班ね」
瞬間、さっき睨まれた理由が解った気がした。わたしは、恐る恐るレティ先生に確認する。
「わたし、さっき出て行った生徒にスッゴイ睨まれたんですけれど……」
「だから、気にする事は無いわ。加減も分からずに暴走する方が悪いのよ」
レティ先生の話によると、毎年、魔術師の家系の班が全てにおいて1番を独走するのだとか。しかも、今年は宮廷魔術師長であるセルジュ・マルトン導師の娘、カリーナ・マルトンがいる。カリーナは優秀だし、他の家の子たちも例外では無い。
例年通り、カリーナのいる班が独走すると皆思っていたのだけれど。
まさか、ほぼ平民だけのわたしたちの班が独走するなんて誰も夢にも思わなかったどろう。
個人の成績は明確には出されないけれど、親御さんから照会があれば学院としては報告する。当然、現状を親たちは把握しているだろう。
「貴女たちの班が塔を攻略してから、〝事故〟によって塔は封鎖、現時点で挑戦は出来ないわ。挽回するには、『完全な魔石』を作るしか無い。でも、それも駄目だった。そんな時、貴女が魔石を完成させて持って来た!」
そう言うとレティ先生は、魔石を何重にも鍵のかけられたの厳重な箱の中へとしまった。
お、おおう。
盛大に恨みを買ってやしませんか?? わたしたち。
レティ先生は、終始〝気にするな〟と言っていたけれど。
これを、気にしない方がスゴイでしょ!?
これは、みんなに相談せざるを得ない案件と思います。だいぶ。かなり。
そんな事を考えながら、わたしはフラフラとレティ先生の研究室を後にした。
さっきまでのやってやった感はもうありません。
ああ、ゲームだった頃に狩り場争いで逆恨みされて、キャラクターのセーブハウスのポストに毒グモ大量に送り付けられた事を思い出してゲンナリする。生毒グモはイヤだよう。……などと考えていましたら。
「少し、よろしいかしら?」
後ろから、急に声をかけられて肩が跳ね上がるほどビックリした。
だって、この声には聞き覚えがあるもの。
ゆっくりと振り返ったわたしの眼に飛び込んで来たのは、満面の笑みを浮かべて佇むカリーナ・マルトンの姿でありましたさ。




