第十二話 初心者冒険者
鼻が、ツーンと鉄くさい。そんな日も、あるよ! ウロですけれど。
どんなに気分が落ち込んでいようと、お腹が空くのは神様が決めた事なので従います。それはもう忠実に。
そんな訳で、1階の酒場まで降りてきました。
「あ! どこでも空いてるとこに座ってくださいね」
明るい声が酒場内に響いた。ええ娘やね。
壁側の席に腰を下ろして、女の子に木札を渡す。
「お食事? それともお酒?」
「えと、食事でお願いします」
「はーい、父さんのシチューは絶品ですよ!」
そう言って、女の子はパタパタとかけて行った。やっぱり、ええ娘やね。
椅子の背もたれに体を預けて、何気なく店内を見渡す。
店は、女の子と父親の2人で切り盛りしてるみたい。
女の子はリノちゃん。
少し赤みがかった髪を、おさげにしてる。10歳くらいかな?
お父さんはデニスさん。
口髭凛々しい、40歳くらい。結構イカツイ感じで、背も高くて渋めだ。
客は、街の住人であろう一般人の他に、鎧や古そうな外套に身を包んだ者の姿がチラホラ。
恐らくは『冒険者』だろう。
「……冒険者かあ」
ゲームだった頃、わたしを含むプレイヤーは、基本的に全員が冒険者だった。
中には、生産系ジョブにハマッて街から出なくなる人もいたけれど。
まあ、みんな、剣でドギャーン! 魔法でバビューン!
みたいな感じにやってみたいのが人情ですよ。ファンタジー謳歌。ビバッ幻想。などと。
イマージュ・オンラインには、『冒険者ギルド』が存在しなかった。
錬金術や鍛冶、商人なんかの生産系にはギルドがあったのだけれど、冒険者なんてナチュラルボーン風来坊を支援してくれるギルドなんてある訳がない。らしいです。チームの先輩いわく。
その代わり、プレイヤーはそれぞれに『チーム』を作る事が出来た。
チームには、チーム独自のルールがあったし、アイテムの共有とか弱いキャラの支援なんかもしてたっけ。
それがギルドの代わりみたいな物だったんだろうと、今は思う。
「……みんな、元気かな?」
ヤバイ、また泣きそうになってきちゃったので思考修正。
話しは戻るけれど、じゃあ冒険者の仕事ってどこで貰えるの?
って、感じになるのだけれど。
そこで、この『酒場』なのです。完! ……もちろん終らないです。ごめんなさい。
酒場の壁には、いくつものメモみたいな紙が貼ってあります。
これに様々なクエストが書かれていて、プレイヤーは好き依頼を選んで、酒場の主人に見せて受けたりするのです。
どうやらそこは変わってないらしく、店内の壁には、いくつかの紙片が見てとれました。
んで、何でこんな事を考えてるかって言うと……。
1 セーブハウス帰還失敗!
2 なので、予定してたアレやコレやが全部ダメになった。
3 お米が食べたい!
そんな感じに絶望真っ最中です。3つ目のは願望です。
村に帰って、村人エンドなんてのもありますが、それは、なんてゆーか最期の何かです!
となれば、手柄を立てて特別区の住人になるしかないと思われますがどうでしょう?
……とは言うものの、2で挙げたアレやコレやにソレも含まれちゃってたりする不具合だったりします。
例えば、ジョブを馴れ親しんだ戦士系に代えてみるとか。
召喚魔法に必要な『契約書』を見つけて、召喚士として頑張る。とか。
さらに言うと、超絶レア装備とか超高級合成素材とかは全部、セーブハウスのチェストにしまってあったり。
……アレ?
もしかして、これって結構キツイ状態かも!? などと。今さら。
「お待たせしましたー!」
明るい声と美味しそうな匂いに、一気に現実に引き戻される。
「あ、ありがとう!」
「……」
お礼を言ったけれど、リノちゃんはジッとわたしを見つめてくる。
な、何!?
なにかのフラグですか!?
前にも言ったけれど、先生そーゆーの許しませんよ!?
「……どうかしたの?」
「なんか、ムズカシイ事考えてる!」
恐る恐る聞くわたしに、リノちゃんが答えた。
「!?」
「だって、ここに力入ってるもん」
人差し指で、自分の眉間をグリグリしながらリノちゃんが言った。
あれ!?
そんなに難しい、恐い顔してた!?
「さあ、食べて食べて? 食べたらきっと、すごく元気になるよ!」
それだけ言うと、リノちゃんはまた、他のお客さんの所へと走って行った。
……たしかに。
今ここで、何やらグニグニグネグネ考えてもね。
それより、目の前のシチューが冷めちゃう方が悲劇だと思う。……事にする!
そんな感じに、夕食を堪能したりしますと、お腹が一杯になり眠くなる連鎖反応。
たぶんやっぱりきっとかなり疲れてたんだと思うわたしは、ベッドに倒れ込んだ後の記憶がありませんでした。
翌朝、少し遅めに目が覚めた。
と言っても、元の世界だと朝の7時くらいなんですけれどね。村人三昧のクセね。やや健康的?
1階に降りると、客の姿は無く、カウンターの奥でデニスさんが仕込み作業をしていた。
「おはようございます!」
「やあ、おはよう。夕べは良く眠れたかい?」
わたしの挨拶に、デニスさんは元気に応えてくれた。
「はい、お陰さまで」
「そりゃあ良かった。朝メシはどうするね?」
「あ、頂きます!」
木札で支払って、わたしはカウンターの席についた。
「お待たせ!」
出されたのは、豚肉とキャベツのスープに、昨日のパンが入った物。あっさり塩味でした。むまい!
「ごちそうさまでした。あの、デニスさん」
「ん、 なんだい?」
朝食を食べ終えたわたしは、自分が駆け出しの冒険者である事、この街を拠点に活動したい旨を伝えた。
「何か、新米でも出来る依頼ってありませんか?」
「そうだなあ……」
ふむ、と作業の手を止めて考えるデニスさん。
「薬草集めなんかが初心者向きだな。あとは獣の毛皮集めかな?」
「ほうほう!」
「薬草は、慢性的に足らんのだよ。錬金術師も薬師も使うからな!」
フムフムとうなずきながら、出された白湯を飲む。白湯うめぇ!
「毛皮は、この辺りだと野ウサギだな。山の方へ行けば、他にもいろいろいるだろうが魔物も出るし、腕に自信がないなら止めといた方が無難だろう」
『薬草集め』も『毛皮集め』も、どちらもゲームだった頃には定番の初心者用クエストだ。
レベル上げがてら森の中を走っていれば、いつの間にか数が集まってたり。
それを売れば、初期には嬉しいちょっとした収入になる。
また、このクエストは依頼受諾などの手続きが不用で、繰り返し何度でも行う事が出来る。
どうやら、この世界でもそれは有効みたい。
とは言え、クエスト全般がゲームと同じとは限らないだろうし。
1度、街を見ておくが吉だろう。
「なるほど、分かりました。ありがとうございます!」
「ああ、薬草は錬金術ギルドか薬師ギルドのどっちかに持って行けば買ってくれるよ。毛皮も、革細工を扱ってる所ならどこでも買ってくれるだろう」
「はーい、ありがとうございます!」
元気に返事をして、わたしは席をたった。
「お出かけかな? なら、鍵を預かろう」
「鍵?」
「部屋の鍵だよ。大丈夫、勝手に入ったりしないさ」
ふむ、そう言うシステムなのですね。
「では、お願いします」
鍵をデニスさんに渡す。
「じゃあ、これを持ってきな」
「??」
鍵の代わりに、この酒場のエンブレムを渡してきた。
「これは?」
「この店の『証』だよ。もし、街を出るなら必要だろう」
どうやら、街に再入場する際にも料金が発生するらしい。
でも、この街の宿に泊まってる証があれば、免除されるみたいだ!
「ただし、夜になると門が閉まっちまうから気をつけろ!?」
むう。
ゲームと違って、出入りいつでも自由じゃあないのですね。
「分かりました。いってきます!」
改めて挨拶して、店の外へ出た。
「おはようございます! お出かけですか?」
外で掃除をしていたリノちゃんが、元気に声をかけてくれた。
「おはよう、ちょっと街を見たくてね」
「いってらっしゃい、気をつけてね!」
ああ、朝から癒されます。
いってきますと手を振って、わたしは散策がてら街に出た。
街は、朝から活気に溢れている。
まだ、冒険者風の者はチラホラだけれど。自由業気質?
遠くには、ハイリム城が白く輝いている。
「やっぱりキレイだなあ」
見慣れたお城だけれど、懐かしさみたいな物を感じた。
王都ハイリアは、ハイリム王国の城下町。
お城に近い所から、『貴族区』『商業区』『居住区』となっている。
ギルドなどは商業区の中にあり、職人たちも集まっている。
居住区には、一般的な平民の住まいや、外からの来訪者用宿なんかがある。
ちなみに、わたしの行こうとしてたセーブハウスは位置的には貴族区にあたるみたい。なるほど、わたしってば不審者ですわなあ。
午前中、街をあちこち散策した。
やっぱり、ゲームだった頃に比べて広くなってるみたい。
今まで無かった店や路地が、かなり増えててビビッた。
もしかしたら、掘り出し物が見つかるかも知れない。
後でゆっくり見に行ってみましょう!
各種ギルドは、外観は変わってなった。
ただ、街が広くなった分、勝手が変わってて迷うかと思った。……迷ってねーし! 若干だからノーカンだし!?
気を取り直して、午後からは少しだけ街の外へ行ってみようと思う。
「止まれ!」
門前では、昨日の衛兵さま方がいらっしゃいます。髭も健在です。いつか採取します。
「出立か?」
髭の衛兵さまが言う。
「いえ、森に薬草採りに行こうと思います」
「ふむ、見た所冒険者だな。宿はどこだ?」
「えと、ここです」
わたしは、さっきデニスさんから貰った証を見せた。
「うむ、デニスの店か。良し、いいだろう!」
おお。
デニスさんスゲェ!!
「日暮れには門が閉じる。日の出までは開かんから、気をつけろよ?」
「はい、ありがとうございます」
あら、少し優しくなってる?
わたしの魅力に気づいたに違いない。絶対に!
「戻る時も、その証を見せるんだぞ? でないと、また入場料がかかるからな!」
「はい、ありがとうございます」
重い音とともに、門扉が開かれて行く。
「さて、どこら辺がいいかな?」
街から少し歩くだけで、すぐに背の高い草や木々が現れる。
薬草自体は博学のスキルで解るのだけれど、見つけるのは結構大変だったり。
ゲームみたいに昼夜問わずに走り回る訳にもいかないし。
てゆうか、疲れるしお腹減るし。
ましてや、魔物の集団にでも出会ってしまったら目も当てられない。死にますよ? 余裕で。
おお、そうじゃ!
わたしは、地面に手をつき、ワイルドバニーのレプスを召喚した!
「レプスくん、今日の君の任務は、薬草をたくさん集めてくる事だ!」
ヒクヒク!
「さあ、行け!」
ヒクヒクー!!
正に脱兎の如く走り去るレプスくん。
ふふふっ。
集めるのは草な訳だし、草食最強であろう。
ああ、なんて有能な部下であろうか!?
まあ、わたしも集めるんだけれど。
……さて、間もなく夕暮れになろうかと言う時間。
わたしの腰が限界に近づいた頃、レプスが帰って来た。
「!?」
レプスは、フラフラとしている。
はっ!?
魔物に襲われた!?
「れ、レプスくん!!」
慌てて駆け寄り、ステータス確認!
名前 レプス(召喚者 ウロ)
HP 7
MP 5
む?
全然元気じゃん。
「レプスくん?」
ゲフーッ
!?
草くせぇ!?
見れば、レプスはマルマルツヤツヤしている。
「お、お前、採取しないで食べて来たな!?」
ぐふーっ
レプスは、草臭い息をたっぷり吐き出してから、くるっと回って消えていった。
ちょっ、自由か!?
おのれレプス!!
わたし、なめられてませんか??
ちなみに、屈み過ぎて腰を痛めたわたしは、閉門ギリギリになんとか帰りつくに至りました。
戦果は。聞かないで! ぎゃふん。




