第百二十三話 紡がれる生命 後編
前回のあらすじ。
道具って、便利だあ。
その為の機能。その為のフォルム。
便利だあ。
背中にラヴィニアさんを確認しつつ、両手で握った杖の先端を長老様の額に軽く押し当てる。1度だけ深呼吸をしてから、ゆっくりと魔力を流し込でみた。
……軽い!
さっきより、明らかに抵抗が少なくなっている。と言うより、ほとんど抵抗を感じない!!
まるで、プリンにスプーンを刺すみたいな頼り無い感覚に、逆に不安になるレベルだよ。
抵抗が少ない分、魔力の幅をコントロールする事に集中出来て超絶便利。今度こそ、針の先端並みの鋭さを目指してみる。
あっと言う間に、魔力の先端は突破出来なかった深度までやって来た。さすがにここまで来ると、抵抗感は強くなっていたけれど。さっきまでとは、比べ物にならない位に楽でビビる。
難なく壁を越えた魔力の先端スピードを、少しだけ緩めて慎重に送って行く。やがて、反発していた力が薄くなって逆に魔力が引き寄せられる様な感覚へと変わって行った。
“ウーフリ!”
わたしの頭の中に、ラヴィニアさんの声が響いた。次の瞬間、わたしの視界にラヴィニアさんの姿が現れた。
姿と言っても、輪郭がボヤけてだいぶ曖昧な姿だけれど。どことなく見覚えがある気がしたのは、それがピンク色の少女に良く似てるからだったりするやや恐怖。
ラヴィニアさんは、わたしの目の前を飛ぶ様に進んで行く。飛ぶ様にとか言ったけれど、正直、飛んでいるのか落ちているのか良く解らなかった。
魔力の先端が、不意に緑の中へと入って行った。ラヴィニアさんとわたしも、そのまま緑の中へと進んで行く。
そこは、森の中だった。
微妙にピントのズレた様な、油絵具みたいな風景の明るい森の中。どの方向を見ても、額縁越しに覗けばそのまま絵になりそうな、素敵だけれどどこか不安がある森だった。
ここがきっと、長老様の世界だからかも知れない。長老様には、こんな風に物が見えているのかな?
目の端に、何か白い物が見えた気がして振り返った。
……馬?
遠近感が少しだけ狂ったみたいな木の陰に、大きくて白い馬がたたずんでいる。
もちろん、それは馬じゃない。
乳白色で螺旋状の角を持つ、ユニコーンだ。
わたしの魔力は、ユニコーンを包む様に球状に広がっていて、そこだけ、スポットライトが当たっているみたいになっている。ユニコーンの横には、いつの間にかラヴィニアさんと思われる人物が立っていた。さっきまでの曖昧な姿ではなく、ハッキリとした姿だったけれど。見た目がかなり若くなっていて、ジーナよりも若い、カーソンと同じ位に思える程だった。
「……まさか、ラヴィニアなのか?」
「やっと会えましたね、ウーフリ。お礼を言う事も出来ないなんて、あんまりではなくって?」
そう言って、ラヴィニアさんはウーフリと呼んだユニコーンにそっと寄り添った。ユニコーンも、ラヴィニアさんをいたわる様に優しく首をもたげる。
身体が小さくて髭が無いから解りにくいけれど、ラヴィニアさんの言う通り、これが長老様なんだろう。ラヴィニアさんも見た目に若いし、長老様の若い頃って感じだろうか。
「さあ、私たちと一緒に帰りましょう。若いユニコーンたちも、貴方の帰りを待っていますよ」
長老様の顔を撫でながら、ラヴィニアさんがそう問いかけたのだけれど。長老様は、目を閉じて首を左右に小さく振った。
「残念だが、儂は帰れそうにない。角を失ってしまっては、若い者たちに何も伝えられないし何も残す事が出来んのだよ」
悲しそうな長老様の言葉で、わたしの記憶の引き出しが1つ開いた。
もしも、この世界のユニコーンがわたしの知ってるゲームだった頃のユニコーンと同じだったとしたなら。年老いたユニコーンは、角から角へ、それまでの記憶や経験を次の世代のリーダーに受け継いでいたりしたハズである。
フレーバー程度でしか出てこない設定だったけれど、ゲーム内の読み物としてチームの先輩に読ませてもらった事があったっけ。
そして、重要な事がもう1つ。
ユニコーンには、メスが存在しない!
ユニコーンは、人やエルフなどの乙女の力を借りて増える事が出来る。
ユニコーンの魔力と乙女の魔力が混ざると、ベースのユニコーンは若返りながら何頭かに分かれて、その魂は乙女の魔力の影響を受けて変化した。……読んだ時は、少しだけプラナリアに似てるた思ったのはナイショである。
話を戻して、角を失った長老様はきっと、“自分にはもう存在価値が無い”と思っているに違いありますまい! たぶんね。
「角の事を心配しているのですね? それなら大丈夫、貴方から預かった角がありますわ!」
ラヴィニアさんの言葉に、長老様は目を見開いて驚いていた。
「アルバート……だったかな? あの子を助けた時の角を、元に戻したと言うのか!? 驚いたよ」
目をふせた長老様は、今度はやれやれといった風に首を振って見せた。
「ならば、帰ろう。ウロ、そこにいるな? 其方の力を儂に分けてくれぬか?」
「ウロ、頼みます!」
お、オスオス了解です。
その為に来たんだもん。
わたしの声は、不思議と声にならなかった。だけれど、意思は通じたみたいだよ。
スポットライトの様に球状になっていた魔力の一部が、スウと長老様の中に吸い込まれて行くのが解った。
さあ、帰りましょう!
わたしがそう思うと同時に、ラヴィニアさんが長老様の背中に跨がった。
長老様は、大きな声で1度だけ嘶くとわたしの魔力の中を走り出した。
わたしが戻す魔力の中を、美しい少女と優美なユニコーンが滑る様に駆け抜けて行く。
帰り道、もう冷たい場所はほとんど無くなっていた。
森を抜けてから間も無く、ラヴィニアさんは長老様から離れてわたしの後ろへと下がって行った。同時に、わたしの魔力とは別の光が長老様の角と結び付くと、わたしたちとは別の方向へと走り去って行った。
「ぶはっ!!」
も、戻って来た!! 今回は、倒れてないしラヴィニアさんもわたしの背中にもたれた状態でセーフ。……でも無い!?
わたしの背中で、ラヴィニアさんが荒い息をしている。
「ら、ラヴィニア様!?」
振り返りながらわたしが抱き止めると、ラヴィニアさんは力無くわたしの腕に横たわった。
「ウーフリは、戻りましたか?」
目をさは閉じたままだったけれど、ハッキリとした口調のラヴィニアさんが呟いた。
「ウロさん、長老様が!」
ジーナの声に、慌てて振り返る。
長老様は、小さな角と身体を淡く光らせながら荒い息をしていた。石化は解かれている!!
「ラヴィニア様、やりましたよ。長老様の石化が解けました!」
わたしの言葉に、ラヴィニアさんはニッコリと微笑んで見せた。
「良かった。ウーフリ、本当に良かった」
「喜ぶのはまだだ、乙女たちよ。このままでは、長老は長くは持たないだろう……」
喜んでいたらわたしたちに、マディは言葉の端を濁しながら言った。それって、どう言う意味??
わたしはもう1度、長老様をジッと見詰める。
名前 ウーフリ(状態異常 瀕死:転生 残り時間 58分41秒)
種族 ユニコーン
職業 エルダー・ユニコーン Lv 29
HP ??
MP ??
石化は解けたし、魂の消滅も消えたけれど。代わりに、新しく“転生”が表示されてるのですが!? しかも、残り時間が1時間を切ってる不具合ですよ。
何、転生って。
魔神なの? 女神なの?? 誰か、ハンドヘルドコンピュータ持って来てー!! もしくはアームターミナル。
「やはり、角が小さ過ぎたのだ。それに、この角は長老の身体から長く離れ過ぎていた。このままでは、本当に死んでしまう」
マディは、そう言って首を振ったけれど。
このままって事は、何かしらの手段はあるって事だと思うのですがどうでしょう?
「マディさん、どうすれば長老様を助ける事が出来るのですか? 何か、方法をご存知なのですか?」
その疑問をわたしが口にすると、マディは少しだけ沈黙していたら意を決した様に話してくれた。
「長老をお助けするには、もはや転生しか残されていない。だが……」
やはし、転生! そして、“だが”って?
「転生には、乙女の協力が必要になる。だが、我々リブンフォートの森に棲むユニコーンには掟があるのだ」
「……それが、ローウェル家の呪いです」
マディに続ける様に、ラヴィニアさんが口を開いた。
「ラヴィニア様、お話になってはいけません。少しでもお休みにならなくては!」
「ありがとう、ジーナ。ですが、これだけは言わなくてはなりません。カーソン、そこにいますね?」
わたしに抱きかかえられたまま、目も開けられないほどに消耗しているのに、ジーナに答えるラヴィニアさんの口調はちゃんとしていた。
「はい、ラヴィニア様。私はここにございます」
わたしのすぐ隣に膝をついたカーソンが、ラヴィニアさんの手を握った。
「カーソン、さっき私が言った言葉を憶えていますか?」
「はい、ラヴィニア様。
“ローウェル家はリブンフォートの森を守る役を担い、それは、リブンフォートの森のユニコーンと共に在る事を意味する”」
カーソンがそう言うと、ラヴィニアはニッコリと微笑んで小さくうなずいた。
「カーソン、貴女にはウーフリの転生を手伝ってもらいます。本当なら、私がそう出来れば良かったのですが。私にはもう、その資格が無いのです。これは、ローウェル家の娘にしか出来ない事。どうか、ウーフリを救ってあげてくださいな?」
「解りました、ラヴィニア様。私も、ローウェルの娘です。長老様をお助けする役目、波果たさせていただきます」
ラヴィニアさんの手を握ったまま、カーソンが力強く言った。ラヴィニアさんは、それを聞いて小さくうなずいてから気を失ってしまった。
「では、急がねばならない。ウロ、ジーナ、ラヴィニアを連れて籠から出るのだ。
カーソン、これは我々からのお礼だ。受け取って欲しい」
わたしとジーナは、ラヴィニアさんを抱えながら慌ててカゴから飛び出した。
続いてカーソンは、マディ、ラト、ルトの角から、それぞれに祝福の光を受けた。
「長老様、私カーソン・ローウェルは、貴方の転生のお手伝いをいたします。どうか、お受け入れくださいませ」
そう呟いたカーソンが、小さな手で長老様の角を包み込むと同時に優しい光が一瞬だけ目映く輝いた。
輝きがおさまって、辺りが通常に戻る頃には、さっきまで開いていたカゴの入口は根によって閉ざされていて、沢山あった隙間もキリキリと絞まる様に消えて、カゴの大きさは1回りほど小さくなっている様に思えた。
「これから長老とカーソンは、しばしの眠りにつく事になる。その間、何人たりとも森への立ち入りを禁ずる。心せよ!」
マディは、ラトとルトに長老様たちの守りを任せるとわたしたちを森の入口まで送ってくれたのだったけれど。恐ろしい目でわたしたちを睨み付けながらそう告げると、叫び声の様な嘶きを上げて森の中へと消えて行った。
後には、入口を塞ぐ様にどこから現れたのか茨が柵に絡みつき、魔力をもって強固な守りを展開していた。
3日後の早朝。
わたしたちは、馬車に揺られながら街道を走っていた。とは言っても、来る時の驚異的なスピードも無いし、そもそも、王家御用達の馬車じゃないし。極々普通の、少しだけ大きめの馬車だった。
森から帰ったわたしたちは、エセルの薦めで早々に王都であるハイリアに帰されそうになったのだけれど。疲れやナニかでだいぶボロボロだった事もあって、アルバートが3日だけ休息を作ってくれる形になった。
まあ、ラヴィニアさんは眠ったままだったし、伯爵夫妻もまた、起き上がれる様な状態じゃあないし。カーソンの両親は離れに監禁されてるしね。仕方ないね。何気に超絶居づらいし。
「追い立てる様な真似をして、申し訳ございません。しかし、状況が状況ですのでご理解ください」
そう言って、エセルはわたしたちに頭を下げた。……目が全く笑ってませんでしたけれどね。
「済まないな、ウロ君、ジーナ君、ニードルス。エセルは言い出したら聞かんのだ。
とは言え、母上があの状態では、諸君らの居心地も悪いだろう。私は、母上が回復するまで残ろうと思う。カーソンの事も気になるしな!」
アルバートは、肩をすくめて小さく笑っていた。王子様も大変だね。などと。
「カーソンさんは、大丈夫なの? 取って喰いやしないだろうけれど、彼らの女好きは本物だよ!?」
わたしの言葉に、アルバートは力無く小さく笑った。
「お祖父様がおっしゃるには、早ければ3日。遅くとも、1週間から10日で転生の儀は行われるらしい。多少の衰弱はあるそうだが、命に別状は無いとな事だ。心配はいらないさ」
むう、それなら良いけれど。
後で結果を教えて貰おう。
見送りは、アルバートとエセル。それに、メイドさんや執事さんたちが総出でにぎやかにしてくれた。
わたしたち3人の他、ヘンニーとダムドが護衛として同行してくれるのは心強かった。
来る時は5日で踏破した道のりも、帰りはキッチリ予定通りの10日かかった。そして、たっぷりと酔ったし。
10日目の昼過ぎ、王都の東門が見え始めた所で馬車は1度止まって、ヘンニーとダムドが降りて行った。
「悪いが、俺たちは野暮用があってな」
「ここからなら、お守りは要らねえだろうよ? また、用があったら声をかけてくれよ。たんまりと礼金を用意してな。あばよ!」
ヘンニーとダムドは、そう言ってどこかへと去ってしまった。前もそうだったけれど、何で門から入らないのだろうか? などと。
こうして、ラヴィニアさん救出大作戦( ? )は幕を閉じたのである。たぶん。
慌ただしい魔法学院の日常が、1ヶ月も経ってないのにやけに懐かしく感じてビビッたりした。そして……。
アルバートとエセルが王都に帰って来たのは、カーソンが森から戻るのを待ったらしくって、30日ほど後の事になったのでありましたさ。
名前 ウロ
種族 人間 女
職業 召喚士 Lv11 → Lv12 / 妖術師 Lv2
器用 27 → 28
敏捷 33 → 35
知力 56 → 60
筋力 31 → 33
HP 42/42 → 45/45
MP 73/73 → 80/80
スキル
ヴァルキリーの祝福
知識の探求
召喚士の瞳 Lv2
共通語
錬金術 Lv30
博学 Lv2 → Lv3
採取(解体) Lv1
魔法
召喚魔法
《ビーストテイマー》
コール ワイルドバニー
コール ハーピィ
《パペットマスター》
コール ストーンゴーレム(サイズS)
《アーセナル》
コール カールスナウト
魔界魔法 Lv1
魔法の矢
生活魔法
灯り
種火
清水




