第百二十二話 紡がれる生命 前編
前回のあらすじ。
幽体離脱は身体に悪い。良かろうハズがない!
わたしたちが屋敷を出る頃には、外はずいぶんと暗くなっていて、空には星がチラホラだけれど見え始めていた。
外で待っていたヘンニーとダムドは、これからリブンフォートの森に入る事にあからさまに嫌な顔をしていたけれど。エセルの強力な無言の圧力を受けると、お互いに顔を見合わせてからやれやれと言った表情でため息を吐いた。
2台の車椅子に、わたしとラヴィニアさんが分乗する。
メイドさんたちに森の中まで押してもらう訳にはいかないし、ヘンニーとダムドに押してもらうのは、わたしは良いけれど王妃様は近づく事すらマズイらしくってNG。あ、人形だった時はノーカンです。
なもんで、ラヴィニアさんの車椅子はアルバートが、わたしの車椅子はニードルスが押してくれる事になった。……アルバートはともかく、ニードルスに一抹の不安を覚えてみたのですがどうでしょう?
そんな心配をよそに、森の中は不思議とスムーズに進む事が出来た。あれほど足の長かった下草は、やや毛足の長い絨毯みたいで抵抗がかなり少なくなっていた。それでも、途中から妙な唸り声を上げ始めたニードルスをジーナちゃんがフォローしてくれてたんだけれどね。ありがたい事です。
生い茂る木々も、ラヴィニアさんを迎えているみたいにグニャリと曲がって道を作っていた。
加えて、森の中は真っ暗だろうと覚悟していたのに、葉っぱや木々が光苔でもまとっているかの様にボンヤリと光っていて、灯りが要らない位だった。
「森も、私の事を覚えていてくれたみたいですね」
嬉しそうに声を上げるラヴィニアさんだったけれど、その表情は明らかに疲労の色が浮かんでいるし、額ににじむ汗も止まってはいなかった。と言うのも、ラヴィニアさんのMPは、残りたったの2ポイントしかなかったりするし。それだけ、割れた角をくっつけるのに力を使ったって事だと思われる。無茶し過ぎです王妃様。
「この間来た時と、様子がまるで違うじゃねえか?」
「ハハハッ、さすがは王妃様って事なんだろうぜ!」
先頭を行くダムドがキョロキョロと辺りを見回しながら声を上げると、それに応えて最後尾を歩くヘンニーが笑った。
「うふふ、ありがとう」
ラヴィニアさんはコロコロと笑っていたけれど、その直ぐ後ろではエセルの氷の眼光が2人を貫いていたのはナイショである。
森に入ってしばらくすると、光苔の道は少しずつアーチを作り始め、やがて、光のトンネルの様になった。
光のトンネルは、その先を樫の巨木の根元へと伸ばしているのが遠くでも解った。今更だけれど、これってユニコーンたちの地下道で見た光と同じな気がする。あと、光が誘導してくれるのは次の目的地を示すマーカーみたいだと思ったゲーム脳。
巨木の根元では、若い3頭のユニコーンの中でも1番年上のマディがわたしたちを待っていた。
「乙女たちよ急いで欲しい。長老には、もう時が無い!」
焦っている様なマディの声から、怖い位に緊張感が伝わって来て心がザワつく。
「解っています。さあ、急ぎましょう!」
そう応えたラヴィニアさんに、マディは一瞬だけ動きを止めた様に見えたけれど。すぐにマディの先導で、わたしたちは巨木の下へと続く地下道へと進んで行った。
巨大な樫の木の根で出来た地下空間は、ここまでわたしたちを導いてくれた光苔の灯りに淡く照らされていた。その中央に、前回来た時には無かった丸い大きなカゴの様な何かが浮かんでいた。近くで見るとそれは根っこで、細くて柔らかな根っこが幾重にも絡まって球状になっており、浮かんで見えていたのは、カゴの上部分に光苔が付いておらず暗かったせいだった。
そして、その中には石化したユニコーンの長老様の姿があった。
長老様は、カゴの中で深くうつむいた姿勢で座り込む様に固まっていた。額には当然だけれど角は無くって、角のあった所を中心に深いヒビが何本も走っていた。
「ウーフリ!!」
突然、ラヴィニアさんが叫んだ。
車椅子から身を乗り出したため、もう少しで転びそうになった所をアルバートが抱き止める。
「ウーフリ?」
「長老の名だ。その名を知っていると言う事は、貴女が長老の想い人か」
わたしの疑問に、マディが答えた。
なるほど、長老様にも名前があったのですね。って、当たり前か。そんな事より、今は“想い人”がパワーワード過ぎてだいぶ困る。
それを証拠に、アルバートやニードルス、ヘンニーやダムドにエセルまでが目を丸くして固まっちゃってるし。ポカンとし頭上に“ ? ”を出しているのは、ジーナとカーソンだけだった。
「乙女たちよ、詳しい話は後でしよう。まずは長老を!」
そ、そうじゃそうじゃ!
何はなくとも、長老様に復活してもらわなくちゃだわよ。
再び戻った緊張感に、ナゼか少しだけホッとした。
「カーソン、来なさい。この角を、ウーフリの頭に戻してあげるのです。ローウェルの娘の役目です。私にはもう、その資格がありません」
ラヴィニアさんの“資格がない”と言う言葉に、何だか胸が締めつけられる様な気がした。
カーソンを呼び寄せたラヴィニアさんは、カーソンの手に修復した長老様の角の先端部を握らせた。小さなカーソンの手の中に、角はスッポリと包まれてしまう位に小さかった。
「わ、解りました!」
力強く返事をしたカーソンは、マディに導かれてカゴの近くまでやって来た。カゴの入り口はカーソンには少しだけ高かったけれど、いつの間にかやって来ていた小さな双子のユニコーンであるラトとルトが、その身体で階段を形作っていた。
「ありがとう」
小さく呟いて、ラトとルトの頭をなでたカーソンは、2頭の背中を登ってカゴの中へと進んだ。
「さあ、カーソン。角を、ウーフリの額に!」
「はい!」
ラヴィニアさんの声に、カーソンが応えた。
カゴの中はハッキリ見えないけれど、みんなの視線がカーソンに注目する。固唾を飲むって、こう言う事なのかな?
数十秒間の沈黙の後、カゴの中から光苔とは違う光が地下空間に丸く広がって消えた。感覚としては、光と言うより暖かな風の様に思えた。
「カーソン! ウーフリ!!」
消えた光を追いかけるみたいに、ラヴィニアさんの声が響く。その声に、わたしたちもハッと我に返る。
「私は大丈夫です。ですが、長老様は……」
カゴから顔を出したカーソンは、動揺しているのか明らかに声が震えていた。
駆け寄るわたしたちだったけれど、わたしとジーナ以外の者はマディたち若いユニコーンによって阻止されてしまった。その中には、ラヴィニアさんも含まれていた。
「すまない、ラヴィニアよ。貴女を、長老に触れさせる訳にはいかないのだ」
「……ええ、心得ています」
車椅子に深く座り直したラヴィニアさんは、小さな声でマディに応えた。声は柔らかだったけれど、その手は細かく震えていた。
ジーナをカゴの中に押し上げてから、わたしもカゴの中に入った。カゴの中は存外に広くて、足元はベッドの上の様にフワフワだった。時折、木の軋むみたいな音がするのは仕方がないと言えよう。
「長老様!!」
カーソンが、長老様に話しかけていたけれど。長老様の身体は、角がくっついているのに依然として石のままでいる不具合ですよ。
「どうして? 角が戻ったのに……」
困惑した様に、ジーナが呟いた。
「……身体そのものの魔力が足りないのだ。何度も角を失ったせいだろう。この籠で、辛うじて生命を繋いではいるが、そう長くは持たない」
そう言って、マディはブルルと首を振った。
「ユニコーンとは、生命の精霊と深く結び付く存在であると本で読みましたし、今回の件でそう理解しました。であるならば、ユニコーンは死んでも再び復活出来るのではありませんか?」
額の汗を拭いつつ、やけに淡々とニードルスが問う。それに、マディはもう1度首を横に振って見せた。
「それは違う、エルフの雄よ。我らユニコーンは、確かに生命の精霊と深く結び付いている。しかし、不滅と言う訳では無い。灰の中から甦る不死鳥とは違うのだ」
そう言ったマディは、少しだけイラだった様に前足の蹄を鳴らした。
沈黙が、いつだったか感じたみたいに耳の奥に痛い位の静けさを呼び寄せる。
や、ヤメレヤメレ!
この、お通夜みたいな雰囲気はヤメレ!!
長老様は、まだ死んだ訳じゃないんだし。魔力が足りないって事なら、注入してやれば良いのです。それはもう、タプタプに。
わたしは、カゴの中でうずくまる長老様に目をこらす。
名前 ウーフリ(状態異常 石化 瀕死:魂の消滅 残り時間 56時間37分11秒)
種族 ユニコーン
職業 エルダー・ユニコーン Lv 29
HP ??
MP ??
うぉう、エルダー・ユニコーン!! ……でも、その肩書きの割にはレベルが低い気がする不思議。あと、HPもMPも“??”になっててより不思議。
いやいや、それよりも重要なのは“魂の消滅”ですわなあ。
ゲームだった頃に瀕死状態になると、“蘇生可能時間”と言うリミットが設定される。設定された時間内に回復魔法か回復系のポーションを使えば“衰弱状態”で動ける様になった。
だけれど、この“魂の消滅”なんて物騒な文言は出なかったし。初めて見たし。ナニコレ怖い!!
魂の消滅については良く解らないけれど、長老様は今はまだ瀕死状態で。だいぶ前に、ゴブリン戦で瀕死になった商人見習いのブレッドくんをポーションで助ける事が出来たのだから、同じ様に回復させればワンチャン!? ……などと考えていた時期が、わたしにもありましたさ。
アルバートが回復魔法を試そうとしたのだけれど、魔法そのものを受け付けなくなっている長老様には効果が無かった。
回復ポーションの使用を提案したニードルスだったけれど、そもそも、長老様は石化してて飲めやしない。
ならば、石化を解こうと考えたのだけれど、長老様は自らの意志で石化してるためにユニコーンの角の癒しも抗石化の秘薬も効果が現れないのだと言う。
残された手段は、魔力の注入なのだけれど。
それすらもダメだったなら、もう、わたしたちに出来る事が無くなってしまう不具合ですよ。本当に。
「マディさん、長老様に魔力を注ぐ事は不可能なのですか?」
「乙女よ、それは可能かもしれない。しかし、角を受け入れる事が出来なくなっている長老には、少しの魔力では届かないやもしれぬ」
わたしの問いに、マディは悩みながら答えてくれた。
“届かない”が、何を意味するのかは解らないけれど、まずはやってみなくちゃですよ。
先陣を切ったのはジーナだった。
カーソンも名乗りを上げたのだけれど、魔力コントロールに不安のあるカーソンでは難しいと思われた。それでも強く協力を申し出たカーソンは、ラヴィニアさんから「貴女には、ローウェル家の娘として他にやる事がありますよ」と優しく諭され、何事かを耳打ちされると、ハッと目を見開いてからコクンとうなずいて真剣な表情になった。……何を言われたのかしら?
もちろん、わたしも参加するのだけれど。まだ完全に回復していない事から、最初はジーナが様子を見ると言う感じになりました。ジーナちゃん、愛してるわあ。
長老様の顔に触れながら、ジーナはゆっくりと魔力を手に集めて行く。間も無く、それを長老様の中に流し始めたジーナは、弾かれる様に後ろに下がった。
「ど、どしたのジーナちゃん!?」
わたしの問いに、ジーナは自分の両手をまじまじと眺めてから驚いた様な表情で振り返った。
「ま、魔力が、全然入って行きません!!」
ジーナの説明によると、魔力は長老様の身体の表面を伝う様に流れてしまって、少しも長老様の中に流れて行かなかったらしい。
ジーナの話を聞いていたマディは、やっぱりと言った様な表情でブルルと嘶いた。
「やはり、無理だったか。長老の魂が、身体から離れ始めているせいだろう」
ぬう、身体から離れる……其即ち、魂の消滅って事なのかな?
でも、これじゃあ長老様を助けようが無いよ!?
そこはかとない絶望感が、再びお通夜みたいな空気を醸し出そうとした瞬間。
ラヴィニアさんが、やおら立ち上がった。
「ちょ、ラヴィニア様!?」
「母上!!」
慌てるわたしと同時に、アルバートがラヴィニアさんの手を取った。立ち上がったラヴィニアさんの足は、まだフルフルと震えている。
「ありがとう、アルバート。
そしてウロ、召喚士の貴女にお願いがあるの。私を、ウーフリに会わせてちょうだい!」
「ど、どう言う事ですか??」
始め、わたしはラヴィニアさんの言ってる事が理解出来なかったのだけれど。つまりは、こうだった。
わたしは、長老様のナビでラヴィニアさんの魂の元まで行く事が出来た。それは、ラヴィニアさんにも見えていたらしい。
だから今度は、ラヴィニアさんを長老様の魂まで連れて行って欲しい! ……との事なのだけれど。
「ラヴィニア様。わたしには、ラヴィニア様の魂を導くなんて芸当はとても出来ません!!」
そりゃそうでしょ。
いきなり、ハイパーオカルティックな話をされても困る。かなり。だいぶ。
そんなの、ミスティックかネクロマンサーの仕事でしょ!? 誰かウィジャボードと10円玉持って来てー!! などと。
「ウロ、私にはもう、ウーフリに直接触れる事は出来ません。ですが、貴女を通してならそれも可能でしょう。
貴女は、ウーフリの精神と触れてからそれほど時が経っていていません。今なら、まだ間に合うでしょう!」
ど、どゆ事??
ラヴィニアさんの説明によると、若い頃は良く、長老様と心で会話をしていたらしい。いわゆる“テレパシー”みたいな感じかな? ただし、それには直接相手の額に額をくっつける必要があるのだとか。
んで、今はそれが出来ないから、わたしを通して心で長老様に語りかけて呼び戻そう! と言う作戦らしい。
わたしは、長老様に魔力を注いで通路を作ると役目になる。
つまり、わたしが長老様とラヴィニアさんとの間に入ってフェルターになれば良いって事なのかな?
この作戦に、マディは渋い顔をしていたけれど。一応はOKらしい。
……直接触らなければ大丈夫とか、割りとガバいよユニコーン!?
「わ、解りました。ご期待に沿える様に頑張ります!」
わたしのことばに、ラヴィニアさんはニコリと微笑んで応えてくれた。
早速、作戦開始!
わたしが先にカゴの中に入って、ラヴィニアさんを引き上げる。男性は、カゴに近づく事すら許されないのでジーナとカーソンがラヴィニアさんを左右から支えます。
てゆーか、ラヴィニアさんのMPが2ポイントしか無いのヤバくね?
わたしがラヴィニアさんの魔力がかなり減っている事を告げると、ジーナから魔力供給の申し出があった。だけれど、ラヴィニアさんは首を横に振った。
「私は平気です。私の意識を貴女の魔力に乗せてウーフリの元まで行くだけですから。それに、魔力酔いが出ては集中が乱れてしまいますからね」
むう、ラヴィニアさんがそうおっしゃるなら。仕方がありますまい。てゆーか、魔力に意識を乗せるとか。サラッとスゴい事を言ってやしませんか王妃様?
「で、では、参ります!」
「よろしく頼みますよ」
わたしは、ラヴィニアさんの返事を背中に聞きながら長老様の額に両手を当てる。角の少し下、両目の中間位の位置かな?
長老様の身体は、近くで見るとひどくザラついていて触れるとブロック塀の様な感触だった。
魔力を集めて流し始めた瞬間、掌にチクチクとした痛みあった。
ぬぬぬ。
さっき、ジーナが跳び退いたのってコレが原因じゃな!
チクチクジリジリする痛みに耐えつつ、魔力を長老様の中に流し込んで……行けない!?
魔力を送ろうとしても、少しも前に進まない。磁石が反発するみたいな、ぐにぐにした抵抗が邪魔している感じだった。
無理に送り込もうとすると、極端に狙いが逸れて長老様の身体の表面を魔力が無駄に流れて行ってしまいかねないイキオイだよ。
……なるほど、ジーナはこれで魔力が流れちゃったのね。
でも、反発はあっても押せない訳じゃあないと思われる。少しばかり、魔力の幅を小さく絞ってみるのはどうよ? 水鉄砲の穴は小さい方がムニャムニャムニャ。
……おお、魔力の幅を小さくした方が抵抗が少なく感じられるかも知れない!?
最初はくっつけてる掌の幅だった魔力を、イメージで可能な限り小さく絞って行く。パー → グー → 小指の先……みたいな。
小さく絞るにつれ、魔力が少しずつ前進して行くのが解った。前進して行くと、冷たくて暗い場所からじょじょに暖かくて明るい場所に変化し始めたのを感じる。
「ウロ、もう少しです。もう少しで、ウーフリに届きそうです!」
「は、はい! ぬおおおお……」
ラヴィニアさんの声を受けて、わたしは魔力を押し込んでみるのだけれど。
こ、これ以上、進まないよう!!
たぶんだけれど、あと少しで長老様の所まで届きそうなのに。何だか、見えない壁に阻まれているみたいで、急に抵抗が強くなって1ミリも魔力が進まなくなってしまった。
てゆーか、魔力をコントロールして小さく絞りながら押し込んで行く事ってなんて難しいの!?
魔力の幅を、それこそ針の様に細く小さくイメージしたいのだけれど。イメージ通りに魔力をコントロールしようとすると、押し込む方の集中が途切れてしまい、あっと言う間に押し戻されてしまう。
しかも、少しずつだけれど魔力が削られる様に消耗している不具合ですよ。
このままでは、無駄に魔力(精神力?)と体力が削られてしまう。
い、一旦、戦略的撤退!!
わたしは、反発そのままに魔力を急速に回収して行った。
「ぶはっ!!」
回収した魔力の反動で、わたしは弾かれる様に後ろへと倒れ込んだ。背中に感じる木の根っこは、細いせいかわたしの予想よりかなり柔らかくて心地良い。
てゆーか、ムニムニしてる? ……これって、あれ!?
ヤバイ!
ラヴィニアさんを忘れてた!!
わたしの背中に額を当てていたラヴィニアさんを、後ろに倒れたせいで下敷きにしてしまっている現実的柔らかさ。
一瞬で血の気が引いて、汗があっと言う間に冷たくなるのが解った。
「うわあああっ、申し訳ございませんんん!!」
大慌てで横に身を転がして、下敷きにしていたラヴィニアさんを抱き起こした。
「私は大丈夫ですよ。貴女は平気かしら、ウロ?」
わたしの心配をしてくれるラヴィニアさんの笑顔に、安心すると同時にハッとしてカゴの外へと視線を向ける。
ジーナやカーソンが、不安そうにこちらを見ていた。その向こうには、アルバートとニードルスの呆れた顔に、ヘンニーとダムドの笑いを噛み殺している微妙な変顔。……そして、その後ろで眉間にシワを何本も刻みながら“次は殺す!”と目で訴えかけているエセルの姿があってもう1度絶望してみた。
「……ロ、ウロ?」
「うおっ!? は、はい!!」
突然、わたしの視界にラヴィニアさんの顔が飛び込んで来てビビッた。
「しっかりなさい、ウロ。貴女なら、きっと出来るわ。だって、ウーフリと一緒に私を救い出してくれたのですもの」
わたしのほっぺたを両手で優しく押さえながら、ラヴィニアさんはそう言ってうなずいた。
「は、はい。頑張ります!!」
……とは言うものの、どしたら良いのだろう?
魔力コントロールは、既に限界まで来てしまっている。再挑戦したとしても、同じ位の深度で止まってしまうかも知れない。
しかも、再挑戦をし続ける度に少しずつ魔力も体力も削られてしまう悪循環ですよ。
考えてみたら、今まで魔力を送るのに抵抗される事なんてなかったっけ。
相手が人間だったから? 今回は、相手がユニコーン、つまり魔物だから抵抗されちゃってるの? エルダーだから? 魔法抵抗値にボーナスついてそうだし。ぐぬぬ。
「ウロさん、杖です。魔法の杖を使ってください!!」
カゴの外から、ニードルスが叫んだ。
「あっ!」
思わず、マヌケな声が出ちゃったよ。
そう、そうだよ!
マーシュさんに頂いた、わたし専用の魔法の杖があったじゃん!!
完全に忘れてましたよ。すっかり。こってり。
思えば、魔法学院入学試験の時のやっちゃった感から、“杖はヤバイ”的な認識があって、滅多に装備してなかったんだっけ。
わたしは、鞄の中から杖を取り出して握ってみる。
かなり久しぶりに握る、わたし専用の魔法の杖。
長さ30cm程のショートワンドは、黒檀を思わせる艶のある黒で出来ており、グリップの部分は同じ黒でも艶消しが施されていてマットな仕上がり。杖の全体には秘文字が細かく刻み込まれていて、魔力を効率良く伝達する事が出来る様になっている優れ物だ。
試しに軽く魔力を流すと、杖の中を螺旋状に魔力が流れて先端へと集まって行くのが解る。それはもう、微量のロスも無しにね。これなら、きっとイケる!
「行きます!」
「頼みますよ!」
わたしの声に、ラヴィニアさんが応える。
これで失敗したら、それこそ目も当てられない。などと、自分で無闇に緊張したりしたのですが、再び長老様の前に立った時、マーシュさんが守ってくれているせいか不思議と心地好い緊張感に変わっているのでありましたさ。




