第百十八話 捕わられた心
前回のあらすじ。
目が、目があ~!!
「だ、誰!?」
わたしの隣に立つ、紫色のドレス姿の女性に驚きの声が出た。
正確には、生命の精霊であるピンク色の少女に奪われたわたしの右目を通して見いてる映像だと思うのですけれどね。
たて続けの混乱に、かなりモヤッていたわたしの頭は、ユニコーンの長老様の声のおかげでだいぶマシになったと思われる。……今のわたしが、むき出しの魂だけって情報を言わなかったのはアレでしたがなあ。
でも、少しだけでも冷静になれた事で考える余裕が生まれたッポイ。ビバッ、バリトンボイス!
紫色のドレスの女性は、背中まである金色の髪を揺らしながら笑っているみたいだった。
〝みたいだった〟って言うのは、見えている映像が荒くって明確ではないからで。まだ、ブロックノイズが無いだけマシかな。
なもんで、その顔までは確認出来ないのだけれど。その代わり、周囲の状況は少しだけ解った。
わたしが今いるのは、やや灰色がかった何も無い空間だけれど。女性の立っているだろう場所は、鮮やかな赤い絨毯と様々な調度品に囲まれたどこかのお屋敷の中に思える。色とりどりの絵画らしき物のかけられた壁や、大きくて枠の広い窓。天井も高そうな感じがする。
視界がわたしの自由にならないから、それ以上の情報は解らなかったけれど。
女性が、少女を見据えて笑っているのだけは何となく解った。
……もしかして、少女にはわたしの隣にずっと
ドレスの女性が見えてたりしたのかな?
ドレスの女性が少女の敵だったとして、その隣に突然わたしが現れたのだとしたら。
だとしたら、わたしが敵に見えても仕方がない様な。理不尽だけれどね。
ふと、映像の中の女性が、何事かを呟いた様に見えた。それと同時に、わたしの右目の奥がグッと押された様に感じた。。
それが、目に力が入った時の物だと気づいたのは、少女の顔が怒りに歪んだからだった。
「渡さない。絶対に!」
少女がそう呟くと同時に、ザッと言う一瞬のノイズが入り、女性の姿とわたしの姿が重なった。
「ちょっ、うわっ!?」
慌てて身体を起こそうとしたわたしは、そのままバランスを崩して転がった。右腕の肘から先が無くなってるのをスッカリ忘れてたよ。
思い出すと同時に、驚きと混乱で麻痺していた身体の奪われ部分が悲鳴を再開した。
「ぐっ、ううぅ……」
うめくわたしを見下ろしながら、少女はゆっくりとわたしの身体の上に馬乗りになった。
それから、わたしの右腕だった物でわたしの頭を抱きかかえると、口の端を歪ませて微笑んだ。
「やっと捕まえた。もう、お前の好きにはさせないから」
少女のセリフに、わたしは恐怖した。
この子、わたしとドレスの女性が混ざっちゃってる!?
改めて『狂気』に戦慄した次の瞬間、少女の顔がわたしの顔に迫って来た。
ぶつかる!! と身構えたわたしに訪れたのは、想像も出来ない様な異常な感覚だった。
おでこが、鼻が、唇が。引っ張られるとも溶けるとも違う、尋常ではない事が起こっている。
もしも、身体が裏返るのだとしたらこんな感じなんじゃないかと思った。解んないけれど。
痛みはなかった。
むしろ、最初に抱き付かれた時みたいな暖かさがあって。だけれど、それを遥かに上回る形容出来ない感触に全身が震え上がる。
きっと、わたしは叫んでいたと思うのだけれど、声は両耳に広がるザーッと言う大音響の雑音に阻まれて聞こえなかった。
全身には恐ろしく力が入ってたと思うのだけれど、暖かさと痺れと、理解出来ない感覚の方に引っ張られて解らなかった。
スッゴく短かった様な。あるいはやたら長かった様な。
そんな曖昧な状態のまま、まるで、いつの間にか眠ってしまうみたいにわたしは意識を失ったと思われる。
そして、夢を見た。
白いボンヤリした壁に囲まれた、赤くて長い廊下。
すれ違うのは、メイドさんみたいな若い女性たちと、鎧に身を包んだ騎士に身なりの良い貴族然とした人たち。
誰もが頭を下げて通るのだけれど、その目は、どこか冷たい印象を受ける。
不意に、後ろから誰かに呼び止められた気がして振り返る。
そこには、さっき見た紫色のドレスの女性が立っている。
さっきまでとは違って、ドレスの女性の顔がハッキリと見える。もちろん、わたしの知らない人だった。
やたら美人な、40代位と思われる女性に、わたしは腰を落として挨拶をした。
女性は、それに笑顔で応えながらすれ違う。
すれ違い様、女性が何事か呟いたのだけれど聞こえない。でも、その瞬間にわたしの目の前に1人の少年の姿が浮かび上がった。
長いスカートの裾を握って、涙目になっている金髪の少年。それが、まだ幼い頃のアルバートだとすぐに解った。
アルバートの姿がフッと消えると同時に、わたしの心が不安と恐怖、それらを遥かに上回る怒りに支配されて行くのが解った。
……ぬう。
これって、ラヴィニアさんとピンク色の少女の記憶なんじゃないのかな? などと。
アルバートの姿は、何度も現れては消えて行ったけれど。現れる度に、アルバートは少しずつ成長しているみたいだった。
異変が起こったのは、3度目のアルバートが現れた時。だいたい、アルバートが4、5歳位に見えた時だった。
突然、アルバートに向かって何本もの〝矢〟の様な物が飛んで来る様になったのだ。
本当の矢じゃない魔法みたいな矢は、影の様に真っ黒で禍々(まがまが)しい何かをまとっており、何も無い所から不気味に現れた様に見えた。
あ、アルバート逃げて!!
そう叫んだのだけれど、わたしの声は声にならなかったし。当然、アルバートにも伝わらない。無邪気に頬笑むアルバートへと、一斉に降り注いだ。
だけれど、不思議な事が起こった。
真っ黒な影をまとった矢が無防備なアルバートに当たる直前、アルバートの胸元が白く光った。
光は、小さな三角形を作る様に輝いて、すぐにアルバートの全身を包み込んだ。
それとほとんど同じタイミングで、わたしの方にも同じ事が起こっていた。
三角形の光は、アルバートの時と同じ様にわたしの全身に広がって包み込む。
な、なんだろコレ?
なんて、のんきに考えてましたら。
光がわたしを完全に包むと同時に、アルバートを狙っていた矢が向きを変えて、わたしに向かって襲いかかって来たのである。
ちょっ、ウソでしょ!!
慌てた所で、今のわたしに矢を避ける事は出来ない。
矢は、わたしの身体に容赦なく突き刺さった。
ギニャーッ……て、痛く無い!?
矢は、明らかに刺さっているのだけれど痛みは無かった。矢そのものは、間も無く煙の様に消えてしまったけれど。矢にまとわり付いていた黒い影は、シュルシュルとわたしの中へと吸い込まれて行った。
同時に、わたしの……ってゆーか、ラヴィニアさんと少女の心がザワつくのが解った。
ホッとする心と、怒りに満ちる心が同時に浮かび上がって、ホッとする方が先に消えて行った。
こんな事が、何回も何回も繰り返されて行く。
その度に、アルバートの代わりに矢を受けては、影を吸収して安堵と怒りが沸き上がる。
だけれど、回数を繰り返す度に安堵より怒りが増して行き、影を吸収するほどに心が乱れて行くのが解った。
これって、絶対マズいんじゃないのかな!?
わたしの不安をよそに、矢は次々と飛んで来る。
もう、何度目の矢か解らなくなった頃。
アルバートもだいぶ大きくなって、わたしの知っているアルバートとの差が無くなって来た時。それは起こった。
この頃になると、心は、耳障りな雑音だらけになっていたし。目に見える映像はガタガタで、とても目を開けていられない位にひどかったけれど。わたしの意思では、目を閉じる事が出来ない不具合です。
くらくらする頭の中は、もう、アルバートの事なんかよりも自分を守る事で一杯になっているのに。
ナゼだか、アルバートを優先しなくちゃならない使命感だけが沸き上がって来る。
もう嫌だよう。
何でこんな酷い目にあわなくてはならないの?
どうして守ってはいけないの??
……むう?
これって、わたしじゃない!?
これって、少女の声だよね!?
そう思った瞬間、わたしの身体に数本の矢が突き刺さった。
プチンッ
!?
わたしの中で、何かが弾けた様な音が聞こえた。
同時に、黒いドロドロした物がわたしの胸で光っていた三角形のあった辺りから溢れ出す。
な、なにコレ!?
溢れ出す黒いドロドロに、わたしはどうする事も出来ない。逃げ出したいのに、当たり前だけれど身体は言う事を聞いてくれやしない。
必死に振り返ったそこには、ナゼかラヴィニアさんと少女の姿が。
ラヴィニアさんは頭を抱えてうずくまっているし、少女は、その隣で無表情のままにこちらを見詰めて動こうとしない。
手を伸ばそうとしたのだけれど、わたしの周りにはいつの間にか透明の壁があって遮られてしまった。
更に、足元から黒いドロドロがどんどん溜まて行く。
嫌だ、出して!!
壁を叩いて叫んでも、どうやら聞こえないらしくって2人とも気がつかないみたいだった。
黒いドロドロは、あっという間にわたしを飲み込んで行く。
もがくわたしの頭の中に、少女の声が広がる。
〝これで、この子を守れる〟
壁の向こうには、うずくまったまま動かないラヴィニアさんと、その隣で満面の笑顔を浮かべている少女の姿が見えた。
ちょっ、ちょっと待って。
これってもしかして、ラヴィニアさんがアルバートへの攻撃の身代わりになってたけれど、それに耐えられなくなって人形病になっちゃったって事!?
そんな酷い話、ある!?
懸命に伸ばした手も虚しく、わたしの視界は、あっという間に黒いドロドロによって阻まれてしまった。
こ、ここドコ??
気がつくと、いつの間にかドロドロの流れは止まっているみたいだった。
……何も見えない。
完全な闇の中。
そんな表現がピッタリな現状に、急に不安で不安でしかたなくなった。
わたしの周りは、さっきまでのドロドロとは違って、ザラザラした砂の様な物に満たされていた。
砂みたいな感じだけれど、目を開けていても平気だし何とか動く事は出来そうで。泳ぐ様にすれば、移動は出来そうだけれど。……砂の中を泳ぐって、こんな感じかな? などと。
そんな事より、一刻も早く脱出しなくちゃ!
とは言え、自分の手すら見えないし。更に、どっちが上か下かさえも解らないのですがどうしましょう??
暗闇の中、不安から無駄にキョロキョロしていたわたしの視界に、一瞬だけ何かが見えた気がした。
い、今、何か光った!?
慌てて、もう1度キョロキョロする。それはもう、首が取れんばかりにブンブンと。
見つけた!!
上下左右が解らないから、わたしから向かって右下の方。何かが、時折小さく光っているのが目に入った。
光。
それ即ち出口の可能性!!
今まで生きてきて、こんなに必死に泳いだ事があっただろうか? そんな勢いで、わたしは黒い物の中を必死に泳ぎ続けた。
どのくらいの距離を泳いだのか?
不意に、わたしの目の前が明るくなった。
……人!?
それは、金色に輝く小さな人の様に見えた。
わたしに気づいたみたいで、小さな人はゆっくりと顔を上げる。
えっ!?
その顔を見た瞬間、わたしの身体は固く強張った。
それは、あのピンク色の少女にそっくりだったから。
正確には、ピンク色の少女を掌サイズにした様な。
少女は、その全身を金色の鎖でぐるぐる巻きにされていた。光っていたのは巻きつけられた鎖だったみたいだよ。
見つけた。
わたしは、改めてそう確信する。
この少女が、生命の精霊を正気に戻す切り札に違いない。
そして、生命の精霊が正気に戻る事こそ、ラヴィニアさんを救うたった1つの手段に違いないと思ったのでありましたさ。……きっと。たぶんね。




