第百十七話 狂えるもの
前回のあらすじ。
油断しました。うっかり。こってり。
ユニコーンの長老様の導きにより、ラヴィニアさんの魂へとやって来たわたくしウロ。
魂の魔石化を止めるべく、生命の精霊と友好的な接触を試みたのでありましたが。
その結果、生命の精霊であるピンク色の少女(見た目)にベアハックをくらい中です。それはもう、ギリギリと。
「ぐう。待って、わたしは、ラヴィニアさんを助けに……」
「死ね! 死ね死ね死んじゃえ!!」
邪悪に歪んだ笑顔で、少女はわたしの腰へと回した腕に、その細さからは想像出来ない様な力を込めて行く。
ヤバイ!
このままでは、ラヴィニアさんを助ける前に砂時計並のクビレを手に入れてしまう。漏れなく死んじゃいますがなあ。
少女の戒めから逃れるために、身体をよじったり引き離そうとしてみるのだけれど。
こちらが触れ様としても、わたしの手は、少女の身体を実体が無いみたいにすり抜けてしまう。
「フフフッ、無駄だよ。たかが人間の魂ごときが、私に触れられるはずが無いでしょう?」
「!?」
た、魂って、どゆ事??
……いや、それよりも。
混乱してて忘れてたけれど、相手は生命の〝精霊〟だったっけ。
ヴァルキリーさんの時と同じく、通常の物理攻撃は効かないのかも知れない。たぶん。めいびい。
わたしは、後ろ手に鞄を探ろうと手を伸ばした。今のわたしってば、ニードルスに貰った強化の指輪をつけていなかったりするだいぶうっかり。
……ん? あれ??
わたしの手が、なぜか鞄に当たらない。
絞め付けに耐えつつ、視線を自分の腰の辺りへと移す。
うおっ、鞄が無いよ!?
なんで? どして??
いつ外したっけな!?
さっきまで、確かに袈裟懸けにかけていたのに。
そりゃあ、わたしの鞄は“鞄自体の重さ”しか感じない素敵アイテムだけれど。
加えて、わたしってばヒョイッとどこかに物を置いちゃったりする事もあるけれど。
この世界でも、『ナイナイの神様』はご健在なのですか!? などと。
ビキキッ
「うぎっ」
マジでヤバイ。
背骨付近から、わたしにしか聞こえない鈍い音が聞こえた気がした。
こうなったら、ダメ元でも何かしらやるしかありますまい!
わたしは、苦しさを堪えつつ右手を高く掲げた。
そして、掲げた右の掌に魔力を集中させて行く。……つもりだったのたけれど。
絞めつけが苦しくって、上手く魔力がコントロール出来ない!!
「??」
わたしの行動に、少女は不思議そうな視線を送っていたけれど。
てゆーか、どうしよう!?
魔力が右手じゃあなくって、おデコら辺にばかり集まって来ちゃったし。そのせいで、頭がやたらボンヤリするし。
絞めつけられる苦しさと、おデコに集まり過ぎた魔力で前後不覚になったわたしは、立ち眩みみたいな状態になった。……次の瞬間。
ゴチンッ
不意に、わたしの頭に衝撃が走った。
同時に、眩んだ目の前に火花が炸裂する!!
「ギャッ!!」
「おおうっ!?」
少女の顔が、短い叫び声を残して後方に弾かれる。
その勢いで、わたしの身体は宙に放り投げられた。
ど、どうやら、魔力の溜まったおデコによる頭突きが決まったみたい。偶ぜ……け、計画通りー!!
まだ、少しだけクラクラする頭を押さえながら、わたしは慌てて立ち上がりつつ少女の様子を窺った。
名前 生命の精霊(状態異常:狂気) Lv34
HP 102/110
MP 199/255
ううむ。
手応え、ならぬデコ応えは十分すぎる位にあったのだけれど、ダメージがあったかどうかは解りません。
そんな事より、レベル差が圧倒的でビビる。
それにしても、状態異常の『狂気』がかなり厄介だったりですよ。
狂気は、状態異常の中でも回復がだいぶ難しい。
と言うのも、壊れた心を元に戻さなくてはならないからだ。
僧侶や森司祭の『聖なる癒し』や、吟遊詩人の呪歌……のどれかが効果を発揮するけれど、どちらもわたしには無理過ぎです。
ならば、倒してしまう??
それも、かなり難しいと思われる。
だって、単純にあっちの方が強いもん!!
其即ち、超絶ヤバイ! 激しくピンチ!!
「……やっぱり、お前も敵だ。絶対、許さない!!」
むくり起き上がった少女は、鬼の形相でそう呟くと、わたしめがけて走り出すした。
地面を滑る様に移動する少女は、わたしの予想よりも遥かに速い。
「うわっ、痛ッ!?」
咄嗟に身をよじってかわしたけれど、すれ違う瞬間、わたしの右肩に激痛が走った。
わたしの右肩が、焦げた様にくすぶりながら微かに煙を上げている。
な、え!?
何事!? 少しだけかすったみたいだったけれど。肩が焦げてる!?
痛む肩を恐る恐る触ってみるけれど、熱くも無いし服も焦げてはいない。
状況が解らず混乱するわたしを、少女はゆっくりと振り返ると、再び邪悪な笑みを浮かべた。
「クスクス。消滅なんてさせない。お前の全てを取り込んでやる!」
いきなり、背中に氷でも突っ込むまれたみたいな悪寒が全身を包む。
取り込む!? ナニソレ怖い!!
意味は解らないけれど、あれは脅しとかじゃあ無いのは解った。
ユラユラと左右に揺れながら、少女はわたしを見据えている。
お、落ち着いてウロ。
だ、大丈夫、良く見ればかわせる。きっときっとたぶん。
そう、自分に言い聞かせながら、わたしも少女をジッと見詰めた。
「フフフッ」
不意に、少女が身を屈める。
次の瞬間、少女は音も無く高速でわたしに突進して来た!
速い! でも、見えない訳じゃあない!!
慌てず、だけれど素早く左側へと飛び退いた。
ヒュッ
わたしの右側を、ピンク色の塊が高速で通り抜けて行く。
今度は、どこにもかすらなかった。
よ、良し。ちゃんと見えたし、ちゃんとかわせた。
てゆーか、精霊のクセに主に物理攻撃なのにもう1回ビビッタた。
フウと息を吐き出しながら、わたしは少女を睨む。
少女は、わたしの方に向き直ると小さくため息を吐いた。
もう、次が来る!!
わたしは、その場にしゃがみながら地面に手をついた。同時に手へと魔力を流して行く。
「お出でませ、レプスくん!!」
一瞬、ゴーレムちゃんを喚ぼうかと考えたけれど、ゴーレムちゃんは今、ニードルスと一緒にラヴィニアさんを抑えてる真っ最中だったっけ。
何やら元気が無さげで可哀想だったけれど、ゴメンねレプスくん。スッゴいピンチなんです。それはもう、死ぬほど!!
一瞬の沈黙が、その場を支配する。
それに応える様に、わたしの魔力は地面に散って消えた。
……何も起こらない。
アレ??
いつもなら、魔法特有の淡い光の円が浮かび上がるのに。
ぬう。
魔力が足りなかったかな?
もう1度、今度は魔力多めに込めてみる。MP、あんまし残って無いけれど。
「お出でませ、レプスくん!!」
……やっぱり、何も起こらない。
「何で? まさか、そんなに怒ってるの!?」
困惑するわたしに、少女がクスクスと笑いかけて来た。
「無駄よ、ここで魔法は使わせないわ。
この娘に何かあったら大変だもの」
そう言って、少女は肩越しにラヴィニアを見た。
今、何て!?
ここでは、〝魔法を使わせない〟って言った?
あと、何やら気になる事を言った様な気がする。
だけれど、モヤモヤはしてもそれが何なのか上手く整理出来ない不具合です。
「フフッ、次は逃がさないわ」
こちらの状況などお構い無しな少女が、非情なセリフをボソリと呟いた。
それが言い終わるかどうかの刹那、少女の姿が落ちる様に低く沈む。
そして、ピンク色の塊が低空のまま高速でわたしに襲いかかって来た。
ふぬ!!
転がりながら、少女の突進をかわす。
まだ、身体が軽いのが救いかも知れない。
少女は、勢いをそのままに反転すると3度目の突進に入った。
み、見えた!!
少し距離が生まれたせいか、わたしの目は、緩く左にカーブしながら近づいて来る少女の姿を捉える事が出来た。
1撃、お返し!!
わたしは、左足に魔力を集めながら少女を蹴る体勢に入る。
ドッキャッ
インパクトの瞬間、わたしの左足に激痛が走った。
「あぁああああっ!?」
振り抜いた蹴りの勢いで、わたしは派手に転がった。
身体を打つ痛みよりも、圧倒的に左足が気になった。
折れた!?
でも、骨折した時の感じじゃあなかった気がする。小さい頃、木から落ちた時に折った右手からは、パキッみたいな乾いた音がしたもん。
地面に転がったまま、視線を自分の左足へと飛ばす。
「……えっ!?」
その目に飛び込んで来たのは、足首から先の無くなったわたしの左足だった。
「あ、足が。わたしの……何で!?」
起き上がろうとして、その場にうずくまった。
うずくまりながら、無くなった左の足首辺りを握り込む。
ザラザラと、紙ヤスリみたいな感触の断面が手に伝わって来る。
折れる所か、無くなってるなんて。
意味が解らないよ!!
痛みと恐怖と困惑に、わたしの思考は全っ然まとまらない。
こんなに痛くて怖いのに、涙も汗も、出血さえも無いのにも混乱した。
「ウフフ。お前の足、貰ったわ」
そう言った少女の姿に、わたしは更に混乱した。
最初に見た時、少女は、何も身にまとわない全身ピンク色の姿だった。
でも今は、左足の足首から先だけ、人間の足の様になってたのである。
人差し指が、右足に比べて少しだけ長い左足。
あの足には、とてもとても見覚えがある。
片足で立つ時、右足でバランスを取る事の多かったわたしは、左足が軸足になる。地面を掴むために、少しだけ長くなったわたしの指だよ。
「な、何で?? 何で、わたしの足がそこに……??」
〝……ロ、聞こえているかウロ!!〟
突然、混乱するわたしの頭の中に声が響いた。
「ちょ、長老様!?」
それは、ユニコーンの長老様の声だった。
心地好いバリトンボイスに、わたしの心がちょっぴりばかり落ち着くのが解った。
……その直後、わたしの心は長老様の言葉によって絶望の淵へと立たされる事になったのだけれど。
〝〟ウロ。
其方は今、剥き出しの魂そのものじゃ。もし、生命の精霊に触れられれば、魂を吸い取られてしまう。
それだけでは無い。生命の精霊が死ねば、ラヴィニアもまた死ぬ事になる。
良く聞けウロよ、生……の精霊と闘って……いかん。……わず、……霊の心を……〟
長老様の声は、ノイズに埋もれる様に消えてしまった。
……はい??
わたしって今、魂なの!?
いつ?
いつの間にそんな事になってるの??
てゆーか、長老様。
何で、そんな超絶重要な情報を今頃言うの!?
もう、長老様の声は聞こえない。
たぶん、わたしの抗議も届いてないのだと思う。
その場にしゃがみ込んで、泣き叫びたいのに。
今のわたしには、泣く事が出来ないみたいだよ。
一方で、少女は、クスクスと笑いながらゆっくりと近づいて来る。もう、走る必要も無いのかな?
抵抗するために伸ばした右腕は、肘から先がかき消えてしまった。
「さあ、私と一緒にこの娘を守りましょう。永遠にね!」
そう言った少女の手が、スローモーションの様にわたしの頭へと降りて来るのが見える。
ピンク色の少女のピンク色の小さな手が、巨大な怪物の様に思えたのは、気のせいじゃあ無いと思う。
……イヤ、イヤだ。
こんな所で死にたくなんかないよ!!
「があっ!!」
少女の手が、わたしの頭に触れる寸前、わたしは首を大きく曲げて少女の手をかわす。
その瞬間、わたしの右目が燃え上がった。
「ぐうううっ」
目の奥を焼かれるみたいな激痛に、思わず声がもれた。
顔を押えて、転がりながら少女から距離を取ったけれど。
わたしの左手に感じられたのは、右目のあった場所に出来たザラザラとしたくぼみだった。
「お前の目、1つ貰ったわ」
「!?」
少女の声に、反射的に顔を上げる。
残ったわたしの左目には、予想外の光景が浮かんでいた。
「何これ?」
わたしの目の前には、ピンク色の少女が。その右目には、わたしの物だと思われる目があった。
これ自体は、予想通りだったけれど。
それとは別に、何かが重なって見える。
わたしは、慌てて左目を隠した。
「……誰!?」
わたしの、無くなったハズの右目に映るソレ。きっと、少女が見ている光景だと思われるのだけれど。
倒れたまま、左目を隠すわたしの姿。
その隣には、深い紫を基調とした豪奢なドレスに身を包んだ、1人の女性が立っている謎映像でありましたさ。




