第百十四話 愛する者のために
前回のあらすじ。
ローウェル伯爵邸の天井は高い。それはもう、ユニコーンの角が引っかからない位に。冬が心配なレベル。
ローウェル伯爵邸の長い廊下の端に、『別館』と呼ばれる部屋がある。
部屋と言っても、建物の中にもう1つ建物をまるっと入れてしまったみたいな造りで、変わり者だったと言うアルバートのお母さん、ラヴィニアさんの私室だった所である。
普段なら、きっと、それは見事だっただろう細工の施された木製の厚い扉は、窓から入る青白い月の光と、廊下に並ぶ照明用のロウソクによるオレンジ色の光に半分ずつ照らされて、妙に立体的で、どこかの遺跡の入口みたいにそびえ立って見えたりした。
しかも、扉の封印に使われていた繊細さの無いゴツくて巨大な錠前と、大雑把で頑丈さ満載の鎖が床に無造作に転がっているのせいで、悪趣味なオブジェにも見えちゃう不具合です。
加えて、ちょっぴりだけ開いた扉の中からは、男性のうめき声と女性クスクス笑う声が聞こえてくるオプション付き。
……ぬう。
悪い予感しかしないのですがなあ。
「アルバート様」
エセルが、扉の前で仁王立ちのまま固まっているアルバートに声をかける。
「ああ、解っている」
その声に、アルバートは小さく答えてから1歩だけ下がった。
アルバートが後ろに下がった事が合図みたいに、ヘンニーとダムドが扉の左右に音も無く張り付いた。
きっと、中の様子に聞き耳を立てていただろうダムドが、ハンドサインでヘンニーと短いやり取りをする。
2人の視線が、ほぼ同時にわたしたちの方に向くと、エセルが小さくコクンとうなずいた。
「どうやら、伏兵はいない様です」
「良し、では参ろう。
だが、油断するな!」
エセルに応えて、アルバートが短く声を上げた。
その声を背にエセルが1歩前に出る。聞こえて来るハズの足音の代わりに、長剣の刃が白く光るのが見えた。
また、同じ様にヘンニーとダムドも、それぞれが愛用の武器を手に握り込んでいた。
「ニードルス。君たちは、我々の後に付いて来てくれ。
邪魔者がいるなら、速やかに排除せねばならない」
「わ、解りました。ですが、アルバート。無茶はしないでくださいよ?」
アルバートの言葉に、ニードルスが少しだけ慌てた様に応えた。
肩越しにうなずいたアルバートは、自らも剣を抜いて歩み出た。
バンッ
重い木の扉が、左右に勢い良く開かれる。同時に、魔法独特の光が廊下へと溢れ出した。
優しい、白い灯りに照らされた部屋は、6畳弱の長方形で、どことなく魔法学院の寮を思わせる造りで。そして、無人だった。
特別に目立つ物は無くって、古くなったダークブラウンの絨毯の上に長テーブルと椅子が4脚。左奥の壁に簡単な扉がある他には、明るいけれど、魔力が切れかけて黒く濁りつつある魔石の埋め込まれた天井があるだけだった。
一瞬、入口で様子を窺っていたダムドだったけれど。すぐにヘンニーと共に部屋の中へと滑り込んで行く。
長テーブルの横を左右から進んだ2人は、奥の扉の前で止まり、エセルへとハンドサインを送り始めた。
……どうやら、声はあの扉の中から聞こえて来ているみたいだよ。
エセルと、少し遅れてアルバートが進み、その後をわたしたちが続く。
「……これが、叔母様の部屋」
わたしの後ろで、震える声でカーソンが呟いた。
屋敷に戻ってからずっと、その有り様にカーソンの顔色は土気色のままだったり。時折、「お父様、お母様、お祖父様、お祖母様」と呟いている状態だった。
今は、それに気づいたジーナがカーソンに寄り添っている。
「ふむ、確かにラヴィニアの部屋の様じゃな。魔力に、幼き日のラヴィニアを感じる」
鼻からブフーッと息を吐き出したユニコーンの長老様が、金色の目を細めた。
長老様の言葉に、わたしは「ふーん」としか思わなかったのだけれど。ニードルスは、目をカッと見開いて長老様を見上げる。
「あの魔石は、アルバートの母君が子供の頃に作った物なのですか!?」
「まあ、そうじゃな。普通の人間には無理じゃろうな。
じゃが、ラヴィニアの魔力は幼少の頃より……おっと!」
ニードルスの問いに得意気に答えていた長老様だったけれど、不意にニードルスから視線を外して沈黙した。
視線の先は、わたしたちを飛び越えて部屋の奥を。ってゆーか、探索中のダムドたちに向いている。
そして、そのダムドの視線は殺気をたっぷり含みつつ、わたしたちに向いていたりした。
ニードルスが慌てて口を閉じると、ダムドは「ハァ」とため息を吐きつつ目を伏せた。
それと同時に、ヘンニーが肩をすくめる。
無言のまま、アルバートの手招きに誘われたわたしたちも長テーブルを挟んで奥の扉の近くへと進む。
扉に近づくにつれ、さっき漏れていた声が大きくなって来るのが解った。
「良いか、君たち。
ヘンニーとダムドが扉を開く。最初にエセルが入って、ヘンニー、ダムド、そして私だ。
君たちは、状況が落ち着くまでここで待っていたまえ。でないと、我が母の一撃を受けるやも知れないからな?」
振り返らずに、剣を携えたままのアルバートが言った。
声は小さいし冗談混じりだったけれど、その言葉には、何か“力”が宿っている様な気がする不思議。
ダムドが、扉越しに中の様子を確認している。その表情は、さっきとは比べ物にならない位に険しい。
空気が、ピンと張り詰めて行くのが解った。
静寂の中に、扉の向こうから聞こえる男性のうめき声だけが小さく響いる。
ダムドの視線にエセルがうなずき、アルバートが剣を構える。
ガィンッ
間髪を入れず、扉が重低音の悲鳴を上げて勢い良く開かれた。入口よりも明らかにチープは造りの木の扉に見えるのに。まるで金属と金属を打ち付けたみたいな音に、わたしは、ちょっぴりだけ身をすくめた。
「動くなよ、女!」
「命が惜しけりゃあな?」
先行して部屋の中に雪崩れ込んだヘンニーとダムドが、聞くだけでも身震いがする様な声を放っている。
2人にエセルが続き、少しだけ遅れて奥の部屋へと入ったアルバートは、無言のまま、ゆっくりとわたしたちに手招きした。
心の中で“お邪魔します”などと唱えながら、わたしたちは奥の部屋へと進んだ。
「……これは!?」
扉をくぐったニードルスが、驚きに声を上げる。同じ様に、ジーナとカーソンも目を丸くしていたけれど。
もちろん、わたしも同じだった。
何となく予想はしていたけれど、そこはラヴィニアさんの寝室だった。
明らかに前室より広い空間は、部屋全体を暗いコンクリートみたいな灰色の壁紙がぐるりと包んでいる。
その上に、何枚もの絵が飾られていて、ここだけ美術館だと言われても納得してしまいそうになる程に違和感が無かった。
絵は、『若い女性とユニコーン』だと思われた。
1人の女性が、1頭のユニコーンと出会ってからユニコーンの死によって別れるまでの内容なのだけれど。
良く言えばアイコンチックな。悪く言えば、お子ちゃまの落書きみたいなのに、何故だか、思わず観入ってしまう。……チープに見えるのは、わたしに絵心が無いせいかしら? 悪い意味で画伯気味。ぐぬぬ。
それらが、前室と同じく天井にある魔石の光を受けて、幻想的に浮かび上がっている。
そんな、何やらメルヘン全開の部屋の奥に、天蓋付きの大きなベッドが1つ。だだし、ベッドは白いカーテンが引かれていて中は見る事が出来ない。
そして、ベッド前の床の上には、手足を縛られ、口にも布をぐるぐる巻きにされて唸っているカーソンのお父さんであるウィルバーさんが。隣には、ヘンニーとダムドに武器を突きつけられていながらも、ずっとクスクスと笑っているメイドのヨランダさんの姿があった。
「お父様!!」
今にも泣き出しそうな声を上げて、駆け寄ろうとするカーソンをわたしとニードルスで抱き止めた。気持ちは解るけれど、まだ危険です。だいぶ。かなり。
カーソンの声に気づいたウィルバーさんが、こちら向かって、必死に何かを訴えていたけれど。それらは全て「モガモガッ!!」と言った言葉にならない耳障りの悪い音になるだけだった。
「まあ、アルバート様。カーソン様。お早いお帰りでございましたわね」
煙りみたいにユラユラと立ち上がったヨランダが、笑いの混じった声で言った。
「動くな!」
「次は無いぞ、女!」
ヘンニーとダムドが、どこかやり難そう叫ぶ。
……これって、ヨランダさんに向かって言うってよりもエセルやアルバートに向かって言ってる様な気がする不思議。
恐らく、エセルかアルバートから攻撃許可的な物がおりてないのかもしれない。……たぶんだけれど。
「ヨランダ。これは一体、どう言う事だ? 納得の行く説明はあるのだろうな!?」
ヘンニーとダムドの間からにじり寄る様に進み出たエセルが、剣を突きつけながら言った。
「どうもこうもございませんわ、エセル様。全ては、ウィルバー様のためでございます」
キョトンとした表情で、何の躊躇も無く軽く答えるヨランダ。
てゆーか、ヘンニー、ダムド、エセルと、タイプの違う怖い人たちに武器を突きつけられつつ凄まれてるのに、 ヨランダのこの余裕は何なの!? わたしだったら、あっと言う間に死にますよ。余裕で。
「母上は? お祖父様とお祖母様はどうしたのです、ヨランダ!?」
わたしとニードルスの腕にしがみつきながら、悲痛な叫び声を上げるカーソン。
そりゃそうだよね。
屋敷に帰って来てすぐ、ちゃんと見回る前にここへ直行しちゃったんだもん。
「ご安心ください、カーソン様。
皆様、それぞれの寝室にてお休み頂いております。呆けているのは、使用人だけでございます」
ヨランダは、カーソンの問いに笑顔で答えた。
彼女の訳の解らない余裕に、わたしは戦慄していたけれど。アルバートは、そうではなかったみたいだよ。
明らかに怒りの表情になったアルバートは、エセルの制止を無視してグイッと前に出た。
「ヨランダ。お前、誰の許可を得て母上の寝室に入り込んでいるのだ!?
“全ては叔父上のため”と言ったな? それは、どう言う意味だ? ハッキリと説明しろ!!」
もはや、怒号の様なアルバートの咆哮に、わたしたちはもちろん、ヘンニーやダムド、エセルですら目を見開いた。
さすがのヨランダも、これには顔から笑みが消える。
小さくため息を吐いたヨランダは、少しの間を置いてから改めて口を開いた。
「先程も申しましたが、全ては、ウィルバー様の。いいえ、ひいてはローウェル伯爵家のためでございます」
そう切り出したヨランダは、顔を笑顔に戻しながら話し始めた。
話の前半は、ウィルバーさんが夕食会で話した様にローウェル伯爵家が、こんな僻地ではなく王都に進出するべき存在であると言う内容だった。
そして、それを成し得るのはウィルバーさんに他ならない事。
そのためには、莫大な資金が必要だけれど、ローウェル家にはもう、そんなお金が残っていない事を語った。
「ウィルバー様は、ローウェル家のために必死に働いておられました。ですが、それでも夢の実現にはほど遠かったのです。
そんな時、運が廻り始めたのです」
笑顔だけれど、どこか虚な目をしたヨランダが話を続ける。
ある時、王都よりやって来たとある貴族の使いより朗報が2つもたらされたらしい。
1つは、屋敷の裏手にあるリブンフォートの森にユニコーンが棲んでいる事。
もし情報が事実で、ユニコーンの角を手に入れる事が出来たなら、それを欲しがる貴族で長蛇の列になるだろう。そうすれば、王都進出も夢では無い。
そして、もう1つは……。
「何と言う幸運でしょう。ラヴィニア様が、人形病にかかってくださったのです!
皆様はご存知無いかもしれませんが、人形病患者の身体の中には、通常では考えられない大きさの魔石が出来るのだとか。
魔石の事は良く存じませんが、出来た魔石はとても貴重な物で、かなりの高額になるのだと使者の方はおっしゃっておりましたわ!」
喜色満面のヨランダに、わたしは思わずゾッとする。
同時に、アルバートの事が心配でたまらなくなった。
この人、正気なのかしら?
アルバート本人を目の前にして、どうして、こんなにも恐ろしい事を嬉々(きき)として言えるのだろう??
ちらりと見たアルバートの顔は、感情が無くなってしまったみたいに白く呆けて見えた。
逆に、エセルの眉間には深い深いシワが刻まれており、目は氷の様な冷たさが宿っているのに、顔は炎みたいに真っ赤になっていくのが解ってかなり怖い。
と、不意な重さがわたしの腕にのしかかる。
重さの正体は、カーソンだった。
抱き止めていたカーソンが、脱力したみたいにその場にへたり込む。その重さに、反対側から抱き止めていたニードルスと共に慌てて腕に力を込めた。
「そ、そんな。嘘……父上が、そんな恐ろしい事を……!?」
目に涙を溜めて、ガクガクと震えるカーソン。
しがみついたわたしとニードルスの腕に、その絶望が震動になって伝わって来る。
「むー! むー!!」
カーソンの言葉に、ウィルバーさんは何事かを唸りながら激しく頭を振る。
「ヨランダ。
それが、貴様の母の頃より仕えるローウェル伯爵家への想いなのだな? ならば、覚悟は……」
鬼の様な形相で、唸り声みたいに話すエセル。その勢いは、ヘンニーとダムドですら息を飲むほどなのに。
殺気の塊みたいになっているエセルの前に、アルバートは臆する事無くフラリと歩み出る。
「私の知っているヨランダは、優しさに満ちた素晴らしい女性だ。ならば、お前は誰だ?
幼い頃、母と私を甲斐甲斐しく世話してくれたヨランダはどこへ行ってしまったのだ?」
今にも消えてしまいそうな声で話すアルバート。だけれど、無造作にダラリと垂らした様に見える両手は、顔よりも白くなるほどに固く握られている。
「アルバート様。私は、何も変わっておりません。
……ただ、私にも大切な、守りたい物が出来たのでございます」
「……一体、何の話だ?」
困惑するアルバートを他所に、ヨランダは微笑む様な視線をウィルバーさんに向ける。
……それって、もしかして。
おいおい、穏やかじゃないよ!?
「その娘、腹に子を宿しておるな」
悩むわたしの頭を飛び越えて、バリトンボイスが室内に響く。
ああ、言っちゃったよ長老様。サラリと。サクッと。
扉が狭くって入口で待機していた長老様だったけれど、いつの間にかわたしたちの後ろまで来ててビビッた。
「な、なんだって!?」
長老様の言葉に、わたしとヘンニー、ダムド以外のみんなが驚いている。特に、アルバートとエセル。それにカーソンの驚きは大きかったみたいだよ。
「……まあ、こ、これがユニコーン!? 何て大きくて美しい馬でしょう。絵よりずっと素敵ですわ!!」
ヨランダは、一瞬だけ目を丸くして感嘆の声を上げたけれど。すぐにさっきまでの笑顔に戻って、ゆっくりとウィルバーさんの前にしゃがみ込んだ。
「ウィルバー様。これで、願いが叶いますわね。それまで、しばらくお休みください」
「!?」
ヨランダは、ウィルバーさんの目を覆う様に左手を当てる。瞬間、ウィルバーさんの意識が無くなったみたいにガクッと項垂れて動かなくなった。
「父上!?」
カーソンが、悲鳴の様な声を上げる。
その声が、高い天井に吸い込まれるみたいに消えると同時に、カーソンも意識を失って昏倒してしまった。
「か、カーソン!?」
「危ない!!」
わたしとニードルスが、崩れ落ちるカーソンを何とか受け止める。
「そんな、カーソンさん!?」
「大丈夫、乙女は気を失っただけじゃ。男の方は、眠っておる様じゃが……」
ジーナの悲痛な声に、長老様が優しく答えてくれた。
むう。
どうやら、押し寄せるメンタルブロウに耐えられなかったみたいだよ。
だって、散々MPを減らしてる状態で、やっと屋敷に帰って来たらバタバタ使用人が倒れてるし。
更に、家族の安否が不明な上に、無事だった父親は若いメイドに手を出して妊娠させてるし。しかも、その不倫相手に捕えられた末に何事かされて眠っちゃったし……って、何したのヨランダ??
「動くな!」
スッと立ち上がったヨランダに、ダムドが声を荒らげる。
「ヨランダ。貴様には、聞く事が山ほどある。おとなしく、その場に跪け!」
エセルの言葉が切れるのと同時に、ヘンニーとダムドがヨランダに飛びかかった。
「待て、止めるんじゃ!」
「きゃあ!!」
長老様の叫びと、ヨランダの短い悲鳴が重なる。
直後、左右からヨランダの肩を掴んでいたヘンニーとダムドが、力無くその場に倒れ込んだ。
「なっ!?」
困惑の声を上げるエセルに、ヨランダは目を閉じたままクスクスと笑いながら後ろへとよろける様に下がった。
「一体、何が??」
「砂じゃ。『眠り男の砂』じゃよ」
この期に及んでも、好奇心満載の声を上げるニードルスに、長老様が答えた。
てゆーか、『眠り男の砂』ですと!?
『眠り男の砂』は、その名の通り眠りの精霊『サンドマン』が落とすアイテムだ。
ゲームだった頃なら、イベントバトル『不眠症対策』に出現するサンドマンからたまに入手出来た。
目を開けた状態で砂の撒かれたエリアに進入すると、必ず『状態異常 眠り』に。しかも、いきなり最高深度になってしまう凶悪仕様だった。
砂は、3秒程度で無効化されるけれど。目の前で撒かれたりした場合には、瞬時に目を閉じなくてはならない。つまり、目にさえ入らなければ平気なのだけれど……。
「ふう、どうにか間に合いましたわ!」
そう言ったヨランダの手に、小さな袋が握られているのが見えた。
「あたし、噂にしか聞いた事がありませんでした。本当にあったんですね!」
ジーナが、カーソンを抱き抱えながら興奮気味に言う。……おおう、ジーナお前もか!
でも、そんなアイテムを見極めた長老様はさすがだし、ティモシー商会でも見た事が無いなら、ゲームと同じレア度の高いアイテムなのだと思う。
……だとしたら、いくら上級貴族のメイドだからってどうやって入手したの??
怖い考えが浮かんで来たけれど、そんな暇はなかった。
袋を捨てて、掴まれた両肩を擦るヨランダにエセルがジリジリとにじり寄る。
「ヨランダ、もう止めろ!
我々を全員眠らせたとしても、ユニコーンの角は手に入らない。
どの道、叔父上の野望は達成されはしない!!」
焦った様に叫ぶアルバートの声が、エセルに詰められているハズのヨランダには通じていない。
てゆーか、ずっと疑問だった事があるのですが。
“何で、メイド1人にこんなに手こずっているの??”
その疑問は、すぐに解決される事になる。
「確かに、私にはとても無理でしょう。ですから、ここからラヴィニア様にお願い申し上げます!」
そう言ったラヴィニアは、ベッドを囲むカーテンに手をかける。
「止めろ、止めてくれ!!」
アルバートの絶叫にも、ヨランダは笑顔を崩さなかった。
エセルが床を蹴ったのと同時に、ヨランダはカーテンにくるまりながらクルクルと回り出した。
カーテンは、どうやら何かの魔法が施されていたらしく、引かれる度に白い粉の様な魔法の光を余韻に残して行く。
『開けちゃいけないカーテン』だと気づいたのは、この瞬間だった不具合。
ドンッ!!
突然、部屋中に鈍くて重い打撃音が響いた。
少し遅れて、わたしたちの前にエセルを抱えたアルバートが飛ばされて来る。
だけれど、わたしの目はアルバートたちを見ている余裕は無かった。
まだ狭いカーテンの隙間から、まるで陶器の様な光沢と白さの腕が伸びていたから。
そして、それこそが友人アルバートの母であり、否が応にも闘わなくてはならない相手だったからでありましたさ。




