第百十三話 十分間の困惑
前回のあらすじ。
ファンタジーな森を抜けた先はミステリー気味な展開でありました。異世界って不思議。
わたしたちの目の前には、散らばった食器と夕食だっただろうパンがいくつか。
そして、本来ならわたしたちを迎えてくれるハズだった番兵が2名、倒れていると言う衝撃の光景だった。
食事に薬を盛られたらしき番兵たちは、幸いにも眠っているだけみたいだけれど。
一応、番兵たちのステータスを確認してみますと、状態異常に『睡眠:深度6 残り時間 5時間』とあった。
『睡眠』は、イマージュ・オンラインでは『毒』と並ぶ代表的な状態異常だ。
効果はそのまま、敵を眠らせて行動不能に陥らせる事が出来る。
主な所で魔界魔法の『スリープ』や、吟遊詩人の『子守唄』。一部の武器に塗る『麻酔薬』なんかあって、初心者からベテランまで大変お世話になったり甚大な被害を受けたりした。
睡眠には、『即効性』と『遅効性』の2種類がある。
即効性は瞬時に眠りに落ちる事から、高レベル魔法の詠唱中断や大技への〝溜め〟を止めるのに使われる。
遅効性は効果発動までに時間がかかるものの、1度効いてしまえば、なかなか目を覚まさなくなる。その為、攻撃回数の多い敵なんかに使用する事が多い。
深度は睡眠の『深さ』を意味していて、数値が高ければ高い程、目が覚めにくくなる。
即効性のある物は、すぐに効果が出るけれど睡眠の深度が低くって、ちょっとした事で起きてしまうのが欠点だった。
逆に、遅効性の物はすぐには眠らないけれど、効いてしまえば、いきなり高深度で睡眠が発動する。こうなると、少しの攻撃では目覚めなくなるし、目が覚めてからもしばらくは、睡眠系の魔法効果が上がったりする。
大技や高レベル魔法には、カウンターの即効性。
攻撃回数の多い敵や、体力のやたら多い敵には、毒などのスリップダメージでも起きない遅効性。
こんな感じに使い分けていた懐かしい記憶です。
まあ、最大深度はプレイヤー自体が寝ちゃう、いわゆる『寝落ち』だったのですがなあ。などと。
それはさておき、眠っている番兵たちは薬によって深い眠りに落ちてる状態で。
解毒しなければ、残り時間通りに5時間は目が覚めない。
「おい、起きろ! しっかりするんだ!!」
アルバートが、番兵の1人に声をかけつつ激しく揺する。当然、そんな事で起きるハズは無いのだけれどね。
「無駄です、アルバート。
彼らは薬で眠っています。魔法か解毒薬による解毒をしない限り、薬の効果が切れるまで起きやしません。……恐らく、後5、6時間はかかるでしょうか」
アルバートに向かって、ニードルスが声をかけた。
スゲェ、ニードルス。大体合ってるし。
でも、それは言えないので心の中で秘かに褒める事にする。よっ、細身!!
「こいつらは放っておいても死にはしないだろう。
それよりも、こいつらのメシに薬を盛った奴の方が問題だぜ?」
「旦那、誰かに心当りはねえか?」
ヘンニーとダムドが、それぞれに声を上げた。
「ここへは交代の兵士以外、基本的に誰も来ない事になっている。食事も、交代前に自分たちで持って来た物だ」
「……メシを作った時点で混ぜられてるって事か」
エセルの答えを聞いて、ダムドが小さく呟いた。
「そ、そんな事、あり得ません!!」
そう叫んだのは、カーソンだった。カーソンは、自分の肩を抱えながら、小さく震えている。
「あのなあ、この状況が……」
そう言いかけたダムドを、アルバートが制する。アルバートは、そのままカーソンの元まで行くと、カーソンの肩に手を置きながら小さくため息を吐いた。
「カーソン、お前の気持ちは良く解る。
屋敷のほとんどの者は、私やお前の生まれる前からローウェル家に仕えていたか、その家族だ。
だが、だからと言って見過ごす事は出来ないし、事態は、我々の考えている以上に深刻かも知れないのだ」
膝をついて、カーソンに目線を合わせたアルバートの言葉に、カーソンは少しだけ黙っていたけれど。
やがて、大きくコクンとうなずいた。
「……解っています、兄上。私も、ローウェルの人間です」
震える声でアルバートに答えたカーソンは、目をグイッと1回拭った。
「話は決まった様じゃな?」
背後から、ユニコーンの長老様の低くて素敵なバリトンボイスが響いた。
「ああ、待たせてしまって済まない。さあ、屋敷へ急ごう!」
アルバートが長老様に答えると、長老様はマディの方を向いて何やら呟いた。
それを受けて、マディは何度かうなずくと、少しだけ後ろに下がった。
「悪いが、少し場所を空けてくれんか?」
わたしたちの方に向き直った長老様の言葉に、わたしたちは大きく後ろに下がる。
場所が空いた事を確認した長老様は、ゆっくりと低く沈み込むと、まるで浮かび上がるみたいに3メートル以上はある柵を飛び越してみせた。
着地も無音で、とてもその巨躯からは想像も出来なくてビビる。
「これより儂が森を離れる間、しばし森を閉ざすが良いな?」
わたしたちに向き直った長老様の質問に、みんなが首を縦に振った。
わたしは、レプスくんをこちらに呼ぼうとしたのだけれど。
マディの背中で、この世の終わりみたいな表情になっているレプスくんを見てしまったために、それを諦めてみました。
何でユニコーンの背中が気に入ったのかは謎だけれど、まあいいか的な。
屋内になるし、場合によっては再召喚すれば良いかな? みたいな。
「ふむ、それでは参る!」
そう言った長老様は、蹄を打ち鳴らしながらその場で足踏みを始める。
続けて、空に向かって高らかに嘶くと同時に、森が一瞬だけ震えた様に歪み、それ以降、柵の向こう側に目の焦点が合わないくなった。
目をしぱしぱさせながら、驚きに困惑しているわたしたちに向かって、長老様が声を上げた。
「良し。これで、善悪に限らず森へ進入出来る者は居らぬ。
さあ、ラヴィニアの元へ急ごう!」
こうして、わたしたちはローウェル伯爵邸へと向かって歩き始めたのでした。
ちなみに、歩き始めてすぐ、レプスくんの強制帰還が発生しました。
たぶんだけれど、レプスくんが召喚範囲外に出ちゃったからだと思われる。ゲーム知識だけれど。ゴメンね、レプスくん。てへっ。
わたしたちは、長老様の背中にジーナとカーソンを乗せて、それを中心に周囲を警戒しながら屋敷への道を急ぐ。
たった10分ちょっとの道程が、やけに長い様な気がするのは、不安なだけじゃあない気がした。
それは、内部犯の事なのですがなあ。
誰も明確な犯人を言わないけれど、何となくの目星はつくよねえ。などと。
「ウロさん、ちょっとよろしいですか?」
「んん? どしたのニードルスくん」
いつの間にか隣に来ていたニードルスが、小声でわたしに話しかけて来た。
「私、内部犯が誰なのか解ってしまったのですが……」
そう言ったニードルスは、チラチラと馬上のカーソンを見る。
ニードルスの言いたい事、わたし解ります。……だけれど。
「ニードルスくん。君、もしかしてカーソンさんのお父さんを疑ってない?」
「ええ、その通りです!」
わたしの問いに、ニードルスが即答する。
ああ、やっぱりね。
確かに、カーソンのお父さんであるウィルバー・ローウェルは限りなく怪しいと思う。
だって、王都進出を目指して王都の上級貴族に賄賂を贈っていたみたいだし。
それで資金難になって、絵画や調度品などを売り払っていたみたいだし。
そんなだから、ユニコーンの角なんて喉から手が出るほど欲しいに違いありますまい。
だけれど、それだと何か変な感じがするんだよねえ。
「どうしたんですか、ウロさん?」
わたしが考え込んでいるのを見て、ニードルスが声をかけてくれた。
「ねえ、ニードルスくん。
本当に、ウィルバーさんが犯人なのかな? 何か、しっくり来ない気がするんだけれど」
「何かって、何ですか?」
「むう、何かがおかしい気がするんだよ。でも、何がおかしいのか全然解んないの。
犯人がウィルバーさんなら、わたしたちが森に入るのを邪魔しないのは何で? 少女盗賊団を手引きしたのはどうして??」
こんなやり取りをして、わたしとニードルスの頭の上に『?』が大量に浮かんじゃいましたがどうしましょう??
「……複数いたのかもな」
不意に、後ろから話しかけられて、わたしとニードルスの肩が跳ね上がる。
声の主はダムドだった。
周囲を回る様に警戒していたダムドが、わたしたちのだいぶアレな会話を聞いて、思わず口を挟んでしまったみたいだった。
「複数って、どう言う事ですか?」
ニードルスの質問に、ダムドは少しだけめんどくさそうに頭を掻いた。
「だから、あのガキ共以外にも別の奴らがいたのかも知れねえって事さ。
あのガキ共は、どこか別の場所へ角を運ぶつもりだったろう? なら、何の為に番兵を眠らせる必要があったと思う?」
ダムドの言葉に、わたしとニードルスは戦慄する。
「……その、もう1組の誰かが柵から出る為!?」
ニードルスの言葉に、ダムドは無言でうなずいた。
あの森の中に、わたしたちと少女盗賊団の他にもう1組いたって言うの? ……だけれど、それだと疑問が残る。
「ダムドさん。あの森の中に別の誰かがいたとしたら、ユニコーンが騒ぐと思うのですが?」
「ああ、そうだな。
それが男なら、大騒ぎだろし。女なら、別の意味で大騒ぎだろうからな」
わたしに答えて、ダムドがワハハッと笑った。
いやいや、笑い事じゃあありませんよ!?
……とは言え、その誰かがまだ森の中にいるなら平気かも知れない。
てゆーのは、森は、長老様が封印しちゃったから出られないだろうし。もし、マディたちユニコーンと正面からぶつかったなら、無事では済まないと思う。確認してないけれど、ゲームだった頃のデータで言うのなら、ユニコーンのモンスターレベルは100を超えているのだからね。
「まあ、解らねえ事を悩んでもしかたないだろうよ。
追手の気配は無いし、詳しい事は次期伯爵様にでも聞くのが手っ取り早いだろうぜ」
そう言って、ダムドは顎をしゃくる。
いつの間にか、屋敷は目と鼻の先まで近づいていた。
先頭を行くエセルが、手を挙げて停止を促している。
「このまま、裏口から母のいる別館を目指す。
内部に敵がいるかも知れない以上、皆、油断するな!」
小声で、だけれど力強くアルバートが言い、わたしたちがそれにうなずいた。
裏口とは言っても、両開きの大きな扉は、エセルの手で小さな軋みを上げながらゆっくりと開いて行く。
「……施錠されていない?」
カーソンが、小さく不安な事を呟く。
その不安を裏付ける様に、わたしたちの目に飛び込んで来たのは、廊下に点々と倒れている使用人たちの姿だった。
「大丈夫、眠ってるだけだ」
ヘンニーとダムドの確認により、使用人たちは番兵と同じ睡眠状態であると解った。
「父上、母上! お祖父様、お祖母様!!」
カーソンの悲痛の叫びが、静まり返った屋敷の中に響いたけれど。返ってくる声は1つも……。
「シッ!」
不意に、ダムドが手を上げる。同時に、わたしたちに緊張が走った。
「……何か聞こえる」
そう言ったダムドが、わたしたちに方向を示す。
それは、別館へと続く長い廊下だった。
廊下を進むにつれ、それはわたしたちにも聞こえて来た。
誰か、男性の唸り声?
あと、クスクス笑う声?? こっちは女性ッポイ。
長い廊下の突き当たりは、重そうな両開きの扉が。
その前には、やたら大きな錠前が長い鎖と一緒に転がっている。
声は、その扉の少しだけ開かれた中から、たぶんロウソクだろう淡い灯りと共に漏れ聞こえて来ているらしい。
ふと、扉を前にアルバートとエセルが、真っ青な顔で立ち尽くしているのに気がついた。
「あ、アルバートくん?」
わたしの声に、アルバートの肩がビクッと動いて見えた。
やがて、大きく深呼吸をしてからくるりと振り返ったアルバートは、わたしたちに向かって小さく呟いた。
「ここが別館だ。私の母は、この中にいる。……どうやら、別の客もいる様だがな」
アルバートの背中越しに見える別館の扉は、普段なら、窓から入る月明かりに照らされて装飾の美しい重厚な物だったに違いないと思う。
だけれど、今、わたしの目に写っているのは、深い深いダンジョンの奥で見つけた恐怖の隔たりとしか思えないのでありましたさ。




