第百十二話 決意されたり覚悟しちゃったり
前回のあらすじ。
いきなりの大抜擢気味なわたくし。まるで、主人公の様だと思った。
空が、夕暮れのオレンジ色から夜の青を含んだ黒色へと変わり始めている。
そのせいか、頬を撫でる風は、さっきより少しだけ冷たくなった気がした。まだ寒くはない。
ローウェル伯爵邸へと向かうべく、わたしたちは今、リブンフォートの森を出口を目指して歩いている。
正確には、わたしとジーナ、カーソンの3人は、ユニコーンの長老様の背中に乗せてもらってたりするのだけれど。カーソン、ジーナ、わたしの並び。背の順? 若い順??
「やれやれ、随分と時が経ってしまったわい。だから、儂は走る方が……」
「そう言わないで、長老様。歩く姿も、とっても素敵ですよ?」
ジーナが、長老様の背中をポンポンと叩きながら呟きに応える。
もう、何度目か解らない長老様のぼやきが聞こえて、その度にジーナかカーソン、もしくはわたしが、長老様の背中を撫でながら長老様のご機嫌を取ったりしている孫とおじいちゃん状態。
……およそ20分前。
長老様のお力を借りて、アルバートのお母さん、ラヴィニアさんを助けると決まった訳ですが。
アルバートからラヴィニアさんの状態を聞いた長老様は、鼻息荒く、でもバリトンボイスで声を上げる。
「では、参ろう。ラヴィニアにはもう、あまり時が残されてはおらぬ様じゃ!
さあ乙女たちよ、儂の背に乗りなさい」
長老様は、わたしたち乙女ズ3人を背中に乗せると、森の外まで響き渡りそうな声で嘶いてから、背の高い草の上を風の様に走り出した。
ちなみに、マディの背中はレプスくんが独占してて乗れなかったりする不具合です。野を走れ野兎!!
てゆーか、走り出した長老様のスピードが異常なのですがどうしましょう!?
長老様の巨体が、密集した木々の間を縫う様に走って行く。同時に、背中に乗るわたしの目に写る景色は、ものスゴイ速さで後方へ過ぎ去って行く。
長老って、『長』く『老』いてるハズなのに。恐ろしいまでの機動性に、ビビるって言うか、その、正直軽く引く。
こんな異常な速度にも関わらず、わたしたちの身体には何の負担も無い不思議体験。
微かに頬をかすめる風と、ごく稀に緩やかな揺れを感じる程度で、冗談みたいに快適空間だよ。
……ぬぬ!?
よく見れば、わたしたちの周りを透明な『何か』が包んでいるみたいだけれど。
「こら、危険じゃから手を出すでないぞ?」
「うおっ!? は、はい!」
『何か』に触れようとして手を伸ばしたら、長老様に怒られた。
でも、注意されると気になっちゃうのが世の理的な何かです。
見るだけなら、大丈夫かな?
試しに、目に魔力を集めて『召喚士の瞳』を発動。その状態で見てみますと、わたしたちを包んでいる『何か』の正体がハッキリと浮かび上がった。
それは、風の精霊『シルフ』だった。
シルフたちが大勢で手をつなぎ、わたしたちや長老様を包むみたいにくるくると回っている。それが、エアカーテンの様になっていると思われる。たぶん。
また、足下では植物の精霊である『ドライアード』たちが、シルフたちに包まれた長老様をボールリレーするみたいに運んでいる。
それら全ては、長老様の角から溢れる魔力に導かれているみたいだった。
スゴイよ、長老様!
やっぱり、伊達に長く老いてないね。などと。
「フム、この分なら森の入口まであっと言う間じゃな!」
長老様の声が、すぐ耳元で聞こえた。これって、フリッカの使った技ですわな。
……って、それはマズイ気がする。だいぶ。かなり。
わたしが後ろを振り向くと、少し遅れて走るマディの姿があった。もちろん、その背中にはご機嫌な様子のレプスがいるのだけれど。
案の定、メンズがいねえ!!
仔ユニコーンちゃんたちが、よもや、アルバートたちを乗せてくれてるハズは無いし。
絶対、置いて来ちゃってますわなあ。
当たり前だけれど、このままわたしたちだけ森の入口にたどり着いても意味がありません。ヘタをすると、森から出られないかも知れない養分化への道。
「ちょ、長老様、止まって! アルバートくんたちが付いて来れてませんよ!!」
そう叫びながら、わたしは長老様の背中をベシベシ叩いた。
一瞬の間の後、長老様は急ブレーキをかける。
わたしたちにはほとんど何の衝撃も無かったけれど、シルフたちとドライアードたちが必死の形相になってて逆にツラい。
緩やかとは程遠い止まり方をした長老様の身体は、シルフたちがワッと散ると同時にストンと地面に降り立った。
「……そう言えば、そうじゃったな」
長老様は、ため息を吐く様に小さく呟いた。
おじいちゃん、貴方さっきアルバートとお話ししてましたよね?
などと思ったけれど、それは言わない大人の対応。
その10分位後、エセルを先頭にアルバート、ヘンニー、ダムドと続いて男性陣が走って来た。ニードルスはヘンニーの肩に担がれていた。
……そんなこんなで、森を歩くわたしたち。なう。
「さて。男達、こっちへ来なさい!」
ずっと文句ばかり言っていた長老様が、やや強めの声を上げた。
わたしたちも驚いたけれど、アルバートたちはもっと驚いたかも。何度も顔を見合わせながら、長老様の横に並んで歩き出した。
「何事か、長老?」
みんなを代表して、アルバートが応える。
「アルバート、皆も。乙女たちも良く聞くのじゃ」
やけに改まった長老様の言葉に、思わず姿勢を正した。
「儂らがラヴィニアの前に立った時、ラヴィニアは間違いなく儂らに襲いかかって来るじゃろう。
ラヴィニアの内に宿る生命の精霊と話すには、ラヴィニアの攻撃を何とかせねばならん。
アルバートよ、お前は実の母に刃を向ける事が出来るか?」
突然の長老様の言葉に、わたしたちは息を飲んだ。
一方、アルバートはその場に立ち尽くしている。
そんなアルバートを、足を止めた長老様は振り返りながら金色の瞳でジロリと見据えた。
「傀儡の呪いを受けた者の力は、最早、人のそれでは無い。オーガ等の巨人族に匹敵する。
また、人の身では耐えられぬ怪力も、呪いで硬質化した身体なら意に介さぬ。その強度は、鋼並みと言われておる。
もし、ラヴィニアの攻撃を止められぬなら、儂やウロの命は無いと知れ。
どうじゃ、アルバート。お前に母を攻撃出来るか? 」
良い声なのに、背筋が冷たくなる様な長老様の物言いに、わたしたちの誰も声が出せなかった。……てゆーか長老様、何て事を聞いてるのか!?
アルバートは、目を閉じたままうつむいちゃってるし。
どうしたものかと、周りを見たわたしは、何やら違和感を覚える。
何か、いつもと違う様な気がする?
その答えは、すぐに解った。
エセルが、何も言わないんだ!
いつもなら、アルバートが何か言われた瞬間、我先に行動するエセルが、何も言わないで黙っている。
それに習うみたいに、ヘンニーとダムドも黙ってアルバートを見詰めている。ヘンニーの手が、ニードルスの口を押さえていて、ニードルスがバタバタしている以外は極めて静かだった。
「出来ぬか。それでは……」
キィイン
ため息混じりに、そう呟いた長老様の声を、乾いた金属音が牽制した。
音の出所は、アルバートだった。アルバートが、自分の剣を抜いて高く掲げている。
「私は、母を救う為にここまで来た。
しかし、そのせいで友を失う訳にはいかない。
誓おう。私、アルバート・ローウ……いや、アルバート・タヴィルスタンは、王家の名において友を守ろう。たとえ、母に刃を向ける事になっても!」
言い終えたアルバートは、唇をギュッと噛み締めながら少しだけ震えているみたいだった。
少しの静寂の後、アルバートを睨む様に見詰めていた長老様は豪快に笑い出した。
「ワハハハッ、良く言ったアルバートよ。
母の為に、友である乙女を傷つけるのもいとわぬと言うなら、儂はこのまま引き返したじゃろう。
だが、その言葉に偽りは感じられぬ。……少し、心は乱れておる様じゃが、仕方あるまい。
よろしい、力を貸そう!」
そう言って、更に笑いながら歩き出した長老様。
後ろでは、崩れ落ちるアルバートをエセルが支えている所だった。
「ハハハッ、何も王子様が手を出す事も無いだろうよ?」
「その為に、俺たちや旦那がいるんだ。そうだろ、旦那?」
ヘンニーとダムドの言葉に、エセルは小さくうなずく。
「2人の言う通りです。私たちが、アルバート様を……皆様をお守り致します。
それに、私はラヴィニア様の前でアルバート様をお守りすると誓っておりますので」
抱き起こされたアルバートは、剣を鞘に戻しながらウンウンとうなずいた。
「そうか、そうだったな。
3人共、よろしく頼むぞ。
それと、ヘンニー。そろそろ、私の親友を放してやってくれ。耳まで紫色になっている!」
「おおっと、しまった!!」
アルバートの言葉で、ヘンニーが慌ててニードルスを離した。
涙目で抗議するニードルスと、謝るヘンニー。爆笑するダムドに、少しだけ空気が和んだ気がしたけれど。
わたしには、まだまだ場の空気を読む力が無いのだなあとか思って、ややへこんでみたり。
つーか、あんな質問、やっぱりヒドいんじゃね?
「長老様、さっきのは少しだけ意地悪なんじゃないですか? アルバートくん、辛い思いを……」
わたしの言葉を、長老様は短く嘶いて止める。
「何を言っとる、ウロ。
儂や其方が危険な事は、紛れもない事実じゃぞ?
其方、まさか遠く安全な場所から生命の精霊と話せるなどと思ってやせんじゃろうな?」
「えっ!?」
「おやおや、この娘は……」
……すみません、少しだけ思ってました。
別室、あるいは遠くから、生命の精霊を喚ぶのだとばかり。やり方、知らないけれど。
長老様のお話によると、ラヴィニアさんの中の生命の精霊と接触するには、ラヴィニアさんの頭に最接近しなくちゃならないらしい。
でないと、魔石化の進んでしまっているラヴィニアさんの魂には、わたしの声が届かないのだとか。
「理想は、額と額をくっつけるのじゃが。頭を両手で持ってもいけるかも知れん。頑張るのじゃ、ウロ!」
「お、押忍。が、頑張ります!」
……なんて返事はしたものの。
思ってたより、超絶アリーナ席でお腹痛くなりそうだよ。
「大丈夫、ウロさん。あたし、応援してるから!」
「私も。何もお力になれませんが。ご無事をお祈り致します!」
ジーナとカーソンから、暖かいお言葉を貰っちゃいましたよ。2人の愛を感じる。ぐふふ。
「あ、ありがとう!!」
お礼に、2人まとめてギューッとしてやりましたギュー。
「ホッホッホッ。仲が良い所を悪いが、出口が近い様じゃ。乙女たちよ、門を潜るまで降りて歩くが良い」
「はい、ありがとうございました。長老様!」
そう言って、わたしたちは長老様の背中から下草の長い地面へと降りた。
暗くて解りにくいけれど、すぐ先で森が切れているみたいだった。つまり、そこが出口の鉄柵がある所ですわなあ。
「!?」
歩き出そうとしたわたしだったけれど、服の裾を引っ張られて留まる。
引っ張っていたのは、カーソンだった。
カーソンは、怪訝な表情で前を見詰めている。
「どしたの、カーソンさん?」
「変なんです。
森の入口には、常に番兵が立っています。こんなに暗いのに、篝火が無いなんて……」
「ヘンニー! ダムド!」
カーソンの言葉の後に、エセルの声が響く。
同時に、無言の2人が素早く木々に身を隠しつつ前方の調査に向かった。
わたしたちは、長老様の元へ。カーソンとジーナを中心に周囲を警戒する。
ザワザワとした風鳴りが、やけに不安を煽ている様な気がしたけれど。
緊張は、エセルの声で解消される。
「どうやら、大丈夫の様です。参りましょう」
出口の方を見ていたエセルが、ヘンニーかダムドのサインを受け取ったみたいで手を振り返している。
森の出口。
当たり前だけれど、わたしたちの入って来た所だ。
陽が暮れて、暗くなっているせいか雰囲気はだいぶ違っているけれど。間違い無い。
鉄柵の門を潜った先に、うずくまるヘンニーとダムドの姿があった。その足下には、人影らしき物が2つ。
「敵か!?」
緊張気味のアルバートの問いに、ヘンニーが首を横に振った。
「いや、コイツらは番兵だな。
死んじゃあいない。眠ってるだけだ」
「眠ってる!? 魔法ですか?」
「違う、薬だ。飲み物かメシにでも混ぜ込まれてたんだろうぜ?」
ニードルスの問いに、今度はダムドが答える。ダムドの指差す方には、転がった食器が見受けられた。
「やっと戻って来たってのに、晩飯は遅くなりそうだな?」
「……やれやれだ」
頭をガリガリとかきながらヘンニーが立ち上がり、ダムドが大きくため息を吐いた。
森の中で終わっていて欲しがった事が、残念だけれど続いている。
暗い道の先に、明るく浮かぶローウェル伯爵邸。
本当ならば、ホッとするその佇まいが、今はやけに遠くて、不安な物に見えて仕方がなかった。ぐぬぬぬ。




